101 Big Four
モニカは慎重に車を走らせ、後部座席のザックとテリーを町の外れまで運んだ。
やけに静かなリネアのテリトリーを通り過ぎた、町外れ。広い土地の、放置された建設現場だ。冬の間は雪が多いため工事が進まないのはよくあることで、屋根も窓もない中途半端ながらんどうが雪を被っていた。
寂しく、静かに雪だけがちらちらと動いている。
「……ここ」
モニカはエンジンを切って車から出た。そして、奥にあるちゃちな小屋を指差す。
「ノーマンさん、呼んでくるね」
冬になるまでは簡易事務所として使用されていたのだろうが、今そこの明かりをつけているのは現場監督たちではない。
ザックとテリーも車を降りると、モニカは小走りでその小屋へ向かって行った。薄く積もった雪に彼女の足跡が刻まれる。
「昨夜も話したけど」
口を開くと白が溢れた。
「ノーマンの一番の目的は俺の確認だと思う。それからアランをキスタドールへ戻す交渉。車でクレアもそんなこと言ってたし」
テリーがザックの隣に並び、車体にもたれかかる。
「君は俺を戻すのに邪魔な存在。だけど、出てきて問答無用で襲ってきたり――は、ないはず。動くなら俺の回答を受けてから。相手はルース一人になると思う」
ザックは寒さで指先をこすり合わせ、落ち着かなさそうにマフラーの端に触れる。テリーは両手をポケットに突っ込んだままサングラスを小屋に向けていた。
「マーセイディズは?」
「彼女は自分の意思で動かない。だから、臨機応変に動かなきゃいけない戦闘には不向き。……それに、ルースは気に入った相手とは一対一で戦いたがる。マーシーがルースと組んでいてもルースは手を出すなって釘を刺すはずだし、ノーマンもそれに従うよう命令してると思う」
テリーがワークキャップを深く被り直し、左頬に走る古傷を親指でなぞった。
「さっすがァ。よォく分かってんな」
頬を吊り上げたテリーが車から腰を上げた。ザックが何か言い返そうとしたが、顎で正面をしゃくって遮った。
奥の小屋の扉が開く。
「ノーマン」
ザックが小さく呻く。緊張で背中を固くすると、テリーが拳をぐっと押し当ててきた。
「大丈夫。なんつったって僕がいるんだぜ、相棒ちゃん」
厚いコートを挟んでは届かないはずの拳の熱がじんわりと染み込む気がしてザックは微笑む。
「……なるべく君とルースがぶつからないようにしたいところだ。もし、そうなった時の段取りは昨日決めた通りで」
「リョーカイ」
ザックとテリーがぼそぼそとやり取りをしていると、ルースのけたたましい笑い声が寂しい空間に響いた。ノーマンを押しのけて前へ出てきた彼女は手に持ったナイフを回しながら飛び跳ねる。二つに結んだ髪が長い耳のように揺れていた。
「アハハハハ! テレンス、待ってたヨ! アルが死んだなんて嘘つきやがって!」
嫌な記憶を引き出す笑い声に、テリーは顔をしかめる。
「俺はアランじゃない。ゼカリアだ!」
テリーの前へ出たザックが声を張ると、ルースはスイッチをオフにしたようにぴたと動きを止めた。首だけが体の停止に追いつかずかくんと傾く。
「なんで? アルだろ? ――ノーマン、アイツ、アルだヨネ?」
「俺にはそうとしか見えないな。だが、アルでないなら不要だ。――マーシー」
扉を出てすぐの地点でモニカと並んでいたマーセイディズが両手を前へ差し出した。袖口と手袋の隙間からぼたぼたと影がこぼれ落ち、幾つものの球体が足を生やして彼女の横に立ち上がった。細い足に支えられた球体がぴたと停止し、そして、球体からレーザー光のように細く長い影が飛び出した。
テリーはびくりと体を反応させたが、ザックは右腕をまっすぐ肩の高さに上げただけだ。ザックの足元で蠢いていた影が炎のように激しく立ち上がり、マーセイディズの攻撃を一気に薙ぎ払う。
攻撃を防がれたマーセイディズは大人しく影を引かせた。
「マーシーの影なんかで俺を貫けるなんて思ってないだろ」
ザックがそう言って微笑むと、ノーマンが真一文字だった口を歪めて鼻を鳴らす。
マーセイディズが操る楽しみの影は四大感情の中で最も精度が高く遠距離からの攻撃に長ける。しかし、強度があるわけではなく、影の動きはザックの方が速い。
「ふん。そんな影を操れるのは怒りのハートルーザーくらいのものだ。なあ、アル」
ザックとテリーの周囲に蠢くのは大量の影だった。影は炎のようにぱちぱちと弾けて次の攻撃に備えている。
「俺はゼカリアだ。何度も名乗らせないで」
「……お前の名前と、そこのテレンスがアルを殺した話が繋がるわけか?」
ノーマンが腕を組む。彼の足元からじわりと影が芽を出した。
「お前はアルでしかないのに、おかしなものだな」
「うるっせェ、ボケ! さっきから聞いてりゃァ! 僕の相棒ちゃんを勝手な名前で呼ぶんじゃねェぞ、くそったれ!」
堪えがきかなくなったか、テリーがノーマンを遮るように吠える。
ノーマンの視線がようやくテリーに向き、同じように吠え始めたルースを手で制す。
「お前の話が本当で」
まるで日差しを浴びてぐんと伸びる芽のように、彼の影がしゅるしゅると伸びる。
「アルを――怒りのハートルーザーを殺したというのなら、実力を見たいものだな。それが事実なら、お前は俺たちの脅威になる」
芽吹いた影が蔓のように伸び、いくつも蕾をつけた。
「脅威、ねェ?」
ノーマンの影が地を這うように、雪を黒く波打ってテリーに向かった。テリーは飛び退ろうとし、背中が予想していないものにぶつかって息を呑む。
いつの間に影が、と背中を振り返った。
「ノーマン、俺に話があるんだろ! テリーに手を出さないで!」
テリーの背中にぶつかったのは彼を守るように燃えるザックの黒い影だった。黒い炎が黒い蔓を力任せに引き千切っていくのは異様で、テリーはぞっとして鳥肌が立つ。
昔、一度だけ互いの力量を知るためにザックと手を合わせたことをテリーは思い出した。影を用いたたった一度の手合わせの結末は、強烈な一撃を受けたテリーが気絶して終わりを迎えた。今でもやはり勝てる気がしないとテリーは唾を飲む。
あれ以来、彼の影は髪に紛れている。いざという時に背中のゲートから影を排出するところを見られないように。ずっと昔から髪が長く、短かったことはないと言う軽い変装を助けるように。
「話があるのはアルだ。――しかし、アルが死んだのなら仕方がない。蘇ってもらおう」
ノーマンの言葉を聞きながらテリーが気付く。無防備なザックの背中に手を伸ばした。
「ザック! 馬鹿ッ! 足元ォッ!」
黒い蔓の殆どはテリーに向かっていたが、一部はザックの足元にずるずると這っていた。正面とテリーばかりを気にしていたザックへ黒の蔓が巻き付く。
テリーの手がすいと空を切った。
「おい!」
「あっ」
ザックの間抜けな声と同時、テリーを狙っていた影が消えてザックの周囲に蔓が編みあがって鳥籠のような形になった。
「……おい」
テリーの冷ややかな声に、ザックは引きつった笑みを貼り付けて振り返った。
「……ごめん。君が狙いだと、思って」
「詰めが甘ェんだよ、ボケ」
ザックが額に手を当て「この檻、逃げ出せたことない……」と低く呻いた。自身の影を仕方なくゲートへ一旦戻すと、檻の底を作っていた影がごそりと持ち上がる。
ノーマンが鳥籠ごとザックを移動させ始めた。
「テリー、ごめん。危なくなったら逃げて。お願いだ」
「ざァんねん。オネガイはてめェの命が最優先だぜ」
テリーは呑気にひらひらと手を振り、ぼやけた視線でまっすぐにノーマンを睨んだ。
ノーマンは扉の近くにいるマーセイディズたちを呼び寄せ、ルースと一言二言と交わす。テリーの方を一度も見ることなく、背中を向けた。
そして、塀に囲われた建設現場の入り口側で、一人立ったテリーは拳を握る。
「――舐めんじゃねェぞ、ボケ。僕がこの町でなんて呼ばれてるか、教え込んでやる」
白くなるほど拳に力を込めたテリーは、右頬を吊り上げて笑った。
【四大感情】




