後編
***二週間後
エリーはヴィクトリアの生家であるキャンベル公爵家でお茶会を開いていた。
卒業パーティーの当日から、安全の為公爵家に滞在させてもらっていたが、同好会の最後の仕上げとしてヴィクトリアに提案されたのである。
緊張しながらも前日から下拵えをし、手を震わせながらも高価な茶器を扱い会場を整えた。
そして茶会の現場でゲストの面子を確認して、卒倒するのをどうにか堪えた。
「そう硬くならずともよい。ここは非公式の場だ。儂らはただの通りすがりのゲストに過ぎない。」
「そうですよ。珍しい菓子と茶を楽しむ場ですもの、どうかリラックスなさって?」
ーーーーー無理です。
ヴィクトリアのご両親達はまだ良い。なぜここにオリヴィアのご両親とノーラの父そして何より国王夫妻と学園長がいるのだ。護衛と毒味はどこにいる。
主催者よりも主催者らしい重々しい面々に顔が引きつった。
エリーは頭を一振りして気持ちを切り替えると、お茶っぱをポットに入れてお湯を入れた。
「ーーー美味い」
「本当。美味しいわ。」
「大きな口を開けずに一口で食べられる大きさなんて、新鮮ねー。」
「いろんな歯応えや味があったり、色も飾り付けも豊富で可愛いわ。ついつい食べ過ぎちゃいそう」
「ふむ、あえて味はつけず、好みのジャムをつけて自分で調整するのか。」
「茶葉が混ぜてあるな、甘過ぎず儂にはちょうど良い」
「大きさが違う皿3枚を一本の支柱で上中下で繋げ山のような形にして、幅を取らずにたくさん盛れるようにしたのか……すごい工夫だな」
毒味もなしに舌鼓を打つ面々にエリーは遠い目をした。(一応味見はしている)
いずれも国家の重鎮であられる。笑顔で食べてくれるのは嬉しいが、二週間前情熱の赴くままにやらかした騒動を思えば頭が痛い。
とりあえず作法に則り自らお茶を入れ、国王陛下から差し出した。
陛下は一口口をつけてカップを置くと、おもむろに口を開いた。
「まずはエリー嬢に詫びよう。息子がとんでも無いことをしてすまなかった。
またヴィクトリア嬢達にも百万の感謝と謝罪を。息子の尻拭いをしてくれたにも関わらず、公衆の面前であのような愚行を止められず、本当に申し訳なかった。
これから一週間後に正式に調査結果の発表と沙汰を学園にて発表するつもりだ。
そなた達にはお咎めなし。むしろ王家と学園側より正式に賠償が支払われることになった。」
「学園側からもですか?」
「ウィルフレッドの望むまま教師まで迫害に加わったのだ。学園長自らがそう判断した。
それまで同じく被害に遭った生徒達にも同じように支払われる。
ウィルフレッドは取り繕うのが上手くてな。周りからは面倒見が良い王子と見られていたんだ。
エリー嬢が作成した映像と音声を記録する魔法具は大変有効で大いに貢献してくれた。
改めて礼を言おう。」
「私からもすまなかった。
学園長という立場にありながら、君達が動くまで事態を把握し生徒達を守る事ができなかった。
役員の生徒が次々と体調を損ねて退学するのを不審に思い調査していたのだが、なかなか証言と証拠が出揃わなかったためここまで被害が広がってしまったのだ。
多くの教師や寮監が買収されて調査も困難だった。
多くの膿を吐き出す事ができた。ありがとう。」
「我がキャンベル家からもお礼を。
元々王家を支えるための婚約で、娘の本意ではなかったのです。
幼い頃に顔を合わせ、婚約式を終えた後は頻繁に顔を合わせましたが、だんだん娘は笑顔を無くしていきました。
淑女教育の成果と思っていた為、ウィルフレッド殿下とクレメントに……『モラハラ』でしたでしょうか?を受けて虐待されていたとは、思ってもみませんでした。
あなたと会ってから娘は少しづつ笑顔を取り戻して行けたんですよ。
本当にありがとう。」
「我がノートン家からもお礼を。
オリヴィアは遅くにできた一人っ子であったため、令嬢としてではなく剣士として育ててしまったのだ。
我が家は代々武門の名門。男子として育てる事で剣技の後継をと愚かな親が考えたため、令嬢としての喜びを奪ってしまった。
12歳を過ぎてから、いきなり男の婚約者を充てがわれ女になれと言われても心がついていかない、と気付けなかった。婚約したルーク・マッカーサーも人格的に問題があったが、あちらの方が爵位が上なため娘一人に耐えさせる日々を送らせてしまった。
態度も言葉遣いも男のようだった為周りの令嬢達から浮いてしまわぬよう無理していたが、あなたが『それはオリヴィアの個性だ。無理して相手に全て合わせるよりも、あなたの個性を殺さずに出した方が良い』と言われ、肩が軽くなったと聞いている。
私は自分の思い込みと我儘から娘の心を潰してしまうところだった。ありがとう。」
「私からもお礼を言わせてもらえないかな?
私は元は庶民でね。魔力がとても高いので、魔法の名門のレイモンド家に婿入りして貴族の仲間入りしたんだ。でも夫婦仲は上手くいかなくてね。
魔法師になれる子供も二人できたけど、兄のカーティスはともかくノーラは魔力が魔法師にしては並でね。といっても一般から見れば充分高いんだけど、その事を事あるごとに妻と息子からあげつらわれて、ノーラは肩身の狭い思いをしてきたんだ。
だけど君に会ってから魔道具作りに目覚めてね。自信を取り戻してきたんだよ。
あの映像と音声を記録する魔法具といい、食料を冷やす冷蔵庫、お皿毎温める加温ボックスは傑作だったよ。ありがとう」
白い髭の年老いた学園長にも上級の名門貴族達にも感謝され、エリーは慌てた。
「私一人の力ではありません。
人は自分から変わろうと思い努力しない限り変われないんです。
嫌な自分はいつでも心のどこかにいるんです。不満ばかり言って何もしなければ変わらないんです。
勇気を出して自分を磨いて変わって行けたのは、間違いなくご息女達の力です。
そしてご息女達を支えてくださったのは、間違いなくご家族の皆様です。
どうかお顔をあげてください」
学園長と令嬢達の両親は微笑んだ。しかし、国王夫妻は沈み込んだ。
「ウィルフレッドもどうして変われなかったのだろうなぁ……」
「あの子には勿体なさすぎる婚約者であったのに……昔からヴィクトリアは努力家であったから、ソレに触発されれば少しは勉学に身を入れようとしないかと期待してましたのに……。」
気まず〜〜い雰囲気が流れた……。
言葉は通じても話が通じない人っているよねー。
エリーは遠い目をした。
あのありない映像のオンパレードを目の当たりにして、その場で王妃は倒れた。
驚いたウィルフレッドは駆け寄ろうとしたが、護衛の騎士に拘束されて側近達と共に搬送された。
長兄アレクもその際王族に対する暴行の現行犯で搬送されている。
「………あの〜、大変心苦しいのですが、我が兄はどの様な罪に問われるのでしょうか?」
すると国王を始めとする重鎮は皆遠い目をした。
「まず、エリー嬢のウィルフレッドに対する暴言・その側近に対する暴力は不問とされる。あの様な事が降り積もればあの発言も仕方ないし、暴力については正当防衛である。
……オースティン財務官もその流れで現行犯ではあったが正当防衛という事になり、事情聴取が終われば解放されるはずだったのだ。」
「正当防衛とはいえ相手は王族です。形ばかり2〜3日拘束されたのち、解放されるはずでした。
ところがオースティン財務官が責任を取ると自ら辞表を提出しまして、その事が警護騎士から城中に伝わり大騒ぎになったんです。」
「ハア!? 兄は確か下っ端でしたよね?なぜ大騒ぎに?」
普段兄は城で何をやっているのだろう……。
兄を信じてはいるが学園で地元と世間での一般常識のズレを痛感したため、少々猜疑心に陥る妹。
「3年前に王都で起こったドラゴンの襲撃事件とそれに乗じたクーデターを覚えているかね?」
「確か先の魔法師団長であった王弟がドラゴンの卵を学園に隠した為、怒ったドラゴンが急襲。
軍がドラゴンと対峙している間に王弟が、自分を支持する魔法師達を率いてクーデターを起こして王城を一時占拠。
国王陛下はドラゴンと対峙して事態を収拾していたので不在でしたが、王妃様と王子が人質に取られたんですよね?
確か城に残った文官達の蜂起により王妃様達は救出され、先の王弟一派は拘束されたと……」
「うむ。その時たまたま儂の近くに、当時一般科に在籍していたロバート・オースティンが伝令で来ててな……危うくドラゴンに襲われそうになったところ、回し蹴り一閃でドラゴンの横っ面を張り倒し、オリハルコン製の鎖で拘束。
身動きが取れない内に卵を回収しドラゴンに返したんだ。」
「褒め称える同僚に『兄に比べれば自分はまだまだです』などと述べているところへ、王城からクーデターによる王城占拠。少し後からクーデターの首謀者拘束の連絡が来たんです。
しかも、功労者は長兄のアレク・オースティン財務官でした。
文官達が蜂起したと伝えられていますが、実際は彼一人が王弟を拘束し、反乱軍を武装解除・拘束したんです。」
「その後事後処理が終わってから、試しに将軍閣下がアレク財務官と手合わせをしたのだが、彼は圧勝。
ついでに弟のロバートとの手合わせでは激しい打ち合いの末勝利したが、それでも汗ひとつかかなかった。
それ以後、オースティン兄弟は王城と学園の伝説になっていて、特に王城では熱烈なファンが溢れているのだ。」
………嫌なことを聞いてしまった………私は祖母似、長兄は父親似、次兄は母親似だから分かんなかったんだろうなぁ〜〜。将来文官として就職するつもりだったのに、面倒な事になりそうだ……。
「で、話は戻るのだがアレク財務官には保留の意向を示し、休暇をとってもらっていたのだが……エリー嬢の方から説得して貰えんだろうか。」
「彼は文官としても将来有望で人格も好ましい。我が王家の失態の責任を彼に取らせる訳にはいかない。」
「陛下、ウィルフレッド様達はどの様な処罰を下される予定なのですか?」
ヴィクトリアの何気ない一言に周囲の大人組は暗くなった。ノートン家以外の家には彼等の家族がいるのだ。
「まず、それぞれの婚約は解消。我が子ウィルフレッドは王位継承権剥奪。王族から追放・絶縁。
クレメント・キャンベルは廃嫡。ルーク・マッカーサーは家から絶縁。カーティス・レイモンドは服従の首輪をつけて廃嫡となった。
そして犯罪奴隷として鉱山送りになる予定だ。そこで一生被害者への賠償金を稼ぐ事になる。」
「一生、ですか?」
「被害者が多過ぎたのだ。中には妊娠・中絶を経験し生涯妊娠できなくなった者もいる。出産の際に死亡した者もいるし、自殺者や精神を病んだり体の機能を損ね寝たきりになった者も多く、遺族や家族への補償も莫大になった。」
ここまで至るまでに食い止めていたならば、と学園長は手を握りしめた。
役員に選ばれる程優れた生徒達だったのだ。彼等の将来を棒に振ってしまった。
学園長は責任を取り辞任しようとしたが、教頭が逮捕されたため後任が居らず5年継続する事になった。
「あの、マッカーサー家の我が家に対する反応は……」
「オースティン兄弟は我が国の最大戦力だぞ?国としても手放せないし、何よりマッカーサー家の三男の罪が罪だ。
マッカーサー家は彼を家の恥として嘆いている。アレク財務官を辞職させるくらいなら、自分ら一族が職を辞すと言ってきた。
実際祖父である将軍は後進に譲ると言って辞職した。父の騎士団長も辞職しようとしたが、副官ではまだ荷が重い。なんとか留めているところだ。」
一歩間違えば、冗談なしに国家存亡の危機である。
ここまで寒いお茶会があろうか。しかも寒気の発生源はこの国のトップの方々である。
令嬢達は恐れ慄いた。エリーは恐るおそる口を開いた。
「あの〜、こういうのはアリでしょうか?」
***
それから一週間後の始業式にて、正式に国王陛下から学園にて卒業パーティーで起きた騒動の顛末が明かされ、沙汰が降りた。
まず一般科2年ヴィクトリア・キャンベル公爵令嬢、魔法科2年ノーラ・レイモンド侯爵令嬢、騎士科2年オリヴィア・ノートン伯爵令嬢が、一般科2年エリー・オースティン男爵令嬢を迫害しているというウィルフレッド第一王子の訴え、は事実無根であると棄却された。
次にエリー・オースティンからの訴えである、第一王子ウィルフレッドとその側近による身分をかさにきた学園での傍若無人の振る舞いや他生徒への迫害は、事実であったと宣言された。
その調査で教頭をはじめとする複数の教員並びに寮監・生徒がそれに加担した事が判明。
彼らは拘束・収監され裁判にかけられることになった事。
学園は彼らに迫害された生徒に賠償を支払う事になった事。
学園長は責任を取って5年後まで後任を育てる事などが告げられた。
また、彼等の逮捕により空いた教員の席にグレッグ・マッカーサー元将軍、オリバー・キートン(元レイモンド侯爵当主。離婚後旧姓に戻った)元魔法師団長、アレク・オースティンなど数名が就任する事も告げられた。
問題を起こした第一王子達はそれぞれの婚約は破棄の上廃嫡並びに絶縁し、犯罪奴隷として鉱山で働き生涯賠償金を稼ぐ事になったと明かされた時、何人かが安堵のため息をこぼしたのだった。
***
公爵家のサンルームにて、エリーとヴィクトリアがまったりとお茶を飲んでいた。
「なんとかなって良かったわあ………」
「ほんっとうにギリギリでしたね……」
テーブルの上にヘタリ込む二人の令嬢。淑女なら決して褒められる行動ではないのだが、人払いしている今はそれを咎める者はいない。
「ヴィーちゃん、婚約解消と没落回避、おめでとう。」
「エリーさん、結婚回避おめでとうございます。
いやぁー、本当にエリーさんに土下座された時は目が点になりましたよ〜。
まさかあたしと同じく転生者だとも思いませんでしたし。」
「私もここがゲームの世界だとは思わなかったわぁ。
しかも私が乙女ゲームのヒロインで、ヴィーちゃん達が悪役令嬢?
冗談じゃなかったわよ。いくら王子でもアレはないよね。なんの罰ゲームと思ったもの。」
ウンウンとしみじみ頷く二人。
「ゲームでは大人気だったんですよ?ただやっぱり独善的っていうか、俺様なキャラだったんですけどね?
クレメント(兄)は腹黒で、ルークは爽やかスポーツお兄さん、カーティスは無邪気な小悪魔設定だったんですよねー。
それが強まりすぎたって感じになってましたけど。」
「やっぱりここはゲームに似てるけど、一種のパラレルワールドみたいなトコなんでしょうね。
それなら私たち二人こそミスキャストだったし。」
「あはははっ!そーですよねーーー!
あたしは元女子中学生でしたし、エリーさんは元OLでしたっけ?」
「そうそう。東北の田舎の農村出身だったんだけど、大学進学で上京して卒業後就職したとこがブラックで、しかもセクハラ親父とモラハラお局がいて過労死したの。
証拠を散々集めといたのに使わずに終わっちゃったのが心残りだったわ……」
「あたしは根っからの都会っ子でしたねー。父はおらず、母がホステスだったんですよ。んでネグレクト気味で、飯とか生活費とか忘れがちで。それで病気になったのを放って置かれて……多分飢えた上での病死ですね。
結構顔が整ってたんで学校では割とモテたんですよ。それが原因で同じ学年の女の子からハミされて。
だからイジメなんて絶対無理でした。」
前世で読んだノベルのように、チート知識でヒャッホーウなんて考えた事もあったけど、結局自分はただの中学生であったので、何一つ上手くいかなかった。
料理はやったことがなかったからマヨネーズやケチャップも再現できないし、農業も上手くいかなかった。難しい政治や経済の基本も学校に行かずに引きこもったから分からなくて……。
無力な自分に打ち拉がれたけど、現世では自分を愛してくれる両親がいた。
だから、両親に誇れる自分になりたくて、頑張った。
だけどそれが兄を歪ませてしまったなんて気付かなかった。
ウィルフレッドはソレにつけ込んで兄を巻き込んで自分を口撃して………自分は次第に自分を諦めるようになってしまった。
「エリーさんには本当に感謝してます。エリーさんに指摘されなければ、ずっと鬱になっていたトコでした。」
「いや、まさか前世の上司二人足したような連中がいるとは思わなかったわ。
なんて言うの?昔の恨みが蘇るっていうか、あの時の教訓を活かすのは今しかないっ!っていう使命感っていうの?
思いっきり突っ走っちゃったわねーー。男爵令嬢の分際で。」
「気付いた時にはこの国の最悪の結末、回避してましたもんねー。」
そう、一番この国にとって最悪だったのは、4人目の悪役令嬢の存在だったのだ。
その令嬢とは隣国からの交換留学生エレオノーラ・ニキータ・ブランカフォルト第一王女。
彼女は2年目に留学してくるのだが、攻略対象者のいずれかに惚れ込みヴィクトリア達とは別に嫌がらせをしてくるのだ。彼女の対応を一歩誤れば戦争になり国は滅亡。生き残った貴族は奴隷として売り払われるのだ。
しかし一年近くに及ぶ餌付けの結果、ウィルフレッドとクレメントはブクブクに太り、ウィルフレッドは自分勝手なワガママ男。クレメントは悪知恵の働く陰湿な粘着質男。ルークとカーティスはそれぞれ肉体労働専門と頭脳労働専門だった為あまり太らなかったが、ルークは爽やかを通り越して全身筋肉の暑苦しい脳筋。カーティスは空気の読めないふっくらとした毒吐き男だった。
エレオノーラは留学生として生徒会役員と顔を合わせた時、見抜いた彼らの本質と外見から「あり得ねー」と判断。
エレオノーラは終業式まで彼らに関わらず、そのまま帰国した。
決して狙ったことではなかったのだが、グッジョブ私達!
過去の自分を讃える二人。
「エリーさんはこれからどうなさるんですか?」
「私?私はこのまま文官目指すわ。弟妹はまだ小さいし、何より前世でできなかった事がしたいから。
ヴィーちゃんは?王妃教育受けたのに、このまま王家以外に嫁ぐの?」
「一応他国に留学中の第二王子の婚約者にと打診が来ているんです。お受けする事になると思うのですが……少し不安で」
「え?何、まさかまた変な性癖の奴なの?」
「違います!ヘンリー殿下はとても優しくて穏やかな人です。
ただ、私は婚約解消された身で……」
だんだん言葉が小さくなり俯くヴィクトリアの肩に手を添え、エリーはヴィクトリアと目を合わせた。
「ヴィーちゃん、間違っちゃいけない。ヴィーちゃんが婚約を解消してやったのよ。
この差は大きいんだから。いつまでもあんなのに囚われちゃダメよ?
ヴィーちゃんには幸せになれる力があるんだから。大丈夫。」
「はい………エリーさんのやりたい事って何ですか?」
「実はね、政府主導の農業改革をしてみたいの……。
私は跡取りだったの。汚くてキツくて低収入の自転車操業の農家でね。
もう農家で食っていけないって言って家を出ちゃったの。
この国に転生して、飢え死にする人がいるのが普通って知って、何とかしなきゃって思ったのね。
いずれは前世の農家みたいになるってわかってるけど、農家でも充分暮らしていけるように今から仕込んでみたいの」
啖呵を切った時、父母はとても傷ついた顔をしていた。
好景気の時の生活が抜けにない祖父の散財に右往左往して金策をし、祖父の借金を出稼ぎで返す父がとても悲しかった。
少しでも高い収入を得て父を楽にしたかった。
その結果最大の親不孝をしてしまったのだが………。
「衛生に気をつけた畜産をしたり、貿易によってトマトやジャガイモや防虫剤や殺虫剤の原料を探して、もっと楽な農業で食糧事情を豊かにしたいの。
そうそう、この間ようやく味噌と醤油の作成に成功したから、今度照り焼きや鰻の蒲焼作って食べよう?
お米も去年ようやく収穫できたし、カレーも作ってみよう。」
「一生ついていきます、お姉様!」
「まずはこの一年ゆっくり英気を養いましょうねー。」
「ハイッ!」
彼女達は知らない。
この騒動を機に解散した『お茶会同好会』が、この会で作られた菓子が有名になり、希望者多数で復活する事を。
この騒動を好機と見た隣国が侵攻してくるが、西の果てのオースティン領から侵攻した際、たまたま揃ったオースティン一家とお茶会同好会創始者メンバーによって撃退される事を。
アレクとノーラ、ロバートとオリヴィアが結婚し、エリーが王妃となったヴィクトリアの秘書から初の農政大臣になる事を。
波乱万丈の人生が彼女達を待っている。
「「やっぱり、お茶はマッタリが一番よねーー。」」