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第6話 -菓子-

 入団届けをムォウに渡した後、ムォウは用事があるといい嬉しそうに紹介所を後にした。さて、俺もクプゥの(もと)へ戻らないと。結構時間が掛かったし、クプゥ怒ってないかな。俺は特別雇用の部屋を出て、クプゥのいる受付まで戻ってくる。だが、待合用のイスに座るクプゥは俺が戻ってきたことに気がつくと頬を膨らませながら俺を睨み、プイッとそっぽを向いてしまった。これは完全にご立腹してますね、クプゥさん。まあ、そんな仕草も可愛いのだけれど。


「ごめんクゥ、遅くなった。さあ、用事は終わったし、約束通り遊びに行こう。クゥはどこ行きたい?」


 俺はクプゥにそう聞くが、俺と目を合わせようとしないクプゥは頑なに口をつぐむ。どうやら、すっかり拗ねてしまったようだ。仕方なく俺はそんなクプゥを連れ、しきりに俺に向かって頭を下げる受付をよそに職業紹介所を出たのだった。

 その後、何度かクプゥに話しかけたが、依然クプゥは拗ねたままだった。どうしたものか。何か機嫌を直すいい方法があればいいんだがな……そんなことを考えながら歩いていると、ふとクプゥの足が止まる。どうしたのだろうと俺はクプゥの視線の先を見ると、そこには一軒のお店があった。看板に文字は書かれていなかったが、代わりに何やらお菓子のような絵が描かれている。よく嗅ぐとほんのり甘い香りが漂ってきていた。


「あのお店、行ってみるか?」


 俺はクプゥにそう聞くが、再びクプゥはプイとそっぽ向く。だが、その場で微動だにしないところを見ると、行きたいんだな。俺はクプゥの手を取り、彼女を連れてそのお店に入る。甘い香りは色濃くなり、俺の味覚を刺激する。だが、その匂いは決して刺激的ではなく、優しくふんわりとしたものだった。店の中には看板同様、色とりどりのお菓子が並んでいる。しかし、その場にあるのは絵ではなく本物。どれも綺麗で、美味しそうだ。


「いらっしゃいませ」


 店に入ってきた俺たちを見て、店員が笑いかけてくる。優しそうな人だ。この人がこのお菓子を作っているのだろうか。


「どうも。ここはお菓子屋さん……ですよね。看板には共通文字が書かれていませんでしたけど……」


「はい、そうですよ。ちょっと分かりづらかったですか? 頑張ってお菓子の絵を描いたんですけど、やっぱり下手ですよね……ごめんなさい!」


 ちょっとした疑問だったのだが、店員は俺に向かって頭を下げる。


「あ、いえいえ、そんなことないですよ。絵はすごく上手だと思いますし。ただ、俺がお菓子を知らなかったので、文字が無くてお菓子屋さんかどうかわからなかっただけです」


 もちろんただのお世辞ではなく、本当に彼女の絵は上手かった。それはもう、目の前のお菓子と瓜二つなほどに。おそらく、あの絵ならまず間違いなくこの星の人々はここがお菓子屋だとわかるだろう。ただ、俺がこの星のお菓子を見たことがなかったために、絵だけでここがお菓子屋だという確証が得られなかったのだ。


「ホントですか! それなら良かったです! ふふっ、それにしてもお菓子を知らないのにお菓子屋に来るなんて不思議な方ですね」


 そういうと彼女は、ホッと胸を撫で下ろす。口に手を当てて笑う彼女に俺はちょっと恥ずかしくなり、顔を赤らめながら頭を掻いた。だが、その時。

 ――ぽんっ

 柔らかい何かが背中を小突き、俺は振り返る。そこには俺の背中をぽんぽん殴りながら、相変わらず俺と顔を合わせようとしないクプゥが居た。なにか怒っているみたいだが……ああ、早くお菓子を食べたいのか。


「すいません。何かお菓子が欲しいんですけど、おすすめとかってありますか?」


「おすすめですか? そうですね……あ、これなんてどうです? 新作で結構自信あるんです! それに、ウサギ族の子なら気に入ってくれると思いますよ」


 店員はそう言いながら、ショーケースから一つの小さなケーキのようなものを取り出す。そして、クプゥに向かって笑いかけた。


「このケーキは野菜を混ぜて作ったものなんです。とっても美味しいですよ」


「へー、じゃあそれを二つください」


 確かに野菜が好きなクプゥは喜びそうだ。注文を終え、料金を払った俺は店内に設置されている席に着く。こじんまりとした、せいぜい二人から三人程度がくつろげるテーブルとそれに合うデザインの椅子が二つ置かれている。そのセットが二組あるくらいだった。俺が席に着くのを見て、クプゥは俺の向かいにあるイスを動かすと俺の横にぴったりつけてそのイスに座る。そこまでして俺と顔を合わせたくないのだろうか……ちょっと寂しいな。やがて、店員が例の野菜ケーキと飲み物を持ってきてテーブルの上に並べる。そして、


「ごゆっくりどうぞ」


と言って店の奥へ消えていった。

 俺とクプゥは早速、野菜ケーキを食べてみる。それはもう、美味かった。ふわふわの柔らかい生地にトッピングされたクリームと果物。とても野菜が入っているとは思えない自然なスポンジケーキからは、不思議と濃厚な甘さを感じられる。おそらく、普通の甘味料ではこの甘さは出せないだろう。使っている野菜独特の甘さなのかもしれない。あまりのうまさにクプゥだけでなく、俺まで一瞬で食べてしまった。これはすごい。彼女が自信作だというだけのことはある。


「にぃに! これおいしい!」


 あっという間にケーキを食べてしまったクプゥは、俺に向かって嬉しそうに笑う。おお、頑なに口を閉ざし、顔も合わせてくれなかったクプゥがこんなに満面の笑顔で……すごいケーキだ。正直もっと食べたいが、ミィアから貰った僅かばかりのお小遣いを無駄遣いはできないな。だが、せっかく美味しかったので普段家ではほとんど野菜を食べないミィアのお土産として一つ買い、お菓子屋を後にした。その後はすっかり機嫌の良くなったクプゥと色々見て回り、やがて空がオレンジ色に染まる頃、俺はクプゥを孤児院まで送って彼女と別れるとミィアの待つ家へ、みやげ話と本物のお土産を持って意気揚々と帰っていたのだった。

★前話のあとがきはすいませんでした! 次話からが第3章の大詰めとなります! 仕事を手に入れたタカくん。喜ぶ彼が見たものとは……!?


P.S.次話から雰囲気を大切にしたいため、あとがきを書かないかもしれないですが、ご了承ください。

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