第28話:アクビ
◇
玄関の前に着くと一際大きな一歩を踏み出したかと思うと、ユナはキョトンとした顔で俺をみる。
「ぷっ、ふふ……あははッ――なにそれーっ全っ然かっこよくないからっ! 」
「なんでだよ! ゲーマーよりはいいだろ!」
「ははっ、で、でも。でも……、その通りかもねっ!だってナユは<私のヒーロー>だもん!」
「――ふっ」
厨二病発言をクスクスと笑うユナに玄関先の防犯ライトが反応して点灯すると暗かった関係は明るく照らし出され、俺達はお互いの恥ずかしい台詞を指摘し合う。
「っぶっは、はははッ! わりぃわりーでも……わ、私のヒーローってッ! ック、厨二病がうつったか? ……ふうー、腹いてー」
「っちょっとーッ!!! 笑いすぎっナユッ!」
しかし、私のヒーローって。あんま言わないだろ。
……ん!? なんか違和感だ。
「私の……?」
「え? あッッ!」
やばい! 口に出してたか! それに気づいたユナも何とも言えない気まずさで顔を赤らめる。
「あっ……、ち、違うからッ! そーいう意味で言ったんじゃないのっ!! えと……その、忘れてッ!! えーっと……い、いや忘れないと怒るよ!!」
「だ、だって、おまえが変なこと言うからだろ!?」
「うっ、そりゃそうだけど……と、とにかく! そんなんじゃないから!」
なんとまぁ、素晴らしく出来上がった気まずい空気だ。ひとしきり空気を堪能したところ、この空気を作り出した張本人がふっと息をはき別れの言葉を綴る。
「えっと……、じゃあまた明日ね?」
「お、おう」
語弊を招く言い回しをしてしまった事に慌てふためきながら足早に家の中へ駆け込む前に彼女は一言、また続けた。
「あ、あとナユ……。ホントにあの時ありがと。それとホントにごめんね」
「え、あっ、いや……、気にすんな。たまたまだ。俺がもしあの時のセーブデータをロードしてもまた助けられるとも限らなかったしな」
そう、あれはたまたま通りかかっただけなんだ。
「——ナユは……。何度過去をループしても、目の前で誰かが困ってたらきっと助けるよ」
「どうだかな……」
「ううん。きっと助ける。だって……、やさしいもん。ナユは」
違う。彼女のそれはただの過大評価だ。きっと俺は……。
「いつかナユがどうしようもない時!助けるから。――必ず。」
「助けられっぱなしだけどな俺。でも、ありがとな」
「お礼を言いたいのは私だよ! それじゃ……またね」
「おう、また明日……」
ユナを見送り、扉が閉まってからも暫くその場に立ち尽して気持ちを整理していると防犯ライトが消え飛びかけていた意識を取り戻す。
しかし……。うん、勘違いした俺が一番恥ずかしいね、ハイ。
「はぁ。まあいいか……帰ろ」
結局、ユナが俺を引き留めてまで伝えたかったことはなんだったのか。あんまりわかってないかもしれないがその日はそのまま床に就いた。
…………。
良いものを食べると健康になるものなのか、今朝は体が軽い。寝起きも悪くなかったし目覚ましが鳴る前に目が覚めたが余裕を持って家を出るつもりもなく、朝っぱらから録画していた深夜アニメを観ながらゆったりと時間の浪費をしながら支度をした。
しかし学校に着くとよく寝たにもかかわらず何故かアクビが出る。
大きく口を開けた情けない顔を晒しているとタイミングよく登校してきたユナに見られてしまった。
「おっはよーっ、ナユっ! なんだか眠そうだねっ? 寝不足は肌に悪いんだよ?」
思春期の子供にとっては肌荒れは気になる要素には違いないが、そこまでルックスに気を配る必要のないフツメンだからな。別に、ビバ寝不足、ウェルカム肌荒れなんだよな俺。その点、ユナは授業中もしっかり睡眠とって肌ケアしてるからもち肌をキープできてるのか……?
「ふうわあーっ……おはよう。なーんか朝の学校ってアクビ出るんだよな、条件反射ってやつかも」
「アクビってねっ、緊張しすぎても出ちゃうんだって! この前テレビでやってた!」
得意げに話すユナには悪いがその番組は俺も観た。
アクビの原因はいくつかあるらしく、その中でも特徴的なのは『緊張』と『退屈』だ。他にも血液や循環系の病気が原因の場合もあるらしいが……俺の場合はきっと『退屈』だろうな。
退屈な日常の繰り返しが脳裏に刷り込まれて、登校時に条件反射でアクビが出る。そんなところだろうか?
「別に緊張してねえよ」
「ほんとかなぁっ? ふふふ、 ホントはビビってるんでしょっ! オレの老後どうしようかなーとか! 今日のお昼どうしよーかなーとか! ナユは心配性だから!」
食べ物のこと考えてるのって、どっちかっていうと君だよね?
「ほーっ。心霊ビデオで顔面蒼白になったやつが言うセリフではないですなー」
「ぐッ! なッ、なによー! そんなのはみんなそうだしッ! あのときコウヤだって驚いてたじゃん!」
そう。ビビリなのはギャースカ言ってる彼女である。
「ユナちゃーん! オレだって、そんな驚いてないってぇ!」
噂をすれば何とやら。
くだらない話をしながら下駄箱で靴を履きかえていると朝練を終えた本人が現れる。
運動後でまだ汗をかいているからなのか制服がはだけてシャツの裾は右半分だけ外に垂れさがりダラシナイ格好だった。
下敷きを団扇がわりにパタパタと仰ぎながらこちらに近づいてくる。
「あ、コウヤ! おはよ!」
「おーす! ユナちゃん、ナユっ! まーだ朝だってのにアツいねーッ! アツアツでアチチって感じだぜー」
「なっ! そんなんじゃねーからッ!」
「ッぅえっ? そ、そっ!そーだよっ! いつも通りじゃんッ⁈」
いきなり凄い事を言い出すコウヤに混迷したが、反応した後にコレは昨日のユナと同じ状態だと気づいた。
俺にとって彼女は友達であって、兄妹で家族な関係だから色恋沙汰は皆無なんだが……男女間には違いない訳で意識してしまう事もたまにはある。たぶんユナもそうだろう。
実際に昨日似たような気まずい空気を吸ったわけで、熱々なんて昭和でベッタベタな言葉だとしても嫌でも反応してしまう。
でも落ち着いて考えればコウヤは俺とユナの関係を知っている訳だし、話の流れ的に考えれば単なる勘違いだと分かる。
彼の言う『アツい』は『暑い』であってラブの意味で使う『熱い』ではない。これほどまでに語弊を招く日本語は不完全な言語だとここに断言しよう。
「へ? 急にどーしたんだ二人とも? オレなんか変なこと言った?」
「あーいや、話すと長くなるんだが昨日の帰り――ぐふっ!」
誤解と語弊と言葉遊びについて簡単に説明しようとするとユナがジタバタと声を上げて邪魔してくる。というか、腹に一発ブチ込まれた。
「な、なな何でもないからっ!! それはいいから! ほら、いこッ!」
別に隠す事ではないと思うんだが彼女にとってはプライバシーロックを掛けたい出来事なんだろうと口を紡ぐ。
◇




