第49話:ルールの思惑
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先ほど俺に向けられた罵声をそのまま返す姿は愉快爽快で女子とは思えない立派でカッコいいものだった。
パイセンは受け止めた拳を払いのけ足を肩幅に広げると大きく息を吸い言い放つ。
「 「テメェら、情けねーぞッ! 同じ条件下でコイツらは限られた情報を正確に読み解き、臨機応変に対応して見事ドラゴンを討伐してみせた。流動的な戦況で下した最善の判断が結果として勝利へとつながったんだッ!」 」
「はあッ? そもそも結果が同じなら年功序列だろッ!? 三年間勉強してきた分こいつ等よりもテスターとして最適なのは俺らだろ! それがまぐれで勝った一年に……こんなの……こんなんじゃ出来レースじゃねーかよッ」
納得いかない先輩と愚痴混じりの感情論じみた言い合いをするパイセンをただただ見守るしか出来ないのが情けない。
当事者は俺なんだけど蚊帳の外ってのもなんかしゃくだが、でもまあここは黙ってつっ立っていよう。
「テメェら腐ってもリマイナー候補生だろーがよ! 実戦ならなにも出来ないままくたばっちまってる所だ、己の未熟さを他人にぶつける余裕があったら精進しろッ!」
「お、お前だってあんなに勝ちたがってたじゃねえか! 悔しくねえのかよ!」
痛い所を突かれて一瞬だがパイセンの顔に焦りの色が見えた。
「あ、アタシだって悔しいさ! ……でもね、コイツらの戦いを見てて思ったんだ、……楽しそーだなぁってさ。アタシ忘れてたよゲームは笑ってやるもんだって。それがゲーマーの正しい姿だって思った。本気出したのに勝てなくて、後輩に負けて悔しいッ。でもゲーマー同士争った結果がこれってならアタシは従うさ。……それにコイツらがテスターに選ばれれば公式リリースの時にはbitはもっと面白いものになってるんじゃねーかな、っとも思うしさ。だから、今回は諦めたよ……ホント、悔しいけどねッ」
「っち! なにがゲーマーだよ、カッコつけてるつもりだろうけど結局それって負け犬の遠吠えだろ。悔しいのに簡単に諦めるって、そんな程度の覚悟の奴がしゃしゃり出てくんなッ! どいつもこいつも馬鹿にしやがって胸糞悪いッ、俺らは本気でテスターなりてえんだ邪魔すんじゃねえ!」
徐々に論点がずれて怒りの向けられる対象がいつの間にかパイセンになり雲行きが怪しくなる。
「は!? バカに、ってアタシはそんなつもりじゃ――」
「先輩はそんなつもりじゃありませんっ! 先輩はッ! あなた方と違って何千倍も真剣ですっ! ……間違わないでください」
好き勝手言われるパイセンをかばい声を上げたのはコウヤではなくユナの方だった。
ちなみにコウヤはコウヤでいつの間にか集まってきた野次馬にメンチを切るのに忙しくしている。何やってんだアイツは。
「なにこの女……うっざー。ウチラだってこーなると知ってたらフツーにボス倒したしー。なに? 自分がすごいとでも思ってんの? 調子のんなっつーの」
コウヤが睨みつける群れの一人が上級生に楯突くユナに腹を立てて、野次ついでに頭の悪そうな聞き苦しい言い訳を飛ばした、それに反応して「そうだそうだ」と同調して群れが唸る。
「ホントそれだよねぇー」「俺らは、こんな生意気な奴ら絶ッ対に認めないからなッ」「かーえーれッ! かーえーれッ!」
黙って観ていたパイセンのチームメイトが痺れを切らして加勢し、さらに言い合いが白熱していく。
「てめえらな、恥をしれよ。そんなガキみたいなこといってよ。実力で負けたんなら潔く認めろよ。認めることもできねーなら、おまえらの成長なんてねえ。それこそてめえらが負け犬だろ」
「そうだよなー、浅ましいねえ。嫉妬結構、でもさソレを口にするやつにかぎってスキルは三流なんだよなー」
「ああ゛ッ!? おまえらもそいつらの味方かよッ」
どんなに正論を並べ反論を重ねても秩序を失った集団相手にはどうする事も出来ない。
事態は悪化の一途を辿る。
そして俺達は筆記試験の時と同じ苦い思いをする覚悟を決めようと互いの顏を見合わせた。
すると諦めかけたまさにその時突然会場の照明が落ちて辺り一帯が真っ暗闇に包まれる。
「 「まあまあみなさん、そこまでにしましょう」 」
暗い中どこからともなく聞こえて来る声に驚くのは当然だが、それよりもその声に聞き覚えがあったことの方に驚いた。
「この感じ……ニュータイ――」
「いや、第六感とか新人類とかそーいうのは今いいから、そーじゃなくてッ! この声って!」
暗くて姿はよく見えないが、アホな発言をするコウヤに向けて被り気味でツッコミを入れる。
まさかとは思うが、やっぱりこの声って……。
「 「技育専の生徒諸君。初めましての方がほとんどだとは思いますが、如何お過ごしでしょうか。NEST代表取締役榊将義と申します」 」
真っ暗の会場に四方から光の筋が集まり、文字通り光り輝きながら後光を背負った榊さんが突然登場した。
なんつーハデな演出だ……テーマパーク顔負けだな。でもやっぱり声の主は榊さんだったんだ!
「おー! すげー! 榊さん浮いてんぞナユッ、あれどーやってんだ⁈ サイキックかッ!」
「んなはずあるか」
「あれってたしか立体投影機だよねっ? 私まえにテレビで見た事あるーっ、結構すごい装置だって言ってたよっ! さすが社長さんだねっ!!」
「社長関係あるのかそれ? つーかVRCルームにあんなの備え付けてあったかな? もしかして……まさかな……」
そう言えばこの前廊下で会った時にVRCルームの下見とか言ってた気が……まさかこの為だけに何億もする投影機を用意した。とか? 流石にそれはナイ……いやアリ得そうだなー。榊さんってなんか変なとこあるし……庶民とは価値観が違うから何してもおかしくないよな、正直。
「この度は当社が開発した新作ゲームbitへのクローズドβテスター選抜試験への参加ご苦労様でした。色々と不手際があった様で本来とは違った選考を行ったと聞いています。本来ならば私自身が赴き皆さんの勇姿をこの目に焼き付けたかったものでしたが、何しろ仕事が忙しく……それはもうとても忙しくて、秘書にはハンコやらサインを強制され監禁状態の毎日でして……こうして中継を繋いでいるのもこっそりと、秘密裏でして……」
「って、あっれ? なんか愚痴になってねーか?」
登場こそカッコよかったものの段々と話がずれていく榊さんに会場内がざわつく。
そして、普段から余程窮屈な生活を送っていたのか関係ない事を延々語る榊さんに痺れを切らした先輩の一人が元々の論点である試験の結果について物申す。
「さ、サカキさん! サカキさんはこの結果をどう思いますか⁈ だって、この判定……こんなクリア条件おかしいと思いませんかッ⁈」
話を中断された榊さんは少し不満そうに顔を強張らせて先輩の方へ視線を落す。
「――思いませんね。考えてもみて下さい。選抜試験は私のゲームで活躍するテスターを選ぶために企画開催した催しです。……分かりませんかね? 最終決定を下したのは責任者の私です」
「え? そんな、、……じゃあ、こいつらを選んだのは……⁈」
予想外の回答に戸惑いを隠せない先輩は必要以上に句読点を刻みあからさまに動揺している。
そんな、ざわつく会場に構わず榊さんは淡々と語り続ける。
「結果としてこのルールを決めたのは、彼らを選んだのは私になります。しかし勘違いをしないで頂きたいのですが、そこに依怙贔屓なんて人間的な感情は介在していません。それにですね、そもそも今回難易度を必要以上に高く設定したのは誰もクリア出来ないようにするためでした」
「「なっ! そんななんで……どうしてそんな意味の分からない事をするんですか!!」」
そんな気がしていた。参加ルールの変更といい、ぶっ壊れた難易度設定と、ここまで大きくルールを変えるのには学生会よりももっと上の力。そう、クライアント側の何かしらの思惑が関わっているのではないかと思っていたんだよな。
そして、先輩の質問。
――何故そんな事をしたのか。
分からないのは真意、その訳を俺も知りたいと思っていたんだ。
二人の会話に耳を澄ませて、榊さんの回答を待つ。
「ふふ。何故、だと思いますか?」
鳥肌が立った。
まるで俺一人に直接問いかけているかのように榊さんはこちらに目くばせをしながら不敵な笑みを浮かべる。
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