第42話:ファーストブラッド
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世の中の在り方について神様に問い質している間にも試合は進んでいて、血気盛んなパイセンの勇姿がモニターに映し出されていた。
『――いいよおアンタ! その動きいい感じにスキだらけだよぉーッ! ホラホラ、ホラぁッ――』
チーム戦においてレベル差がある敵を相手にする場合に必ずと言っていい程に注意すべき点は『常に数の優位を保つ』ことだ。自身の生存率が上がるのももちろん、火力を集中されることで効率的に手早く倒すことが可能となり結果として仲間の助けにもなる。
当たり前のことだと思うが三年生はそこら辺をしっかり理解しているようでパイセンチーム以外も小型種を優先的に釣り三対一の形に持ち込み、中型大型に挑む前に安全な試合運びをしていた。
しかし、チーム戦の怖い所はたった一つのミスが連携を乱して一瞬にしてチームメンバーを巻き添えする形で全滅してしまう場合がある所だ。
『――はっ! ぐうっ、いっだッッ――』
パイセンが建物に大きく叩きつけられそこらじゅうに破片が散る。彼女はその衝撃にたまらず身体を仰け反らせる。
最善のプレイスタイルにも関わらず、そこに求められるプレイヤースキルの高さに阻まれ思うように試合展開できないもどかしさからついつい無理をしてしまう。
パイセンはゲーマー特有の勝ちたい衝動が勝利の邪魔をするジレンマに苛まれていたんだ。
『――ちっくしょうッ! か、回復ぷりーずッ! 予想以上に敵のレベルたっかいさね! ザコでも中ボス並みの火力とかっ。やつら殺しに来てんぞ――』
そして劣勢に追い打ちをかけているのが事前告知では伏せられていた難易度設定だ。
ほとんどのチームが学期末に行われる実技評価試験で設定される『高難易度』でこの戦いの練習を繰り返してきた、俺達もその中に含まれている。
しかし先ほどの火力からみて想定よりも二段階ほど高く設定されているのが分かった。
パイセン達の表情からも予想以上に厳しい戦いを強いられているのが見受けられ、それから間も無くして早々に脱落チームが出た事を告げるアナウンスが流れる。
『――第三チーム。戦闘終了。結果_全滅』
「なぬッ! パイパイ先輩応援してて見てなかったぜ……負けちまったチームあんのか、悔しいだろうな」
「な・ん・の・応援だって? ……。でも、全滅……。 私たち大丈夫かな……」
心配する彼女に気休めにしかならないかもしれないが強がった言葉を口にする。
「だ、大丈夫に決まってるだろ! あれだけ練習したんだッ。勝てるに決まってる、それに全滅と言ってもあのチームはただ運が悪かっただけかもしれないし……な」
強がった言葉が意味するのは今現在、正直な所こっちの心の中も不安で一杯に満たされているからだ。
そんな不安を煽るかのように次々と脱落チームが続出していく。
『――第一、第二、第四チーム。戦闘終了です。結果_全滅。続いて第八、第九チーム……』
そうして遂には第一陣で残るのはパイセンチームだけになってしまった。
観戦エリアでは彼女たちの攻略成功を諦めはじめる生徒がチラホラみられた。
「十チーム中、九チームが全滅って……そんなにヤベーのかよッ! みた感じパイパ……先輩も大分消耗してんし、こりゃ本当に全滅するのも時間の問題かもしんねーぞ?」
「時間の問題って……コウヤそんな事言っちゃダメだよっ! うーん……、えと、あっそうだ! 応援ッ! 応援しよっ! 先輩ッ諦めちゃダメですーッ!! 頑張ってくださーいッ! ほらナユもっ」
ライバルチームが脱落してくれれば自分たちのチャンスは増える訳だし、合理的に考えれば応援する必要なんてない。ないのだが顔見知りが頑張っているのを目の当たりにしてじっともしていられず、握りしめた拳につい力が入り彼女に釣られて声を上げてしまう。
「攻め続けてくださーいッ!! 退いたら負けですよ!!! そう、弾いて、踏み込むッ! ナイスッ!」
「そこだーっ! いけいけーっ! いいぞーっせんぱーい頑張ってー」
俺達が応援を始めたのをきっかけにお通夜ムードだった生徒達の目に生気が戻り、気が付くと会場が一丸となってパイセンチームを応援していた。
選抜試験では公平を期すため試験中の生徒には会場の声は聞こえない。しかし、音としては届かずとも、声援は“想い”として彼女に伝わった。
そして、受け取った想いに応える様にパイセン気合を入れる。
『――諦めるはずないさねッ! アタシは勝って! 絶対にッ! 絶対に一番にプレイしてやるんだからッッ――』
応援をしたのは間違いだったかもしれない。背中を押すべきじゃなかった。判断をミスったか。
「まずったッ! ダメだ先輩!!」
声が届かない今、咄嗟の助言が彼女に届くはずもなかった。
ゲーマーのジレンマがついに彼女に牙をむく。
血が上った頭は理性やヘリクツといった過程を通さずに自らの四肢に大雑把な指示を伝達する。
パイセンが何の捻りもない直線的な強撃を放とうと大きく踏み込んだ瞬間――
『――ぅ゛ッ!! ギャああ゛ああぁあッッ!!!――』
突然の悲鳴に会場中の生徒がモニターに注目する。そこには串刺しにされてもがき苦しむパイセンの姿が映し出されていた。
『――痛ッ痛いいてええええッッ!!!! ――ウェッ……ちぐ、じょうッちぐしょうッッ!!! しくじっ――ゲホッ――』
下腹部を貫いた巨大なトゲは馬上槍のような形をしていて、鋭い先端から円錐状に徐々に太くなっていた。
先端から90センチ程のところまで深々と刺さり、腹部の傷はかなりの大穴になっているのが予想できた。
その痛みは尋常ではないはずだ。
VRCではフィードバックにはリミッターがかけられているとはいえ限界ギリギリの痛覚にさらされる。大ダメージを食らっても意識を保っていればリマインを続けていられるが、……あれはどうみても普通の人なら気を失ってもおかしくないほどの苦痛のはずだ。
それでも血気盛んに斧を振り続けているのは一体どういうことなのか。単純なことだ。欲望とも取れる筋金入りの願望が彼女を突き動かしているのだ。
『――う゛っ、グォッアハァッ…………アタシは……アタしゃ諦めねーぞッ! 勝って……う゛ぇっ、テスターに、、選ばれるんだあああッッ!! bitに誰よりも、はやくッ! 行くんだッあああああ゛あ゛ァア!!! 死ね! 死ねっ! 死ねえ゛えッ!!――』
しかし串刺しにされ体の自由を制限された状態で繰り出される斬撃は空を切り、虚しくもその刃先は一寸先のモンスターまで届いていなかった。
『――ゲェッホ……ッオエェ゛、死ね、よ――し、ね……――』
「う、そ……ダメーっ! せんぱーいッ!!!」
先ほどまで熱気に包まれていた会場が静まり返り、糸の切れたマリオネット人形のように崩れ落ちて宙ぶらりんになった彼女の体から最後の息が抜ける。
彼女のデータが空にきらびやかに散る様がメインモニターに映し出され、会場にいる生徒全員が行く末を見守る。
そこからはあっという間だった。
前衛を失った支援職のチームメンバーはいとも簡単にモンスターに蹂躙され、そしてなす術もなく絶命していった。
『――第七チーム。戦闘終了です。結果_全滅。……第二グループは所定の端末でリマインを開始して下さい』
あっけなく第一陣の挑戦が終わり、続いて第二陣の準備が始められる。しかし先ほどの無理ゲーっぷりを目にした生徒は失念の表情でVRC端末に腰掛けている。
会場全体が負のオーラに包まれていた。
立ち尽くしていると、誰もクリア出来なかったという結果に怖気づいて弱気になったコウヤが画面を見つめながら俺に問いかける。
「……先輩、別に弱くなかったよな? なのにあんな呆気なく……。モロに喰らったつってもよ一撃で死んじまうなんてヤベーんじゃねーのかナユッ、オレらで勝てんのか……!」
「ちょっと落ち着きなよコウヤっ! 大丈夫だよ! ね? ナユ」
二人が話す内容が全く頭に入ってこなかった。
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