第1話:偽りの始まり(上)
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俺はエンディングの先が描かれていないゲームは好きじゃない。
子供のころからゲームが好きだった。特別うまいわけじゃなかったけども物心ついてからは家に帰ればすぐにゲーム機の電源を入れるのが日課。
FPS、アドベンチャー、アクション、RPG、シミュレーション。これと言ってジャンルに拘りがある訳じゃない。ストーリー性のあるゲームは何でもプレイした。
でもどんなゲームにも終わり<エンディング>がある。ハッピーエンドにしろバッドエンドにしろエンディングが終われば世界を救ったヒーローも、救い出したヒロインも誰もいないんだ。次のゲームの内容は決まってNEWGAME。
その先の世界は語られない。
それが――いつもどこかたまらなく切なかった。
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【while(OverEnding){. . . // Zer0】
教室の一番後列、窓際に位置する席。俗にいうボッチ席に座り、黄昏る少年。机上に出されるも開かれていないテキストとノートには『1-1 間 名由』と書いてある。
ハザマナユ。俺の名前だ。ちなみに1-1というのは数式ではなく学年を表している。
俺は学生ってやつだ。もっと詳しく言うならば≪リマイナー候補生≫だ。
つってもリマイナーってなんだよってなるよな? 初めて俺が聞いた時もそうだった。
簡潔に説明するなら、30年前に突如として発生したコンピュータウイルス ≪AntiD≫とソレの副産物として現実世界に誕生した化物≪フォルト≫に対抗する兵隊の育成を目的とした特別専門学校だ。
そのウイルスを消去するのがリマイナーってこと。
俺の通うこの学校≪政府軍立VR技師育成高等専門学校≫通称≪技育専≫はゲーミングスクールに分類される。
学科も、現実世界でフォルトと対峙する戦闘員を目指す≪Advanced Suit Heroコース≫とデータ世界でウィルスやバグと戦うエキスパートを目指す≪Remainerコース≫の二つに大きく分かれている。
でも俺は将来、そのどちらにもなるつもりはない……というよりも将来の目的なんて想像もつかない。
この学校を選んだ理由は学科の内容じゃない。選んだ理由は至ってシンプル――奨学金制度と推薦入学制度。
勉強が苦手でゲームで遊ぶ事以外に取り柄が無かった無能には入学条件が緩いこの軍立学校以外の選択肢が無かったんだ……。
軍立の育成学校ということもあり学力よりも<特異技術>に重みを置いている技育専は下手な私立校よりも入学がたやすく、さらに運のいいことに今年は≪リマイナーコース≫の受験生が少なかったようで驚くほど条件が緩かったんだ。
ちなみに≪ASHコース≫は逆に人気が高いらしく推薦入学はオリンピック選手になるよりも審査が厳しかった……らしい。いや、噂で聞いただけだけど。
入学してすぐの頃は『とりあえずゲームしてるだけで卒業⁈ マジヌルゲーじゃん!』……と油断していた。というよりも、この学校の本質を見抜けていなかったんだ。
ゲーミングスクールならではの授業の大半を占める専門科目……将来役に立たなそうなくせして凶悪な退屈性を持つ座学。そう、普通の授業が存在していた。
ここ技育専のリマイナーコースでは一般科目の成績は自体は不問だが、特異技術と分類される『リマイン技術』と『情報処理』が必須でありソレらの向上が義務付けられている――つまりはゲームの為に勉強しろってことだ。
……そして今まさにその“座学”の真っ最中だ。
ちんぷんかんぷんな公式を説明する教師の声と、ノートをとる筆記用具の音だけが存在する静寂な空間。
私語厳禁というルールが存在しており誰一人として無駄話をせず、真面目に授業を受けるこの退屈な時間。駄目と言われると無性にしたくなる<会話>の衝動には抗えない。抗いたくもない。
そんな『ルール』に従いつつも会話をする方法はいくつか存在する。その中でも一番メジャーな方法、たぶん誰しも一回は実行して、後に説教を受けたであろう<禁断の不正>――『電子通信』。
その口を使わない会話を可能にするのがこの<携帯端末>だ。
上着のポケットからそっと携帯端末を取り出して教師に見つからないように机の陰に隠して待機画面を表示させる。
このどうということなく見える一連の動作にも入念な計画といくつもの下準備が必要とされるんだ。
まずは作戦の第一段階として授業が始まる前に教卓からの死角を下調べしておくこと。言うなれば逃げ道の確保と安全地帯の確認ってところだな。この時に周りの生徒、特に真面目な委員長タイプの生徒に不審がられないようにさりげなく偵察するのが大事。
そして次の段階は携帯端末の装備ヵ所の変更だ。尻のポケットや鞄の中に携帯端末を入れたままだとその時点でこの計画は破綻する。携帯端末は教師が黒板に向いた一瞬で取り出せるように上着の胸ポケットなどに入れておくことだ。
最後に一番大切な準備――絶対に『無音設定』にしておくこと。もちろん、『バイブレーション機能』もオフ! なぜなら授業中の教室というのは普段聞こえないレベルの音、シャーペンの芯が折れる音さえも響き渡るからだ。バイブ機能も駄目なのには意味がる『音はOK』そんな油断をしていると、着信時の条件反射を敏感に察知する特殊訓練を受けた教師の目に止まってしまうからだ。奴らを欺くのは不可能に近い。<管理者>の固有スキルは超強力ってわけだ。
さて、ざっと説明したがこれらの注意点をしっかりと押さえておけば大概バレる事無く携帯端末を使用できると思う。
携帯端末に六ケタのパスワードを入力してロックを解除。「新着メール三件」と通知ポップアップが表示されるが、件名から察するにオンラインゲームのメルマガだろう。
ゲームのアカウントを取得すると定期的に送られてくるようになるこういったメルマガは嫌いではない、実際にイベントやアップデート内容の通知は大いに役立つことがあるしワクワクするしな。……だが、人によっては精神的ダメージを受ける時もあるってのを少しは考えてほしいものだ。
なんでかって? 今だって俺の新着メールは全てメルマガな訳だ。なんか友達いない奴みたいで嫌じゃん?
俺にだってちゃんと友達はいるぞッ。……まあ数人だけど。
通知ポップアップを閉じて新規メール作成を選択して送信先を選ぶ。数少ない連絡先の中から授業中でも相手してくれるような心が優しく不正に付き合ってくれる相手。かなり選択肢が限られてくる。
相手の置かれている状況が分からない為、他のクラスの友達というのはリスクが大きすぎるしな。小テストの最中に下らないトラッシュトークにつき合わせる訳にもいかない。ここは自分のクラス内にしよう。
というか別のクラスに友達そんなにいないし。
進学校張りに意識高い系の生徒が多いこの学校で、俺みたく授業に集中していない奴なんてそうそういない。
そう思っている? いるんだなこれが。都合よく暇そうな相手が。いやまあ暇というか、眠そうにしてる奴が目の前に。
さて、なんてメール送るか。『今日の弁当なに?』とか? うん! 違うだろ。それじゃ俺が食い意地張ってるデブキャラだ。
えーと『昨日の夕飯なに?』とか? え? なにこれ? デブの呪い? いくら午前最後の授業で腹が減って来てるからってもう少しましな内容があるだろ……んー。
こういう意味もない暇つぶしで行うメールは本文に困る。例えるならそう『テレビを点けてみるも見たい番組も面白い番組もなかった』時のような。この『どうしよう感』って呼び名あるんだろうか。どうでもいいか。メールメール……。
そうだ閃いた! こんな時は相手にネタを提供させるんだ。強いるのではなく、さり気無く主導権を握り相手の会話を誘導する。
――『眠そうだけども昨日何かあった?』
ふはは! これだッ!
携帯端末に緻密に計算された文章を打ち込み眠そうな<アイツ>にメールを送信……完了っと。
ヴヴヴーンと携帯端末が振動する音が鳴り、続いて女子の声が教室中に響き渡った。
「「ッッな、――のぅわッ! ねえぇてませぇんっ!」」
まぁびっくりするよな。つーか寝てませんって……噛んでるし、聞いてないし、言えてないし。
笑いをこらえるよりもツッコミを堪える方が至極大変。言っておくが俺は悪くない。ああ、俺は断じて悪くない。むしろオフにしてなかったお前が悪いんだ……いや、なんかホントにごめん。
呆れる教師にペコペコと頭を下げると、涎を拭きながら恥ずかしそうに耳まで赤くする女子。
この被害者改め、居眠り女子は『廻 結名』だ。
◇