113 Bogus Confession
「俺は――」
ザックが震えた唇を開くと、テリーが彼の足を思い切り踏みつけた。突然の痛みに声を出すのはどうにか堪えると、言葉も一緒に喉の奥に引っ込んだ。不満を訴えるようにテリーを見ると、彼は右頬を吊り上げて笑っていた。
サングラスの奥の瞳は大きく開かれ、攻撃的にぎらついている。
何か変なスイッチでも入ったのかと、ザックが落ち着かずにいるとテリーは一歩だけ前へ出た。
「ゼカリア。ドグさんもよォく知ってんだろォ? こいつは、ゼカリア。僕の可愛い可愛い相棒ちゃん。――他の誰に見えんだよォ、なァ? ドグ兄ィ?」
ガーディアンの何人かが、テリーの気迫に負けて後ろへ足を動かした。
それを見たテリーが更に一歩。ボスの後ろへ立つ側近たちの銃口がテリーに狙いを変えた。
「それ以上ボスに近づくな、脅威」
「テレンス。そこで止まれ」
ラモーナとケントのぴんと張った声に従い、テリーはそれ以上動かない。しかし、金色の瞳に恐怖は宿らない。
「お前らこそ僕の相棒に傷一つつけてみろ。――全員、ぶち殺してやる」
テリーの殺気に、ザックは一度だけ身震いする。ノーマンと戦っている時でさえ、この暴力的な空気にはならなかった。
もし、ノーマンが俺を狙って攻撃をしていたら。
そんなもしもをじんわりと想像しながら、ザックは小さくテリーを呼んだ。彼の酷くぎらついた瞳が彼に向く。
「下がって、テリー。その怪我でこの人数は、流石の君でも厳しいだろ」
精一杯の強がりを混ぜた台詞に、テリーは鼻を鳴らした。彼は正面に向き直り、頭の上の手を下ろして拳にする。
「うるっせェ。関係ねェ。――やるっつったらやるんだよ、ボケ」
今までなら文句を言いつつも下がっていただろうが、契約が終了した今では大人しく従うつもりはないらしい。一歩も下がらず、目の前の集団を睨み続けている。
暫くの睨み合いの末、ドゥーガルがため息をついてケントとコーディの銃を下げさせた。ライラもそれに倣ってラモーナに落ち着くよう声をかける。
「……いいだろう、テレンス。では、アランはどこへ行った」
「とっくに死んでるぜ」
テリーが下がってザックの盾になるよう前に立つ。
「ふうん? それだと死体の数が合わないねぇ」
ザックが冷や冷やしながら彼を見下ろす。
「僕がアランを殺したのは、五年前だ。死体なんてどこへ捨てたか忘れちまった」
さらりと流れたテリーの発言にガーディアンがざわついた。ドゥーガルとライラの表情も僅かに歪む。
ザックは彼らの反応を見て、一拍遅れて状況を理解した。
「ちょ、ちょっと! テリー! 何言って――」
「うるっせェ! てめェは黙ってろ!」
ザックをぴしゃりと黙らせたテリーは腹に力をこめる。
「ったく、よォく聞けよォ、ボケ! 僕がアランを殺した! この手で! 五年前! あいつの息の根を止めたのは、この僕だ!」
大きな咆哮は敷地内によく響き、その場にいる全員の体に染み込んだ。
この町ラージュでのガーディアンの役割は薄い。ギャングの尻に敷かれ、多少の犯罪は見えなくなる魔法の眼鏡をかけている。ギャングのテリトリー内で人が死のうとも、ギャングの「こちらで片付けた」の一言と金さえあれば関与しないことが殆どだ。しかし、それはテリトリー内の巡回をしないガーディアンだからこそ、彼らが見聞きしていないからこそ出来る技である。こうも堂々と犯罪を告白されれば、ガーディアンは黙ってはいられないし、ギャングたちも庇えない。
特に、手配されているキスタドール関係の話ともなれば。
ざわめきの中、テリーが目の前のギャングのボス二人だけに聞こえる声量まで落とす。
「ルースが死んでんのも適当な理由つけてんだろォ? ――なんなら、どォやって殺したか、事細かに叫んでやるぜ」
ライラが口元を隠し、くつくつと笑う。
その隣にいるドゥーガルは顔をしかめ、ずれていない眼鏡を押し上げた。
「テレンス。それは後で酒のつまみに聞いてやろう」
ドゥーガルの声の調子を聞き、テリーは軽い笑い声を零す。
「でェ? ドグさァん」
ザックからはテリーの表情は見えない。ただ、声が氷のように冷たいのは聞いていて分かった。
「僕の相棒が誰かってェ、まァさか二回も聞かねェよなァ?」
しかし、そのテリーを見ているドゥーガルたちの反応はしっかりと見えていた。
氷の冷たさに痛みを覚えたか、ドゥーガルの表情が引きつる。見たこともない、警戒に恐怖も混ざったような表情だ。後ろのケントの体にも力が入り、側近になって浅いコーディは半歩ほど後ろへ下がっている。
ライラも赤い三日月を消し、ドゥーガルの様子を伺っている。
突然凍った空気に耐えかねてザックは「テリー?」と恐る恐る声をかけた。テリーはふるふると頭を振った後、普段と変わらない様子でザックを振り仰ぐ。
「なんだよ」
「……怒ってる?」
「さァな」
回答をけろっと流したテリーが拳をほどいて、改めて頭の上に手を置いた。
凍っていた空気はこの短い会話の間に溶け、ほぼほぼ氷像だったガーディアンたちがそろそろと動き出す。ギャングたちに次の動きを確認している様子は滑稽だ。
「ザック」
「え、うん?」
危うく聞き逃しかけた小声に、ザックがぎくりと体を震わせた。
「なァにてめェまでびびってんだよ。てめェがキレた方が怖ェだろ」
ザックは、それはない、と全力で否定したくなりながらも堪えて苦い笑みを浮かべた。
テリーは耳を貸せというように頭の上で人差し指をくいと動かした。ザックが頭の上に手を置いたまま腰を曲げ、顔を彼と同じ高さに並べる。
「ザック。後んことはドグ兄とライラに全部任せろ」
殆ど唇を動かさず、テリーはぼそぼそと呟く。
「幾つか条件を出してくるだろうけど、全部返事一つで飲み込め。気に食わねェことも、ぜェんぶだ。じゃねェと意味がねェ。いいな」
突然のことで何の話をされているのか分からず、ザックが眉を寄せる。
「……どういうこと?」
「ちょォっとした賭け。――てめェは余計なこと考えんな。ドグ兄がいいようにしてくれるはずだぜ。僕が賭けに勝てば、だけどな」
「ちょっと、待って……」
意味が分からない、とザックが焦りを滲ませると、テリーはそれを制して正面を顎でしゃくった。いつの間にか、ガーディアンが近づいてきている。
ザックが背を伸ばすと同時、ガーディアンはテリーの手を掴んでそこへ錠をかけた。
「テリー!」
「だーいじょォぶ。ザック、大丈夫。すぐに――は戻れねェかもしれねェけど」
ザックが手を伸ばす。その手をドゥーガルが掴んだ。
「お前がすべきことは、ここで邪魔をしてテレンスと共に捕まることか?」
固く骨ばった指に力がこもる。
「あいつが何故あんなことを口にしたか、分からないか」
「あたしは異物も檻へぶち込んでもいいけれどねぇ? テリーがそれを望むかしら」
ザックはテリーがとった行動の意味をじわりと理解する。
怒りのハートルーザーであるアランを、キスタドールのメンバーであるアランを逃がすために。殺したことにするために。
「テリー……!」
おろおろとテリーを目で追う。その視線を感じ、テリーは身をよじって振り返った。
「おい、ザック! 僕が戻る時はケーキ用意しとけよ! 超絶甘ェの!」
テリーが子供のように笑う。
ザックは一度だけ唇を噛み、すぐに普段どおり笑い返した。
「チョコレートケーキでもフルーツケーキでも、何でも作ってあげるさ! 君が好きなプディングだって、たっくさん用意して待ってる! だから――ッ!」
最後までは言葉にならない。それでも、テリーは大きく一つ頷いて目を細めて笑う。
「大人しくお留守番してろよ、相棒ちゃん」
そして、彼はザックに背を向けた。
【自白】




