第20話:気遣い
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「おーこわッ! ジョーダンだって。つーかさ、分かってるだろーっ、晃也ッ?」
「分かってるって……なんのことスか?」
「お前ソイツと違って運動出来るんだし、そんな事ぐらいで一々腐んなよっ、お前まで負け犬になっちまうぜ」
まるで見下すような皮肉染みた発言に刺激されて、コウヤの堪えていた感情が沸々と込み上げてくるのが分かる。
しかしながら、言い方こそ悪いが先輩の言い分は的を射ている。
コウヤは別にゲームが大好きでそれしか取り柄の無い俺とは違う。運動が出来るコウヤには将来は<ASH>になることも、プロのスポーツ選手になる道もある。
「……やだな先輩ッ、なに言ってんスか? 負け犬……って誰のこと……っスか?」
理不尽な結果に苛立っている今は、普段なら聞き流せる言葉にさえ敏感に反応してしまい、上級生相手に暴言を吐いてしまっても仕方がない。
そしてついに沸点を超えたコウヤは声を荒げる。
「 「あんた忙しいとか言って筆記試験来なかったろッ?! 戦っても無い奴がよッ――誰かの事を負け犬呼ばわりしてんじゃねえ!! 確実に勝てる戦いしかしないってのはな、敵前逃亡と同じなんだよッ! 負け犬はッ……そっちだろーが!!! ふざけんな!!」 」
すぐに感情的になることが多いけれども、こんなにも荒々しい物言いをするコウヤは始めて見たかもしれない。その姿を見ていると何処かいたたまれない気持ちになってしまう。
コウヤに痛い所を突かれた先輩は一瞬バツの悪そうな表情を見せて、物腰が低くなる。
「な、なーにキレてんだよ晃也っ、そんな“ お遊び ”で技育専にいる奴と一緒にいたらダメになるぞっつってんだよ。なあ晃也ッ?」
ああ、そうか、コウヤには才能が別にあるんだ……それなのに態々痛い目を見るこちら側に立つ必要性が無い。
俺のために怒ってくれるのは有難いけれども、そこまでする義理はないのか。
――とどのつまり、コウヤは<勝ち組>の人間なんだ……。
この瞬間、今まで培ってきた『友情』が薄れていくのが分かった。あっけないものだった。そんなものだった。辛かった。
「ッ!! 入部したときみたいにボッコボコにされたいみたいッスねー先輩はッ!?」
俺の為に声を荒げるコウヤに対して心にも無いことを口にする。
これがお互いの幸せの為だと言い聞かせて。
「いいよコウヤ……ありがとう……、もういいから。俺は別に気にしてない……からっもう止めてくれ……ッ。ごめん、もう……、行くわ」
「あっ……。ナ、ナユ、私も行くよっ! ごめんコウヤッ、先に戻ってるね! コウヤ喧嘩しちゃダメだからね! コウヤも教室もどろ!」
「いや、オレはちょっとこの人と話すわ……ありがとユナちゃん」
まるで二人の間に線を引くように、無意識に距離を置いてしまった俺は今にも先輩に殴り掛かりそうな形相をするコウヤにそう言い残して、駆け足で食堂を後にした。
…………。
「大丈夫っ……? 元気出し……いや、ナユが一番楽しみにしてたもんね」
しょんぼりとしながら歩いているとユナが心配そうに声をかけてくるが、俯いたまま返事に詰まってしまう。胸が張り裂けそうとはこういう事を言うんだな……。
誹謗中傷や挫折には慣れているとはいえ、気にならないと言ったら嘘になる。期待していた分なお更だ。
その上、独りだけ合格したユナに励まされたときたらプライドもズタズタ。気遣ってくれてる人に嫉妬って。クズすぎて笑っちゃうよな。笑えないか。
「聞いてるッ? まあさ! えっと……アレだよ。あ、あれ! 帰りさ、どっかいこ!」
「……ごめん」
返事に困り、俺は謝ることでしか会話をつなぐことが出来ない。
「どうして謝るのッ? ナユっ何も悪いことしてないじゃん!?」
「……ごめん」
やってしまったことに対して、俺は謝ることしか出来ない。
いつもなら多少辛いことがあっても空元気にヘリクツを並べ、好き勝手に言いたいことを口にするんが、今はそれが出来ない。できそうもない。
行き場の無い感情を誤魔化そうと取り出した携帯端末の待ちうけに映し出された無邪気に笑う自分の姿が、自らの不甲斐なさを象徴しているように見えてしまう。
間もなくして、少し冷静になった俺は自分の置かれた状況が徐々に分かってきて、<不合格通知>を見たときに浮かばなかった言葉が頭の中でハッキリとする。
ああ、俺は――負けたんだな。
負けを認めた俺は少しずつ気持ちを整理して謝罪の言葉を口にしていく。
「……選考会で一位とって……調子に乗って……、浮かれてた。誘っておきながら迷惑かけて……何も、出来なくて本当に……本当にごめんな」
「――気にしないでっ! じーつーはッ! ワタクシ廻結名はな・ん・と! 実技試験の方あんまり自信なかったのでした!」
「はぁ⁈ ユナ……おまえ」
「ね! だからちょうどいいんだっ! βテストは諦めて別の機会にまた挑戦しよッ!」
震える声で俺が謝ると、ユナは明るくそう返してきた、でも俺のことを気にして心にも無いことを言っているのが嫌でも分かってしまう。
「ッ!? ……だけどユナ――」
ユナは、俺が反論しようと口をあけるとそれを阻むように話し続ける。
「――え、えーと、ほら! オープンテストあるし! 楽しいものは待てば待つほどもっと楽しくなるしっ! オープンテスト楽しみだね!」
自信が無いなんて嘘だ。楽しみだなんてデタラメだ。ユナの言葉は偽りだ。
でも……今はその気遣いが救いに聞こえてしまったのは、真実だ。
「そっか、実技試験辞退するのか……」
決して喜べることではない。でも俺は、その言葉を聞いて肩の荷が下りてしまった。
事実から逃げて、現実を逃避して、自分の失態を無かったことにしてしまう。
俺はユナが辞退して嬉しいのか? 最低の馬鹿野郎だ。
わかっているのに、それなのに、偽りだらけの慰めに縋ってしまう。
「うんっ。だからもう自分のこと責めないで、ねっ? 四文字で集約するとー……ほら笑顔っ? みたいな、あはは」
優しい言葉を投げかけてくるユナと目が合い、俺の感情がデフラグされる。
「……ユナッ……俺。……おれっ」
混乱していた心が落ち着きを取り戻し、本当の気持ちが表面に出てきてしまう。
全身の緊張が解けて涙腺まで緩くなってしまったのか、たちまち目頭に涙が溜まっていき視界がぼやけていく。
「っっんッ、ク……ッ」
気を紛らわす為にポケットに突っ込んだ指の先に携帯端末が当たり、脳裏に待ち受けの写真が浮かぶ……勉強会の打ち上げで行ったゲームセンターで撮った写真……笑顔の写真……。
ホント、何やってんだ俺ッ! 何にもできないッ! 親友になることもできない! 何もかも中途半端だ……。ああ、うぜえ……。目が熱いんだよ。笑ってやることも……できないのかよ……俺は。
勇気をもらった俺は楽しかった思い出を握り締め、零れ落ちそうになる涙を服の袖で拭いてグッと悲しみを堪えると、精一杯の感謝の気持ちを四文字に集約して励ましてくれた彼女に告げる。
「――ユナ……いっつも、ごめんなっ」
自分のボキャブラリーの少なさに嫌気が差すけれども、今の俺にはその言葉しか思いつかないんだ。
今は謝ることでしか想いを伝えられないのがとても悔しくて仕方がない。
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