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第24話:ルート分岐

◇◇


 退屈な一日の半分が終わり、今回も使わなかったノートとテキストを鞄にしまう。

 意味もなく取りだした携帯端末の待ち受けが、ひと時の“ 夢 ”を想起させる。


 筆記試験の結果発表から数日が過ぎて、本来の日常に回帰した俺達は気分を一新して新たなルートを開拓していた。

 オープンテストに向けて日常生活を消化試合としてこなし、願わくば少しでも早く時間が過ぎるますようにと物理法則にあらがう今日この頃。


 三人一緒ならそれが幸せであり、そのためになら犠牲を厭わない、それなのに俺達はβテストを諦めオープンテストへと逃げた。

 矛盾によって発生した食い違いは各々の心情に影響し、表には出さないものの俺達の関係は少しぎこちなくなっていた。その原因が自身にあると分かっていながらも友情を優先するあまり自らを偽り続け、他人を騙し続けていた。

 これでは前と何も変わっていないが、こうなる前の日常に戻る為にはこれは必要な事だと自分に言い聞かせて。そう。全部俺のせいだ……。


 ホームルームが終わると普段通りコウヤが教室にやってくる。

 コウヤとくだらない話をしながら、ユナの板書が終わるのを待っていると、珍しくクラスメイトが話しかけてきた。


「間ーっ聞いたぜえ。オマエ筆記試験落ちたんだってな! どうせ一夜漬けしたんだろ勿体ねえー奴ッへへっ」


 まったく彼の言う通りかもしれないな。

 普段から勉強しておけばこうして休み時間になる度に冷やかされずに済み、むしろ一年生テスターとして褒め称えられたかも……でも今更だ……、覆水盆に返らず。考えても仕方ないので適当にあしらうとする。


「らしくねえな間ーっ! もっと考えて行動しろよー得意だろそーいうの? なあ間ーっ」

「まあ、……オープンテストあるし、別に……」

「おいおい負け惜しみにしか聞こえねえぞ間ーっ? そんなに落ち込んでるなよっ! 間っ」


 何かイラッとする喋り方しやがって……ハザマ、ハザマってうるせえなこいつ。

 黙っていれば好き勝手言われ、何か言っても突っ込まれる。そして何を言われても嫌味として受け止めてしまう自分がなにより不愉快。

 負の連鎖に陥って深いため息をつくと、見かねたコウヤが救いの手を差し伸べてくれる。


「ナユ。気にスンナって。ほら、いこーぜ?」

「そーだな」


「おい間ーっ、もういっちまうのかよーなあ間ーっ」


 食堂の一件から友達(おれ)の為に嫌な役回りを自ら選び、犠牲を払い続けるコウヤが、俺の肩に手を回して、なかば強引に安全地帯まで連れ出してくれた。

 どうせならこのまま食堂に行ってしまおうと教室の扉に手をかけた所で俺は『忘れモノ』に気づき、足を止めてその場で振り返る。 


「置いてくぞユナっ」


「「わーっ待ってよ! もう終わるからっ!」」


 そう返事したユナは板書を切り上げて荷物をまとめると、お弁当の入った小さな手提げのポーチを手に取り席を立つ。

 何回も繰り返してきたやり取りを済ませると、俺は身体の一時停止を解除して教室の扉を開け、ユナを待たずに廊下に出て歩き出した。


 廊下を黙々と歩いていると教室の中から怒号のような叫び声が聞こえ、ソレが壁越しに近づいてくるのが分かる。


「「もおおおおおおっ! いっつも置いてかないで、ってえぇえ言ってるじゃんッ! 私も一緒に――ッッ!!」」


 ユナは飛び出し注意の標識を無視してアクセル全開で勢いよく合流車線に飛び出した結果、前方不注意で接触事故を起こしてしまった。

 ついに事故ったかフラグ回収するまで随分かかったな。


 登校時の曲がり角で異性とぶつかると恋に落ちるらしいが、廊下の角でぶつかると何が起こるのだろうか……。


「――イタァ……。ご、ごめんなさいッ!」


「いえいえ。こちらこそ考え事をしながら歩いていたもので。お怪我はありませんか?」


 遅れて事故発生に気づいたコウヤは事故現場を見るや否や血相を変えた。

 そしてハイテンション通り越してどもりながら“ スーツ姿が凛々しい高身長の彼 ”の元へ駆け寄っていった。


「あばばばば、あ、あの、の……さ、ささッ、サカキさんッスよね!? bitを開発した会社のッ!! NESTのッッ!! うおーウェブ特集で見たまんまのイケメン社長だー! スッゲ! マジすげー!」

「ええ!? あっほんとだ! すごっ!」


 その言葉を聞き、俺も視線を上に向けて改めて顔を確認する。


「……まじ、かよ……なんて人にぶつかってんだ」


 人身事故にばかり気を取られていてコウヤに言われるまで気づかなかったが、確かにそこにいたのはNEST(ネスト)のCEO兼社長の『(さかき) 将義(まさよし)』その人だった。自分の目が信じられず一度視線をはずしユナの方を見てから改めて二度見したが、紛れもなく本人だった。


「おいおいユナ……、すごっ! じゃないだろッ! すすす、すいません、コイツいっつもそそっかしくて……」

「ああーッ!? ナユっ、なんか馬鹿にしてないっ? 馬鹿にしてるでしょッ! ムっカぁーっ!」


 しかし加害者(ユナ)は自身が誰を轢き殺すところだったのかをしたか理解していない様で、俺に対して怒号をぶつけている。


「ユ、ナ……もしかしてキミが廻結名くんかい? 噂は聞いているよ、一年生で唯一、予選通過した逸材らしいね。ハハハ! 初めまして」

「えっ? ……あっ……は、はいっ。初めまして……です」


 なんと驚くことに榊さんはユナの事を知っている様子で、初対面にも拘らずフルネームを知っていた。筆記試験合格者ともなれば多少知名度があるのか、それとも予選通過した唯一の一年生がユナだけだったためか。どちらにせよ今触れるべき内容ではないなと俺は言葉を飲み込み、代わりに挨拶の言葉を吐き出す。


「あ、あの。初めまして俺、(はざま)名由(なゆ)って言います! それでこっちはサトウです!」 

「さ、佐藤っス!」

「それから、えっと……び、bit凄い楽しみにしています!!」

「ハザマ君とサトウ君ですか? 初めまして、よろしく。皆に知っていただけて光栄ですね。」


榊さんは俺らに笑顔で挨拶をしてくれた。性格も良くてイケメンで社長とかチートだよな。


「……ところで、東棟には……どう行ったらいいのでしょうか? 恥ずかしながら、道に迷ってしまったようで」


 ――迷子とかお茶目さんかッ!


 どうやら榊さんは道に迷っているらしく連絡通路への道順を聞かれた。説明下手の俺の代わりにユナが携帯端末を使い丁寧に説明する。

 その間、邪魔するようにコウヤが横から引っ切り無しに質問攻めを繰り返す。


「さ、ささ榊さんはなんで技育専に来たんスか? やっぱり選抜試験に関係あるんスか? 誰かに会いに来たんスか?」

「ははは、別に大した用事ではありません。私の会社が提供しているVRC端末に不備が無いかの確認と、趣味を兼ねた……ちょっとした“ 下見 ”ですよ」


 技育専のVRC端末はNESTからの『一時譲渡』という形で納品されている。唯でさえ高額なVRC端末の最新モデルをあれだけ数を購入するのは、さすがの政府軍下の指定校でも金銭的に無理だからな。

 とはいえ軍立校としてはVRC端末を用意する必要があった為、学校側はNESTをパトロンに据えて最新式のVRC端末やオートルームを『レンタル』した。


 さっき榊さんは『不備の確認』と言ったが実際には『監査』といったところか。しかしまあ社長直々の訪問とはご苦労な話だ。


「ええっと……東棟はっ……この先を左に行って……」


 ユナが東棟への行き方を説明し終わる頃に、榊さんは時計を気にしながらやれやれと苦笑しながら頭の後ろへ手を当てる。


「……なるほど。この廊下の突き当たりを左、ですか……助かりました。いやはや私としたことが、完全に遅刻ですね」


「あっそうだ! あのッ榊さんッ! さ、サイン貰っても良いですか!」


 別れ際になっても、子供の様にはしゃぎっぱなしのコウヤは天下の社長様にサインをねだり、走って教室に色紙の代わりになる物を取りに行く。


「ハハハ。参りましたね。サインですか……。そうですね、それでしたらもっといいものを差し上げましょう」


 コウヤが居なくなると榊さんは、にこやかな表情で上着の内ポケットからICカードを取り出すと、ユナの携帯端末にそれをかざした。

 指で隠れてよく見えないが、携帯端末にかざされたICカードには名前と会社のロゴがプリントされているのが辛うじて確認できた。どうやら名刺のようだ。


 携帯端末から電子音が鳴ると画面が切り替わり『新しい連絡先が追加されました』とポップアップウィンドウに表示され、ユナのアドレス帳に榊さんの連絡先が登録された。


「これも何かの縁です。それをツマラナイ予定で切ってしまうのは勿体ないですからね。連絡待っていますよ……みなさん」


 いきなりのことに呆気にとられ開いた口が塞がらなくなった。

 暫くして、俺達の元にコウヤが返ってくると榊さんはもう去った後で、サインをもらい損ねた事を悔しがっている。


「あ、あれッ!? 榊さんは!? もしかして行っちまったのかぁああッッま、まにあわなかったぁあ」


 しかし俺とユナはそれどころの騒ぎではなかった。

 わけが分からないでいるコウヤが不思議そうな顔で見守る中、俺はそっと手を伸ばしてユナの頬をつねる。


「……い、痛いよ! ナユっ? まさか大企業の社長からメアドをもらえるなんてねー」


 痛がる様子から『夢オチ』では無いことが確認できた。

 見せられた携帯端末にはメールアドレス以外にも電話番号とその他諸々の電子情報が登録されている。ユナはあの一瞬でキーアイテムをゲットしたようだ。


 羨ましい限りだ。

 あの時俺が携帯端末を出していたらもしかすると……などとセコイ考えが浮かんでしまう。


 未だに休み時間になると冷やかしてくるクラスメイトから逃げるように廊下に集まっていた、そんな俺達の日常は、この瞬間……この出会いから“ 新たなルート ”へと分岐した。



「きゃああっっ!! キャアアっ!!」「すごーいみてみてみてええ!!」「うっきゃぁあぁあああっ!!」


 どこからか女子の耳つんざくような歓声が聞こえてきたが、榊さんを女の子たちだろうか?


 …………ジジジ

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