第14話:冒険者たち
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この部屋に入った当初の目的は『お宝の捜索』だった。それがどうだろうか、どこにも俺達が求める宝は存在せず。あるのは現実的な実用品のみでフラストレーションが溜まるばかり。
だから、今俺達は下心の着地点として洋服ダンスを選び、そして一線を越えようとしている。
理性と本能……常識と下心……漢と男……右往左往する思いを整理して活路を見出そうと必死に思考を巡らせる。
こういう時は初心に帰るのが良いかもしれない。四文字に集約するならば『初志貫徹』! トレジャーハントのためにここまで来たんじゃないか! そう、だからこれは俺達の使命なんだッ! 間違いない!!
捉え方が間違っていたんだ。本来“ 宝 ”には決まった形なんて無いんだ……己が求めるモノこそが宝物ッ!
この言葉が指す対象はその都度変わり、探そうと必死になればなるほど見つけ辛くなる。宝物とは『それを追い求める様』を詠った言葉なんだ! きっとそうに違いない!!
たとえ違ったとしても、俺にとってはそうなんだ。あとはだれか! だれか俺の背中を押してくれ……ッ!
「――ナユ」
「ッ!? あ、相棒……っ!」
俺の肩にポンと置かれたコウヤの手。ああ、戦友ってこうゆうことか。
……神様本日二度目です。お許しください。
「――よし、やるぞ……」
湧き上がる衝動を抑えられなくなった俺達は根も葉もないヘリクツで自らを言い包め、洋服ダンスを開く事に決めた……。
「その言葉を待ってたぜッ!! んじゃとりあえず一番下の段か――」
「よせッ! 気を付けろコウヤ! ワナが……仕掛けられているかもしれないッ!」
危ない所だった……ったく、考えなしに行動しやがって。俺は伸ばされた手を掴み、コウヤを押し留めた。
こういう時はまず『露払い』として設置されたブービートラップが無いかを確認するのが定石。<最重要機密保管場所>を無防備にしておくはずがないからな。
恐らく、ハズレの引き出しにはもれなく警報装置や爆発物が仕掛けられているであろう。ユナの事だ、取っ手の裏側に毒を塗っている可能性も考えられる。
つまり、無暗に触れば――『死ぬ』ってことだ。
単純な計算でいけば確率は七分の一、だが落ち着いて観察して正しい判断を下せばもっと確立を上げる事が可能だ。
俺は、今か今かと落ち着かない様子のコウヤをなだめながら、洋服ダンスの三段目を指差した。
「いいかコウヤ。七段の内<お宝>は一つなんだ。よく見ろ、この段の取っ手だけ他より少しすり減っているだろ?」
些細なことだが、とても重要なことだ。何故ならこの事から『この段を頻繁に開け閉めしている』という事実が浮き上がるからだ。
開け閉めの最大の理由は……洗濯! そして洗濯する回数が最も多い衣服……つまりはこの段には靴下やシャツが入っているに違いないッ!
「なあコウヤお前、靴下とシャツの同じ段に何を一緒に入れてる?」
「へ? えーっと、靴下とシャツとパン――ッ! ナユッまさか……ッッ!! 入っているのか!? この段にッ」
そう、衣服は種類ごとに分けて収納するのが一般的。つまり……この段のカテゴリは……
――<肌着類>だッ!
べっ別に、やましい考えで女子の洋服ダンスを開けようとしてるんじゃないんだ! 目の前に宝箱があれば、それを開けるのは冒険者の務め。あくまで探究心。そう、下心なんてこれっぽっちも無いッ!
……。
ごめんなさい嘘です。やましい考えどころか、イヤラシイ気持ちしかないです。
俺達は宝箱の前に膝を着いて座り、そして二人で息を合わせ洋服ダンスの三段目をゆっくりと引き出していく。
「「「お、おっ! ぉおおおッ?!」」」「「「お、おっ! ぉおおお?!」」」
カラフルな生地でバラエティに富んだ千差万別の“ トレジャー ”が姿を現そうとした、まさにその瞬間だった。
(――ガチャッ)
微かだが、玄関のノブを回す音が聴こえた。
「ただいまーっ、効きそうなエナジードリンク買ってきたよっ! はいっ、これ飲んでがんばろっ!」
…………。
人間は極限状態に置かれた時、肉体の限界を超えた反射速度とスピードを発揮できるという。
実際に経験する事になるとは思わなかったが、まさか自分がこれほど機敏に動けるとは知らなかった。
俺達はノブを回す音が聞こえてから、実際に玄関が開くまでのわずかな時間でリビングに戻り、『真面目に勉強してましたオーラ』を出しながらユナを迎えることに成功した。
良かった、全く怪しまれて……。
「ところで、なんで寝室の扉、開いてたのかなっ? ねぇ……な・ん・で・かなっ? 」
めっちゃ怪しまれてるッ! バレた?! いや、バレてない? まだ、セーフッ?
焦るあまり、ちゃんと確認しなかった。てっきりコウヤが閉めたとばっかり思っていた。落ち着いて考えれば、コウヤがそこまで気を配る奴じゃないと分かったはずなのに! やばいやばい。どうするんだ俺ッ! 考えろ! 今度はしっかり考えるんだ!! 次の一言に全てがかかってるぞッッ!!!
「……か、風じゃない?」
無理が在る。自分で言っておきながら、厳しすぎるだろその言い訳! や、やっベーよ。マジやばいーッ! なにやってんだ俺は! パニックに陥り、ロクに思考出来ていない。
「そっかっ、……風で開いちゃったんだ? タンスも開いちゃうほど強い風だったのかな……っ?」
「そ、そう! そうそうッ! 風ッ!! 風だよ! ほら、台風くらいの強風!! なぁナユ!」
あー。それ俺の言い訳よりも無理があるんじゃないかなぁコウヤ。
「ねえ……? 私言ったよね? 次やったらどうなるか……」
こうなったら黙秘権を行使してこの場をなんとかやり過ごそうとするも、にこやかな表情でユナは視線をそらす俺達の顔を覗き込んでくる。
表情と相反して、死を彷彿とさせる冷たい眼。もう逃げられない。少しでも動いたら……殺られるッ!
「ねえっ? どっちが――」
「「ナユがやりましたッ! 僕は見ていただけです!」」
裏切りやがったなクソ野郎!! お前も実行犯だろうがッ!!
なにが『ぼく』だ! 良い子ちゃんぶりやがってッ! 何時かの仕返しのつもりか?! ダークサイドに堕ちやがったなあぁあぁッッ!!!
「ふーっん? コウヤは、見てただけ……なんだ。本っ当に? ねえ何を見てたの? 正直に言いなよ?」
「んなぁっ……何も……? へへっ」
いやいやいや、そんな表情で何を言っても説得力が無いぞコウヤ? <僅かに見えたアレ>を思い出しているのか、コウヤの口元はニヘラと緩み目元は垂れさがっている。人を売っておきながら、二秒で自爆するとは呆れてものも言えない。
正直になり過ぎだろ、その表情ッ! もっと自分をコントロールしろっての!
でもチャンスだ! 今なら矛先は完全にコウヤに向いている。この修羅場から抜け出すならこのタイミングしかない。俺が流れを変える!
「そ、そんな事より何買ってきたんだ?」
必殺! <ユナが帰ってきた所>からやり直す作戦ッ!
「えっ? そっか……そうだよね……、二人ともお腹空いてるよね! ほら、これ食べなよっ! 眠くならないように、じゃーん! カフェイン!」
先ほど渡されたエナジードリンクを取り上げられ、代わりに黒い粒が目の前に差し出された。
「ユ、ユナちゃん? これコーヒー豆だよ? 豆だけど食えない豆ですよ……?」
満を持した抵抗だった命中率98%の必殺技は見事に往なされ、俺達は逃げ場を失った。
ロードに失敗したらしい。どうやら俺達のセーブデータは破損しているようだ。
ユナの怒りのボルテージに比例して事態はどんどん悪化し続けていく。
「アハハっ、冗談だよ! 豆だけじゃバランス悪いよねっ。 じゃあコウヤは<生野菜>にしよっか!」
「冗談きっついぜーッ、ユナちゃん! た、玉ねぎはちょっと……やっぱり豆にし……い、いえ。何でもありません。食べます。頂きます……」
コウヤはここで口答えすればもっとキツイお仕置きを受ける羽目になるのを悟ったのか、素直に玉ねぎを受けとり躊躇なくかぶりついた。
「――グォウフッ! ゲッホゲホっ」
全てを受け入れ、涙を流してぐちゃぐちゃになりながらも皮が付いたままの玉ねぎを頬張るその姿は、何処かかっこよくも見えた。
でも、ああはなりたくない……俺は豆を選ぶぜ。今までありがとうコウヤ、楽しかったぜ。
俺はコーヒー豆をガッリガリと噛み砕きながら現実を噛み締める。青春はホロ苦い……どころか物凄く苦かった。
そんなこんなで、一通り拷問を終えるとユナの機嫌も多少落ち着いてきた様子で、勉強会が再開された。
不思議なことに拷問を受けた後は、三年の内容でもスラスラと解けた。カフェインと恐怖でリフレッシュできたのだろうか?
難しい所も、ゲームの説明書か何かだと思ってやれば意外と簡単に覚えられるって気づいたのも理由の一つかもしれない。
そんなこんなで、気が付けば時計の針は深夜を指していた。
俺達の勉強を見ながらも、自分でも問題集を解きこんな時間まで付き合ってくれてるユナの横顔に、つい見惚れてしまう。何だかんだ、応援してくれてるもんな。
「ユナ悪いな。今回もコウヤと俺の面倒みてもらって」
「えっ? まあ二人の為だし……ああっ、そう! 二人とも落ちたら私つまんなくなるでしょ?! ほ、ほら朝まで勉強がんばろっ!」
ユナは少し驚いた顔をしてから、照れくさそうにスッと軽く俯くとパーカーのヒモを指に絡ませながらこちらをチラチラと伺う。
昔からユナは嬉しい時や照れた時に、ああして何かを指に絡ませる癖がある。
しかし、一体なぜにそんな照れているのか? 俺なんか恥ずかしい事言ったかな。
「――コウヤ寝ちゃったね。可哀想なことしちゃったし少し寝かせてあげよっと……っ」
生のままで玉ねぎを食べると快眠効果があるとかないとか聞いた事があるけれども、それにしては顔色が悪い。
でも息はしているし、この場合は気絶か失神しているんだと思う。今はそっとしておこう。というよりも、俺ら自業自得だしな。
「――私、コーヒー淹れてくるね。ナユも飲むでしょ?」
そう言うとユナは立ち上り、ドアを開けた。
「……ユナ」
「ん? どうしたのっ?」
ふと気づくと俺らの面倒を見てくれている。なんもお返しできないけれど。
たまには素直な気持ちを伝えても罰は当たらないだろ。
「――いつもありがとな。感謝してる」
俺は彼女の目を見ながら心から感謝の言葉を口にした。
「――ばか。そんなの知ってるし……」
そう言ってユナはキッチンへと笑顔で消えて行った。ユナの奴、さっきから変なツンデレみたいな言動してるけど何かあったのかな。
つーか、またコーヒーか。失神しているコウヤが少し羨ましい……どうやら俺は試験まで一睡もさせてもらえそうもない。
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