表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

企画参加作品

Drop it!

「今までありがとうな、ハルカ」

 そう言って、彼は私の手にふわり、とそれを乗せた。

「行かないでよ、オクトぉ……!」

 引き止めても、聞いては貰えない。判っている。

 だけどどうしても寂しさが勝って、私は涙を滲ませながら、渡されたマントを掻き抱いた。



 この別れは、よくある話でしかない。

 世界に星の数ほどある、VRMMOで偶然出会ってフレンドになり、ずっと一緒に遊んできた相手が、就職活動を始めるから引退する、と言ってきたのだ。

 よくある話だ。

 だけど、この喪失感が埋まる訳じゃない。


 オクトは男性キャラだ。防具の類は性別によって装備できるかどうか決まるものが大半で、それをお別れに、と分け与えるのは、大体同じ男性キャラの友人たちになってしまう。

 その中で、最も目にする面積が大きかったマントを、男女共通装備だからといって私にくれたのは、ちょっとだけ自惚れてもよかったのかな、と思う。


 彼のイメージカラーは、赤だった。

 燃えるような赤毛に、赤と少しの黒を基調にした装備。気安く、誰とでも話してしまうオクトは、名前を覚えられていなくても、「あの赤い人」と言えば大体予想がついてしまう人だった。

 そんな彼の愛用していたマントは、白。

 それが彼のイメージを崩さなかったのは、それにかけられたエフェクトにあった。

 エフェクト自体は、大したことのないアバターだ。白い光を、周囲にきらきらと振りまくタイプ。私も持っている。

 オクトが成し遂げたのは、それを「染色」したことだった。

 彼が剣を振るう軌跡に沿って、赤と金の光の粒が舞う。その光景に、私は何度見惚れたことだろう。


 だから、私は。

 彼に貰ったマントを着るために、そのエフェクトを再現することに決めたのだ。



「……もぅ無理……。全然でない……」

 三日後、大学の部室で、私は机に上半身を伏せつつそうぼやいていた。

「若い女の子がそんなどろどろしてるんじゃないよ」

 呆れた声に、顔だけを上げた。

八木(ヤギ)先輩。しばらく来れないんじゃなかったんですか?」

「気分転換。ちょっと、今はエントリーシートを見たくない」

 どさり、と先輩は隣の椅子に座った。

「で、春日(かすが)は何に困ってんの?」

「オリオンの(やじり)が出ないんです」

「サソリの?」

 きょとんとしてまた尋ねてくる。

 先輩は、同じVRMMOをプレイしていて、先日就職活動を期に引退した人だ。

 こんな人が、全国できっと何千人もいたのだろう。

 私たちは、リアルの友人とネトゲで一緒にいたくないタイプだったので、お互い示し合わせて遊んだことはなかったが、攻略情報などはよく交換していた。

「鏃は山ほど出るだろ」

 何を言っているのか、という風に、彼は続けた。

「色つきです」

「あー、染色用かぁ」

 出にくいよなー、と、先輩は困ったように笑う。

「あれ、実はちょっと癖があってさ。ゲージが半分以下になったら、足を落としていって」

「足?」

「そしたら、尻尾の先がランダムで色が変わるから、目当ての色になったところで足への攻撃を止めて、頭部に攻撃。そしたら、その色の鏃が出やすくなる」

「無理言わないでくださいよ、そんな器用に部位破壊とかできません!」

 早くも音を上げた私に、先輩は意地の悪い笑みを見せた。

「出やすくなるだけだから、絶対出る訳じゃないんだよ」

「レアすぎる!」



 昼間の砂漠は、尋常でなく暑い。

 勿論、本物の砂漠に比べれば大したことはないのだろうし、そもそも∨Rだ。肉体に負担がかかるシステムにはなっていない。

 弦を引く視界の隅に、白いマントが映りこむ。

 でも、この色だけじゃ、物足りない。

 だから。

 本当に求めるものをごまかして、私は大きなサソリ型モンスターの足を狙って矢を放った。



「集まりました! ありがとうございます!」

 出会い頭に報告すると、先輩は苦笑して、お疲れさん、と返してきた。

「そういえば、何で染色アイテムが必要だったんだ?」

「……この間、友人(フレ)が引退して。その人と同じ装備を着るから、同じエフェクトが欲しいな、って」

 あの沢山の想い出を、忘れないために。

 いつでも傍らにあった、白いマントに映える、あの輝きを。

 ……まあ、染色は流石に生産職のフレに頼むつもりだけれど。そこで失敗したら浮かばれない。

 先輩は、大きく溜め息をついた。

「いいなぁ、そういう友達って。俺のフレも、少しは惜しんでくれたかな」

「先輩は面倒見がいいから、きっとみんな寂しがってますよ」

 遠い目で呟くのを、軽く慰める。

「もう懐かしくなっちゃったよ。様子見にログインしようかな」

「……もしも一週間で戻ってきたりしたら、流石にドン引いてぶん殴りますわ」

 オクトがあれだけの騒ぎを起こしておいて、と思うと、相手は別人だが、真顔でそう返してしまう。


 それでも、まあ、戻ってきてくれたら、嬉しいには違いないけど。

 だけどそれは、「勝利宣言」と共にして欲しいのだ。

 彼の屈託のない笑顔を、もう一度見たいから。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ