第26話:レストラン
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「ところで間君。きみは選考会を一位で通過したらしいですね、昼間一緒にいた佐藤君もいい結果だったようで。あのスコアは凄いとしか言いようがないですね……特に、廻くんは筆記試験でもいい結果を残している。実技試験でどうなるか……、実に興味があります」
緊張を解そうと小話を振ってくれた榊さんは実技試験を楽しみにしているようだが、その期待には応えられそうもない。
申し訳ないが、もう決まってしまった事で過ぎた事だ。
「……あー。えーっと。実は――」
「私っ辞退しようと思っているんです。一人でテスターになっても意味ないんで……だからオープンテストに参加しようって話し合って決めたんですっ」
言葉に詰まった俺の代わり、ユナが簡潔に要点と経緯をまとめた説明をしてくれた。
自分のせいでこうなったのに、それを他人に説明させるなんて……まるで責任を押し付けているみたいでかっこ悪いな。
「非常に残念だ。才能ある人間がそれを発揮しないのは罪だね……それは廻くん。……キミの本心かい?」
「……一緒じゃないと、……三人一緒でないとダメなんですっ」
「ははは、ナカヨシ三人組ですね。さて、冷めないうちに食べてしまいましょうか」
オレンジジュースを飲みながら選考会と選抜試験について話していると、程なくして“ 高級料理 ”が運ばれてきた。アート作品のみたいに飾られたソレを前にして俺は再びパニックに陥りそうになってしまう。
「い、いただきます……」
「わーい! 頂きまーすっ」
待ちに待った高級料理にありつこうにも、どこから手を付けたものか。お皿の左右に並べられた大量のナイフとフォークの意味する所がわからない。千手観音でもあるまいし多すぎだろッどれ使えばいいんだこれ……。
フォーク選びに頭を捻っていると「外側から順に使うんだよっ」とユナが小声で教えてくれた。なんで知っているのか……女子力には未知のテーブルマナーさえ含まれているのかと不思議に思う。
「よく知っていますね。立派です。しかし、ここには私達しかいませんし、テーブルマナーなど気にせず自由に食べてくれて良いですよ」
見かけによらず子供の扱いに慣れているのか、わざとメチャクチャな順番でナイフとフォークを手に取って器用にまわし、自由をアピールする榊さんの思いやりに頭が上がらない。
大皿に乗せられた一口大の珍味を頬張ると、この世のものとは思えない洗練された味わいが口の中に広がり、頬ごと顔が蕩けて落ちそうになる。
そして幸せの余韻に浸っていると絶妙なタイミングで次の料理が運ばれてくる。
「んーッ! しあわせぇっ、美味しいねナユッ!」
会話を挟みながら食事を続け、高級レストランにも慣れてきたところで不躾ながら一番聞きたかったゲームの話題をぶつけてみる。
「俺ッ、NEVER DOINGすごいやり込みました! bitは続編にあたる作品だって何かの記事で読んだんですけど、本当ですか? ずっと続きが気になっていたんです!」
「そうですね……。まだ詳しいことは言えないのですが、立ち位置的には『続編』と言っても良いかもしれませんね。実験的だったNEVER DOINGのデータを元にアレンジを加えて改良を重ねより素晴らしい作品にしたつもりです。期待してくれて良いですよ」
中学生の時に初めてプレイしてから何十、何百回もクリアしてエンドロールを見るたびに感じていた……胸に穴が開いたようなどこか切ない感覚。
それが満たされるかもしれないと知ってからずっと気になっていた。だから誰よりも早くプレイしたかったんだ。
隠すような事でもないので赤裸々と自分の考えを口にする。
「嫌だったんです俺……エンディングが終われば世界を救ったヒーローも、救い出したヒロインも誰もいない。エンドロールよりももっと先に広がる世界を見つけたいんですッ」
「……なるほど。そうですか、エンディングの先が見てみたいと……興味深い……」
他人とはズレた価値観を気に入ったのか榊さんは問いかけるように語りだした。
「間君はどうしてゲーミングスクールで成績に直接関係ない座学の授業が必修科目とされているか、考えたことはありますか? 技育専での選抜筆記予選でキミは不合格とされたのは何故か。一年生が三年生を対象とした試験問題で半分以上の回答を収めたのは事実。期待値を折り込めば十分な結果だったと言えるでしょう……」
ゲーミングスクールは一般校ではないのに必修科目として座学の授業が存在している。俺はその『存在理由』を前々から疑問に思っていたが、ハッキリとした理由は見つからず、ただ矛盾として片付けていた。そしてβテスターの参加条件にデータワールドへのリマイン経験を必須としておきながらそれに直接関係ない筆記試験が予選に行われる理由の答えもまた分からない。
もしかするとその疑問が解けるかもしれないと、俺は食事をする手を止めて食い入るように話を聞く。
「……現在、世界は脅威にさらされています。電子事変による技術革新の結果、フォルトが出現して現実世界は狂乱に堕ち、私達の生活は侵略されました。それから三十年ほどが経過した現在、世界は平和になったとされていますが、実際には鎮静化などしておらず膠着状態のままです。今この瞬間にもヒーロー達はFaultと戦い、リマイナーがAntiDの対応をしているんです。世界は電子世界と現実世界に別けられてはいるものの、その関係性は表裏一体で『虚像』か『実像』かというだけ。二つの世界に与えられたルールは同じもの……同じものなのです……」
二つの世界と一つのルール。精神が残留して、肉体が存続するリマイナーのルーツとなった単語の本質はその辺りにあるのかもしれない。
榊さんの話しは所々理解できなかったが、納得できない所は無かった。難しい内容だけれども不思議とスラスラと頭に入り「うんうん」とつい頷いてしまう。
「……電子世界の正規化を行うリマイナーの養成をゲームを使って行う。それはつまり逆説的に電子世界はゲームだという事になります。とするならば現実世界もまたゲームであると言える、そうは思いませんか? リマイナーにしろヒーローにしろソレはプレイヤーの別称に過ぎず、キャラクターを操作するのはいつだって人間なのですよ。私からすればね……」
三十年間を振り返って順を追って説明されていく世界史の授業。
世界史なんてものは退屈そのものだと馬鹿にしていたが、この授業は今まで受けてきた中で一番時間が速く流れたように感じた。
「……リマイナーとゲーマーは何が違うのでしょうか? 間名由、くん……。――フフフっ」
最後にそう言うと榊さんは目を伏せてほくそ笑み、テーブルナプキンで口を拭いた。
「さて、私はアイスクリームとコーヒーを頼もうと思いますがお二人はデザート、どうしますか?」
核心へ話しが進むにつれ、だんだんと真剣な雰囲気になり空気が重くなってきたところで唐突にデザートを勧められ、なんだか重要な所をはぐらかされてしまった気分になる。
始めは緊張していたが、気さくな榊さんのおかげで思いのほか話しが盛り上がってしまいデザートのアイスクリームを食べ終える頃にはいい時間になっていた。
榊さんは子供を遅くまで連れまわす訳にもいかないと早々に会計を済ませて、俺達は店を後にする。
帰りの車内で高級料理に大満足したユナの隣で、俺は先ほど榊に言われた事の真意について思いを巡らせる。
「今日は本当にありがとうございましたっ! すっごくおいしかったですっ! ねッナユっ」
「あ、ああうん。あ、ありがとうございました!」
考えることに夢中で俺は上の空だった。
「礼には及びませんよ。それに感謝するのは私の方です。君たちみたいな貴重な人材に出会えてよかった。わざわざ出向いたかいがありましたよ」
帰りの道のりは行きよりも早く感じ、あっという間に家の近くについてしまった。
「車の中でずっと考え込んでいたみたいだけれども、答えはまだ出ていないようですね間君。それじゃあクローズドβまでの宿題にしておきましょう。答え合わせはその時……で。はははっ」
車を降りると難しい顔で悩む俺に意味深な言葉を残し、榊さんは夜の街へと消えて行った。
収まりが悪いままで消化不良の心を深呼吸して落ち着かせる。
「ふいーっ。さて帰るかユナ。ん? ぼっとしてないでほら! 置いていくぞッ」
今日はいろんなことが起きたけど、おかげでいろんな経験が出来たな。
自宅に向かって歩き出そうとすると後ろから服の裾を掴まれて、そっとユナに引きとめられる。
「――ねえナユ! あのさ……もう少し。少しだけっ! 大事な話がしたいんだ」
振り向くと、顔を赤らめ俯くユナが街灯に照らされ幻想的な雰囲気をまとい、いつにも増して可愛く見えた。
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