第7話:正義と欠陥
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『欠陥』を意味する『Fault』と呼称される“ソレ”は、人類の意に反して産みだされた『モンスター』の総称だ。
世界中の科学研究所や生物ラボ、生産ラインが≪V-data≫によって操作され、半自然発生するフォルトの目的は未だに分かっていない。
暴れ出し人を襲う場合もあれば何もしない場合もある。発生した場所によって形状も違えば大きさも違う。共通するのは無限に生成され続けている点だけだ。
そして、発生地を封鎖してもすぐに他の場所で新たに生成されるその『脅威』への対抗手段として活躍している≪ヒーロースーツ≫もまた≪V-data≫によって体現化されたテクノロジーで作られた戦闘服だ。このスーツを装着すると通常の何倍もの身体能力を発揮できるようになる。名前の通り、まさに『ヒーローになれる』スーツ。
データシフトから数年後、統括組織≪NEST≫が設立され、≪フォルト≫に対抗する彼らは<Advanced Suit Heros>の頭文字を取って≪ASH≫と呼ばれるようになった。
今も彼らは世界中で平和を守る為に戦い続けてくれている、そのおかげでこうして学生生活を送れている。
そんな、世界中いたる所で優秀な戦闘員が必要になった今、資金のある傭兵会社では『下請兵士』と称して独自にASHを派遣しているところもある。
だから一概に<ヒーロー>=<NEST>とは言い切れない所に注意。ここテストによく出ます。ってな。
俺たちが通うこの技育専でもASHの育成に力を入れている訳だが、技育専は政府軍立の学校なので最終的にはNESTに所属するよりも政府軍の兵隊になるって流れの方が主流だしな。晴れてヒーローに成れるのはごく少数の<才能のある者>だけだ――それが現実だ……。
そして現実世界のフォルトとは別にデータワールドにも脅威は存在している。もちろんその原因もまた≪V-data≫だ。
≪V-data≫が創りだした新たな脅威、データシフト前は『バグ』やら『エラー』とされていた存在――≪抗電子情報体≫。
元々は実体のない『現象』として存在していたそれらはデータワールド内では実体を持つ『脅威』へと姿を変えて害をなすようになった。
リマイナーなんて職業は無かった当時はその勢いを止める事が出来ず、現実世界までも影響を受ける程の被害を被った。
一部の研究者の間では、フォルトの出現はアンチデータが原因なのではないかと考えられているが未だそれを証明するには至っていない。
今現在ではアンチデータの影響が現実世界に出る程では無くなりつつある。それも一概にリマイニング装置の研究開発が進みリマイナーが迅速に対応できる環境が整ったからと言える。
ちなみに『リマイン』という言葉が使われるようになったのは統括組織であるNESTが設立された頃からだとされている。
データシフトによって体現化された新たな概念自体だった為その行為の正式名称は存在しなかった。だから昔は『ログオン』やら『ダイブ』やらと様々な呼び方をしていたらしい。
そうして共通の呼称が必要とされて、『精神』と『肉体』が<電子世界>と<現実世界>に其々『残留・存続』してる様から“ Remain ”という単語が宛てがわれたそうだ。それからデータワールドで戦う者は“ Remainer ”と呼ばれるようになった。
ちなみに本来、英語では『リメイン』と読む訳なんだが……。誰が言い出したか皆『リマイン』と発音している。
学校のテキストでも『Remain【リマイン】』とフリガナが振ってある始末だ。読み間違えから生まれたある種の和製英語ってやつだな。
俺たちが授業で行うVRCではデータワールドを模して作られた仮想現実にリマインする。そこでアンチデータを想定した対象と模擬戦闘を行い、来たるべき戦いに備える。
そして三年生になるとOJTの一環として実際にデータワールドで実務教練を受ける事がはじめて許される。
この『実務』と言うのがCβT選抜試験の参加資格として設けられた条件って訳だ。
当然だが俺には本物のデータワールドにリマインした経験は無い、あるのは授業でのVRC経験だけだ。実戦経験なし乙。
だから不満を溢し、日々不平を口にしていたんだ。
し・か・し! それも過去の話しとなった!
今日の放課後に開かれる実技選考会で上位入賞すれば、その『経験』を不問として選抜試験に参加が許される“ 報酬 ”が貰えるわけだ! 何としても入賞したいッ! そしてもちろん、やるからには三人揃ってトップスリーで突破を狙いたい所だ。
ちなみに、VRCはゲームセンターにあるような<アクションゲーム>や<シューティングゲーム>とは全くの別物。元をたどれば同じVR系ゲームとはいえ、模擬戦闘と謳うだけあってその本質が違う。
一般的なゲームでは『実績』や『収集』といった目標となる醍醐味が存在しているが、それが無いんだ。何度も言うが、VRCはアンチデータに対抗する技術を磨く事が目標に作られてる。
だから<戦闘>そのものが<目的>に設計されているんだ。
結局のところVRCはゲームはゲームでも<ゲーム>じゃない――ゲームを模して作られた訓練ってこと。
<ヒーロー>にしろ<リマイナー>にしろ突き詰めれば兵士……ゲーミングスクールとは言えば聞こえはいいが結局のところ俺たちは予備兵に過ぎない。
思い返してみると、初めてVRCをやった時は『中身の無い』ゲームただのクソゲーに感じたのは良い思い出だな……。
まあその“ クソゲー ”も今では楽しめるようになってきたもんだ。
<ストーリー>や<やり込み要素>こそ無いけれども、ゲームセンターとかにある『体感ゲーム』と同じで、いい気分転換になる。いや、似て非なるもので最高に爽快な気分になれるって言った方がいいか。
だから俺にとって“ VRC ”ってのは、退屈な<授業>から解放される瞬間――いわば<心のオアシス>的な存在なんだよ。
だがしかしッ! それがどうだ、今日はそのオアシスが世界史なんかに変わっちまった、……ッ早く終わらねぇかな授業。時間よ、早く過ぎてくれッ。
「えーここはテストに出るから勉強しておくように。いいですか、ここです。ここ」
ふと現実に目を向けると、ヨボ先が黒板に重要な要素を書き出し、執拗にポイントを指差している。
俺の『願い』が受理されたのか、気が付くといつの間にか授業は纏めの段階に入っていた。
あれ? そんなに長く想いに耽っていたのか俺……かっしーな。
まあいいかラッキー。
どうでもいいけれど、『テストに出る』から<重要>なのか、『重要』だから<テストに出る>のか。
いや、そもそも<テスト>に何の意味があるんだ?
技育専をはじめとするゲーミングスクールでは実技教科の成績さえ良ければ卒業する事が出来る。
それなのに他の教科にも成績という評価が課せれられている意味が分からない。≪リマイナー≫や≪ヒーロー≫になるのに古文や歴史なんて≪座学≫必要無いだろ。
百歩譲って『数学』と『英語』は良いだろう。VRCでハイスコアを狙うには<スコア計算>や<秒間与えダメージ>等を暗算しなきゃいけないから、ある程度の計算力が必要になってくるし。最近の<デジタル用語>にはやたらとカタカナ英語が多用されてるから、英語に慣れておく必要もある。
例えば『Interface』って単語は日本語に訳せば『接点』だ。だから、ゲームとかでよく耳にする『User Interface』ってのは『ユーザーとの接点』を指していると理解できる。言われてみると、この単語を目にするのは“ 操作 ”に関係する場面が多かった気がするだろ?
ほら。意味が分かると、何だか少し賢くなった気がしないか? あれ、俺だけ?
……とは言えこのヘリクツはユナの請け売りなんだけどさ。
受験勉強の際に言われたこういった<助言>のおかげもあり、俺は技育専に無事合格出来たし、海外製のゲームも『翻訳版の発売』を待たずにプレイできるようになった。……で、でも一応、中学生英語ではニュアンス程度しか分からないから『翻訳版』も買って、改めて日本語でもプレイし直してるのはユナには内緒。なんかカッコ悪いから。
言っておくが、勉強は苦手ではない。言い訳に聞こえるかもしれないが、これは本当の事だ。得意でもないけど……。
必要性が見出せない知識を勉強するってのが何だか嫌なんだよな。
勉強した所で、これといった<実績解除>が無いのにプレイヤーに『やり込み』を強いるとか、もうそれさ
――クソゲーじゃんか。
時間の無駄としか思えない。もっと合理的に、効率的な<ゲーム仕様>だったら喜んで勉強してやるのにな。
だから正直な所さ、メンドクサイんだよ。……まあ要するに、これまでの下りは『俺はなにもできないクズで飽き性』ってことの説明書。
それについては自分でも納得出来てるし、仕方ないと理解もしている。
ええそうですよ。俺は勉強が出来ない唯の無能ってことです。ハイ。
……自分で言ってて悲しくなってきた。
「えー。それではクラス委員、えー。号令して下さい」
そんなこんな考えている内に午後の授業が終わった。
予鈴が鳴ると、号令が掛かり教室が騒がしくなる。
案の定。先ほどまでの“ 優等生 ”は気持ちよさそうに寝落ちしていた。ペンを持ったまま寝ている姿から、彼女の『努力』は感じ取れたが、睡魔には勝てなかったようだ。午前中も居眠りしてたし疲れてるのかな?
恥ずかしそうに涎を拭う彼女を隅で笑いながら、俺は今回も出すだけ出して使わなかったノートを鞄に戻す。
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