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第29話:ネクタイ


 靴を履きかえ三人で教室へ向かっていると、なにやら廊下に人だかりが出来ているのが目についた。

 教室までの短い道中でああも大人数が立ち止まるなんて有名人でも来てるのだろうか? いや、天下の榊さんでさえ独り、廊下で道に迷っていたぐらいだからな……それを超える何かがあの中心にはあるのだろう、って事は……子猫、とか?


「なんだろ? 子猫でも迷い込んじゃったのかなっ? ねー、 私たちも見に行こうよっ」

「あっ……いや。バカだなユナ、たかが猫ぐらいでであれほど人が集まるはずねえだろ?」

「なッ! バカって言った! バカっていう方がバカなんだよっナユのバーカっ! じゃあ、子猫じゃないなら何がいるのか教えてよっ!」

「ッえーっとだな……あれは、あの人だかりはだな……、こ、コウヤ一体あれは何の騒ぎだ?」


 『迷い込んだ子猫』と丸被りの予想をし、コウヤに無茶振りをしている間もペシペシと叩くユナに共感を覚えはしたがそれを実際に耳にするとアホらしく聞こえる答えだった。

 俺は小馬鹿にしながら回避行動をとったが収集がつかなくなってしまったからな。


「あれだろー? 今朝更新された学内通信。携帯端末でも読めるのになんで一々廊下の掲示モニターで見るのかねー。 つーかユナちゃん自爆してねえ? ブーメランだぜーそれ」


 俺とユナの掛け合いを鼻で笑うコウヤはガラスの反射を鏡がわりに前髪を弄り服装を整えながらどうでもいいことのようにテキトウな返事をかえしてきた。


「……お前の口から学内通信って単語を聞くたびに耳を疑うんだよな」

「フフフ。ナユ君、電子化が進んだ現代『情報収集は生死を分ける』んだぜ?」

「どの口が情報通ぶってんだよッ! 気取ってねえでさっさと説明してくれよッ!」


 いつもの腹いせか勿体ぶって中々要点を言わないコウヤに愛想を尽かせ、渋々自分の携帯端末で今朝更新されたという学内通信を確認する。


『――筆記試験通過者を代表にした三人一組のチームを組み実技試験に臨む。尚、代表者以外のメンバーは選抜試験参加者ならば筆記試験の合否を問わない。最終的に最優秀チームのメンバー三人がβテスト参加権を獲得する――』


「とまあ、選抜戦の内容がいくつか追加されたっぽくてよ。よくわっかんねーけど朝練の時センパイ達も何か騒いでたぜッ」

「……ねえナユこれってさ、もしかして榊さんが言ってたのってこの事だったのかなっ?」

「もしかしてなんのことが榊さん? ナユ、ユナちゃんも……なんか知ってるのか」


 昨日の榊さんとの食事に来れなかった為、蚊帳の外にいるコウヤに昨日の事を大雑把に説明する。


「えーっとな。昨日……お前と別れた後に榊さんが車で迎えに来てくれて……フレンチレストランに連れて行ってもらったんだ。んで個室に案内されて……、そこでゲームの話しになってリマイナーとゲーマーの違いを聞かれて……帰り際に意味深な言い回しのセリフを言われて、それがまるで俺達がβテストに参加する事が決まってるみたいな……そんなニュアンスで。それがちょっと引っかかっててきっとこの事を知ってたんだろうなって話しだよ。改めて説明するとなると色々あり過ぎて説明しづらいな……」


「ああーッ!! ちくしょー! フレンチってどんな味だったよッ? 超羨ましいぜ!! 行きたかったのによおッ、鬼妹のせいで……ぐおぉおーッ押さえていた怒りがああ」

「おいまて。ちゃんと聞いてたのか? 説明下手なのは謝るが、食い付くの<フレンチの味(そこ)>?」


 出来るだけ自慢話にならないようにスーパーカーやレストランの高級っぷりは伏せて嫌味気を減らして説明したが、余程悔しかったらしくコウヤが羨むには十分すぎる内容だったのか。


 ひとまず、このルール変更で得をする人間はそんなにいないはず。それを考慮すると榊さんが俺達の為にピンポイントで支援策を設けてくれたと考えるのが妥当なのか?

 しかし簡単にここまで大規模な変更を行えるとも考えられないからあくまで全体に対する支援がタイミングよく行われ、それを都合よく解釈しているようにも思える。

 思惑はどうあれ、これは千載一遇のビッグチャンスには違いなく逃す手はない。


 だが……だけど、俺は……。どうしたらいいんだ。


 心の片隅に押しやっていた本質的な願いが、ズキズキと心を刺激して破裂してしまいそうだ。

 この痛みは否定的な痛みなのかそれとも肯定的な喜びなのか、胸に手を当てて無意味な自問自答を繰り返して過去の自分に未来を掴み取る許可を取り繕うが返事がない。


 諦めきれない現実と諦めてしまった現状という矛盾の答えを模索していると、諦めさせない現在が声をかけてくれた。


「んでよ、どーすんだナユ? セカンドチャンスってやつじゃねーの? これってよ。 オレはもうセンパイに放課後の練習休む許可取ってきたんだぜッ、やんだろっ……? コンティニュー」

「コウヤっ……。そうだよっ、実技ならナユ得意じゃん! みんなでやろうよっ! ねえッ!」


 朝練の時に既にこうなる事を見越して時間を作ってくれたようで確信犯のコウヤには感謝しきれない。なぜなら強いるように、逃げ道を潰してくれたおかげでバカな俺は決心がついた。


 決心なんて大した理由や事件が起きなくてもつくもので、それが元々心の隅に秘めていた想いなら尚更で些細な一声やちょっとした後押しで言いだせなかったことを口にできるんだ。今それを痛感した。

 ありがとうな二人とも……、一度は諦めちゃったけどさ。俺、やっぱり誰よりも早くみんなとプレイしたいッ! だから……俺は願いを言葉にする。


「コウヤの言う通り無理ゲーだからって諦めたりしない。ユナの言う通り負け犬であることを逃げ道にしない。二人の言う通りもう独りで抱え込みはしない。ゲームはさ、トモダチとやるとおもしれーんだッ! それがゲーマー同士なら尚更だッ! みんなで、一緒に……もう一度三人で挑戦(ゲーム)がしたい!」


 俺の言葉を聞いたコウヤは頷きながら賛成し何か言いかけるが、うれし泣きするユナの声にかき消され最後まで聞き取れなかった。


「そうこなくっちゃなッ! つってもよオレは……ハナっから――」

「あぁうっ……。ナユうぅーッ! コウヤぁー!! 一緒にーっい、うわあああ」


 背中を押してくれる友達のおかげで俺は再び歩き出す決断を下すことが出来た。

 そして何より意図していたかは別として榊さんが作ってくれたチャンスに感謝だよな。


 ユナは俺達に抱き着きながら体を揺らし咽び泣き続けている。


「ユナ、相変わらず泣き虫だな涙腺緩すぎだな。泣くような事かよ?」

「なーに言ってんだナユ。あの時、泣きそうな顔してたやつがさー」


「「ちが、だ、だってぇ…………うれしぃいんだっ……てぇ……ううぅう……あああぁ」」

「ちょーッ!! ちょ、ちょぉおお! ユナちゃん⁈ 鼻水! ハナミズーっ!」


 本当はここまで理解してくれてこれほど親身になってくれる友達に、囲まれてる俺の方がうれし泣きしたいぐらいだ。


「あーっ袖に拭うなって! ったく、女の子なんだからハンカチぐらい持っておけよなッ……。ほれっ」


 美人を台無しする勢いでだだ漏れる鼻水を制服の袖で拭おうとするユナに呆れ手近な布(ハンカチ)を差し出す。


「――ズズズッ、えへへありがとっ」

「って!ちょ、おまああぁぁッッ!! それオレのネクタイいーッ!! ナユぅーッてめえーッ!! ユナちゃんすっきりした顔してエヘヘじゃないよーッ」

「っふ。こ、コウヤ……友達だろ? 笑って容認してくれ。ユナの笑顔の為だと思ってさ……ぶっっははあ」


 バカなやり取りをしていると笑い過ぎてつい目頭にアツいものが込み上げてくる。

 健康的な涙が悩みも苦痛も何もかもを洗い流してくれて、これからの計画が鮮明に見えてきた。

 

 心機一転した俺は二人に意気込みと計画を発表する。


「もう後がないからな、今日の放課後から早速特訓するぞ! 絶対にβテスト参加するぞッ!! 三人一緒にな!!!」


「「おーっ!」」 「「おうッ!!」」


 あー、でも……。泣いて笑って激励する俺達は青春を体現してたが、廊下で朝っぱらからやるもんじゃないな。二人は気づいてないかもしれないがクラスメイトの視線が痛いぜ。


◇◇

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