クレイジー
私の彼氏はクレイジーだ。
私がいる隣でキスしてる。
知らない女と。
薄暗がりのバーで別に好きでもない酒を飲んでいる。
彼氏と二人で。
急に会いたいと言われて来てみたはいいけれど、今までこういう場所でデートなんてしたことないし、気まぐれにもほどがある。
馴染みのない雰囲気。
理科室みたいにたくさんのビンが並んでいる。
だからと言って、それらを眺めていて面白いわけがない。
正直、場違いな空間に困惑している。
そんな私に追い討ちをかける彼氏のクレイジーっぷり。
突然、近くの女に声をかけてしばらくしたら一緒に戻ってきた。
当然、その間私は放置。
楽しそうな笑い声だけが聞こえてた。
そして、今は平気でキスをしている。
本当に気が狂っているとしか思えない。
たまにこっちを見てくるけれど、意図が全く理解できない。
わざと汚い音を立てているあたり、私がどんな反応をするか楽しんでいるのかもしれないけど、とにかくコイツは神経がどうかしてる。
もちろんムカついたので私は先に帰ることにした。
私が家に着いてから40分後、彼氏が帰ってきた。
「もしかすると一線を超えてくるのでは?」なんて予想もしていたのに、今夜もお早いご帰宅のようだ。
何も言わずに洗面台に行き、執拗にうがいを繰り返している。
「あー最悪だ、ホント最悪、なんだあの女。
たいして可愛くもねぇのに上目遣いでいい女感出してきやがって、マジ引いたわ。
OLやってまーすって、全然アピールになってねぇよ。
都内OLは一目置いてもらえるなんて勘違いしてんじゃねぇのアイツ。
しかも、これから歌舞伎にでも出演するんですかってくらいチーク塗りたくっててさぁ。
ちゃんと鏡見て来いよ。
毛穴のケアは杜撰だし、香水臭ぇし、性格までブスとかありえねぇわ。
あーあ、完全に選ぶ相手ミスったわ」
一人でぶつぶつ文句を言っているが、知らない女を口説いてキスまでした男の言う台詞ではないと思う。
「なんでいっつも嫉妬しねぇの?」
しかも、コイツはあろうことか私にこんな質問を投げかけてくるのだ。
「アンタがいなくなっても私の人生には何も影響ないからじゃない?」
適当に返事しておく。
実際、こんな最悪男、どこかで野垂れ死のうと私の知ったこっちゃない。
「はぁ……お前のそういうとこ嫌いだわ」
そっと私の隣に座ってくる。
コイツはクレイジーだ。
意地でも私に振り向いてほしいらしい。
外見は私もカッコいいと思っているけれど、頭の中が抜群に気持ち悪い。
独占欲が強すぎて、自分だけを見てほしい本気で願っているタイプだ。
まったくもって自分勝手すぎる。
愛の度合いは人それぞれで私には私なりの愛がある。
コイツは全然気づいていないが、なんだかんだ私はこのバカがそれなりに好きだ。
そうじゃなければ、こんなヤツと絶対付き合ったりしない。
ただ、素直な気持ちを伝えたら、コイツは私に飽きてしまうんじゃないかと不安になる。
だからつい素っ気ない対応をしてしまう。
その結果がこの有様なんだから、彼氏をクレイジーにしているのは私なのかもしれない。
「……正攻法で向き合えないヘタレ君なのに私の隣に座るの?」
私はソファーから立ち上がった。
珍しく情けない顔をしていた。
でも、今回は冗談抜きで反省してほしい。
どんな理由であれ、今日のコイツは最低な人間だ。
「今日は友達の家に泊まるから」
私はバッグを持って玄関に向かう。
ムシャクシャしつつもちゃんと見送りにくるのがコイツらしい。
「ごめん」
彼氏がぽつりと呟く。
ブーツを履いてる時の背中に言うなんて卑怯じゃん。
私も後ろを振り返らない。
ドアノブを回す音が冷たく響いた。
「14日、私と真剣にデートしてくれるなら予定空けとく」
その言葉だけ残して私は散歩に出かけた。
最初はメモに「私がいる隣でキスしてる」と書いてみた。
次にちょっとだけ付け加えた。
私の彼氏はクレイジーだ。
私がいる隣でキスしてる。
知らない女と。
このアンバランスな構文が好きでストーリーは全部後付けです。
バレンタインなのでチョコ絡みの濃密系にしようとも考えましたが、やめておきました。




