第44話:試験開始
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何百、何千回と繰り返しいい加減見飽きてきたロードが終わり画面が切り替わると作り物の世界の光色が塞いでいた目蓋を叩く、そして目を開けると止まっていた時計の針が動き出した。
数の優位を保ち安心安全に一体ずつ対応する。テンプレート通りの戦闘を開始する。
「とりあえず、他のチームと同じように小型種を一体釣ってタコ殴りにしようッ! ここまで引っ張ってくるからターゲット引き頼んだぜコウヤ!」
敏捷強化系の自己強化スキルを発動させて軽快な足取りでモンスターに近づく。
相手がこちらに気づかないうちに慣れた手つきで近場に落ちている石ころを拾い上げ、一番弱そうな奴に向けてソレを投げつける。
「まずはお前ッ! ボッとしてんなよ!」
ボロ布を身にまとう骸骨の文字通り剥き出しの後頭部に石ころが命中した。
ゲームでよく登場するやられ役的な雑魚キャラの<スケルトンナイト>は『骸骨の騎士』なのか『騎士の骸骨』なのか、もし後者なら自分も戦い続けた挙句諦め悪く死にきれずにいるとああいった姿になってしまうのか?
あっ、でもそれもそれでちょっとカッコいいな……『不死の魔法をかけられた主人公が戦いに身を投じ、肉体が腐り堕ちようとその体には魂が吸着して……』的な壮大な物語を想像してしまう。――って、んなこと考えてる場合じゃないよな。
骸骨はゆっくりと体を回し振り向くと両手に構えた剣と盾を振り回しながら物凄い勢いでこちらに向け走ってくる。
「あー、すっごいわ。これが怒り狂うってやつか」
離れすぎてターゲットが外れてしまわない様に一定の距離を保ち、間合いに注意しながらコウヤの元へ誘導する。
「さって! あとよろしくッ」
「りょーかいッ! よそ見すんな骨! ――お次はオレ様だ……ッての!! 」
タイミングを見計らいバックステップで大きく間合いを開きターゲットを引きはがす、それと同時にコウヤがすれ違いざまに盾で顔面を強打した。
肉も腱も無いただの骨なのに攻撃がモロに入ったところで頭蓋骨がボールのように吹っ飛ぶことはなく、軽く乾いた音を立てバランスを崩してよろける。
ブッ飛ばされたガイコツは頭を左右に振り何が起こったかを一生懸命考えているようだ。嫌に人間味のあるガイコツだなこいつ。そう見えただけかな?
「逸らせぬ視線ッ――極眼覇陣オオッッ」
「よくまあ、そう毎回違う変な技名思いつくな……その才能他に活かせ。活かせられないか?」
相変わらず意味が分からない単語を宛がい、ターゲットを固定するスキルを発動させてガイコツの注意を引くコウヤをただ見守っているだけではつまらないので自らの剣に爆縮系の効果を掛けてこちらも攻撃の準備を整える。
「――スキル発動ッ。コイツは斬撃耐性高いから打撃と魔法使って攻めるぞッ」
「得意分野! 任せときなさいっフフフ、コウヤーっ、こっちはいつでも撃てるよーっ! もう撃っていーいっ?」
「オーケー! んじゃ吹っ飛ばしたら一気にたたみ込んでくれッッ――よっとッ!!」
押さえつけられた挙句、再び盾で殴られブッ飛ばされる骸骨に中学時代の自分を重ねて少し同情する。
俺の場合は肉がクッションになってたから多少マシだったけどアイツは直に骨だからな……鋭い痛みが芯にやってきそうだな。
そんな関係ない事を考えている横で詠唱を終えたユナが魔弾を放つ。
「思いッ切り! 飛んでけーッ!」
それを合図にこちらも走り出す。
視界の先で地面に四つん這いになり頭を揺すり、隙だらけのガイコツに魔弾が直撃して大きな衝撃が広がる。
無属性系統の魔弾は魔法威力は低いものの範囲打撃効果と弱い硬直効果が付与されていてスケルトン系の敵には効果覿面のはずだ。
さっすがだなユナの魔法チョイス。
剣の斬撃ではロクなダメージが入らないのは分かっている。だから、爆発効果で――斬らずに吹ッ飛ばすッ!
「喰らいやがッ――あ、ちょ、ッやべ!」
想定ではガイコツは魔弾の直撃で腰を折っているはずだった、しかし衝撃波で巻き上げられた砂埃の向こう側に赤い光が見えて攻撃を躊躇してしまった。
それはガイコツの空っぽの眼窩から不気味に発する眼光だった。
ミスった。もしあのまま斬り込んだとしても、速度で上回っていた俺の攻撃がガイコツに命中する事は間違いなく、例えその後に反撃されたとしても十分回避できたと思う。
でも躊躇して速度を殺してしまった、……警戒するあまり自らの首を絞めた。
砂埃の中から浮かび上がるガイコツは剣を振りかぶり、その狙いは間違いなく俺の首だろう、けれども諦めの悪い俺は覚悟を決められないでいる。
「だ、ッちくしょー、このままじゃ奴のお仲間に……!」
「 「なーにやってんだよナユッ! ビビるなんてらしくねえぞッ」 」
間一髪のところで勢い任せの体当たりで間に割り込んだコウヤに助けられる。
しかし直後、攻撃を盾越しに受けたコウヤが唸る。
「――ぐっへぇッ! ちょちょちょッなんだこいつ! 攻撃ッ無茶苦茶おめぇぞ!! 重すぎ笑えません!」
無理な体勢で攻撃を受けたこともあったが自分たちと同じ大きさの小型モンスターの攻撃とは思えない桁外れの威力にたまらず膝を着いてしまう。
「ナユ! コウヤ! 大丈夫⁈ 下がってっ!! 私が引きつける!」
「ユナちゃん……そいつの攻撃! 防御貫通するから防いじゃだめだ……はあっ、ふっはあっ、わりいナユ肩貸してくれ……き、きっつ!」
元々は前衛職で、物理で殴りたい病に感染しているユナは鉄パイプを巧みに使いガイコツに反撃させる隙を与えない。
ユナが魔法職の立ち位置になったのはチーム戦をする上で仕方なくだ。
そもそもVRCの授業では単独戦闘が主だったから三人とも近接特化の脳筋前衛だったんだけれども選抜試験に向けてチーム戦の練習を繰り返すうちに『回復が出来る後衛』が必要だとわかった。
必要なんだけど俺もコウヤも強化系の簡単な短縮詠唱しか経験がなく、それで仕方なく唯一詠唱ができるユナが魔法使いの立ち回りを受け持つことになったわけだ。
ちなみに魔法詠唱はスキルとは違い、頭の中で物理方程式を思い描く……そんな感じで行うから勉強が苦手な俺達には取っ付きずらかったんだよな、だからスキル仕様で簡単に発動できる短縮魔法以外は使わないし使えない。一応授業で数回練習はしたけど展開は出来ても発動には至らなかったしな。
――この世界では誰でも空から隕石落せる訳じゃないって事。
「いっただきまっす!」
執拗に脳天を揺らされ朦朧とするガイコツは両手を垂らしぐったりとしている。
どんな生物も脳を揺らせば倒れると聞いたことがある。
肉体と違い鍛えることが出来ない無防備な器官に直接ダメージを与えて倒すのは格闘技の常套手段だと。
しかし奴の頭の中にフレッシュな脳味噌が詰まっているとは思えないけど……でも結果としてなぜか混乱状態に陥らせることには出来たわけだ。
やはり見た目によらず人間臭いモンスターだ。
「ユナッ! スタンしてる間に交代しよう、下がってコウヤの回復頼むッ!」
とは言ったものの単独でやつの相手をするのはリスキーすぎる。相性のいいユナと違い、ヤツには斬撃耐性があるからな、ここは状態異常攻撃で足止めに専念するのが得策。
魔法使いの状態異常魔法と比べると規模も威力も低くなるが、単体相手なら短縮魔法や武器スキルの特殊効果で十分クラウドコントロールが可能だ。
とりあえず武器に閃光効果を付与して繰り返し奴の目をくらませる。
「もうーっ! 練習じゃないんだから無理しないのッ!」
「痛ってぇ……、わーてるんだけどよー? ターゲット管理するのがオレの役目じゃん?」
慣れない『時間稼ぎ』に悪戦苦闘している間にユナはまるでお姉さんのように説教をしながらコウヤの怪我の手当てをする。
「ナユっもう少し頑張っててねっ! すぐ終わらせるから! ほらコウヤそこ座ってっ、回復するからっ。ちょっと痛いかもしれないけど我慢してねっ」
「ちょ、痛ッた! ユナちゃんもっと優しくッ! ジェントル! ジェントル! オレ怪我人ッ!」
「だから痛いっていったでしょ」
誘導値が高い回復魔法を詠唱した事により遠くにいたモンスター達がアクティブになりぞろぞろとこちらに集まってくる。
「練習じゃねーのはオレだって百も承知だぜ? けどよ……手抜いて勝てる相手でも無いみたいだわッ! ちょいっと失礼! もう戻るぜッ――まったくよ、人気者は辛いぜ。ッ! 極眼覇陣ッッ!!」
「ちょっ、コウヤ! まだ回復の途ちゅ……、ひゃあああぁぁ超集まってるしっ」
「まずいな、思いのほかターゲット引っ張ってる! 気を付けろ二人とも! コイツら難易度に比例して反応範囲広くなってる!」
難易度が高くなったことにより練習の時よりも敵の索敵範囲が広く設定され、ユナの魔法詠唱は安全圏と思っていた距離の向こう側から敵を吸い寄せてしまっていた。
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