10 First Impression
「おや、おはようさん。煙草ならこっちだよ」
リンジーが煙草屋の看板を中から手を伸ばして外へ引っ掛けたところで、玄関に立っている女の姿に気がついた。
形の良い足を細身のズボンにねじ込み、すっきりとしたシャツを着た、こんな田舎町の雰囲気にそぐわない女だった。肩で癖が出ているものの手入れされた髪に、決して濃くない化粧と赤縁の眼鏡が彼女の整った顔立ちを上手く飾っている。
このあたりの子じゃないね、とリンジーが思っていると、その女はぱっちりとした大きな目を彼女に向けた。大きなトートバッグを肩から下げ、玄関とリンジーを交互に見て、最終的に玄関を指差す。
「あの、私、煙草じゃなくって……」
「配達屋かい」
リンジーが商品の煙草を咥え、マッチをすった。煙を吐き出しながら室内へ体を引っ込めると、女はきょろきょろと周囲を見渡しながら、煙草屋の窓口までやってくる。
「配達屋さんが……あの、ここだって聞いたんですけど……。ええと、ここは煙草屋さんなんですか? すみません。私、ここに来たばかりで道がよく分からなくって……」
訛りのない言葉を紡ぐ女を、リンジーはまじまじと見つめた。
この辺りの人間以外が配達屋に用があって来ることは珍しい。褒められた仕事ばかりではないので、敬遠する者も多いくらいだ。来たばかりの、しかも身なりの整った女が来たがるような観光スポットではない。
「場所ならここさ。だけれど配達屋の入り口は裏なんだよ。そこから裏へ回ってしっかりとノックしな。ノックが小さいと開けちゃくれないよ」
リンジーが家のすぐ横にある細い路地を煙草で指し示す。
「ありがとうございます!」
行儀よくぺこりと頭を下げた女に、リンジーは手を振りながら「礼はいいから、今度は煙草を買いにきておくれ」と笑った。
狭い庭の活用法は、洗濯物を干したり、冬に備えて薪を割ったり、テリーが体を動かしたりだ。
肌寒い空気の中、そんな庭では洗濯物が干され、割れた薪が散らばり、テリーが突っ立っていた。
彼は顔の汗を着ていたティーシャツの裾で拭う。昨夜までは安定剤の影響で気だるさや眠気が酷かったが、今はもうない。
「はーァ、すっきりしたァ」
サングラスを改めて装着したテリーが目を開ける。伸び切った襟元を引っ張って服と体の隙間に風を入れるが、汗はじんわりと体から滲んでいた。何か飲んでシャワーを浴びようと割った薪を拾い集める。家の脇にあるこぢんまりとした薪小屋にそれらを並べ、手を払いながら勝手口からキッチンへ戻った。
何か飲んで、シャワーを浴びて――と普段通りの流れを考えているところで裏口の方向からノックが聞こえてきた。テリーは冷蔵庫から炭酸水を取り出すのを後回しにして廊下へ顔を出す。
「ザァック! 客ゥ!」
二階へ向けて声を張ると、その二階からは「電話中! 君が出て!」と大声が返ってきた。
むぎゅっとテリーが顔をしかめて廊下へ顔だけではなく体も出した。裏口に向かう途中でシャワールームの扉を開け、中のタオルを掴み取って首に引っ掛ける。
と、遠慮がちなノックが再び。
「うるっせェ! 何回もノックしてんじゃねェぞ、ボケ!」
間髪を入れずテリーが裏口へ向けて怒鳴ると、すかさずリンジーから「客に向かってどんな口聞いてんだい!」とお叱りの声がすっ飛んできた。
テリーは両耳に指を突っ込んで聞こえないふりをし、裏口へのたのたと移動する。
怒鳴られたからか、流石にもうノックはしてこない。しかし、扉の向こう側には人の気配があった。
「あーァい、配達屋ァ。朝っぱらからどちら様ァ?」
面倒くさそうに尋ねながら、テリーが裏口の鍵を開けてノブを回した。
「お、おはようございます。私は、その、ええと……!」
扉が開くと同時、トートバッグを抱えた女が、緊張した様子で長い睫毛を何度もぱちぱちと揺らした。
訛りのないまっすぐな言葉がすんなりと耳に入ってくるのを感じながら、テリーは舐めるように下から上へと視線を這わせる。そして、最終的に顔をしかめた。
僅かに漂う香水の匂いが鼻に届く。
「誰」
「は、はい。クレアです。配達屋さんにお話があって、その、話だけでも聞いてもらえませんか」
クレア。
肩に跳ねた茶色の髪で、赤い色で縁取られた眼鏡をかけた女だ。跳ねた茶髪が気になるのか、時々髪を撫でるようにして触っている。落ち着きはないが、眼鏡の奥の明るい茶色の瞳はまっすぐにテリーを見ていた。
妙に強い意思が覗く視線を受けたテリーはサングラスの奥で目を細め、するりと視線を外す。何か引っかかるが、彼女の何が気にかかるのかが分からず僅かに眉を寄せた。
「……話を聞くのも、依頼を受けるか決めんのも僕ん仕事じゃねェ。入れ」
テリーが中を顎でしゃくると、クレアは「お、お邪魔します」と軽く頭を下げた。
クレアはすぐに顔を上げたものの、既にテリーは背を向けて家の中を進んでいる。彼女は大慌てで中に入って扉を閉めた。戸惑いながらテリーを目で追うと、彼は二階へ上がっていくところだった。彼の言った「入れ」がどこまでのことが分からず、おろおろと視線を彷徨わせ――意を決したように階段へ足を踏み入れた。高いヒールがカツカツと音を響かせる。
テリーを追いかけて二階へ顔を出すと、彼はリビングの扉を開けた状態で待っていた。再び顎をしゃくって「入れ」と無言で伝えてくるので、慌てて廊下を進む。先程からびっくりするほど態度の悪いテリーに怯えながら、クレアは「失礼します……」と身を縮こまらせて中へ入った。
「相棒が電話中だから待ってろ」
テリーが二脚あるソファの一方を指差すので、クレアは小声で返事をしてからそこへ腰掛ける。トートバッグを足元に静かへ置くと、その彼女の真向かいにテリーが座って足と腕を組んだ。
クレアが見たところ彼の方が小柄なようだったが、雰囲気のせいでかなり大きく見える。彼女は正面の彼を直視する気にもなれず、ちらりと振り返ってもう一人へ顔を向けた。
電話をしている横顔はにこやかで、言葉遣いも丁寧で雰囲気も落ち着いていた。目の前の彼よりは遥かに話がしやすそうな男である。クレアがほっと少し安堵しかけ――彼の腰にぶら下がる銃に気付いて、安堵が吹き飛んだ。
ここを選んだのって、失敗だったんじゃ……。
そんなことをクレアが思っているのが顔や雰囲気に出ていたのか、テリーは舌打ちを一つして「怖ェなら今のうちに帰れよ、ボケ」と仏頂面で吐き捨てた。
テリーの不機嫌な声が聞こえたクレアは顔を正面に戻して「すみません」と俯いた。
ちりちりと熱いのか冷たいのか分からない時間を過ごしていると、後ろで電話を切る音が聞こえた。クレアが妙に汗ばんだ手の平をズボンに押し付けたタイミングで、ふわりと背中に男の立つ気配。
「お待たせしました。出迎えが彼で怖かったでしょう?」
ぎゅっと体を縮めていたクレアは、上から注いだ柔らかい声音に顔を上げた。ソファ越しに振り返ると、ソファの背に手を突いたザックがにっこりと笑っていた。
「紅茶かコーヒーを用意します。どっちがいいですか」
「あっ、はい、紅茶で……」
ひっくり返りかけた声でクレアが答えると、ザックは「あと少し待っててください」と優しく声をかけてリビングから出ていった。
クレアがザックの物腰の柔らかさに落ち着いた息を吐く。少し出来た余裕で、探るようにテリーへ視線を向けるとサングラスと目が合った。どきっとしてまた顔を伏せ、ズボンに汗を染み込ませる。
ああ紅茶なんていいから早く戻ってきて!
そんなことを必死に思いながら、クレアはぱさぱさに乾いた喉の奥へ唾液を押し込んだ。
【第一印象】




