第46話:作戦開始
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濃い霧のように辺り一帯を白く染めていた煙幕の効果時間が切れ始め段々と視界が晴れていく。
残された時間は僅かだったが覚悟を決めた俺達がドラゴンの元へ距離を詰めるには十分で、一直線に駆け抜けると軌跡のように漂う煙が巻き上げられた。
「周りの雑魚に気づかれても真面目に相手にしなくていいからなッ! 状態異常で足止めしてターゲット範囲外に逃げるだけでいい! ボス戦に集中しようッ! ユナは左ッ、コウヤは右を頼むッ! 俺は正面からご挨拶といくぜッッ」
煙幕があるうちに連携を取りやすい位置取りを終えドラゴンとの真っ向勝負を開始する。
すでに準備運動を済ませた体はいつも以上に軽快に反応してくれる。
一つ、二つ、三つ目の攻撃を避けたら右にステップを踏んでから大きく前に出るッ!
「――ココだああッ!」
攻撃の合間にある隙を見事につき、ドラゴンの空振りした前脚に三連撃の横薙ぎを決めた。
肉体を乗り換えるリマインは精神的なモノだから多少なりともメンタルが影響しているのか格上の相手にも関わらず練習以上の能力を引き出せている気がする。
「おっしゃーッ! オレも負けらんねーぜッ、後ろ足ッもらったあああ」
後れをとらんとコウヤも、前脚に気を取られて三連撃に反応しているドラゴンの無防備な後脚に貫通効果を付与したロングソードを突き立てた。
それを嫌がるように長い尻尾を振り回し抵抗する。
「ムダだぜッ何人たりともオレ様の聖域には触れさせねえッ!!――約束されし聖なる加護ッ!」
城盾の特殊スキルを発動させ一時的に高められた反射効果により、ガイコツの攻撃を受けた時とは違い完璧にダメージを遮断し自分の体より大きな尻尾を受け止め、それどころか衝撃を押し返して力任せにドラゴンの体勢を崩した。
「さっすがコウヤっ! 私もいくよーっ! えいッ!!!」
ドラゴンの頭上に事前に展開された魔方陣が光り輝き、その中心から隕石爆撃がドラゴンに降り注ぐ。
「おーッ! ユナちゃんかっけー!! やっぱり魔法って言ったらこーいうのだ ――ッって、え、あぶなッ!」
「タンスの恨みー!! 反省タイムだよ! えへへなーんて。ちゃんと狙ってるから大丈夫だよっ心配しすぎっ」
「狙えてないから言ってるんすッ! そもそもどうやって狙うんだッ、こえー……」
ノンターゲット式の範囲攻撃は敵味方関係なく辺りに落ち、危うく近場にいた俺達にも当たりそうになる。
俺達は仲が良いからある程度許されるし、むしろ楽しめる。
だがしかし普通は誤射によるダメージの有無に関わらず、こういうのはチームとしてのマナー違反だろ、――ッと今のはギリギリだったな。
「勘弁してくれユナ……そういうのはコウヤだけに――」
「つぎ、いっくよーっ! ほらほらっ、立ち止まってると当たっちゃうよっ避けて避けてっ! ふふふ……アハハ……ハッハッハ!」
今の今まで気づかなかったけど敵は身近にいたな。タチの悪い小悪魔的なやつ。
燃えさかる隕石の次は、地面が割れそこから噴き出す大量の水が高波になって襲いかかってくる。
「あー畜生ッ! ナユよー。ここでクイズだ! 前は大火事、後ろは洪水なーんだ? 風呂じゃねーぞ!」
「選抜試験だろッ? 馬鹿な事言ってないで走るぞッ!」
思いのほか横に範囲が狭かったおかげで高波も無事避ける事が出来たが、もうこれじゃ何してるんだかわからなくなってきたな。
しかしまあ、ユナの狙いはあくまでドラゴンであり俺達を巻き込むのはオマケなのは間違いなく、二つの『大災害』はドラゴンには確実に命中していた。
対極属性の魔法を連続で受けたドラゴンは金曜日に駅前にいる酔っ払った会社員みたいに覚束無い足取りで巨体を揺らす。
「チャンスッ!」
ここぞとばかりに前に出ようとする。しかし酔っ払いと言えど相手はボスだ。
例の無作為連撃が行く手を阻み、そう簡単には近づかせてくれない。
でもいい機会だ、二人は俺の勘違いと言ってたけどそれを今ここで確かめてみるかッ。
脳内に情報科目のテキストに書いてあった内容を思い描きながらドラゴンの攻撃を避けてみる。
意味は分からなくとも難しい計算式ではなかったその方程式の空白部分に数字を入れてみると大雑把な値が暗算で求められる。
質量と運動量から動作停止までの時間と距離が割り出すことができ、それによって前脚の鉤爪から繰り出される攻撃の『隙』と『間合い』がわかる。
「もう少し引き付けて……今ッだ!!」
計算に従いギリギリまで引きつけ紙一重の所を縫うようにして攻撃の隙間に潜り込む。
つぎに思う浮かべるのは、二点の最短距離と角度を求める方程式だ。
慣性加速度から敵の動きを先読みして、完璧なタイミングと位置から最適な攻撃をドラゴンに放つ。
すると後方で見守るコウヤが叫ぶ。
「「――ッ!! ナユ! 気を付けろよッ今の超近かったぞッ!」」
正直自分の計算能力にそこまで自身が無かったので多少は余裕を持って避けたつもりだったが、周りからしてみると声を上げる程スレスレを行ってたようだ。
心配かけて悪かったが、今の一連の『根性試し』によって『あの公式』を使えばドラゴンが攻略できることが証明された。
数学には自信がない俺でもこの精度の動きが出来た。
「こいつは負ける気がしないッ!!」
勢いに任せて前に出続ける。
しかし調子に乗って駆け足で危ない橋を渡ると痛い目を見るのが世の常。
反射神経や経験に頼らず計算だけを信じて大きく前に踏み込むと、待ってましたと言わんばかりにドラゴンの猛攻が始まった。
「ッッだ! でも動き続ければ……ッ」
「無理すんなッナユッ! 一人で戦ってんじゃねーんだぞッ! オレたちはチームだろッ!!」
高まるテンションのあまり無謀な攻め方をする俺を見かねたコウヤが援護に入る。
「つーか、お前ばっかカッコいいとこ見せようなんてズリィんだよッ! オレにも見せ場残しとけよッッ」
「ははは、わりぃついテンション上がって周り見えなくなってた……かもしれない」
「かも、じゃねーだろ。完全にいつもみたくソロゲーおっぱじめてたじゃねーか。お前熱くなるとすぐそうなる癖あるよな……ッッうぉ! 話は後だッ懐まで突っ走るぜッッ」
言われるがままに後退すると、コウヤは盾を両手で構え前のめりの体勢で走り出す。
「置いてかれんじゃねーぞ? 押し通るぜッ! 城崩突破オオッ!」
止まることない連撃をものともせず敵の砲火を盾で弾き飛ばしながら突き進む。
しかし弾いているということは同時に反作用が加わり速度を上げる妨げにもなっていた。
「ちィッ! 押し返される……うぉおおおおおお!!!!」
でも、俺にクリア出来ないゲームは無い。いや、――俺達にクリアできないゲームは無いッ!
「まっかせなさーい!」
思うように潜り込めずに雄たけびを上げながら突進し続ける背後から放たれた魔弾が頭上を追い越し、行く手を遮る攻撃を迎撃してドラゴンの連撃の手を緩めさせる。
「さすが! 助かるぜユナちゃん! 一気に押し込むッッ!!!」
特殊効果が発動した状態の城盾だけでは突破する事が出来なかったが、後方援護のおかげもあり難攻不落の連撃を突破し攻撃の基点を押し開く。
「どりゃああぁ゛! 終点だッ! 後は任せんぜナユッ」
ドラゴンの足元に到達するとコウヤは膝を着き姿勢を低くして道を開ける。
「肩、借りるッ――フッゥ」
ちょうどいい位置にあったコウヤの肩を足場にして跳躍し、ドラゴンの首の付け根に剣を突き立てそのまま尻尾の方まで走り抜ける。
「――おりゃああッッ! こいつで決まりだあああ!」
そこまで強く突き立てられた剣撃ではなかった。
だが、他の部位と比べて鱗の数が少なく防御が硬くない下腹部を切り開くには十分な威力だった。
「……ふっ。クリティカル間違いなしッ……ぶっ倒れろトカゲ野郎ッ!! エンディングだ!」
大きく開いた腹部から覗く体内は細かく作り込まれておらず、空っぽの空洞から真紅の電子断片が噴出する。
しかしその傷は致命傷にはなったが決定打にはならず、ドラゴンは倒れずその場で痛みに苦しみながらデタラメに巨体をゆする。
「「――ギャ゛オォ゛―ッグァアウ゛ゥ゛ーッツツ゛」」
「ッく! 野郎まーだ動けんのかよッ! 不死身かってのッッ」
「なにいってんだおまえは」
自分を不死身と思い込んでるあたりコウヤの神経を疑うが、実際問題ドラゴンの生命力には驚かされる。
「どうせあと少しだろ。さーて、ここらで終わらす……な、うへぇ!! っあっぶね! せ、戦略的撤退! 撤退! 撤っ、ぬおおッ!」
悶えるドラゴンの足踏みにより広範囲に当たり判定がある小岩が飛び交い、押し出される形で折角潜り込んだ懐から後退を余儀なくされる。
「ああーッイライラすんぜッ! 最後の悪あがきにしちゃあ長すぎんだろ! どうするナユ! もう一回突っ込むか?」
結構手応えあったんだけどな……今ので仕留めたかった。
基本的にボス戦というのは戦闘は長引けば長引くほど此方が不利になるものだ。
分かりやすく説明すると残り体力が同じ一割だとしても最大体力値によってその差は広がりる。
ボス級のモンスターとなれば残り一割と言えども桁外れの数値となる。
だから一回のチャンスに全てを賭け早々に決着をつけるのがテンプレート。
戦闘時間が延びれば死線を渡る回数も増えてリスクが増すばかりで利点がない。だからドラゴンにおいては短期決戦が望ましい。
あっちなみに、稀にその逆で長期戦に持ち込んだ方がいい相手もいるけどな。序盤は暴れまくるが後半スタミナ切れして動きが鈍くなるイノシシみたいなやつとか……。まぁいいか。
千載一遇のチャンスで仕留められなかった事を悔やみながら、瀕死のドラゴンを前に後退りをしていると魔法詠唱をしながら走るユナの姿が目に入った。
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