第10話:四番モニター
◇
「コウヤ、現実世界には残機余分に無いんだからもっと考えて行動しとけ」
「バっカ、コンティニュー出来ないから、何にでも挑戦するんじゃねぇか? ゲームじゃねーんだから衝動的なぐらいが丁度いいんだよ。一瞬だった……だけど……オレ、見つけたんだぜ? 桃源郷ってやつをよっ」
普段はバカだが凄い説得力だ。覗きの正当化に使うには勿体ない才能だけど。
「あ、うんっ。コウヤ? 言ってることは間違ってないけど、次やったら『残機は0』だからねっ?」
「ッうへ、はひぃッ!! ゆ、ユナ様!」
「ナユも分かったッ?」
「わ、分かった分かった。覗かないです。はい」
分かったも何も、俺は何もやってないんだがな。ひとを巻き込むんじゃねえよコウヤ。
エントリーを済ませた俺達は昼に打ち合わせた通りに列の後ろの方に並び後半に挑戦する事にした。
携帯端末に送られてきた情報によると、俺が想定していたよりも参加人数は少ないようだった。ライバルは少ないに越したことは無いんだが、出来るだけ多く情報は集めたい。初見プレイは避けるべきだ。
技育専には最新VRC端末が百台近く配備されている。普通のゲーミングスクールでは多くても十から二十台程と聞いたことがある。それを最新型でこれだけ用意できるのは、流石は政府直下の学校と言ったものか。
ともあれ、選考会には五百人ほどが参加すると見ていたんだが、ざっとエントリー人数を数えた感じでは二百人前後しかいなかった。
これはつまり予定では四回はあると思っていた『下見』が一回しか無いって事を意味している。難易度がかなり上がったってことだ。
ちょっと予想外だな。
「私達は第二陣で挑戦することになりそうだねっ、初見殺しとか無いといいなぁ」
全くだ。こういう時に一番注意すべきは『初見殺し』と呼ばれる予想外の攻撃による<即死攻撃>。
正攻法での攻略難易度はかなり高く、予備知識が生死を分ける事になる。
しっかり確認しておかないと。
もう一つ見ておくのは『パターン』だ。特定の行動がトリガーとなる『カウンター攻撃』や、条件分岐する『移動ルート』などを事前に把握しておけば<安地ハメ>でクリアができる場合もあるからな。
だから、俺達は誰かが“ 人柱 ”としてプレイした後に挑戦するつもりなんだ。
これが必勝法で正攻法。
≪――これより、実技選考会を開始いたします。準備のできた生徒から順にリマインを開始して下さい≫
実行委員による放送が流れると『ルールを分かっていない生徒達』が一斉にリマインを開始した。
「年末のバーゲンセールかよ。自分たちが人柱って自覚ないんだろうなアイツら」
「……あれ? えーと……ナユっ。あの……、四番モニターに映ってるのって……」
「……そうだな。作戦通り行けそうだな!」
「ナユ。<モニター>みて」
嵐の前の静けさということわざを聞いたことはあるだろうか? そう、暴風吹き荒れる前に訪れる不気味な静寂の事を意味している。逆に『普段騒がしい奴』が静かな今、これは嵐の前触れだろうな。
見たくない。大体予想がついてしまうから嫌だ。
「 「 「喰らえッ! 大いなる裁き下す聖騎士ォオッ!」 」 」
「「いいぞー晃也ー!」」「「佐藤君がんばってー」」
脅威のフラグ回収率。まさか自分達から『人柱』が出るとは思っていなかった。四文字に集約するならば『プランB』、絶対に狙ってボケているだろッ!
ちなみに『B』は『馬鹿な奴、先陣斬って、人柱。放置でおk』の略称だ。
「あいつの事は気にしないでいいユナ。俺達はするべきことをしよう……俺達は最後の方に挑戦だ」
しかしまあ、運動が得意なだけあってコウヤは“ 体 ”の動かし方を分かっているな。
研ぎ澄まされた感覚神経と、抜群の運動神経から織り成される反射神経が、肉体を常人離れした反応速度でコントロールする様はまさに『野生』の如く。敵疎か、それを観る者さえも圧倒していた。
通常、五感が『認識』し、脳が『判断』を下してから実際に『動作』するには約0.2から0.3秒の動作遅延が生じる。格闘ゲームで言うところの<溜め動作>が現実世界では存在するんだ。
しかし一旦リマインすると、肉体を含む生体情報は電子情報に再構成される。つまりVRCでは現実世界と違って遅延無しで動作することが可能となるんだ。
コウヤの動きを見る限りだと、踏込から技の発生まで五、六フレームも無いんじゃないかと思う。
「「うおおッ!! 絶対防壁ッ!」」
「……コウヤの奴、あれなんとかなんないのか?」
「あ、ははっ……、無理だろうねぇ……はは」
あの意味の無い技名を叫ばなければ、もうあと二、三フレームは短縮できそうなものなんだが……。
大きく振り下ろされた攻撃を<盾>で受け止めると、軸足を中心に地面に亀裂が広がった。
それは、衝撃を地面に逃がす等という芸当がコウヤにできるはずもなく、ただ単純に地面よりも高い硬度で受け止めた事を証明していた。
「「そこだッ! 必瞬聖斬ォオッッ!」」
地面を砕くほどの衝撃を物ともせず、反撃に出たコウヤは完全に名前負けしている斬撃を放つ。
肉を断ち斬ろうとする刃先が敵に触れた瞬間だった。金属の擦れるような耳障りな叫び声と共に、ノーモーションから放たれた敵の一撃がコウヤの頬を掠める。
<条件発動型の特殊攻撃>――『初見殺し』だ。
「――ッチ!」
亀裂による不安定な足場が敵の狙いを狂わせ紙一重で反れたが、空を裂いたその一撃は命を刈り取るには十分過ぎる程の鋭さだった。しかしその重さ故に硬直が長く、コウヤに仕切り直す一瞬を与えた。
「デカブツの割に大した速度じゃねぇか……これはオレも本気を出さざるを得ないなッ、覚悟しやがれ!! うりゃあーーッッ!」
カウンターを回避したコウヤは脚を止めず、間髪入れずに攻撃に戻る。
……とまあ見てる側からするとハラハラドキドキの迫力ある戦闘だが、本人からしてみれば『殴り合っているだけ』の強者を決める力比べ。そこにはテクニックも何も無く、単なる『ゴリ押し』なんだよな。
とは言え、攻撃を正面から受け止めて硬直中の隙を突くという<立ち回り>は凄く参考になる。
俗にいう<前衛職>の立ち回りというのは『間合い』『速度』『威力』の三大条件を把握しやすく、情報収集にはもってこいだったりする。
特に今回みたいに短時間で攻略法を探る必要がある場合は大いに助かる。
まあアイツがそこまで見越して人柱を選択したとは思えないが。
ふとモニターの隣に表示されるランキングボードに目をやると、コウヤが病症を悪化させている間に早くも戦闘を終えた生徒がいるようで、そこにはに第一陣の順位とスコアが並び始めていた。
「これで、……終わりにするぜッ! 全てを無に還す一撃……」
一段と気迫のこもった声に中継モニターに目を戻すと敵は再び大きく腕を振り上げて次の攻撃モーションに入っていた。
しかし、コウヤはそれを気にも留めずに息を整えている。
腰を落して姿勢を低く保ち、剣を捻り相手に先を向ける。コウヤが大きく息を吸い込むと、会場の騒めきは消え去り、時が止まったかと錯覚する。一瞬の静寂。
敵の攻撃がゆっくりと、しかし確実に上方から迫っていく。反応速度の限界ギリギリまで攻撃を引きつけ――次の瞬間。
「「「――無心境地ォオオッッッ!!」」」
叫び声と同時に、溜めていた四肢に一気に信号が送られる。
その太刀筋は敵を消去するには十分すぎる程滑らかなものだった。
まるでそれは居合の如く。踏み込みと同時に、顔の高さに構えられた刃が最短距離を真っ直ぐに斬り込み“ デカブツ ”の体を二つに分けた。
≪――討伐対象の消滅を確認しました。十秒後にリマインを終了します≫
「うぉおっしゃああッーー!! どーだぁああ!!」
……でも惜しかったなコウヤ。おまえは馬鹿な事を大声で叫ぶから初動が遅れるんだ。
勝ち誇った面をしてコウヤは中継カメラに手を振っているが、その額からは勢いよく<被弾エフェクト>が噴出していた。
彼のデマインと同時にモニターの中継映像は切り替わり、スコアボードにスコアと暫定順位が表示される。
「コウヤ凄かったねっ!」
「そうだな。凄い独り芝居だったな」
「私っ、絶っ対にあんな動き出来ないよ。うわわ…ッ…き、緊張してきたあぁあ」
「大丈夫だろユナなら。まぁ気持ちはわかるが……」
表示されたスコアボードを確認すると、ゴリ押しだった割にスコアは高く、コウヤの暫定順位は二位。
それを見て少し疑問が浮かぶ。変だな、最後の一撃以外はノーミスに近かったのに。
もしかすると『被弾回数』ではなく『残りライフ』とか『回避回数』的なボーナス換算がされている……のかも?
……しっかし、流石は人気者だ。ゲーム終了早々、コウヤは『黄色い声援達』に囲まれて足止めを食らっている。
悪いが待ってる訳にもいかない。順々に第二陣の参加者も始めているみたいだし、俺達もさっさと終わらせるとしよう。
「あ、ナユ。私もういくね! 気をつけてね!」
「了解。ユナも気をつけてな。なるべく敵の攻撃をかわし続けてから倒せ……たぶんそれがいい」
「ん? えっと……? よくわかんないけどありがと! やってみるよ!」
そういってユナは戦闘に向かった。まぁ、コウヤもユナも特に心配はないか。
VRC端末に腰掛けて初期設定を済ませていると、遠くから『応援』とも『皮肉』とも受け取れる声援が飛んでくる。
「「おーい! ナユーッ! 精々オレ様に負けないように頑張れよっ!」」
俺にしか言わない所を見るときっと『皮肉』の方か……。
初期設定が完了すると、俺は背もたれに身体を預ける。
そうするとライフスーツとの同期が始まり、背もたれがゆっくりと倒れ、VRC端末のパーソナライゼーションが進む。
≪――端末の最適化が完了しました。十秒後にリマインを開始します≫
頭の中でコウヤのプレイを思い出す。敵の『リーチ』『スピード』『パワー』そして『カウンター』だ。
あの攻撃が死線だな、油断せずに集中して攻略しよう。
瞬きをするように、ごく自然に瞼を閉じると俺の精神は肉体を離れ、電子情報体に魂が転写される。
まもなくして、無事にリマインが完了すると仮想空間の光色が塞いでいた目蓋を叩く。
そして静かに目を開けると、広がる景色は戦闘フィールドへと変わり、時計の針が時を刻み……戦いが始まった事を告げていた。
「……ったくコウヤのやつ。誰が負けるかよ。――<優勝する>に決まってんだろ」
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