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Heart Loser  作者: Nicola
113/125

113 Bogus Confession

「俺は――」

 ザックが震えた唇を開くと、テリーが彼の足を思い切り踏みつけた。突然の痛みに声を出すのはどうにか堪えると、言葉も一緒に喉の奥に引っ込んだ。不満を訴えるようにテリーを見ると、彼は右頬を吊り上げて笑っていた。

 サングラスの奥の瞳は大きく開かれ、攻撃的にぎらついている。

 何か変なスイッチでも入ったのかと、ザックが落ち着かずにいるとテリーは一歩だけ前へ出た。

「ゼカリア。ドグさんもよォく知ってんだろォ? こいつは、ゼカリア。僕の可愛い可愛い相棒ちゃん。――他の誰に見えんだよォ、なァ? ドグ兄ィ?」

 ガーディアンの何人かが、テリーの気迫に負けて後ろへ足を動かした。

 それを見たテリーが更に一歩。ボスの後ろへ立つ側近たちの銃口がテリーに狙いを変えた。

「それ以上ボスに近づくな、脅威」

「テレンス。そこで止まれ」

 ラモーナとケントのぴんと張った声に従い、テリーはそれ以上動かない。しかし、金色の瞳に恐怖は宿らない。

「お前らこそ僕の相棒に傷一つつけてみろ。――全員、ぶち殺してやる」

 テリーの殺気に、ザックは一度だけ身震いする。ノーマンと戦っている時でさえ、この暴力的な空気にはならなかった。

 もし、ノーマンが俺を狙って攻撃をしていたら。

 そんなもしもをじんわりと想像しながら、ザックは小さくテリーを呼んだ。彼の酷くぎらついた瞳が彼に向く。

「下がって、テリー。その怪我でこの人数は、流石の君でも厳しいだろ」

 精一杯の強がりを混ぜた台詞に、テリーは鼻を鳴らした。彼は正面に向き直り、頭の上の手を下ろして拳にする。

「うるっせェ。関係ねェ。――やるっつったらやるんだよ、ボケ」

 今までなら文句を言いつつも下がっていただろうが、契約が終了した今では大人しく従うつもりはないらしい。一歩も下がらず、目の前の集団を睨み続けている。

 暫くの睨み合いの末、ドゥーガルがため息をついてケントとコーディの銃を下げさせた。ライラもそれに倣ってラモーナに落ち着くよう声をかける。

「……いいだろう、テレンス。では、アランはどこへ行った」

「とっくに死んでるぜ」

 テリーが下がってザックの盾になるよう前に立つ。

「ふうん? それだと死体の数が合わないねぇ」

 ザックが冷や冷やしながら彼を見下ろす。

「僕がアランを殺したのは、五年前だ。死体なんてどこへ捨てたか忘れちまった」

 さらりと流れたテリーの発言にガーディアンがざわついた。ドゥーガルとライラの表情も僅かに歪む。

 ザックは彼らの反応を見て、一拍遅れて状況を理解した。

「ちょ、ちょっと! テリー! 何言って――」

「うるっせェ! てめェは黙ってろ!」

 ザックをぴしゃりと黙らせたテリーは腹に力をこめる。

「ったく、よォく聞けよォ、ボケ! 僕がアランを殺した! この手で! 五年前! あいつの息の根を止めたのは、この僕だ!」

 大きな咆哮は敷地内によく響き、その場にいる全員の体に染み込んだ。

 この町ラージュでのガーディアンの役割は薄い。ギャングの尻に敷かれ、多少の犯罪は見えなくなる魔法の眼鏡をかけている。ギャングのテリトリー内で人が死のうとも、ギャングの「こちらで片付けた」の一言と金さえあれば関与しないことが殆どだ。しかし、それはテリトリー内の巡回をしないガーディアンだからこそ、彼らが見聞きしていないからこそ出来る技である。こうも堂々と犯罪を告白されれば、ガーディアンは黙ってはいられないし、ギャングたちも庇えない。

 特に、手配されているキスタドール関係の話ともなれば。

 ざわめきの中、テリーが目の前のギャングのボス二人だけに聞こえる声量まで落とす。

「ルースが死んでんのも適当な理由つけてんだろォ? ――なんなら、どォやって殺したか、事細かに叫んでやるぜ」

 ライラが口元を隠し、くつくつと笑う。

 その隣にいるドゥーガルは顔をしかめ、ずれていない眼鏡を押し上げた。

「テレンス。それは後で酒のつまみに聞いてやろう」

 ドゥーガルの声の調子を聞き、テリーは軽い笑い声を零す。

「でェ? ドグさァん」

 ザックからはテリーの表情は見えない。ただ、声が氷のように冷たいのは聞いていて分かった。

「僕の相棒が誰かってェ、まァさか二回も聞かねェよなァ?」

 しかし、そのテリーを見ているドゥーガルたちの反応はしっかりと見えていた。

 氷の冷たさに痛みを覚えたか、ドゥーガルの表情が引きつる。見たこともない、警戒に恐怖も混ざったような表情だ。後ろのケントの体にも力が入り、側近になって浅いコーディは半歩ほど後ろへ下がっている。

 ライラも赤い三日月を消し、ドゥーガルの様子を伺っている。

 突然凍った空気に耐えかねてザックは「テリー?」と恐る恐る声をかけた。テリーはふるふると頭を振った後、普段と変わらない様子でザックを振り仰ぐ。

「なんだよ」

「……怒ってる?」

「さァな」

 回答をけろっと流したテリーが拳をほどいて、改めて頭の上に手を置いた。

 凍っていた空気はこの短い会話の間に溶け、ほぼほぼ氷像だったガーディアンたちがそろそろと動き出す。ギャングたちに次の動きを確認している様子は滑稽だ。

「ザック」

「え、うん?」

 危うく聞き逃しかけた小声に、ザックがぎくりと体を震わせた。

「なァにてめェまでびびってんだよ。てめェがキレた方が怖ェだろ」

 ザックは、それはない、と全力で否定したくなりながらも堪えて苦い笑みを浮かべた。

 テリーは耳を貸せというように頭の上で人差し指をくいと動かした。ザックが頭の上に手を置いたまま腰を曲げ、顔を彼と同じ高さに並べる。

「ザック。後んことはドグ兄とライラに全部任せろ」

 殆ど唇を動かさず、テリーはぼそぼそと呟く。

「幾つか条件を出してくるだろうけど、全部返事一つで飲み込め。気に食わねェことも、ぜェんぶだ。じゃねェと意味がねェ。いいな」

 突然のことで何の話をされているのか分からず、ザックが眉を寄せる。

「……どういうこと?」

「ちょォっとした賭け。――てめェは余計なこと考えんな。ドグ兄がいいようにしてくれるはずだぜ。僕が賭けに勝てば、だけどな」

「ちょっと、待って……」

 意味が分からない、とザックが焦りを滲ませると、テリーはそれを制して正面を顎でしゃくった。いつの間にか、ガーディアンが近づいてきている。

 ザックが背を伸ばすと同時、ガーディアンはテリーの手を掴んでそこへ錠をかけた。

「テリー!」

「だーいじょォぶ。ザック、大丈夫。すぐに――は戻れねェかもしれねェけど」

 ザックが手を伸ばす。その手をドゥーガルが掴んだ。

「お前がすべきことは、ここで邪魔をしてテレンスと共に捕まることか?」

 固く骨ばった指に力がこもる。

「あいつが何故あんなことを口にしたか、分からないか」

「あたしは異物も檻へぶち込んでもいいけれどねぇ? テリーがそれを望むかしら」

 ザックはテリーがとった行動の意味をじわりと理解する。

 怒りのハートルーザーであるアランを、キスタドールのメンバーであるアランを逃がすために。殺したことにするために。

「テリー……!」

 おろおろとテリーを目で追う。その視線を感じ、テリーは身をよじって振り返った。

「おい、ザック! 僕が戻る時はケーキ用意しとけよ! 超絶甘ェの!」

 テリーが子供のように笑う。

 ザックは一度だけ唇を噛み、すぐに普段どおり笑い返した。

「チョコレートケーキでもフルーツケーキでも、何でも作ってあげるさ! 君が好きなプディングだって、たっくさん用意して待ってる! だから――ッ!」

 最後までは言葉にならない。それでも、テリーは大きく一つ頷いて目を細めて笑う。

「大人しくお留守番してろよ、相棒ちゃん」

 そして、彼はザックに背を向けた。


【自白】

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