第39話:模範解答
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授業に関係ないことをしていたのを説教され、ヘタクソな落書きを笑いものにされると思っていた俺は教師の目を見てキョトンと間抜けな顔をしてしまった。
一体全体どのあたりが出来ていると判断されたのか不思議に思い、聞き流していた授業内容を確認するため黒板に目を向ける。
そこには例題としていくつか『アルゴリズム』と呼ばれる定式化された制御構造が書かれていた。
そして驚くことにそのうちの一つのアルゴリズム。それに含まれる方程式には見覚えがあった。
「あの式に書いてある数字ッ! おっかしいな、なんでVRCの授業やってんだ? 情報科目の時間だよな?……今って」
黒板に書かれたその数字は先ほどノートに書き出した明人さんのステップの回数、左右比率と同じものだった。
筆記試験の時には気にも留めなかった、というよりも気づかなかった重大な発見の裏付けをとる為にテキストを開く。ページをめくり続け黒板に書かれたページに記されている表題に目を通す。
『――変数による乱数派生のアルゴリズムとその値の求め方』
これだッ! ……えーっと?
『――方程式の変数の値に書かれた数字はアルゴリズムの分岐に重要なファクターになっていて、この数字によってアルゴリズムが変動して最適なパターンが決定される』
……漢字多すぎカタカナ長すぎ。でも何となく理解できる。
今まで情報科目の授業なんてまったくやる意味がわからなかったし呪文のような意味不明な文字列にもこれっぽちも興味は湧かなかった。だけど、ろくに聞いていなかった『コノ定式』には興味が湧いた。
何故? ――理解出来てしまったからだ。
それぞれの用語の指す所はよく分からないままで、初めて聞く単語もあったが具体的な実用例を観た事があったから土俵が全く違う二つを結びつけることが出来た。
テキストに書いてある内容を要約すると『最適な乱数を生成する式』つまり裏を返せば『定数で乱数派生を制御する方法』って事だ。そう、ランダムなドラゴンの動きをパターン化させることができるってことだ!
一種の虫食い問題みたいなもので『1+x-y=5:3*x=21:12÷4=y』のxとyの値は複数の式が組み合わさることでそれぞれが7と3になるのを求められるように『コノ定式』では数字を組み合わせると最適な行動パターンが求められるって寸法だ。
映像の中の明人さんはこれを使ってドラゴンを手なずけていたに違いないッ!
『――当たり前のことを当たり前のようにやった。誰でもできるのにそのことにみんなが気付いていないだけ』
そういうことか! 明人さんがインタビューで言っていたのはテクニックの事じゃなくて座学の事を指していたのか……ッ。
自分が大嫌いな『偏見』や『常識』に囚われて本当に大切な『内容』に気づけていなかった。
今まで毛嫌いしてきた座学の授業だったがゲームの内側を目にした今なら分かる。
――これは攻略法だッ!
そしてそれが記されたテキストは攻略本。これがあればドラゴンだって何だって倒せそうだッ!
それどころか明人さんのプレイを模倣することだって出来そうだ。何だってできる、そんな気分になった。
一定の法則が見えてくると一気に面白くなり、気になった所には蛍光ペンで線を引き要点をノートに書き写す。
折りジワの無い新品同様だった綺麗なテキストは見る見るうちに使い古されていき、本来あるべき姿へとその身を染めていった。
そしてこの時、榊さんの問い……三大疑問のうち一つの答えが出た事に気づいた。
座学授業の必要性。
プレイヤー目線では見えてこなかった突破口だったが、座学授業ではそれの解決方法を教えてもらえる。
それどころかプログラムの性質を理解すれば先読みだって未来視だってゲームそのものを制御する事だって可能になるんだッ。
――学ぶ価値は大いにある!!!
にしても楽しく勉強って出来るもんなんだな、利害の一致というかなんというか。必要な事と分かればこんなにもすんなり頭の中に入って来る。
……もしかして他の科目も何かしらのヒントや答えが隠されているのだろうか? せっかくだし休み時間に他のテキストも確認してみるか。
ドラゴン退治の突破口を見つけて有頂天になり、俺はニヤけながら線引き作業を続けた。
「間ーっ、今日は真面目じゃないかっ! よーし、これの答えはわかるかー?」
熱心にノートに向かう姿を授業を受けていると勘違いした教師に当てられてしまう。
しっかーし! 座学の本質を悟った今の俺は一味違うぜッ!
不敵な笑みを浮かべ、楽々と例題を解き自信満々に答えを述べる。
「ふふふ、楽勝っす。先生! 範囲攻撃ですねッ!」
一瞬教室の空気が凍りつき、周りの生徒も驚いた表情や蔑むような目線をこちらに向けてくる。
変な事を言ったかと不安にもなったが、見かえしてみても問題の答えは間違っていなかった。
「……。えー、他に分かる人いるかー? 廻ッ! いってみよーか!」
「っん、ふぁあ……? あ、 えーっと、あれがこうなってこうだから……(x-32)で、これは(2y-8)だからっ……Bかな? Bですっ」
「よーし、正解だ。大したもんだ……寝起きの割にはなッ! 次居眠りしたら立たせるからな!」
「あうっ、ね、寝てません! ウトウトしてただけ……で……、す、すみませんでしたっ。気を付けます……」
「「アハハ! 相変わらず結名ちゃんウケルー!」」「「寝てても解けるなんてさっすが廻さんだな」」「……天然ぶってウザ」
俺の代わりに当てられたユナは眠そうに目を擦りながら同じ問いを解いて見事正解した。
そして俺の時とは逆に教室は居眠り姫を笑う声に包まれた。
多少とげとげしい声もあったけど。そんなことはどうでもいい。
俺が導き出した解答と同じだったのに何故ユナだけ正解とされたのか!
どうしてもそれが腑に落ちず、教師に聞こえない程度の小さな声で不満を溢す。
「(ッんだよー、範囲攻撃であってるじゃねえか……)」
口に出したのは失敗だったかもしれない。押し殺そうとしていた感情が沸々と湧きあがり、自分の答えを否定した教師とクラスメイトに対して反論したくなってしまった……。
――あーもうどうにでもなれッ!
未だ盛り上がっている教室中にも気づいてもらえるように、席から腰を上げて机から半分ほど体を乗り出しながら大きく右手を挙げて教師に楯突く……いや、もとい、教師に質問をする。
「先生ッ! なんで俺の答えじゃダメなんですかッ⁈ だって、そのxはプレイヤーとの距離でyは移動速度ですよね? そうなるとロングレンジで、この速度ならブレス攻撃以外あり得ない……、っと!! 思うんですけどッ!! ユナと同じ答えなのになんで俺だけハズレなんですか!?」
しかし。万年脇役者の俺を誰一人として気に掛けない。
ユナさえも振り向いてくれなかった。と、トモダチじゃないですか結名さん。こっち見て。
「間……? 何の話をしているんだ、お前も寝ぼけてるのか? 今は情報科目の授業中だぞ? まあいい。えー次の問題ッ! 分かるやついるかー? いないなら廻ッ! 眠気覚ましにもう一問いってみようか!」
質問された教師はあからさまに鬱陶しそうな顔でテキトウな返答をすると具体的な解説をせずにそのまま授業を続ける。
「なッ! せ、先生ッ! それ答えになってない――ッ」
「ぅえーっ! また私―っ⁈ もうナユー! こんなのとばっちりだよーッ! ぐぅッ」
うん。見てとはいったけど、そんな目で見ないで。
教師もクラスメイトも反応は冷たく、呆気にとられた俺は『話し』がわかる生徒はいないものかと教室を軽く見回してみたが、みんなユナか黒板を見ていて俺に興味を示している者は誰一人存在しなかった。その事実に唖然とし、消化不良で口から逆流する不満をせき止めるように口を噤んだ。
俺は偶然気づくことが出来たけれども、今受けている授業の本当の内容……真実を知っている人は他に何人ぐらいいるのだろうか? 少なくてもこの教室内には教師を含めても俺以外にはいないみたいだが……。
たしか情報科目は三学年同じ教師だったはず、そうすると三年の先輩達も知らずに勉強してるってことか……。他に同じ様な考えを持った生徒がいればさっきみたいな鬱陶しそうな表情ではなく驚いた表情をするはずだからな。
「……ふへへッ」
「(……えぇー、間君どうしたの……? 顔が、カオが気持ち悪い……)」
この時、俺の奇行に気づいた隣の席のクラスメイトが何やら『超傷付く』ことを呟いたような気がしたが、正直もうヤジには慣れっこなので聞き流す。
もしも攻略本を持っているのが俺だけなら好都合所の話ではない、亥明コンビがぶっちぎりのハイスコアを残したように選抜試験で優勝できる確率がグンと上がったんだ。
ユナとコウヤにも教えないとな、『模範解答』をッ!
しゃああああ! こいつは貰ったぜテスター権利! ドラゴンッ! 本番ではぜってえブッ倒す!!
独り盛り上がってしまい他人の目がある教室で普段人には見せない、いや、見せてはいけない顔付でテキストを写しているなんて思ってもみなかった。
その上、声に出してニヤけていたなんて……キモオタスタイルは授業が終わり休み時間にユナに指摘されるまで続いた。
「デヘヘヘっ」
「(うわぁ……、ナユ……。その顔はドン引きだよぉ)」
ちなみに後で聞いた話、俺は薄ら笑みを浮かべながらまるでエロ本でもみているかのように食い入ってテキストを読み進めていたらしい。
いつか訪れるかもしれなかった青春は終わった。
ああ、終わったかもしれないが、確実に目標には一歩近づくことが出来たから良しとするか……。
◇◇