第21話:不貞寝
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教室に戻り自分の机に伏しているとクラスメイトが徐々に昼食を終えて戻ってきて騒がしくなってきた。
「あいつら好き勝手言いやがって……」
俺は授業を受ける気になれず、このまま不貞寝することにした。
こういう気分がすぐれず考えが纏まらない時は寝るに限る。寝ていれば嫌でも時は過ぎるし、時間が経てば嫌な思いも少しは薄れるものだ
眠気が無くても人は寝る事が出来る。それに別に深い眠りである必要はない……目を瞑り……頭の中を空っぽにして……体の力を……抜い……て……。
疲れがたまっていたのか俺はあっという間に居眠りに成功して、無意識下で頭のクリーンアップを開始した。
夢と呼ばれる時空間を逸脱した断片的なイメージの中を漂い、ここ数時間の出来事を振り返りながら整理する。
教室で携帯端末を握りしめる俺。不安そうな表情のユナ。……順位を見て唖然とするコウヤ。
飛んでくるヤジ……反論するコウヤ……正論……負け犬……友情……βテスト……。
……悲しそうなユナ。
整理すれば少しは客観的に受け止められるかと思ったけれども、悲しみも悔しさも薄れる事なくむしろジワジワと心の深い所まで痛みが滲んできた。寝たのは失敗だったかもしれない。
傷口に塩を塗る結果になったことを悔やんでいるとポケットの携帯端末が振動して肉体に意識が戻る。なんだか今日は悔いてばかりだな俺……まあいつもの事か。
メールはユナからだった。授業中にユナの方からメールが来るのは珍しい。普段は居眠りするのは彼女で携帯端末を弄るのは俺の方だ。今日は立ち位置が逆だな。
『コウヤは今日部活あるから、一緒に帰れないって』
そう書かれた本文を見て、コウヤはよく気まずくないものだと少し驚いた。あれだけモメたのに部活に出るなんて体育会系の考えが分からない。案外日常的にああいった言い合いをしていて俺達が思うほど珍しいことじゃないのかもしれない。
でも、コウヤが部活に出てくれて助かった。今はアイツに合わせる顔が……どんな顔をして何を話せばいいのか分からない。俺はコウヤに何もしてやることは出来ないし、一緒にいるだけで迷惑をかけてしまうのではないかと不安ばかりがつのる。
コウヤの居場所はあっちなんだ。もう会わない方がお互い幸せ……なのかもしれない。
ともあれ、思う所はあったが、文面としては大した内容ではないメールだったので返信はしないことにした。そもそも「わかった」とか「そっか」のような相槌しか返せないしな。
それよりも今は思いついた事がある。仮眠して改めて思ったのだが、ユナを実技試験に参加させたい。せっかく予選通過したのにそれを辞退するなんて勿体ないし、遠慮してほしくないんだ。
まずは説得材料を探さないといけない。実技試験の先にあるのがβテストとなれば独りは嫌がるだろうからな。
俺とコウヤ二人だけなら選抜試験以外にもβテストに参加する方法が何かしらあるかもしれない。隠しルートや抜け道はいつだって存在するはずだ。
授業中にもかかわらず携帯端末を使い『bitβテスター参加方法』の関連資料を収集する。
ぱっと思いつくのは転校や就職して技育専とは別の枠で参加する方法だが、合理的ではあるが現実的ではないよな。他の方法でβテストに参加する方法を探さなくてはいけない。
NESTが公開している公式文書以外の個人運営のブログや電子掲示板などのソースが不確かな情報にも目を通してみるが、何も得るものは無かった。それもそうだ、俺は<bit>が発表されてからこれらの記事は事細かにチェックしてきたんだから今更見返したところで意味は無い。
唯一見落としていたのは学内通信で告知された選考会の事ぐらいで……そうか!
テスターの選抜は各団体に一任されている。技育専のローカルルール! それに抜け道があるかもしれないッ!
学校行事なんだから何らかの救済措置や別枠措置があってもおかしくない、学生のうちはセカンドチャンスに恵まれているのが当たり前ッ! 甘えと言われようとそれが子供の特権だ、使えるものは使う!
毎日のように配られるプリントや不定期に発行される学内通信に全て目を通すのは骨が折れるが、この際仕方がない。
携帯端末にIDとパスワードを入力して技育専の校内ネットワークに接続し、過去に配布されたプリントや張り出された掲示物の保存されているフォルダーを探す。
誰が管理しているかは知らないけれども、内容ごとに分類されさらに学年別に区分してあり目当ての情報を探しやすくなっていた。この世から紙媒体の情報が無くなるのも時間の問題か。
画面をスクロールすると階層ごとに付けられた名称の中に『βテスター』の文字を見つけ、開こうとしたが鍵がかけられていて中身を見ることが出来なかった。きっとコレは教師権限がないと見れないような内容なんだろう。もしかすると実技試験のデータがしまわれているのかもしれない……。それはそれで凄く気になるが、目的は別だ、別。
「(選抜試験とかそういったことについての資料は……っと)」
関連データを見つけた俺は配布日時順にソートされたデータを古い順に開き目を通す。
バラバラに配布されたプリントをこうしてまとめて見ていくと、今までは気づかなかった学生会の思惑が伝わってくる。
どうやら、選抜試験の日程が決まった後に選考会は開催が決まったらしい。そのために告知が遅れる不手際があったみたいだ。
こういうのは順を追って日程を組む物だと思っていたが後付けで決まる事もあるんだな。
いくつかの資料に目を通していくと、だんだんと自分の置かれた状況……現実が見えてくる。
条件に満たない生徒の為に選考会が特別参加枠として開かれ、学力の足りない生徒の救済措置として特別時間割による予習期間も設けられた。そして筆記試験では相対評価に則り文字通り優秀な生徒が『選抜』された。
選考会で優勝した俺はテスター選抜に参加できると喜んでいたが、あの時既に救済措置に縋っていたんだ。別枠措置で特別に筆記試験を受けられたってことを知らずにいた。
これほどチャンスに恵まれていながら選考会では自分勝手なプレイをして、テスト勉強も前日まで行わず、筆記試験のクリア条件を見誤り……自分が実力と才能に恵まれていると勘違いしていた。
深いため息をつくと昼間の出来事を思い出す。
「(お遊びでゲームをしてるだけの負け犬……か)」
今なら先輩の言葉が理解できるし素直にそうだと受け入れられる。
セカンドチャンスはとっくに使い果たしていた。最初から三年生を対象にしたテスター募集で、元々俺に参加資格なんて無かった。
いや。自分が蜘蛛の糸を登っていると自覚しないまま、それを無駄にしてしまったんだ。馬鹿にされるのも訳ないな。
リマイナー志望でもなければヒーロー志望でもない。それでいて、あわよくばそうなりたいと甘えた考えで成り行き任せの適当な生き方をしてきた。
自らが劣っていることを認めず、ヘリクツを並べてその場凌ぎの言い訳をし、友人の評価を世間の評価に置き換え、努力する事さえしなかったんだと。
俺はいつだって負け犬なんだと痛感する。
今の今まで現実を見ようとしていなかっただけで、既になりたくない自分になっていたことにやっと気が付いた。
先輩の言っていたことは正しかったんだ。聞き流していていたけれども、実際に俺は『お遊びゲーマー』だったんだな。
目を瞑っていた間にバッドエンドへ迷い込み、いつの間にかゲームオーバーに。どこでルートを間違えた?
<技育専>に入学するより前から、もっとずっと前からそうだったのかもしれない。憧ればかり口にするゴミッカスだ俺は。
クエスト失敗でゲームオーバーか。普通ならコンティニューがあるのに、ダラダラと生き地獄が続く……
――つまんねーな<現実世界>。
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