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Heart Loser  作者: Nicola
119/125

119 Face-to-face

 ザックはようやく荷物を片付け終え、肩を回してほぐした。

「あー……疲れた。次に引っ越す時はテリーがいる時にしよう……」

 リンジーの家を借りることになった時のことを思い出す。それまで一人暮らしをしていたザックの荷物はそこそこに多かったものの、テリーの荷物は服など日用品ばかりで少なかった。

 あの時は大きなバッグ二つに詰め込めることが出来た彼の荷物も、今となっては大量に増えていた。あからさまながらくたは勝手に処分したが、ここ数年の生活で彼が買ってきたものは多かったようだ。

 テリーの私物をロフトのある部屋に配置したザックは短い髪をかき混ぜた。今は綺麗に片付いているが、テリーが戻ってくればあっという間に散らかるはずだ。ため息が出る。

「ええと、あとは何だったっけ」

 ザックはまだ生活感のないリビングに戻る。

 引っ越しをして三日、未だキッチンは使われていない。炭酸水の空き瓶がシンクに並び、ごみ箱には外で買ってきた食事の空容器が捨てられている。

 リビングに、個室が二つ。随分小さく収まった新しい住まいにザックは違和感を覚えながらも、ソファに腰掛けた。生活スペース兼事務所として使うには狭いリビングをどう配置するかの問題が残っているが、とりあえず保留にして頭の中から追い出す。

「ああ、そうだ。午後はボスにお呼ばれしてるんだ……」

 ソファにもたれかかったまま、目を閉じる。

「――うーん。テリーが狭いって文句言うだろうな。体もどこで動かしてもらおう……」

 庭もないアパートの角部屋二階で、ザックはそのまま眠りに落ちた。



 テリーが大あくびをして目を覚ます。頬の傷をなぞり、ずれたサングラスを直して椅子に座り直した。首を回すとコキコキと音を立てた。

「んァ……。あー悪ィ。今寝てたかも」

「かも、じゃなくて寝てましたあっ! お願いですから、ちゃんと喋ってくださいよお! 今日はお偉いさんも来てんのに……。いつまでだんまりしてるつもりですかあ!」

 あまり年齢差がないガーディアンの迫力のない怒声に、テリーはすっかり慣れていた。ひらひらと両手を揺らす。

「覚えてねェことは喋れねェのォ」

「あの場で言ったことまで忘れたなんて言いませんよねえ?」

 くああ、とあくびをしながらテリーが首を後ろにして天井を見上げる。

「ええェ? なんのことか覚えてねェなァ」

「ああもう! いい加減にしてくださいよお!」

 こんな奴がガーディアンで大丈夫かよ、と心にもない心配をしながら、テリーは目を閉じる。青年が喚いている間は質問が飛んでこないので、絶好のうたた寝タイムである。

 と、そのうたた寝の時間を邪魔するように、乱暴に扉が開いた。あまりの勢いに、テリーが目を開け首を起こす。目の前にいたガーディアンの青年は飛び上がるように立ち、扉を開けた人物へ頭を下げている。

「……うるっせェな、ボケ。扉は静かに開けなさいってボスに習わなかったのかよ」

「そういった常識はボスではなく親を倣うものでな。それに、お前のような犯罪者にそんな常識を披露してやるつもりもない」

 突然入ってきたのは恰幅のいい男だった。訛りのない、固く重い声が腹に響く。だるだるに緩んだ空気を一瞬で入れ替えた男を見上げ、テリーは右頬を上げて足を組んだ。

「そういうお前も一人や二人殺してそうな目ェしてるぜ」

 背もたれから体を起し、冷たい机に両肘を突く。手首同士が錠で繋がれているため、必然と両手で顔を支える形になった。

「必要とあらば引き金を引くことを許されているのが我々だ。私が来たからには今まで通り沈黙が続けられると思うな、犯罪者。一つ残らず吐いてもらう」

 緊張でかちこちになった青年は男がひらりと手を振るだけで、大慌てで退室した。

 テリーは目の前にどっかと座った男を睨め上げる。

「――へェ? ちょォっとは面白そうな野郎が出てきたじゃねェか」



 ザックは目覚めてから、自己ベストを更新する早さで身支度を終えた。

 普段なら鏡でチェックをしてから出るのだが、今回はそんな余裕もなく部屋を飛び出していく。

「ああもう! 寝るつもりなんてなかったのに!」

 冬だというのに汗をかいたザックは猛スピードで階段を降りていった。



 テリーは思っていた通りの荒っぽい取り調べににやにやと右頬を吊り上げる。先程まで頭の中にかかっていた眠気の靄は吹き飛んでいる。

 男はそんなテリーの態度を怒鳴りつけ、凹むのではないかと思うほどの勢いでテーブルを叩いた。スタンプのように押し付けた手を軸にして腰を上げ、テリーに顔を近づけて睨みつける。

「お前、その程度で僕がびびると思ってんのォ? もっと気合入れろよ、バァカ」

 サングラスの奥で、テリーが楽しそうに目を細めた。



「……寝坊? こんな時間にか。もう夕方が近いぞ」

 ドゥーガルの冷ややかな目とケントの笑いを堪えて震えている肩を前に、ザックは到着早々に帰りたくなっていた。ネクタイがまっすぐになっているのか確認する間も惜しんで駆け込んだが、約束の時間には間に合わなかった。

 ザックは頭を下げたまま乾いた喉の奥へ唾液を送る。

「本当に申し訳ありません……。気付いたら、寝てしまって……」

「俺は前ボスの頃からここに立ってるけども、ボスとの約束一発目で寝坊してきた奴は初めてだぜ、ゼカリア」

 ケントの意地悪い声にザックは「すみません」ともう一段階腰を深く曲げた。ケントは声に出して笑うのはどうにか我慢しているようだが、声には滲んでいる。

 ドゥーガルは呆れたように息をついてから、ザックに顔を上げさせた。そして、引き出しから茶色の封筒と取り出す。

「引っ越しの片付けも終わった頃だろう。そろそろ仕事をしてもらうぞ」

 セミチェルキオの傘下には入ったものの、ザックの仕事自体は今までと大差ない配達屋だ。今まで通り一般人からも仕事を受ける許可も得ている。しかし、リネアや他組織と関係する仕事は全てセミチェルキオを通すこととなるため――もちろんドラッグ絡みの仕事もご法度――、そちら向きの仕事は激減することになる。その分、こうやてセミチェルキオからの仕事は増える。ただし、こちらに拒否権はない。

 ケントはドゥーガルから茶封筒を受け取り、机の足元に置いてあったアタッシュケースを持ち上げて両方共ザックに差し出した。

「ガーディアンにテレンスを手放すよう求めているんだが、それが少し面倒なことになっている。普段なら中央にいる上層部がこちらまで足を運んでいるようだ」

 ザックは封筒とアタッシュケースを受け取り、重さを確認するように揺らした。

「アランの件をきっちり終わらせるまでテレンスを放つ気がないようだ。こちらとしては上が降りてくる前に話をつけたかったんだが……」

 ドゥーガルは小さな息をつき、肘を突いた指を絡めた。

「そこで、だ。それを向こうまで運んでこい。宛先は署長のグレゴリーだ」

「中身は」

「汚れたちり紙だ。ゼカリア、こいつを連れて行け。私の代わりだ」

 ザックはドゥーガルが手で示した斜め後ろへ顔を向けた。ドゥーガルがボスになってからの側近に選ばれたコーディだ。ボスの代役を果たすには若すぎるのではないかと思いながら、目礼を交わす。

「コード。いいな、丁寧に――だが、しっかり話をつけてこい」

「はい、ボス。必ずいい結果を持ち帰ってきます」

 張りのある声に、ケントが満足げに一つ頷く。

 そして、ドゥーガルは眼鏡をくいと押し上げた。

「良い返事だ。――行け」

 ボスからの命令に、ザックとコーディは「はい、ボス」と返事を揃えた。


【向かい合う】

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