第43話:絶望と記憶
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耳をつんざく歓声は居心地の悪い金切声のようで聞いていると気分が悪くなる。
途中コウヤに何度も体を揺さぶられ肺の空気は押し出されて呼吸が乱れる。
緊張で手足は震え恐怖にも似た不安が胸を破裂させんとばかりに激しく心臓を脈動させる。
第二グループのカウントダウンが始まり会場が再び騒がしくなる中で、飛びそうになる意識を繋ぎとめていたのは過去の思い出だった。
この時、この絶望にも似た感覚が過去に『彼』に出会った時に重なり、デジャブのように脳内に鮮明な記憶が蘇える。
中学時代にゲームの主人公を実際に見た事がある。その主人公は今まで見たものの中で一番カッコよかった。
フォルトに襲われてショッピングモール内を逃げまどい閉ざされたシャッターが俺の生死を分けようとしていた時に突然現れた彼は決して強い訳ではなかった。それにどこか抜けていて超人的ヒーローというよりも人間くさかった。
それでも何度も何度もぶん殴られてどんなにボロボロになろうとも立ち上り最後まで体を張って腰を抜かして動けないでいた俺を守り抜いてくれた。俺には彼の後ろ姿はとても大きく見えた。
彼にとってはASHとしての務めを果たしただけに過ぎないかもしれないが、俺にとっては『弱い者を助ける正義のヒーロー』に思えたんだ。
名も無き ヒーロー。
俺は彼みたいなヒーローにずっとなりたいと願っていた。それはもう本気で、ダンベルセットを通販で注文して三日坊主の筋トレに励み全身筋肉痛になり自力でトイレにさえ行けなくなった程に。まぁその結果は俺はASHに向いていない現実を突きつけられたって意味なんだが。
だけどあの時は、純粋にヒーローに憧れていた。それが今じゃどうだ? 中途半端に憧れる事しか出来ないゲームオタク……。
……。
心臓の高鳴りが徐々に落ち着いてくると彼の記憶は薄れていった――そして忘れていた過去の自分と忘れようとしていた今の自分が『彼』と『ゲーム』によって一つに集約され、今までどれほど考えても分からなかった問いの答えがふと頭に浮かぶ。
「そう、か……」
『ヒーロースーツを着ている彼ら』ってのは現実世界の主人公なんだ。それに対して電子世界の主人公はリマイナーだ……アッシュもリマイナーも同じ。どちらも俺が憧れていた存在じゃないか。
とどのつまり現実も仮想も電子も全部リアルでどれもゲーム、裏を返せば全部同じッ! ってな。コウヤの屁理屈でも理解すりゃいんだ。
そして何を隠そう俺はゲーマーだ、全てのゲームをクリアしたい。だったらクリアするしかないんだ世界をッ!
その為に俺は主人公に……主人公になるんだッ!!
「どうしたのっ? さっきまで顔色わるかったのに、今はなんだか楽しそうだねっ」
吐き気を伴う不安は収まったが未だに緊張はしていた、でも新ルートに突入したワクワクと期待に胸を膨らませている。
そのことを素振りには出していないつもりだったが、ユナにはバレてしまっていた。
まぁバレたところで何も変わらないけどな、ほんの数秒前だが既に決断は下した。そのことを二人に告げよう。
「……俺さ、高校を卒業したらリマイナーになろうと思うんだ。いや、なるッ!」
自分で言っておいてなんだが、このセリフ実際に口にするとけっこう恥ずかしいものがある。
でも、始まる前に伝えておきたかったんだ。これが俺の本心だからッ。
「ナユ前に主人公目指してるって言ってたもんねっ! 私も応援するし! がんばろ!」
「そうだろうなとは思ってたぜ。お前ゲーム好きだもんなッオレも応援するぜ? ……でもよ?」
言葉の内に秘められた意味をくみ取り応援する意を表明するユナ。
そして……。
「 「でもよ、どーして今そんな話題になるかなあぁ? 今それどころじゃねえぇぇだろうがあッ!! どーすんだよッもうオレらの番になっちまうぞッッ」 」
言葉の意味しかくみ取れないコウヤ。
応援してくれるのはすごく嬉しいんだが、理解力の違いによって二人の温度差は激しかった。
まぁ、そのこと以上にあっさりと後押しをしてくれる友達を持っている事の方が嬉しかったので別に大して気にならないけどな。
思いのほか思い出に浸ったいた時間が長かったのか、時計を見るとかなり時間が過ぎていた。
意識が過去に戻っていた内に第二グループの戦闘は終了していて、いそいで携帯端末で結果を確認する。
結果は第一グループと同じ。オールアウト。第二陣でも勝利チームは出ていなかった。
『――第三グループは所定の端末でリマインを開始して下さい』
「うおおおおッ!! 噂をすればホイキター! メチャクチャ緊張してきたあああッ便所行っておけばよかったーッッ」
アナウンスに従いVRC端末に向かう。テンパるコウヤは落ち着きのない様子で端末の周りをグルグルと走り回っている。
その姿を指差し笑うユナにルート分岐前の意志確認……最後の選択肢に関わる質問をする。
「ハハ……ふくく、アッハッハッハッハ! コウヤっなにぃその走り方っアッハッハ。おっかしーっ」
「なあユナ? bitさ、誰よりも先にプレイしたいよな?」
「あーっ笑い過ぎてお腹痛いっ。え? ううん。私はみんなでただ一緒にプレイしたいなっ。でもナユは早く遊びたいんでしょ? だったらそれでいいんだよ? コウヤも早くプレイしたいって言ってたし。みんなと一緒で、しかも先にプレイできるならそれでいいじゃん。 ぷっは、コウヤーっ帰っておいでーッ」
そっか。だよな。三人でテスターに選ばれれば、みんな幸せってことなんだ。
「ナユッ! ユナちゃんッ! 作戦ッ! どーすんだよッ作戦⁈ 全然打ち合わせ出来てねーじゃんかよーッ!!! アーッ作戦」
「落ち着けよコウヤ、俺に策がある。まあ任せとけって。――お前にも見せてやるよ≪クリアした先の世界≫をッ」
軽いパニック発作を起こしているコウヤを落ち着かせる為に『頼れる奴』が言うようなカッコいい台詞を吐いたが、恥ずかしさのあまり目も合わせられずそのまま自分のVRC端末へ向かう。頼れねえ奴だな俺。
VRC端末に腰を下ろし起きている背もたれに身体を預ける。
ライフスーツを同期するとパーソナライゼーションが開始され背もたれがゆっくりと倒れていき端末の形状は変化してリマイン準備が行われ、機械音声が進行状況を読み上げていく。
『――PULSE_SYNCHRONIZED_▼』
『――PERSONALIZE_▼』
『――COMPLETE_▼』
『――READY to Remain_▼』
『――COMPLETE_▼』
『Remain――START_▼』
そして遂に三人の実技試験が始まった。
「さてとっ、こっからは新境地と行くぜッ!!」
――ジジジッジ。
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