116 Questioned
「だァかァらァ! 五年も前のことなんて覚えてねェっつってんのォ!」
繰り返される質問に飽き飽きしたテリーは、背もたれに体重をかけて天井を仰いだ。
「覚えてねェもんをどォやって喋れっつうんだよォ、バァカ!」
手錠で拘束されて両手首をひっつけたまま、手の平を冷たい机に押し付けた。さらに背中へ重心を傾けると、椅子の前二本の足がぐらりと浮く。
「あァくそ! あんなこと言うじゃなかったァ!」
テリーはザックがドゥーガルやライラからどんな話をされているのだろうと想像しながら「超絶暇じゃねェかよ……」と天井に向かって嘆いた。
賭けの勝敗はまだ見えないが、ここにザックが放り込まれていないことから悪い結果にはなっていないはずだとテリーは口を一文字に締める。
あの時、ザックがあのまま捕まっていればそれは手配者――キスタドールのアランとしてであったことは想像に難くない。
「ま、僕が暇してるくれェの方がましかァ……」
目を閉じ、ぶつぶつと独りごちるテリーに、調書を取っているガーディアンが疲れた声で質問を重ねてくるので、テリーは大きなため息を天井にぶつけた。
「あー! 帰りてェッ!」
夕方、ハロルドがリンジーと一緒に帰った後も、マーサは残ってテリーの部屋の片付けに勤しんでいた。
「ふう。これでおおよその荷物は片付きましたね」
マーサが腰に手を当てて頷くので、ザックは隣でしゃがみこんだまま彼女に礼を言う。
「ありがとう。助かった」
「うふふ、やりごたえのある片付けでした。後は……このベッドも解体しますか?」
テリーの二段ベッドに手をかけ、埃っぽい布団だけが鎮座しているそこを覗き込んだ。
「それは明日ハルが手伝ってくれるってさ」
「ハルじゃなんだか頼りないなあ。引越し先に持っていくの?」
ザックもハロルドも共に細身で、力自慢の印象は限りなくゼロだ。もちろんマーサよりは力もあるだろうが、どうしてもこの部屋の持ち主と比較すると頼りない。
「ベッドはこのままごみに出す。新しいところはロフトがあるんだ。だから、テリーの寝床はそこかな」
ザックが「よいしょ」と立ち上がって腰を伸ばす。せっせと荷物を箱に詰めては一階へ運ぶを繰り返したため、足腰に疲労がきていた。腰を一度だけ反らしてから、マーサと一緒にベッドを覗き込む。
「明日は掃除をして向こうに荷物も入れなくちゃ。力仕事はテリーがいないと本当に大変だ」
疲労が滲む顔でザックが笑うと、マーサもそれに笑みを返す。上げていた踵を床に戻し、深呼吸を一度だけ。そして、照れたようにはにかんだ。
「今日は泊まってもいいですか。わたし、一度だけここで寝てみたくて」
日が落ちるにはまだもう少し時間がある。ぎりぎりまで悩んでいたのか、マーサの目はザックから離れて恥ずかしそうに泳いでいる。
「別に、俺は。……だけど、この布団、最近干してないし埃がすごいかも」
そう言いながらザックが試しに布団を手で叩くと、部屋にぶわりと埃が舞った。予想以上の埃に二人がまん丸に目を見開き、くしゃみを揃える。
「やだ、もう! どれだけ干してないんですか!」
「俺のせいじゃない! テリーが汚れた服のまま入るんだ、それで……!」
二人して目の前の埃を手で仰いでどかし、しかめっ面のまま見合う。
くすりと困った笑みがどちらからとなく零れ落ちた。
「……今から少し外で叩きませんか。そうしたら、少しはましになるでしょう?」
「泊まるならそれがいいかも。……よし、持って降りる。マーサ、ちょっとどいて」
テリーの服に勝手に着替えたマーサが大小様々な箱が積まれたリビングに食事を並べた。そして、ザックが冷えていない炭酸水を持って上がってきてから、マーサは普段テリーが座っている椅子に腰掛けた。ザックはその向かいに腰を下ろす。
二人用の小さなテーブル。その空いた一辺には寂しく空っぽの椅子が置かれたままだ。
「……クレアさん、どうなったんですか」
マーサが横目で空白の椅子を眺め、袋からサンドイッチを取り出す。
ザックは炭酸水の蓋を開け、喉を潤してから口を開いた。
「今は病院だってさ。回復次第、勾留。……彼女の意思はどうであれ、セミチェルキオもリネアもかなり引っかき回した。すぐに出てくるってことは、ないと思う」
モニカはなんとか命を取り留め、現在は病院のベッドで点滴に繋がれているらしい。もう少し回復すれば動けるようになるだろうとのことだ。
「テリーみたいにセミチェルキオがどうにかして……とは、いかないんですね」
セミチェルキオが配達屋を傘下に入れた理由の一つは、テリーを少しでも早くガーディアンから解放するためだった。今頃、セミチェルキオからガーディアンに対し、何かしらの圧力がかかっているはずである。
こうやって組織に属するとメリットもあるが、そればかりではない。犯罪組織には違いないし、周囲からの視線は冷たくなりがちだ。加えて、どんな臆病者でも一度抗争が起これば、役目を果たすために奔走しなければならない。そして、そこで命を落とす者も多い。
「テリーは別枠。それに、リネアのハートルーザーが彼女に関して証言してるんだって。無罪放免ってわけにはいかないと思う」
ザックは近くの病院にいるらしいモニカを思いながら、サンドイッチを取り出した。彼女にどういった罰が与えられるかは分からないが、それを償った後に彼女がラージュへ戻る理由はない。もう会うことはないのだろうと小さく息をついた。
マーサは寂しそうに頷き、サンドイッチを頬張る。何かを考えるように視線を動かしながら咀嚼し、飲み込んですぐに口を開いた。
「それにしても、どうしてセミチェルキオの下に入るんですか。二人を欲しがるのはリネアもでしょう。揉めませんでしたか」
「ライラさんに言わせると、契約だのなんだのでテリーが手に入っても面白くないんだってさ。奪いがいがないとか、なんとか」
ザックは理由の一つをさらりと答えたが、先の条件はライラがかなり粘って揉めたものの一つだ。しかし、テリーにジョイントを飲ませて大きな被害を出したことや、一度は完全に敵対した配達屋を傘下にするリスクをどこまで想定しているのか、キスタドールによる裏切りも多かったリネアはまず組織の立て直しが必要なのでは――などとドゥーガルに矢継ぎ早に指摘され、渋々配達屋の権限をセミチェルキオに譲ることになった。
ザックはドゥーガルとライラの話に口を挟むつもりは一切なかったが、セミチェルキオの下だと分かってほっとしたのは事実だ。一度喧嘩を売ったリネアで笑顔を貼り付けて働ける気がしなかったし、異物として自身を嫌っているライラと上手くやれる自信もない。ドゥーガルの方が幾分か話の通じる相手である。
それに、テリーが言っていた言葉は「ドグ兄がいいようにしてくれるはず」だ。彼の言う賭けの勝敗がいつ決まるのかも怪しいが、とりあえずはテリーが読んだ手の内で動いている。
ザックはマーサがぽつぽつと投げかけてくる質問に穏やかな回答を選ぶ、ということを繰り返していたが、ふと彼女が転がしてきたある質問には口をつぐんだ。
マーサはその僅かな静止に、ゆたりと微笑む。
「黙るってことは、図星かな。――やっぱり、ザックは苦しみなんて亡くしてない」
穏やかな表情で首を傾げる。
不意打ちを食らったザックは瞬きを返す。
「テリーから聞いてませんか。わたし、分かるんです。――ザックがハートルーザーなことも、大きなものを亡くしてることも」
口元についたマヨネーズをそっと拭ったマーサは、目をまん丸にしているザックを見て悪戯っ子のように笑う。
「あなたが中立じゃなくなるなら、弱味くらい握っておかないと。ね」
【事情聴取】




