第7話 -朝食-
――チュン、チュン、チュン
「うーん……」
深い眠りの中、外の小鳥たちの賑やかな鳴き声に起こされた俺は目を覚ます。ゆっくりと目を開くと、何の模様も入っていない白い天井が視界に広がっていった。
「知らない天井……なんてセリフ、自分で言う日が来るなんて思ってもみなかったな」
などとくだらないことを言いながら、俺は静かにベッドの上で身を起こす。
「そういえば俺、異世界に来てたんだっけか」
そう、俺は隕石が真後ろに落ちてくるという不慮の事故で死にかけ、どういうわけかここ、モラカトレアという異世界に来ていた。俺はこの世界でミィアという少女に出会い、ネコ族を含め様々な種族が首の翻訳機を使って意思疎通しながら生活していることを教えてもらった。ミィアは俺の恩人だ。ちなみに俺は今、そんな恩人の家の一室にいる。もちろん、彼女の部屋ではないが。
結局あの後、ミィアを家に送った時、折角だから家に泊まっていってと言われた俺は、正直、金も行く当てもなかったので遠慮しながらもお言葉に甘えさせてもらうことにしたのだった。女の子と一つ屋根の下、寝泊まりするのなんて初めてだった俺は、正直緊張で眠れないんじゃないかと思ったが、異世界に来て色々あったせいかベッドに入った瞬間、ドッと疲れが押し寄せてきて、気絶するように寝てしまっていた。
そして今、異世界に来て二日目の朝を迎えている。正直、これからどうなるのか全く見当もつかない。だが、異世界モノの主人公としてこの世界に送られてきた以上、この世界のなにか大きな問題を解決させられたりするのだろうか。俺にそれができるのだろうか。不安しかない。だがその時、突然胸を締め付けるような感覚に襲われ、俺は戸惑う。
(ッ!!? な、なんだこの感覚は……この胸の痛み、どこかで……)
感じたことのあるはずの感覚。だが、どこか俺の知ってる感覚とは違う。近くて遠い感情。胸を押さえながら必死にそれを思い出そうとするが、混乱した俺の頭はどうしてもその答えにたどり着かない。頭の中が完全にこんがらがって、自分でも何を考えているのかわからなくなっているとコン、コン、とドアをノックする音が聞こえ、ハッと我に返る。ドアが開き、向こうの部屋からひょこっとミィアが顔を覗かせてきた。
「あ、もう起きてたんだね。そろそろ朝食が出来るからこっちにきて」
起きていた俺を見て、ミィアはそれだけ言うと再び隣の部屋に戻っていった。あまりにあっという間の出来事に俺は数秒ベッドに座ったままだったが、やがて胸を締め付けられる感覚が収まっているのに気づいた俺はミィアのいる部屋に向かうべく、ベッドを降りると隣の部屋へのドアノブに手を掛けた。
テーブルの上に用意された朝食を食べながら、俺はさっきの感覚はなんだったのだろうと考えていた。ちなみに、この世界は食事も違いがあるらしい。と言ってもみた感じではそれほど違いはなく、ミィアの家のような中、低層の家庭では、基本的には主食とおかずと飲み物が一般的なのだそうだ。
違いはまず、飲み物は水など家庭でそれぞれ違うのだが、容器がコップのような縦に長いものではなく、どちらかといえばお椀に近い形のものを使う。おかずはスープや炒め物が多いらしく、それほど違いがない。ただ、主食が少々変わったものを使っている。小さな木の実でクレの実というものらしいが、これを炙ると中身が膨らんでいき小さなフワフワの塊になる。食べるとパンのような食感で、味はあまりしない。これをスープにつけたり、炒め物と一緒に食べたりするのがこの世界の一般的な食事らしい。俺もスープにクレの実を浸け、それをスプーンのような食器ですくい口に運ぶ。やはり、クレの実自体は味がしないが染み込んだスープとふやけた実が中々相性が良く、これならクレの実を何個でも食べられそうな気がしてくる。まあ、パンでもそうなのだが。
そんなことを考えながら、優雅に朝食を摂っていると、先に食べ終えていたミィアが自分の部屋から出てきて
「じゃじゃーん! どう? 学校の制服なんだけど、似合ってる?」
と可愛らしい、けれどきちっとした服を身にまといながら、似合ってるかどうかの感想を求めてきた。
へー、それがこの世界の学校の制服なのか。正直めっちゃ似合ってる。子供じゃなかったら一目惚れしそうになるくらい可愛い。……あ、同い年だったか。
「ま、まあ、普通だな」
これでも精一杯褒めたつもりだったのだが、ミィアには不服だったらしく頬を膨らませながらこちらを睨みつけてくる。ご立腹のミィア様のために、俺はもう少し頑張って
「に、似合ってるんじゃないか?」
と褒めた。
なぜか疑問形になってしまったのを後悔しつつ、ミィア様の様子を伺うと今度は気に入ったのか嬉しそうに笑っている。
「ホント? ありがとう! えへへ」
「なんだよ、ニヤニヤして」
ただ制服姿を褒めただけなのに、ここまで喜ぶとは不思議なやつだ。
「べ、別にニヤニヤなんてしてないよ! ……ただ、制服姿を誰かに見てもらったのって初めてだったから、ちょっと嬉しかっただけだよ」
そういうと、ミィアは気恥ずかしそうにそっぽ向く。だが、俺はふと疑問に思い
「あれ? でもミィア、お母さんがいるよな? お母さんには見てもらってないのか?」
とミィアに聞いてしまった。
すると、ミィアはモルニ草の話をした時と同じ、悲しそうな表情で自分の母親について打ち明けてくれた。
「……そうだね、タカも異世界人だって打ち明けてくれたもんね……実は私のお母さん、病気で三年前くらいから入院してるの。身体が徐々に動かなくなる難病で、治療法が確立していない病気なんだって。今はもう完全に植物状態で、目も見えないの。だから、まだ制服姿を見てもらってないんだ」
そうか、ミィアが異様に喜んでいたのは初めての制服を親に見てもらった時の嬉しさに似ていたからか。そういえば、俺も高校に受かって届いた制服を母さんに見せた時、褒められて嬉しかったっけ。母親との記憶を思い出した俺は、きっとミィアもお母さんに褒められたらもっと嬉しいはずだと思い
「大丈夫、きっとミィアのお母さんは良くなるよ。そしたら今度はお母さんに制服姿を見せて、褒めてもらうといい。俺なんかに褒められるより、ずっと嬉しく感じるはずだよ」
と励ました。
それを聞いたミィアはニッコリと笑い、元の元気なミィアに戻る。
「うん、そうだね。励ましてくれてありがとう。きっとお母さんは良くなるよね。モルニ草には、それを実現できるだけの可能性が秘められているんだから」
「モルニ草? あれって傷薬じゃなかったっけ?」
俺はそう言いながら、昨日の薬を塗ってもらった傷を撫でる。もうすっかり痛みはなく、傷もだいぶ治ってきているようだ。
「うん、塗り薬にしたらね。でも、モルニ草本来の効能は有毒物質の排除。それがどこまでのものを排除するのかはまだ解明されてないけど、だからこそ、この花は病気や怪我で苦しむ人たちの最後の砦でもあるの。実際に、絶望的な病気からモルニ草の薬を飲んで完治した人もいる。だから、きっとお母さんも元気になってくれるはずだよ」
そうか……あの時ミィアがモルニ草の花言葉を教えてくれた意味が、今ならよくわかる。この花に希望を託して、もう一度お母さんと“再会”するために色々調べ、加工の仕方も覚えて少しでもお母さんが帰ってきたときの負担を少なくしようと、費用を抑えていたんだな。道理で詳しくもなるわけだ。
「……そうだな。今度は俺も花を集めるの、手伝うよ」
俺がそういうとミィアは嬉しそうに頷くが、ふと彼女は時計を見て慌てだす。
「うん! あ、もうこんな時間。もう行かなくちゃ」
ミィアは慌ただしく準備を済ませると、鞄を持って玄関のドアを開いた。だが、玄関で立ち止まった彼女は前を向いたまま、俺に話しかける。
「あのね、さっきはお母さんに褒められた方が嬉しいって言ってくれたけど、タカに褒めてもらった時もすっごく嬉しかったよ。だからタカも『自分なんか』なんて言わないで。ねっ!」
そういうと、ミィアは振り返りニッコリ笑う。そしてまたすぐ正面を向き直し、足早に玄関から出て行ってしまった。
ミィアが学校に向かった後、俺は食べ終わった朝食の食器を片付けながら、今日することを考えていた。この世界について、昨日調べたお陰で大体のことはわかった。だが、特に危機的状況に陥っているわけでもない今、何をすればいいのかさっぱりわからない。このまま今日一日、日本にいた頃みたく引きこもっててもいい気がしてきた。
そんな邪念が頭をよぎるが、決して裕福ではないミィアが異世界人の俺を家に泊めてくれただけでなく、食事まで用意してくれたんだ。貧しい彼女に、これ以上迷惑はかけられない。とりあえず、なんとか金を稼ぐ方法を見つけなくては。異世界モノによくあるギルドとか、討伐とかはないのだろうか。とりあえず、街にでもまた行こうかなと考えていると、ふとミィアの制服を思い出す。
「学校……か。もう一年も行ってないんだよな。……行ってみようかな」
★ 空宙の流星、第1章も後半戦に入りました。ここからはミィア視点の回も書こうと思っています。前書きにも一応どちらの視点か書くつもりですが、基本、冒頭に俺、私などのどちらの視点かわかる工夫をしてみますので、もしそれでも読みづらい場合はコメント等でご指摘いただければありがたいです。
▲ [‘19 01/15 追記]一部文章を変更、追加しました。本文上部の「不慮の事故」が少し曖昧な文だと感じ、「隕石が真後ろに落ちてくるという不慮の事故」というように文を追加しました。また、それに伴う文章の違和感を修正するために一部文を変更しました。