第16話:レバガチャ
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順々に解答用紙が回収されていく中、ユナとコウヤの事を思い出す。
二人もバッチリだっただろうか? ユナに至っては心配しなくても満点取りそうだが、問題はコウヤだよな。いやきっとコウヤも大丈夫だ。俺でも出来たんだ。
大丈夫だよな……?
選抜戦参加者は特別な時間割で、今日の授業はこれが最後だ。
監督官が担任の代わりに簡易的なホームルームを行い、「寄り道せずに、気を付けて帰るように」と社交辞令的な挨拶をする。
号令が掛かり、正式に試験から解放された俺は早く<試験の出来>を共有したくて後ろの席にいるユナとコウヤの方を見た。
振り向くとそこには、気持ち良さそうに眠るユナと、口から魂をこぼしながら白目を剥くコウヤの姿があった。
白雪姫とゾンビか……いつも通りだな。
俺は早々に身支度を済ませてユナを揺すり起こす。
「ううーんッ、あっ……ナユおはよーっ。あと、……五分ん……」
「ハイハイ。ベタな言い訳とかいいから。よだれ垂れてるから? ほら! コウヤもいつまで抜け殻してんだよッ、蘇れッ! ふっかつのじゅもん! ったく……二人とも早く準備しろよな。先帰っちまうぞ俺」
「……お、おきのどくですが?」
「それスリーな、ほら早く行くぞ」
まあ、俺がコレほど手応えあったことだしコウヤも同じぐらい出来たに違いない。とりあえず今は信じるしかないな。あとで答え合わせをしよう。とりあえず……ゾンビを教会に連れてくところからはじめるか?
「んん。あーッ、ちょ、待ってよっ! 私も行くってばー!」
教室を後にして廊下に出るとコウヤが「スゲー出来た。メチャクチャ簡単だったよな?」と調子よく喋りはじめる。
どうやらコウヤの方も相当な手応えがあったらしい。実際、俺も簡単に感じたけれども出題範囲は三年の内容だったのには違いないわけで。だから問題が簡単だっとは考えにくい。
「俺達が頭良くなったんだよ。コレは結構いけたんじゃないか?」
「まじかーッ頭良くなっちゃったかーオレ! ゲームも出来て勉強も出来る。これモテちゃうな! これ以上モテるとか困るわー」
「まーった、コウヤはスグそうやって、調子乗るーっ! ナユもっ、軽率な発言は控えなきゃダメだからっ」
コウヤの言うモテ基準はどうかと思う。ゲームと勉強を両立している生徒なんてザラにいる。
それと、ユナ? 俺がコウヤの悪乗りを助長させているとは心外だな。こいつの場合は黙ってても勝手に調子に乗るんだから、何をしても、しなくても関係ない。
「そもそもっ、一日で頭良くなるはずないじゃんッ! そんな簡単だったらっ、みんな天才になっちゃ――」
「 「 「コラそこー! 他の生徒はまだ授業やってるだから廊下で騒ぐなー!」 」 」
「ご、ごめんなさいっ!」
いきなり怒鳴りつけるなんて沸点低すぎる気もするが、相手は教師だからな素直に謝って声のボリュームを落す。
そんな大きな声で話していたつもりは無いんだが、廊下で話していた俺達は、授業の邪魔だと教師から注意されてしまった。
「(えへへっ……怒られちゃったねっ、食堂でも行こっか……)」
「(まだ午前中だからなー、開いてないと思うぜ?)」
ヒソヒソと会話を続けながら目的地も無いまま廊下を歩く。
野生動物ならともかく、いきなり野に放たれた所で何をするでもなく途方に暮れてしまう。
「(そいじゃあ、実技試験の予行練習兼ねてゲーセンに行くってのはどーよ)」
果たしてゲーセンが予行練習になるかは分からないけれども、折角半日空いたんだから普段しないことがしたいってのが本音だ。皆が学校で退屈な授業を受けている中、優秀な俺達はゲーセンでゲームするなんて最高な考えじゃないか。
俺はコウヤの提案に首を縦に振り、合意の意を伝えた。
「わあーっ打ち上げじゃん! さんせーっ!」
「(シーッ! ユナちゃん声大きいよ!)」
「(ご、ゴメン……、つい嬉しくって……)」
…………。
繁華街のゲームセンターに着くと、無駄に大きな電子音と煌びやかな照明が童心を刺激して遊び心に火がつき、無意識のうちにテンションが高くなる。
久々に来ると結構、新しいタイトルが増えているもんだな。見ないうちに内装も多少変わり、なんだか新鮮味がある反面やり込んでいた筐体が無くなっていたりと悲しくなったりもする。
別に毎日通っていたというわけではないが、ここには休みの日に独りで来て、閉店まで遊びつくしたこともある。
ゲーセンには専用コントローラーを使うモノや体を実際に動かすモノ等、コンシューマー機では遊べない作品やジャンルが数多く設置されているからな『第二の自宅』的な思入れがあるんだよ。
「とりあえず、ゲーセンつったら拡張現実ゲームだよな! ゾンビキラーゼットやろうぜナユ!」
「ええーッ! は、反対ーッ! みんなで遊べるのにしよ!」
真っ先に≪ARガンシューティングコーナー≫に向かおうとすると、珍しくユナが反発した。
しかしまあ、ユナの言い分も分からなくもない。ゾンビキラーゼットやファースト・ストーリーズといった人気のあるARタイトルは基本的に一人か二人用だからな、三人で遊ぶとなると途中で交代したりしないといけないからな。
でもいつもならニコニコしながら付いてくるのに今日はどうしたんだろうか?
「あのさー、べ、別に昨日の対価を求めてる訳じゃないけどさっ、できれば今日は私に決めさせてッ!」
なるほど、試験勉強を手伝うのは友達として当然。だからその対価は求めはしないけども、せめて感謝の意を示せと。等価交換ってやつか。
「ま、まあ普段からお世話になってるし、たまにはユナのワガママに付き合わないと悪いしな……。コウヤもそれでいいか?」
「そだな! ユナちゃんにはマジでお世話になったし!」
「それじゃあ、今日はユナが好きなの選んでいいよ。まずは何からする?」
それを聞いたユナは喜ぶや否やクレーンゲームを指差し、俺達に大きなヌイグルミを要求してきた。
「やたーっ! 私っあれ! あれが欲しいっ!」
「ユナちゃん? ばっちり対価求めちゃってるよ、それ……。まッ! 問題ねえけどさ!」
いやコウヤそこじゃないぞ。そもそも、指摘するべきはクレーンゲームが一人プレイ専用だって点だと俺は思うぞ。みんなで遊ぶゲームですらない。
それにしてもヌイグルミを欲しがるなんてやっぱり女の子なんだなと改めて実感した。昨日は変に興奮していたせいで気に留めなかったが、ユナの寝室にはそういった物がいくつもあった。枕元にはクマだかイヌだかのヌイグルミが並べてあったし、きっと好きなんだろう。
これは“ 罪滅ぼし ”として絶対に獲らないといけないな。
「しょうがないな……」
とりあえずコインを一枚入れて、レバーを倒しクレーンを動かす。狙いをつけてボタンを押すとゆっくりとアームが開きながら降下した。
少し狙いがズレていたのか右側のアームがヌイグルミの首元に押し付けられる。ヌイグルミ相手に新手の指圧治療を終えるとアームは何事も無かったかのように上昇し、元あった位置に戻って行った。
「なん……だ、と」
アナログで単純なゲームでの失敗は無性に悔しく、無意識にコンティニューしたくなる。
首に弾かれ、腹部に弾かれ。両替したコインは一枚、また一枚と吸い込まれていった。
いい位置に行っても、掴む力が弱いのか、少し浮いたかと思うとアームからすっぽ抜けて一向に獲れる気配がしない。
「なぜだ……!? 全然取れ、ない……ッ! エリートゲーマーであるこの俺が……ッ!?」
「そんなボタン連打した所でいつまで経っても取れねーぞナユ? オレ様が手本見せてやってもいいんだぜ? もう諦めてもいいんだぜっ」
ついつい、レバーを逆手に持ちタイミングよくボタンを叩いているとコウヤに皮肉交じりに指摘されてしまった。
こんな格ゲーのコントローラーみたいなレバーとボタンで操作するんだから、コマンド技ぐらいあってもいいと思う。
しかしながら俺は、正直こういったゲームが得意ではないのは事実。
俺はそっとレバーから手を離し、負け惜しみを言いながら静かにコウヤと交代した。
ユナの視線がすごい。そんな目で見ないでくれ。俺にだってクリアできないゲームは存在するらしい……いや、待てよ? そもそも名前にゲームと入ってはいるが、これはゲームと呼べるんだろうか? こんなのラジコンと大差ないじゃないか。あ、でも最終的には景品を獲るって目的が存在するのか……うーん分からなくなってきたぞ。
負け惜しみは脳内でしばらく続き、ヘリクツが思考を支配する。
デジタルゲームのやりすぎでそこら辺の感覚が曖昧になっている。そんな今日この頃。
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