第16話 -再会-
グラウンドの端から端まで吹き飛んだオルガはそのまま動かなくなり、やがてグラウンドに残っていた何人かのオークが動かなくなったオルガのところに集まっていった。なにやらつたない言葉で話し合っていたオーク達だったが、話がまとまったのかオルガを担ぐとどこかへ行ってしまった。
オーク達が撤退した後、すぐにウォンが駆けつけて来てくれた。おそらく、どこからか隠れて見ていたのだろう。ウォンと一緒にいたのか、ミュウも陰から顔を出してきた。
「あの鎧を着たオークを倒してしまうとは……とにかく、君たちの治療をしないとな」
そういうと、ウォンはミィアの元へ行き容体を確認し始める。隣でミュウがボロボロになったミィアの手を取り、泣きながらごめんなさいと繰り返していた。やがてミィアの診察を終えたウォンだったが、その表情は暗く、眉をひそめている。
「ミィア君は……残念だが、もう助からないだろう。ここで処置できるレベルの傷では到底ないし、かといってここからでは一番近い病院まで彼女を担いで走っても三十分はかかる。それでは間に合わない……すまないが、もうやれることはない」
悲しげな表情のウォンは、申し訳なさそうに俺から視線をそらした。だが、ミィアが助からないと聞いた俺はそんなウォンに詰め寄る。
「そ、そんな! どうにかならないんですか!? ……そうだ、救急車とか呼べばいいんじゃないんですか!」
「救急車? ああ、車のことか。病院にそんな高級なものがあるわけないからな。車自体、持っている人の方が少ないだろう」
くそっ! こんな時にこんな形で俺の星との違いが出てくるなんて……何か方法はないのか!? すると、ミィアのそばで泣いていたミュウが
「わ、わたくしの家になら車がありますわ。ただ、ここまで来てもらってから病院に連れて行くとなると、二十分ほどかかると思いますわ」
と提案してきた。
だが、ウォンは静かに首を横に振る。
「いや、それでは間に合わない。彼女は遅くても、あと十分が限界だろう」
それを聞いたミュウはがっくり肩を落とし、さらに激しく泣き出してしまう。もはや、万策尽きた状況だった。
しかし、そんな状況でも俺は諦めてはいなかった。いや、諦めたくなかっただけかもしれない。やっと気づけた自分自身の現実で、守りたいもののために全力を尽くして強敵を打ち破ったのに、結局守れなかったなんて思いたくない。俺はふらつく身体に再び鞭打つと、ミィアを背負いウォンに問う。
「ウォンさん、病院はどっちですか?」
だが、俺がなにをしようとしているのか気がついたウォンは必死に俺を止めようとする。
「なっ! 無茶だ! 間に合わないといっただろう。それに、君だって怪我が酷くてふらついているじゃないか!」
だが、俺の決意は揺るがず、ウォンに背を向けたまま裏返りそうな震える声で心の底から叫んだ。
「今まで俺はずっと怠惰に過ごしてきたんだ! 現実から逃げて、逃げ続けて……だからこそ、今くらいは無茶しなきゃいけないんだよ! もう誰かの死に顔を見るのだけは嫌なんだっ……!」
母親の死から逃げるように過ごしてきた日々。誰とも関わらず、自分の殻に閉じこもって感じ続けていた心の孤独。それでも彼女と出会ってしまった。関わってしまった……俺にはもう、誰かの死を目の当たりにする勇気はない。それを見るくらいなら、彼女を死なせてしまうくらいなら、俺は死ぬ気でこの子を救う。俺はそう決意していた。
俺の決意を聞いたウォンは一度目を閉じ小さくため息をつくと、観念したのか病院への道のりを教えてくれた。そして最後に、ウォンは俺の手を握ると頭を下げながら強く懇願する。
「タカ君、わたしは間違っていたよ。例え可能性がゼロに近くても、人を救う側のわたしが諦めてはいけなかった。だから頼む。どんなに小さな可能性でもそれを見つけ出し、彼女を、ミィアを救ってやってくれ!」
俺はウォンの言葉に頷くと、気合いを入れ直して力強く一歩を踏み出した。
走り出した俺はものすごい速さで走っていた。景色は次々と流れて行き、まるで自分が車になったかのようだ。
(急げ! もっと速く……!)
俺はただ、ひたすらに走り続けた。もし、この背中に響く小さな鼓動が止んでしまったら……そう考えると怖くてたまらなくなり、俺は一層足を速める。やがて、ウォンの言っていた病院が見えてきた。
病院に駆け込んだ俺はすぐさまいきさつを話し、ミィアを診てもらうように頼んだ。俺の背負うミィアの姿を見た医者は直ぐに手術を行うといい、ミィアを担架に乗せると手術室らしき部屋に複数の看護師と一緒に入っていってしまった。俺は病院内にある椅子に座ると指を組み、神のいないこの星で祈る。
(ミィア、無事に帰ってきてくれ)
手術が始まってから数分が経った。未だに手術は続いている。すると、不安そうに待つ俺のもとに、一人の看護婦がやってきた。手には小さな小瓶が握られている。
「あなたは現在手術中の子を連れてきてくれた人ですよね。あなたもひどい怪我を負っています。とりあえず、薬を塗りますので傷を見せて下さい」
そういうと看護婦は小瓶の蓋を開け、中に入っている黄色いジェル状の物体を指で掬い出した。
「それは、モルニ草……ですか」
「そうですよ。よく知ってますね。傷によく効くんです。市販品ですけど、この地方の特産品で確かこれはこの辺りで採れたものだそうですよ」
看護婦はニコリと俺に笑いかけると、薬を俺の傷に塗り始める。薬を塗られたところの痛みが和らいでいくのを感じるたび、俺の心から痛いくらいに感情が溢れ出る。
ああ、まただ。どんなに辛く苦しい時でも、生きるか死ぬかわからないこんな状況でさえも、君は俺を助けてくれているんだな……それなら俺も、この花に願うよ。ミィア、君との“再会”を。
★ ついにここまで来ました。次話で空宙の流星 第1章、最終話です! 次話は前半がミィア視点、後半はタカ視点となっております。
次話のあとがきには、今作についてのことをいくつか書きたいと思っておりますので、ちょっと長くなるかもですが、最後まで読んでいただけるとありがたいです。