第51話:優勝チーム
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先輩達と別れた後、徐々に人が去って行く中他の生徒とは逆方向に進み教職員エリアへと向かう。
そこに待っていたのは学年主任兼生活指導の教師だった。
「おー来たか。まずはテスター権獲得おめでとう。いやーまさか一年のおまえらが選ばれるとは先生思ってなかったからビックリだ。分からないもんだ、がんばったな!」
素直に喜んで良いのか分からない言い回しに少し戸惑いながらも小さく頭を下げる。
「あ、ありがとうございます……?」
ガハハと品の無い笑い声の後にいざ本題に入る。
「そこでだ。本来選抜試験は三年を対象にしていたわけで、ちょっとばかし問題があってな。試験の日程には組み込まれていないが、一年のおまえらには補習を受けてもらわないかんのだ」
「は、はあ。それって具体的にはどんな……」
言い渡される死刑宣告に息をのむ。
「そう身構えるなハザマ。なーに夏期講習みたいなもんだ。二・三年で勉強する必修科目の特別授業を受けて、簡単な小テストを行うだけだ」
夏期講習、特別授業、小テスト。聞きたくもない言葉が耳から入って来て吐き気がする。
最低だ。せっかくテスターに選ばれたってのにそこに辿り着くまでの道のりがイバラ過ぎるだろコレ……。
「わーい! 私っ補習って初めてだからちょっと楽しみかも」
「そんな楽しいもんじゃねーぜユナちゃん……むしろ拷問、そう地獄の様な時間だから」
そうだな。拷問とはよく言ったものだ。
「つーか補習初体験って流石は優等生。今まですべての補習に参加してきた俺達とは大違いだなユナは……それで、先生? それっていつやるんですか? まさか今日これからとか言わないですよね?」
「先生も鬼じゃないぞ。流石に今日これからなんて言わないさ。課題の用意にも時間がかかるからな、……来週から四週間。今月の土日でいくつかに分けてやろうかと思ってるんだが――」
「うげえ゛ぇえ゛ぇえええ!!! 土日返上っすか。まじっすかオレ部活が……」
「顧問には先生が連絡しておくから安心しろサトウ。これを期に勉学に励むといい!」
ヘコむコウヤの肩を叩きながら品の無い笑いをする教師は愉快爽快、とても楽しそうな表情を浮かべている。
この人は絶対にサディストだ、人の不幸をこれほどにまで楽しめるんだ間違いないッ!
とはいえ、どんなに理不尽でも受け入れるしかないか。
まぁ、テスター期間中は学校を休むことになるし、それの前借りって考えれば少しは気が楽になるかな。
楽あれば苦あり、世の中トレードオフでバランスを取っているんだ仕方ない。
すべてはゲームの為だ、……やるっきゃないよな。
「ねえねえっ、補習ってなにが必要かなっ? ゲーム機は持って来た方が良いよねっ」
「ったりめーだろユナちゃん、ねぶくろと枕も忘れんなよッ?」
あっ、コイツさらっと嘘ついたな。
本気にしたらどーすんだよ? ユナの事だ本当に持ってくるかもしれないぞ……ここは訂正しておくか?
「あぁ、あと歯ブラシもな」
あっ、あれ? あれれっ? なんだか補習が楽しみになってきたぞッ!!!
…………。
……。
ちんぷんかんぷんな公式を説明する教師の声とノートをとる筆記用具の音だけが存在する静寂な空間。いつだったかを思い出させるこの教室の雰囲気。
あの時と違うのは教室に他の生徒の姿はなく、居るのは俺とユナとコウヤの三人だけってところだろうか。
そして、日常生活に戻った俺達三人は内面的にとても成長しているという点も。
優等生には必要のない補習かもしれないが、ユナは不満を溢さず休日の朝から学校に登校した。
コウヤも前日まで部活に出たいと先生に言い続けていたが、今はこうして教室にいる。
そして俺も遅刻しないように普段よりも少し早めに目覚まし時計をセットした。
なんだかんだ言ってマジメだよな俺達って。
最初聞いた時は補習なんて受けたくないと思ったが、よくよく考えれば短期間で知識を詰め込んでしまえば今後の授業が楽になるし、成績だって多少は良くなるかもしれない。筆記試験学年最下位から抜け出すチャンスでもあるわけだ。
それに選抜試験で座学の本質を見抜いてそれを理解した俺にとっては、これも今では楽しいゲームの時間だ。
レベル上げ作業は嫌いじゃない。勉強すればするほど難しいクエストをクリアできるようになるんだからな。このまま行けば宿敵ドラゴンをノーダメージクリアで討伐する日も近いぜッ、……近い。
そのはずなんだけどさ……?
勉強は大切だって理解したけどさ? やっぱり……。
「――退屈だなぁ」
机に肘をつきぼーっとする隣には寝落ちしまいと頑張るユナの姿があった。
しかし抵抗は見受けられるが、こりゃもうほとんど寝てるよな。また涎垂れてんぞ。つーかペン持ったまま寝るとか器用なことしてるな……ちょっとすげえわ。
ユナの横顔から視線を落とすと彼女の机の横に置かれた大きなリュックサックとお泊りセットが目につく。
ちょっとしたイタズラのつもりで言ったのだが、今朝下駄箱でこの大荷物を見た時に後悔した。
まさか本当に持ってくるとは思ってなかった……つーか枕二つも持ってくるか? 普通。おかしいだろ。どんだけ眠りの質に拘るつもりなんだよ!
ちなみにコウヤと俺はこの件について十分間正座させられ、ユナ先生に朝っぱらからこっぴどくお説教を受けた。自業自得だから文句は言えないが、いくら天然系女子だからって家出る前に騙されてるって気づけよなッ!
「すーぴぃー。むにゃむにゃパイが二つでオッパ……すぴぃー」
コイツはコイツで隠す気ゼロでガチ寝か。ったく何の夢見てんだか……この寝言をユナが聞いたら確実に叱られるだろうな。
命拾いしたな。今、お姫様はご就寝中でございます。
見ていて飽きない二人を観察するのは退屈な授業の暇つぶしには持ってこいで、いい感じに時間を浪費できる。
それでも多少感じるフラストレーションは手持無沙汰で手に取ったペンを器用にクルクルと指の上で回して遊んで発散する。
「――あっ、やっべ。落ちた」
弄っていたペンが手からすり抜けて回転しながら床に落ちてしまう。
前にも言ったかもしれないが、授業中の教室というのはシャーペンの芯が折れる音さえも反響して響き渡るものだ。
それが、今回は勢いよく回りながら落下するペン本体ときた。爆音必至だ。
スローモーションで降下するペンを掴もうと手を伸ばすも物理限界のある現実世界ではどう頑張っても届かず、惜しくもソレは起こってしまった。
すまんユナッ! 起こす気は無かったんだ! 今回は悪気も何にもない! コレは事故なんだ! 分かってくれッ!!!
「「ッッな、――のぅわッ! ねえぇてませぇんっ!」」
ペンの落ちた音に驚いたユナは飛び起きて懐かしい奇声を上げた。
そして、その声に起こされてコウヤが伏せていた顔を上げて辺りを見回す。
「ハッ! どこ行った! どうなった! パイと先輩はッ⁈ ゆっ、め……っく! 畜生ッ!!!」
涎を拭くユナと、現実の彼方へと消えてしまったスケベな妄想を惜しむコウヤ。
そしてこの事態を引き起こした元凶である俺に向けられる教師の目は完全に呆れかえっていた。
「おまえらなぁ……少しは真面目に授業受けろ。先生も土日返上して学校に来てるんだぞッ! 頼むぜ本当」
「ジュル。しゅ、すいません」
こんな地獄のような補習授業がOverEndingだなんて信じたくない。
でも、このクエストをクリアすれば……。これでやっとbitに誰よりも早くプレイできるんだと思えば何とか乗り切れそうだ。いや、何だって乗り切れるッ!
ここ数週間いろいろとあったけど、それは今も続いてるけども、いよいよ来月、欲求不満も解消だぜッ!
「デヘヘヘっいよいよ楽しみだなぁ」
「うぅ~ん。ぁっ、そうだ……枕、つかおっ」
「ち゛く゛し゛ょう゛う゛う゛!!! もう少しで見えそうだったのによおおお!!! センパーイッ! どこ行っちまったんだよぉおお゛」
「「「あゝ゛! おまえら、もう立って授業受けろッッ!!」」」
掴み取った現実を噛み締め今はだた、前を向いて進みつづけるんだ。
歩き続けなきゃエンディングは来ないから。
◆◆
――OverEnding 【Re:bit】編―― 完
to be continued...▼




