第3話 -知識I-
先ほどからミィアに言われるがまま彼女の家に向かって歩いているのだが、さっきからほとんど会話がない。もっとこの世界のことについて知りたいのだが、コミュ症の俺に話題を振れるほどのトーク力はなく、何か話の種がないかと辺りを見渡すが、あるのは広い草原だけ……万策尽きたと正面を向きなおした俺の視界に、前を歩くミィアが映る。
彼女の綺麗なストレートの黒髪が風になびくたび、日の光に照らされてキラキラと煌めく。そんなミィアに見とれていると彼女の持つ、黄色い花がたくさん入ったカゴに気が付いた。
「その花はなんて名前なんだ?」
俺がそう聞くと、ミィアは立ち止まり花を一輪カゴから取り出し
「これはモルニ草といって、昔から薬草として使われることの多い花なの。これを飲むと体内の毒などの有害な物質を排除してくれる効果があったり、あとは塗り薬として使えば消毒や傷薬にもなるんだよ」
と親切丁寧に説明してくれた。
まさか、花の名前を聞いただけでその効能や使用方法まで教えてくれるとは。
「詳しいんだな。その花が好きなのか?」
俺がそう言うと、彼女の表情が少し暗くなる。
「……好きっていうのはちょっと違うかな。ただ、この花の事はよく知ってるだけ……ねぇ、この花の花言葉、知ってる?」
「いいや」
「……再会よ」
そういうと、彼女の瞳はかすかに潤む。何か、この花には大切な思い入れでもあるのだろうか。悲しそうに俯く彼女に何か声をかけようとするが、気の利いた慰めや励ましの言葉がなにも思い浮かばない俺は、ただ気まずそうに目をそらすことしかできない。それから再び歩き出した後も、俺たちは彼女の家に着くまでの道中、一度も言葉を交わすことはなかった。
「ここで待ってて。今薬を持ってくるから」
しばらく草原を歩いたのち、たどり着いた小さな家に俺は招き入れられ一脚の椅子に座らせられていた。ミィアはここで母親と二人で暮らしているのだそうだ。俺は彼女の母親に挨拶をと思ったのだが、今は留守のようだった。
ちなみにミィアはいつのまにか、初めの頃の元気な彼女に戻っていた。緊張が解けた俺は、部屋の中を見渡すと周りの違和感に気付く。やはり、内装や家具のデザインが俺のいた世界のとどことなく違う。初めて彼女の耳を見た時から確信はしていたが、改めてここは別の世界なんだと感じる。この家の雰囲気から、日本よりは文明が遅れているようだが、こういった小説によく使われる中世時代ほど、技術や文化は古くないようだ。
「おまたせ。これを塗れば消毒もできるし、傷も早く治るはずだよ」
そう言いながら彼女は、小さな瓶を手に俺のいる部屋に戻ってきた。彼女が小瓶のふたを開けると、中には黄色い粘り気のあるジェル状の物体が入っている。
「あ! これってもしかして……」
効能を聞き、色を見た俺はハッとこの薬の正体に気づく。それを聞いた彼女はニッコリ笑い、薬を俺の傷に塗りながら薬の正体を教えてくれた。
「そう、これはモルニ草から作った塗り薬だよ。この花を薬草や塗り薬に加工して、それを街で売って生活してるの」
「えっじゃ、じゃあそれって商売道具なんじゃ……お、俺、ここにきたばっかりで金なんて持ってないけど...」
商品を使わせてもらっている以上、幾らかお金を払わないと。一瞬、たった四円でも善心から募金なんてするんじゃなかったと思ってしまったが、よくよく考えたら別の世界で日本円が使えるわけがない。そんなことを考え、オドオドする俺を見た彼女は再び可愛らしく笑い
「ふふっ。大丈夫、これは私が自分で使うように置いといてる物だから、お金なんて取ったりしないよ」
と説明する。
「そ、そうなのか」
一応、良心で治療してくれていると分かり、俺は心の中でほっと胸をなでおろす。だが、安心したのも束の間、可愛い女の子に薬を塗ってもらっている今の自分のシチュエーションに気付き、再びオドオドしてしまう。しかし、そんな俺の動揺に、彼女は気付かず顔の傷に薬を塗り始め、俺と彼女の顔が自然と近づく。
(近いなぁ)
傷を探す彼女の瞳が真剣にこちらを見つめてくるが、俺は恥ずかしさのあまり、彼女の顔すら直視できない。頬を赤らめながら何か別のことに意識しようと視線を動かすと、彼女の頭の上で時折動く可愛らしい獣耳が目についた。
「その耳って本物……だよな?」
「え? ああ、そうだよ。私はネコ族って種族なんだ。そういえば、タカはなんて種族なの? タカみたいな姿の種族、見たことないけど」
一瞬、質問の意味がわからなかったのか戸惑う彼女だったが、すぐに自分の耳のことだと気づき俺の問いに答えてくれた。また、彼女の言い方から察するに、この世界には何種類か種族が存在するらしい。ネコ族、なんかいいな。ゲームやアニメみたいで。俺みたいな人間の種族は、この世界では少ないのだろうか。それとも単に彼女が見たことがないのかもしれないが。
「そうなのか? まあ、教えてやってもいいけど……そんなに知りたい?」
俺が含みのある言い方をすると、彼女は興味を持ったのか目を輝かせて、うんうんと首を縦に振った。
「実は俺、人間って種族なんだ」
意気揚々と自分の種族を言い、彼女がどんな反応をするのかと楽しみに返事を待つ。だが、返ってきたのは彼女の笑い声と信じられない事実だった。
「ぷっ、あはははは! そんなの知ってるよー! 人間の、なんて種族かを聞いてるんだよ」
今日一番の笑顔で笑う彼女は、お腹を抱えながら大爆笑していた。
決して俺はジョークを言ったわけではないのだが、どうやら俺は勘違いをしていたらしい。彼女の話を聞くに種族とは、人間という生物をさらにいくつかの種類に分別したものをいうらしいな。俺の世界の人種に近いものなのだろうか。だとしたら今の俺の答えは、なに人ですかと聞かれて人間と答えたくらいに間抜けなものだったのだろう。正直、結構恥ずかしい。
「じ、実はわからないんだ。俺のいた国ではみんな同じ種族だったから、自分が人間だってことぐらいしか知らないんだよ」
もちろん嘘はついていないが、あまり自分が別の世界の人間だと公言するのもよくないだろうから、あえてそのことは伏せて弁解する。するとやっと笑い終えたのか、彼女は涙目になりながらある提案をしてきた。
「そうなんだ。私もそんなに種族に詳しくないからなぁ……あ、そうだ! 図書館に行けば、何かわかるかも!」
★ ミィアちゃんはネコ族でしたね!
次話はタカくんの飛ばされた世界にはどんな種族がいるのか、どんな所なのか、などの色々な説明をする回になります。頑張って説明口調にならないように書いていますが読みづらかったらすいません。