第9話:友の追悼
◇◇
痛みにもがき苦しみながらも幸せそうな笑みを浮かべるコウヤの元に、騒ぎを聞きつけた教師がやってきた。
「っく……ナユ、ここはオレに任せて先に行け! なーに、すぐに追いつく――」
「先生コイツです。俺見てました。コイツが侵入覗の犯人です」
女子更衣室を覗くだけでも重罪なのに、それどころか正面から堂々と侵入したんだ。死刑は免れないだろう。
「南無……」
というか、人をだしに使った奴にかける慈悲はない。
生活指導の教師にコウヤを差し出してこの場を収拾する。
「裏切ったなナユッ! 何があっても一生悪友でいようって! この戦争が終わったら一緒に暮らそうって約束した仲じゃねえか!」
「……死亡フラグ乙。じゃ先に行ってるわ、俺」
ああっ、先に逝くのはアイツの方か。さいならー。
「畜生ッ! ナユッ! ナユゥーーッ! おまえダークサイドにおち――あ、ちょ先生イタいッス! ちょ先生!」
相変わらず芝居がかってるが、いつまでも付き合ってはいられない。
早く着替えてエントリーを済ませようと、俺はコウヤを見捨て更衣室に入った。
教室のロッカーとは違い、更衣室のロッカーは個々に割り振られていない。ロッカールームには特にルールは無く、空いているロッカーを好きに使っていい。
まあ、実際の所は更衣室にまで個人用ロッカーを配置出来なかっただけだろうけど。全生徒に其々専用ロッカーを作るには物理的にも金銭的にもキツイと俺でも分かる。
技育専は生徒数が多すぎるんだよな。更衣室のロッカーは中に制服を吊るせるよう縦に長いタイプが採用されている。しかしいくらオートルーム式と言えども収納スペースには物理的な限界がある訳で、このサイズと数なると無理がある。
「さて、とっ……」
どのロッカーだとか、俺には別に拘りも無いので適当なロッカーを開けて着替えを始める。
上着を脱いで代わりにリュックから≪ライフスーツ≫を取出し器用に手足を通す。
ライフスーツは上下が別になっていて、上はすんなり着れるんだが問題は下。
体にフィットするように伸縮性のある生地で、その上小さ目のサイズなので、これを着るには少しコツがいる。
靴下の様にただ履くように着てしまうとシワだらけになったり、末端が締め付けられたりと不備が出るんだ。ハイテク全身タイツ。良く言えば最新式のスポーツウェア。最新と謳うならもう少し考えて作れなかったものだろうか……。
一度全体をたくし持ち、つま先から順に丁寧に履きいれて、……ウェストまで引き上げたら手で膨らませて一気に引き上げる。
「……よいっ、しょっと」
ユナ曰くストッキングよりかは履きやすいらしいが、普段そんなもの履かない男子からするとこの手間のかかる作業は悪夢でしかない。
ちなみに、この一連の動作のなかで、コウヤは如何にセクシーかつ素早く履けるかを研究しているらしいがそれは何に役立つのだろうか。
とは言え機能面は充実しているのが救いだな。バイタルサインのモニターや疲労軽減の為のコンプレッション機能、体温を一定に保ってくれる絶妙な通気性。
元々はアスリート用に作られたインナーと、医療機関で使われていた技術を統合して開発されただけはある高性能っぷりだ。
上下の『着付け』を終えると、スーツが体の微弱電流を感知してバイタルチェックが開始された。うまくフィットしていないとこの時点で警告が出て着替え直す羽目になる。
空港の金属感知器を通る感覚に似て、毎回この瞬間だけは少し緊張する。
別に心配する程でもないが二度手間はメンドクサイから。
『――CheckComplete』
しばらくするとライフスーツのインターフェースが、無駄に発音の良い英語で正常に動作を開始したことを告げた。
面倒な着替えも終わり、脱いだ制服と荷物をロッカーに放り込み電子ロックを掛ける。
そして更衣室を出る前に鏡で一応チェックする。鏡に映った自分の姿を見てこのスーツの欠点を改めて再認識する。
――それは体のラインがモロに出てしまうこのデザインである。
見えてはいないが隠せていない、肌を隠して肉隠さず。そう。四文字に集約するなら『衣触即発』ッ!
サイズもピっチピチで、触れる衣服が慈悲無用なアピール! これじゃ筋肉無いのがモロバレじゃんか。
体の凹凸がはっきり出てしまうというのは思春期の学生には色々と恥ずかしいものだからな……。
「う、上だけでもジャージ羽織って行こう……」
ジャージをロッカーから取出し、それを片手に俺は更衣室を後にした。
VRCルームに入るとすぐにユナが待っているのが見える。
「……やっぱり女の子だし、そりゃ着るよなジャージ」
別に期待なんてしていなかった。
というか“ ライフスーツ姿 ”で居られても、それはそれで目のやり場に困るしな。あったとしたらソレは『期待』よりも、後先考えない『下心』の類だろう。
こちらに気づき手を振る彼女は、上下ともしっかりジャージを着用した『羞恥心』とは無縁の恰好で近づいてくる。
「ナユおそーいっ! 私よりも着替えるの遅いって何してたのっ? 四文字以内で答えよッ!」
「なんだよそれ。質問自体が無理難題なんですけど? まぁえーっと……そうだな、『俺は女子』なのかもしれない……とか?」
「……えっ?」
ですよね。その反応間違っては無いよユナ。自分でも何言ってるんだか分からない。
冗談ってのは相手に伝わって初めて冗談として成立するのであって、相手がその内容を理解出来なければただの狂言に過ぎない。俗に言う『スベる』と言う現象はそのことを指す。そう……
今まさに俺はスベっている。物凄い勢いで!
「えっと、『女子は着替えるの遅い』ってよく言うだろ? ソレと、俺がユナより着替えるのが遅かった事を掛けて、俺は女――」
「な・に・そ・れ」
……うん。忘れてください。え、何これ。ユナなんか怒ってる?
あっ、ちなみにこれが俗に言う『傷に塩を塗る』というやつだ。よく分からないけど俺は地雷を踏んでしまったらしい。痛い。ユナの目線が痛すぎるッ!
「ほんット、信じらんないっ! ナユもそーやって覗きに来るつもりなんでしょ? コウヤみたいじゃんッ! 自分は女子だから大丈夫ぅーとか言うんですかぁ?」
えーと……あー。そんな馬鹿な事した奴いたな、さっき。
そう言うことか、だからあんな冷たい反応だったのね。なるほどね。弁解ついでに一応、ことの終わりを伝えておくか……。
「覗かねえよ。――それにもう誰も覗く馬鹿はいない……っ死んじまったんだ。コウヤの奴。だからこれからは安心して着替えてくれ……ッ」
――あっれ? なんだコレ。
なんかアイツが絡むとコッチまで芝居染みるな。うつったか? いやまて、中二病って感染病だった?
「えっ……嘘でしょっ? ウソ? 死んじゃったの? 私、そんなに強く蹴ったッ……?」
ユナさん素直なのは良い事だが、冗談だよ? 真顔やめて。
ときどき、ユナがどこまで本気で言ってるのか分からなくなる時がある。
「そっか……コウヤ。あっそうだ、私もうエントリー済ませてきたよっ! だから……ナユっ、『死んじゃったコウヤ』の分まで頑張ろうねっ!」
「おうッ! そうだな!」
他人事みたいに言ってるが正確には『殺しちゃったコウヤ』だユナ。
お前の蹴りが主な死因。たぶんな。
それから、俺は学生証をスキャナーに通してエントリーを済ませた。すると、すぐに選考会の詳細が携帯端末に送られてきた。
送られてきたメールには注意事項と参加者一覧、そして概要の欄には予想通り『敵AIと一対一で行うランキングマッチ』と選考内容が書かれていた。
「やっぱり、予想通りのっ」
「――おい待てよナユ。ナユお前この野郎! 『そうだな!』じゃねええぇだろぉおッッ!! 人の事、勝手に殺すんじゃねぇよ……ッ? ゲホッ、オレでなけりゃ死んでたぜッ」
聞いた事のある声が耳元で聞こえた。
なッにぃぃい! コイツ不死身かッ!? 吹っ飛ばされた挙句、教師に説教されてみっちり絞られたんじゃないのかよ!!
流石は<前衛職>。しぶといな。
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