11 Yack-e-ty-yack
沈黙を保っているテリーとクレアの元へザックが紅茶を持って戻ってきた。
テリーを目の前にした彼女の背中から緊張が伝わってくるようで、ザックは苦笑しながら低いテーブルにトレイを置いた。
「お待たせ。――テリー、ありがとう。シャワーでも浴びてきたら?」
テリーは庭で運動していたため服が汗を吸っているし、首には汗を拭くためのタオルが引っ掛かったままである。「体、冷えるんじゃない?」と紅茶を並べている途中で彼の肘を人差し指でとんとんとつついた。
「……着替えてくる」
つつかれたテリーは仏頂面をぴくりとも変えずソファから立ち上がった。
クレアは不機嫌そうな彼をちらりと視線で追い、バタンと強く閉まった扉にびくりと肩を跳ねさせた。
「そんなに彼が気になります? はい、砂糖とミルクはお好みでどうぞ」
紅茶を並べ終わったザックがソファに腰掛けて尋ねると、クレアは慌てて正面を向き直して「す、すみません……。そういうわけじゃ」と肩をすぼめた。彼のあまりに他人を受け付けない佇まいに恐怖を感じていると言えない。
クレアは仕切り直すために深呼吸を一つした後、ぺこりと頭を下げた。
「はじめまして。私はクレアです。今日は聞いてもらいたい話があって伺いました」
「俺はゼカリアです。さっきのは相棒のテレンス。よろしくお願いします」
訛りのない彼女の簡単な挨拶を聞いて、少し懐かしい気分になっていたザックの口元に力が入る。
「お話はなんですか」
緊張したクレアはザックの変化には気付かない。彼女はいそいそとトートバッグを持ち上げて膝に置いた。
「は、はい。あの、私、こういう雑誌の――」
トートバッグから一冊の雑誌を取り出したクレアが、それをザックの方へ差し出す。
よく分からないままザックがそれを受け取り、タイトルを目で追った。新聞や本とは違って写真がふんだんに使われたこの手の雑誌はあまり詳しくない。お洒落な飾り文字で描かれたコアロというタイトルは記憶になかった。
「コアロという雑誌で、その……この辺りじゃ売ってないですよね、これ。都市部で発行していて、その、少しずつ地域拡大は狙っているんですけど……」
この国の都市部と最北の地域にあるラージュとではかなりの距離が離れている。幾ら地域拡大を狙っているとはいっても、ここまで名前を知られるようになるにはかなりかかるはずだ。
クレアは困ったように笑いながら、両手を膝の上に揃える。
「私、その雑誌を担当しているジャーナリストなんです。記事になることを探したり、写真を撮ってきたり、記事を書いたり……そんな感じの……」
ザックはペラペラと雑誌をめくった後、テーブルの上にそっと置いた。
「そんなジャーナリストさんが俺たちにどんな依頼ですか」
「あの、実は――」
クレアが答えようとしたちょうどその時、テリーが部屋に戻ってきた。つかつかと近寄って来て、置かれた雑誌をひょいと摘み上げた。
「彼女が記事を書いてるんだって。その雑誌、知ってる?」
ザックが立ったままのテリーへ問いかける。テリーは目を近づけてタイトルを見た後に首を傾げ、中をペラペラと捲った。
「いんや、知らねェな」
雑誌の類はザックよりもテリーの方がよく見ているが、見覚えはないらしい。
クレアはテリーの様子を気にしながらも、ストレートの紅茶をそっと持ち上げて一口だけ飲み込んだ。
彼女が小さく息をついている間に、最初から最後までめくり終えたテリーはそれをテーブルの上に放った。バサッと大きな音がしてクレアが身をすくめる。
「このあたりじゃまだ売ってないんだって」
「じゃァ知るわけねェだろ、ボケ」
顔をしかめたテリーがソファにどかっと座った。
クレアは二人が揃ったところで紅茶を置き、背筋を伸ばす。
「すみません。それで、依頼は?」
「あ、あの、お話というのは、その、依頼じゃなくてですね……」
クレアの申し訳なさそうな言葉に、ザックとテリーの「え?」と「は?」がぴったりと重なった。二人の反応にクレアは「す、すみません……」と伸ばしたての背筋をふにゃりと曲げた。細い指先を膝の上で絡める。
「先に言えば、よかったですよね、すみません……。言うタイミングを、その、逃しちゃって」
客ではないと分かったからか、テリーは舌打ちをした後、背もたれに首を預けるようにして沈んだ。目を閉じてサングラスを外した彼は、隣のザックにそれを手渡し「おやすみィ」と呟いて首にかかったタオルを目元に被せた。
居眠りの体勢になったテリーに、クレアは戸惑いながら「あの……」とザックの顔色を伺う。
「ああ、こっちは気にしないで」
ひらひらと手を振ったザックが体を前に傾け、開いた足に肘を突いて、だらりと下げた指先を絡めた。
「ええと、一応話くらいは聞こうか。依頼じゃないなら俺たちに何の用があって?」
ザックも客ではないと分かったからか、口調が崩れた。それでも決して威圧感のあるものではなく、クレアはほっとしながら紅茶のカップを両手で持ち上げる。
「はい。ええと、取材をさせてくれませんか。今回、この町を選んだのは、その、ギャングやハートルーザーが多いと聞いたからで」
「取材?」
クレアの茶色の瞳がまっすぐにザックを映す。
「はい。あの、町の裏側にある実態を掴む――といった記事になる予定です。そこで、ここ何日かいろんな方からお話を伺って……そしたら、配達屋さんの名前を何度か耳にしまして」
一度紅茶で喉を潤したクレアが、まだまだ緊張で硬い笑みを浮かべる。
「いろんな方――それこそギャングのお仕事も受けていると聞きました。セミチェルキオとリネアの二大ギャングと同時に関係を持つ珍しい立ち位置であるとも」
「うん。間違ってはない。……それで?」
クレアがカップをテーブルに置き、こくんと自分の唾を飲み込んだ。
「町の裏側に関するお話を聞かせていただけないかなあ、と思いまして……。あと、ええと、その、良ければ……近くまで同行させていただけたら……なんてっひゃあ!」
小声になっていくにつれ背中も丸まっていくクレアの背が、テーブルを叩くように乗っかったスニーカーに驚いて元に戻った。
スニーカーをテーブルに乗せたテリーがタオルを落として、薄く目を開いていた。金色の瞳がクレアを射抜く。
「――失せろよ、クソ女」
低く冷たい乱暴な言葉に、クレアは唾を呑んだ。
「テリー、行儀が悪い。靴を降ろして。――ええと、クレア? ごめん。だけど、俺も彼と同意見だ。依頼内容は話せないことの方が多いし、ついて来てもらえるほど安全な仕事でもない。他を当たってくれない?」
テリーの言葉を大幅に修正し、かさ増しもしたザックが席を立つ。クレアに出て行くことを促すように手の平をリビングの扉へ向けた。
クレアはぎゅっと細い指を握りしめ、ぱっと立ち上がった。膝のトートバッグが足元へ落ちる。
「ほ、他を当たってようやく辿り着いたのがここなんです! お願いします! 話せる範囲だけで構いません、邪魔もしないよう十分に気を付けます! お話も、その、自分で聞いて回るのが基本で、私は空気みたいなものだと思っていただければ!」
細く尖った拳を作ったクレアがザックを見上げて必死に頼み込む。
ザックは彼女の勢いに飲み込まれたか、目をぱちくりさせて上体を僅かに反らした。扉を差していた手も力を失って半分落ちている。
そんなザックにもう一押ししようとクレアが体を前のめりにしたが、テーブルの一辺が彼女の弁慶を迎え撃った。
「お願いしま――ッ!」
クレアが弁慶を押さえて崩れ落ちる。
突然のことにザックも何が起きたのか分からず、彼女に手を伸ばした。
「だ、大丈夫?」
「い、痛いです……」
涙目になったクレアが痛みに震えていると、テーブルを彼女に向けて蹴ったテリーがゆっくりと立ち上がった。ザックが戸惑いを浮かべているのを無視し、目を閉じたまま彼女のトートバッグを拾い上げてザックに無言で押し付ける。
「テリー?」
ザックは何がなんだか分からないままそれを受け取ると、テリーはクレアの腕を掴んだ。服に隠れて分からないが、見た目よりしっかりした体つきのようだ。彼は柔らかすぎない腕を引くと、足の痛みで半ば呆然としていたクレアが驚いて間抜けな声を上げる。
「ひゃあ! あの、えっ!」
そのまま強引に立たされたクレアがふらつく。その彼女の腰にテリーが腕を回してぐっと力を込めて持ち上げる。
「きゃあ! やだ、やめてくださいっ!」
あっさりとクレアを肩に担いだテリーが「うるっせェ!」と一喝すると、彼女はぴたりと口をつぐんだ。
テリーはクレアを肩に担いだままリビングから出て行くので、ザックは慌ててそれを追いかける。細身の女とはいえ彼よりも身長が高い彼女を担ぎ、平然と歩くテリーに感嘆して「流石」と誰にも聞こえない声で呟いた。
肩に担がれたクレアは泣きそうな顔になって、後ろをついて来るザックを見た。
「本当、お願いします! ここしかないんですっ! お願いします! この取材に失敗したら、上司に何言われるか!」
ザックは肩をすくめ、人差し指を唇の前で立てた。テリーが階段を降り始める。
「舌を噛ないように気を付けて。……あと、たぶん、ギャングって君が思っているより怖いと思う。やめておいたら?」
クレアは再び口を閉じたものの、訴えかけるようにザックを見つめている。
しかし、その無言の訴えが尊重されることはないまま、彼女は一階まで運ばれ、そのまま裏口から外へ放り出された。細い路地に尻もちをつき、彼女が悲鳴を上げる。足に尻にと今日は散々だ。
テリーは一仕事を終え、両手を払いながらザックを押しのけて中へ入って姿を消す。
「大丈夫?」
ザックは彼女に手を貸して立たせ、トートバッグを手渡した。そして、彼女が何か言いだすよりも先に言葉を繋げる。
「ギャングは彼よりも怖い人ばっかりだ。関わるべきじゃないと思う」
優しく、それでも困ったように笑った彼は「それじゃ。仕事の依頼ならいつでもどうぞ」と、クレアの声も聞かずに扉を閉めた。
【よく喋る女】




