第22話:ナカヨシ
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βテストに参加する方法は結局見つからず、負け癖がついた俺は考えれば考えるほどドツボにはまる。それが逃げだと分かっていても何かのせいしてしまう。
腰までドップリと負け犬に浸かっていてどうする事も出来ないでいると更に最低な考えが浮かぶ。
――なにもβに固執することはないのではないか?
ユナも言っていたじゃないか。オープンテストもあることだし……。
課せられた目標へ向かって物語を進め、ルートを選択してハッピーエンドを目指す。それがゲームだ。詰んでしまったらやり直せばいい。目標を、ゴールを変えればいい。
元々はオープンテストから<bit>に参加するつもりだったんだ。それが運よく選抜試験にエントリー出来ただけで、予選敗退した所で振出しに戻るだけの話し。プレイできなくなる訳じゃないんだしそんなに落ち込むような出来事ではないはずだ。
諦めの言葉を並べ辛い現実から逃げるように自分に言い聞かせる。
このルートはダメだった。それだけだ。コンティニューが出来ないのなら最初からやり直せばいい。
痛みも喜びも悲しみも全部リセット。そしてニューゲーム。
いつだってそうだ。俺はいくらあがいても主人公にはなれっこない。脇役がお似合いだ。
そうして自暴自棄とも取れる考えを繰り返しているうちに放課後になり、帰る準備をしているとユナが放課後の予定を聞きに俺の席を訪れる。
「ナユっ。メール見た? えっと、私達は放課後どう……しよっか?」
そういう彼女の表情から俺がまだ落ち込んでるいるのではないかと心配しているのがうかがえた。
自分がどうなろうと構わないけれども、ユナが悲しい思いをするのはこれ以上見たくないと思った俺は元気な素振りで返事をする。
「どうするって、帰ってゲームするに決まってるだろ。いつまでも落ち込んでなんかいられないし、あっちの世界を救ってこないと」
――ああ、強がるってこうやるのか。
他人の為に自分を偽り感情を殺して心にもない事を口にした。
自分にはそんな器用なマネは出来ないと思っていたけれどもできたじゃないか。
嘘には二種類ある。一つは『他人を傷つける嘘』もう一つは『他人を傷つけない為の嘘』だ。後者の嘘には欠点が無いようにも思えるけど、実際には傷つける対象をすり替えているだけで被害者は存在する。『他人』を傷つけない代わりに『自分』を傷つけるんだ。嘘は傷を作り、傷は心を蝕む。
強がるという行為をそんな複雑な捉え方で解釈していたが実際にやってみるともっと単純な事だったのが分かった。
何も考えなければいいだけ。目的の為に手段を選ばず過程の事は一々気にしなければ、俺もみんなと同じように嘘がつけるんだ。
大した予定もない俺達は荷物をまとめ終ると、休み時間に食べ損なったお弁当を中庭で食べてから帰ることに決めて教室を後にする。
そして廊下に出るとそこには何故か部活に行ったはずのコウヤがいた。
どう口を利けばいいものかと迷っていたが、実際に顔を合わせてしまったからには仕方がない。あんな形で俺達の関係が終わってしまうのは嫌だし終わるにしても何かしらの挨拶ぐらいはしておきたいからな。
とりあえず当たり障りのない事を言って場を繋ごうと、俺はコウヤにメールを見たことを伝える。
「お、おうっ! コウヤ……、部活出るんだってな? ユナから聞いた。でも気まずく……ないか?」
「気まずいからここにいんだよ……なあナユ、……覚えてっか?」
質問をするときは具体的に。主語が抜けていては何の話か分かりっこない。
だけど、こんな時にそんな顔で話す『昔話』ときたら数が限られる。きっと過去に喧嘩した“ あの時 ”のことか。
あの時は相当気まずかった……あれと比べれば今回の出来事ぐらいでは三人の関係は変わらない的なことを話すつもりかな。
……ジジッ
たしか知り合ってから二ヶ月だかそこらに実施された合同授業での出来事だ。その頃は適性診断という名目で結構頻繁にVRCの模擬戦が行われていて、その日は各々のクラスで適応力の高い生徒が選ばれ代表戦形式で試合をしていた。
俺のクラスは技育専に入学するまでリマインした経験がないVR初心者が多い事もあり、不慣れではあったがARゲームが得意だった俺が1‐1代表になった。その時の相手がコウヤだった。
既に人気者だったコウヤに対して黄色い声援が飛びかっているのを羨ましく思いながらVRC端末に腰を下ろし試合が始まるのを待っていると、俺はふと閃いたんだ『華を持たせるべき』なのではないかと。みんなが見たいのは圧勝するコウヤであって俺が番狂わせするべきではない、下手に目立つべきではないんだと思った。そんなのは友達なのかと考えた……だから。
――だから俺は負けることにした。
俺が勝てばコウヤの評価が下がってしまうからな、とはいえボロ負けするのもしゃくなので歴代ハイスコアから逆算して『ほどほど』の成績になるように点数調整をしてわざと評価を下げることにした。そうして他の生徒が全力を出している中で俺だけが不純な思惑を持って試合に臨み、ことは思い通りに運びコウヤのチームが勝利した。
そして授業が終わり、教室に戻るとコウヤに「……ナユ! お前試合手抜いたんじゃねーかッ?」と聞かれたんだ。
だから俺は「そうだと」答えた。「本気なんて出したっていいことないだろ」って。コウヤはみんなの期待に応え、俺はそれを後押ししたんだと。
手加減された側の思いなんて考えもせず、押しつけがましい俺の一言にコウヤは怒り「「何でそんなことしたんだ!? オレが勝たせてくれって言ったかッッ!? ナユッ! 自分を偽ってんじゃねえッッ!!」」と声を荒げた。
クラスメイトの視線が向けられる中で俺はコウヤに襟を掴まれ教室の空気は凍りつき一触即発な状態になった。軽率な発言をしたと後悔してももう遅かった。
コウヤのボルテージは頂点に達し俺は殴られる覚悟をして歯を食いしばり身構えた。
慌ててユナが止めに入ろうとしたが女の子の腕力では怒れる男子を引きはがす事は到底不可能で、シャツの裾を掴みながらただ泣きわめく事しか出来ないでいた。
たかが模擬戦での立ち回りがこんな事態を招こうとは誰が想像できただろうか。少なくとも俺には出来なかった、だから殴られそうになった訳で。むしろあの時は感謝されると思っていた。今思えば愚かな考えだ。
もしかすると察しのいいユナは試合で手を抜いていた時からこうなるのではないかと不安に感じていたかもしれないけれども、今更そんなこと分かりっこないし聞けっこない。
まあ結局は殴られずに済んだ訳だけど、あの時は本気で焦った。
その後誰が呼んだのか、それとも自然発生したのか知らないがクラスの担任が駆けつけて事態は収拾。俺達三人は廊下で説教を受ける羽目になった。実質泣いてただけのユナにまで正座させようとする教師には頭にきたが、見ていたクラスメイトの証言で罰を受けるのは俺とコウヤだけで済んだから良しとした。
生徒からしてみれば教師という存在はいわば守護者であり神なんだが、ユナの為なら俺は神にさえ刃向う覚悟があったんだ。
当時の俺は馬鹿だったから、権力のある大人がいかに凶悪か分かっていなかった、でも今では多少賢くなって……いや、あんまり変わらないか。未だに生活指導の先生には迷惑かけてるな。
なれない正座で足が痺れるのを我慢しながら説法と処罰が言い渡され、俺とコウヤは放課後に空き部室の掃除をさせられることになった。子供の喧嘩なんて珍しくないし増して怪我人も出ず、未遂で済んだのだから現状注意程度で放免されると思っていたので驚きを隠せずついつい不満が表情に出てしまったのを覚えている。
担任曰く「クラス内での揉め事なら現状注意だが、別のクラスの生徒が絡んでいるとなると他の教師に示しがつかないから」だそうで。逆説的にクラス内なら喧嘩しても御咎め無しと言っているように聞こえて学校なんてそんなものかと呆れてしまったが教師も人間なんだ仕方がないと諦めた。メンツや立場を守るために政治的判断を下すのは人間の性なのだ。役職や肩書は意味を持たない。
それからの掃除が気まずいのなんの。泣き過ぎて目の周りを赤くするユナに見守られながら俺とコウヤは舌打ち交じりに掃除。
ピリピリした空気で満たされたホコリぽい閉鎖空間は殺伐とし、物を動かす音が響く広い部室。シュールと言えばシュールだったけれどもその空間は紛れもない現実でただ時間だけが過ぎていった。
そんな使われなくなり物置として利用され、そのあげく管理者がいなくなり放置されてカビ臭くなった元部室を黙々と掃除していると、沈黙を破り申し訳なさそうにコウヤが言った「友達には……自分を偽ってほしくなかったんだ。何つーか、いや。マジで悪かったナユ……」って。
今まで俺はその四文字に集約された『トモダチ』という言葉を避けてきていた。どんなに仲良くなってもそれは表面上の関係で本質的には俺達は他人同士。だってそうだろ。コウヤはスポーツ万能でサッカー部のエース。男女問わずみんなに好かれる人気者で、片や俺は教室の隅でひっそりとゲーム機で遊ぶ窓際族。住む世界が違い過ぎて友達と呼べるような対等な関係にはなれるはずがない、思い浮かぶのはバッドエンドワンルートの未来だけだった。
だから俺はコイツの事を『トモダチ』ではなく『ナカヨシ』と位置付けていた。同じ四文字でも俺にとってこの二つは集約された意味合いが大きく違うんだ。
それをコウヤの方から友達と言ってくれた。それが嬉しかった。俺の事を対等に扱ってくれていたと分かり涙が出てしまうほどに感動したんだ。情けなく恥ずかしい、申し訳ないのは俺の方だった。
部室には半泣きの男女一組と照れて顔を赤らめる男子一人。知らない人が見たら何かしらの誤解を生むであろう絵面。
誰も入ってこないことを祈るしかない状況だったけども俺達三人の友情はそんな感じで始まった。固まったと言うべきなのかなこの場合。
ともあれそんな思い出だ。
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