懐しの神殿
英雄が戻ってきました。
冷たく、ひんやりとした感触が背中から伝わってくる。
空間の狭間に飲み込まれ、グワングワンと流されてきた先で、俺は仰向けに倒れたまま、状況の把握を急いでいた。
魔素がある。
まず感じたのはそれだった。
地球ではあり得ないほどに濃密な魔素。
そして、俺たちの回りを囲む人の気配。その一つ一つがただ者ではないことを告げ。濃密な殺気をこちらに向けている。
すぐに襲ってくる気配はない。
ゆっくりと目を開けると、薄暗い天井が目に入る。
かなり高い。
30メートル程あるのではないだろうか。
体を起こすと酔いのような倦怠感があった。そして頭が痛い。まあ、あんだけ振り回されればな。
周りの様子を見渡すと、俺達の回りを囲んでいるのは。白を基準とした体をダボッと覆う衣服を着たものや、所謂騎士鎧を纏った人。
『人間……なのか?』
騎士の一人が呟いた言語で、確信を持った。
ここは私が生まれ育った世界であると。
そんなことある?とも思ったが、向こうに行けたのだから帰ってくることもあるのか?という思考に落ち着く。
周りを囲む人間には明らかに戸惑いが見えた。
予想外の出来事が起きているらしく、ざわめきが広がっていく。
(さて?何が起こっている?)
わかることと言えば、あの空間の先がここに繋がっていた、ということ。
人には空間系の魔法は使えないはず。
となると……
(……まさか邪神が蘇ったわけでもあるまい。情報が足りん!わからん!)
『攻撃は中止、様子を見る、警戒は怠るな!』
指揮官と思われる人物が号令を飛ばす。
その号令で投げやりになっていた思考が戻ってくる。
(さてと)
周りを見渡す。
あの空間の切れ目は教室を抉るようにして俺たちをここに運んだらしく、鞄や机、椅子、そして床や壁の一部が横たわっていた。
(よく、誰も下敷きにならなかったな…)
そう状況を確認していると、
『貴様らは何者だ!』
と先程の指揮官が叫び、問いかけてきた。
それに対して俺たちクラスメイトは
「何、言っているんだ?」
「ここはどこだ?」
「ちょっとワケわかんないんだけど?」
「やべ、吐きそう」
案の定混乱していた。
それもそのはず。急に知らない場所に放り出され、邪険な空気に触れさせされる。さらに指揮官らしき人間の話す言葉は、日本語ではなく、こちらの世界で共通語と呼ばれているもの。理解できる言語ではない。
翻訳の魔法がかけられている感じもない。
俺以外はわかっていないはずだ。
「み、みんな、お、落ち着いて!取り合えず話を聞いてみよう!」
青木先生が声をあげる。こういう時に冷静に判断できて役に立つ大人は素晴らしいと思う。
あれ?でも心なしかワクワクしているような……
「きっとこれは異世界召喚だ。きっと彼らは世界を救ってくださいって言っているにちがいない!」
………この人そういえば重度のオタクだった。
補講のプリントの題名が「Re:ゼロから始める基礎科学」だったり、「ありふれた化学反応でセンター最強」だったりするもんだから…うん。
この殺意に溢れた空気でそれはないだろう。
気がついていないのか?
頭でも打ったのか?
「先生…何言ってるの?」
「アホだ、アホがいる」
先生の衝撃発言によって、むしろ生徒が落ち着いていた。
……ナイスだな先生!
「おっほん、取り合えず先生が話を聞いてみる!みんなはここで待機していなさい!」
鼻息が荒い先生に、一歩引きながら生徒は頷いた。
そして数分後、
先生は撃沈した。
それもそのはず。言語も文化も違う人間がものの数分で意志疎通をはかれる訳がない。
「普通、異世界召喚って言葉が通じるんじゃないのかよ…」
とぼとぼと戻ってきた先生は口を開くと、
「取り合えず……なぜか警戒されているらしい…いきなり剣を抜かれた……。だが……すまん、何をいっているんだかわからない。すまん、役立たずで…グスン…」
「先生、大丈夫ですか?」
「主に頭が」
「違うでしょ!大丈夫です先生、何とかなります!」
「よし、俺も試してみる!」
落ち込みに落ち込み涙ぐみ始めた先生を見て、逆に生徒が冷静さを取り戻し始めている。騎士達までもが。そして俺たちも、と、各々にコミュニケーションを取りに行こうとしていた。
パニックが修まったのはなぜだかわからないが、あれを見るとかえって落ち着くものなのだろうか。
(動くか……)
俺たちが飛ばされてきたこの場所は、体育館程の広さのある場所。天井までの高さもそれなりにあり、窓はなく壁や天井、床に規則的に光源が設置されている。
俺たちがいる場所は神官や騎士達がいる場所より段一つ高くなっていて、さらに奥、俺たちの背後にはもう一段高くなっており、神々を奉る祭壇がある。
側面の壁にはこの世界の神話を元にした壁画がかかれていた。
間違いない。ここは我が国、ミネリア皇国、パミリオール地下神殿だ。
(ふぅ。……よし)
意志疎通ができなくて、騎士や巫女、神官達がオロオロしている。
そのなかで、比較的落ち着いているように見える、それだけではない。こちらをよく観察している巫女に声をかけることにした。
(かなり小柄だな。十一、二歳といったところだろうか?)
向かいの家に住んでいる。中学生の女の子姉妹よりも小さい。
『っ!?』
近寄ると露骨に拒否された。ショックだ。
静かにして欲しいと、小指を立てて尋ねる。
『ここはパミリオールだね?すまないが、今日の暦を教えてくれないか?』
巫女が目を見開いた。巫女は咳払いをし、一呼吸吐くと
『貴殿は…言葉がわかるのですか?』
『あぁ、だから質問に答えてくれ。建国歴何年だい?あぁ、敵対する意思はない。』
気を張ってはいるが、脅えている巫女に敵意はないと、掌を見せて笑いかける。
『…今は建国暦355年です』
巫女は少し怪しむような目を向けたあと、丁寧に答えてくれた。
ミネリア帝国が建国したのは死ぬ50年ほど前、
(ふむ、つまり私が死んでから300年ちょいということにるのか……まだ多分知り合いもちょくちょく生きてるかな?少しして落ち着いたら会いに行こう。しかし、なんて説明すれば良いだろうか?「久しぶり!転生したんだ!!…うん、止めておこう、ただの変人だ。基本隠していよう。)
『…貴方は敵なのですか?』
すると、巫女が手にしていた杖を握る力を強めていた。
気付かれないよう密かに魔力を練り、いつでも攻撃できるように魔法の準備をしている。
今攻撃されたら録な防御もできず、吹っ飛ばされるだけだ。
『こちらから危害を加える気はないよ。まあ、そちらに敵対の意志がある。ということなら多少の抵抗はさせてもらうけど…』
その魔法の前じゃ意味もないかな。と言ったとたん、距離を取り、杖を突きつけられる。
『ほ、ホントに死んじゃうかもだからやめてね。」
冷や汗を流しながら、余計なこと言うんじゃなかった。と後悔する。
その巫女はじっと、怪しむような視線を向けたあと、杖を下ろす。
『…敵ではないのなら保護対象のはずです。無下には扱われないはずですが。』
『そいつは良かった。』
この世界、昔は人権なんて概念はなかったのに、少しは成長しているようで助かった。
さて、どうしたもんか、と思考を巡らせていると。
『あの、貴方にお願いがあるのですが』
『なんでしょう?』
『是非、通訳をお願いしたいのですが、他の方々は私達の言葉がわかっていない様子ですし……』
回りではまだクラスメイト達が四苦八苦している。
それを見てのことだろう。
しかしだ。
『すまないが…それはできない。言葉がわかるということを、仲間達に知られなくないんだ。そして君も、このことは他言無用でお願いしたい。』
私が「英雄」だということを言うと、少々めんどくさい気がする。
別に「この世界に来たことがある。」とかでも良いんだけど…
『……しかし、このままでは混乱を招くだけ。お互いにとっても有意義な話だと思うのですが…』
もちろんこのままではいけないので、打開策の一つとして、魔法名を挙げてみる。
『翻訳魔法、知らないかい?』
『翻訳魔法…ですか?文献では見たことがあります。精神魔法の一つだったかと。』
『その通りだ、使える奴がここにいるだろう?彼女が。この魔力は彼女のものでは?』
地上を指差しながら、問う。
先程から、一つだけ懐かしい魔力を感じていた。この身体でも魔力感知位はできるらしい。まだ魔素に慣れていないため、さらに詳しい感知は出来ないが。
『はい、大賢者様がいらっしゃいますが………。…貴殿は一体……?』
魔力から人物を当てるという、普通出来ない芸当をした俺に巫女が驚いていた。
『悪いが詮索はしないでくれ。』
頼む、と頭を下げる。
『……わかりました。大賢者様に御願いして参ります。』
『くれぐれも俺のことは伏せておいてくれよ。』
『……貴方の言う通りにしましょう。』
じっと見るような視線を送ってきた巫女。
こう言っておけば彼女は嫌でも探って来るだろう。
自分から言い出す訳でもなく、彼女らの方から自分が英雄と呼ばれる存在であった者だ、とバレるのならあまり問題にならなそうだ。という打算(?)
少しずつボロを見せていく。
なんなんだこいつ、と始めは思われるかも知れないが、自分から話すのはなんだが無図痒いのでそうしよう。
それに、別にバレなくてもいい。それまでは青井秀一としてこの世界で地球に戻る方法を探すだけだ。
それに、こういう情報は大抵上位にいる人間に伝わる。
そうすれば昔の仲間たちへのコンタクトもとりやすいというものだろう。
うん、完璧。か?
そんな雑な画作を働かせ、これからの行動を考えていた。
それを理解したかしなかったか、巫女は一礼すると指揮官の元に駆けて行った。
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