第0話:主人公補正
◆◆
――2050年未明 VRCルーム
「 「ウアアアぁぁぁアアアァァァああッッッ!!!!」 」
『――いいかぁハザマ! みんな誰しも最初はビビる! 先生だって初めての時は緊張したもんだガハハッ』
「ビビると緊張じゃだいぶ違いますけど……ッ!? はぁっはぁやっば……なんだこれ。めちゃくちゃ疲れるぞ……。中学でやった持久走とか比じゃ……ないコレはッ……はぁはぁ……はぁっ……」
ガハハと笑う教師にツッコみを入れるのも命がけ。
何を隠そう今、人生初の疑似リマイン――≪授業≫の真っ最中。
そして俺は今……超ピンチッ!
対峙した事のない絶対的な暴力を目の前に疲労しきった脚は限界寸前、ほんの小さな段差にさえ躓いてしまいそうになる。
「ッだああぁ、ちょっ、ちょ! あっぶねぇッ……!」
自分が思っているよりもずっと身体がいう事を聞いてくれない。
後退りするにも足が地面から離れない。限界をどうやら突破したようだ。
この学校に入学した当初はゲームしてれば卒業できる。バーチャルゲームやり放題の遊び放題。そんな風に思っていた。
でもソレは勘違い。それも致命的なレベルの。
こんなの……
「 「全ッ然!! ゲームじゃねぇえぇええだろおおおおぉぉぉぉ!!!」 」
前もってこんなことになると分かっていたら絶対に入学なんてしなかった……。いやまあ、嘘です。他の学校になんて馬鹿な俺が受かるはずも無いし、ここ以外に選択肢なんて無かったです。はい。
―― OVER ENDING 【Re:bit】編 ――
数年前突如起こった≪データシフト≫と呼ばれる革命的進化によりインターネットは……具現化した。
具現化といっても現実世界に出現した訳じゃない。
インターネットをはじめとする各種生活に重要な役割を担う電子構造が電子世界内に形を持って現れたんだ。
電気水道ガスをはじめとするライフライン関係のプログラムはそのまま空間を構成する環境へ姿を変え、日常生活に欠かせないアプリなどはツールやオブジェクトとなり現実世界と対になる電子世界を構築した。つまり、現実世界と同じ世界がもう一つできたんだ。
とまあ、そこまでは平和な技術革新で世界中で歓喜の声援が沸き起こった一大イベントだった訳だが。
0と1の世界には昔から悪意が満ちていたわけで。旧世界の呼び方では『不正ブログラム』やら『ウィルス』『バグ』とされていた存在。それらもデータシフトで具現化してしまった。
悪意が組み込まれた創造物が実体を持ったらどうなるか……まあ簡単だよな。
データワールド内に一気に蔓延して最終的には現実世界に影響を及ぼす程の大騒動になった。
悪役には呼び名が付くのが世の常で、付いた名前は≪AntiD≫。安直だがわかりやすいもんだ。
ちなみに前々から存在していたセキュリティプログラムやら校正プログラムではアンチデータには対応できなかった。
俺もセキュリティどうこうには詳しくないんだが、昔はパケットフィルターやらファイヤーウォールといったのが主流だったそうだ。
それらは<プログラムの仕組み>が違ったようでデータワールドでは、ほとんど意味を成さなかったらしい。
とはいえ受験勉強で詰め込んだ知識だから何処まで合ってるか自信はないけどッ!
まあでも、アンチデータに対する対抗手段は案外早く確立されたから今は多少は平和になったんだ。昔は現実世界もデータワールドもホントに戦争みたいになってたらしいからな。
人類のピンチを救った対抗手段……具現化したソフトウェアを武器として使い、状況に合わせた思考するデジタルヒーロー。その名も
――<Remainer>
要するに人間だ。デジタルには存在しなかった新たな要素、極端に言えば新たなワクチンってわけだ。
とまあ、リマイナーは剣や魔法を使ってアンチデータをブッ飛ばすデジタルソルジャーってわけ。
それで俺はそのリマイナーを育成する学校に勘違いで入学してしまった……。
ここまでの説明を四文字に集約するならば『絶体絶命』他ならない。
いきなり人生初VRCでモンスターとタイマン張れだ? なんでだよ! 無茶だろーがッ!
つーか新入生でリマイニングデバイス初体験って結構多いと思うんだが……『おまえらゲーム好きかぁ? そーか好きかぁー。そんじゃ聞くより慣れろだなッ! ガハハ』って……。ガハハじゃねえし笑えねえしこの状態。
『おーどうしたハザマ! もう限界かぁ? 漢なら根性だ! 根性! 見せてみろッ! ガハハ』
最初は一人称視点のアクションゲームみたく感じたが全くの別物だ。
動けば動くほど辛くなる……。実際に動いてる訳じゃないのに息は切れるし汗もかく。
無駄に重い鎧やら剣と盾。それらは現実と同じ重さで全身にフィードバックしてくる。
装備がある分、体力の消耗は電子世界の方が激しく思える。
……そして、なによりバーチャルゲームと違うのは――
「ッ!? ぐぅッ……あぁあ゛いっづぅッッ……」
痛みがある。ってところだ。
「いってえぇぇええええッッ!!!」
油断していた所を突かれ、腹部に横一線の亀裂が入る。
反射的に裂かれた腹を押さえてしまったが、鎧の隙間からは流血は無く代わりにキラキラと鮮やかな電子断片が宙を舞う。
「――ッべふゲッホゲほ……うぇ……。か、回復アイテム? ……ないですよね」
事前に教師から超絶雑に基本操作されたことを思い出し、宙に手をかざしインターフェースを呼び出す。
腹を押さえるのと反対の手で上下にインターフェースをスクロールしてアイテム欄を探すが、これは大きな判断ミスだったとすぐに気づいた。
しかし、時すでに遅し。剣を手放し操作に必死な俺は奴らからすればいいカモだ。
一方的なイジメ以外で喧嘩さえもした事がなかった俺はあっという間にフルボッコ。
「グッハ……へぶぅえッ……ッだっ゛……ちょッまじ……クソゲー…………」
俺はズタズタにボコボコにボロボロにされ、そしてついには痛みに意識をもっていかれ目の前がゆっくりと暗くなっていった。
『――間名由。戦闘訓練(初級)……結果:死亡。十秒後にデマインします。――』
目が覚めるとにさっきまでの痛みも疲れも嘘みたいに無くなり、全て夢だったのではと勘違いするほど健康体の身体が精神を抱擁してくる。
「……嫌な夢だったな。さ、そろそろ起きなきゃ」
VRC端末に身体を寝かせたまま、現実逃避をしていると聞き覚えのある声が遠くから聞こえて来る。
俺を呼ぶ女の子の声。
「ナユーッ! 観てたよ! ダメダメじゃん!」
あー……みんなに見られてるの忘れてたわ……。
「あ、あれは! ちょっと慣れない操作性にと、とまどってええぇぇえーっと……ほら、ほらあれ!! まだ準備段階! チュートリアルにマジにならんだろッ??」
「ハァ……言い訳するところがさらにダメダメ。私、ナユがゲームであんな負け方するの初めて見たかも? 苦手なゲームもあるんだねっ!」
正直言ってVRCは俺が今までやってきたバーチャルゲームとは完全に別物だったわけで、それをクリアできないのは当然っちゃ当然だ。初めて体験したリアリティ溢れる操作性に戸惑ったのは本当で、たとえそれが言い訳に聞こえても俺は本当のことを言ったまでだ。
いやまあ、言い訳だなこれ。だけど他人に言われるとやっぱりショックだ……くやしいいぃいぃ……。
「で? そ、そういうユナはどうだったんだよ。どうせ俺と同じでフルボッコにされた口だろ? 醜態をさらしただろ!? 馬鹿にしないから言ってみろよ」
「んー? 私っ? 私はクリアしたよ? えへへ。うちのクラスでクリアしたのは私だけ! すごくない?? スゴイでしょ?? ふっはっはっは」
「は? ……ええぇッ! ま、マジかよ。すげえなユナ!! ど、どうやって倒したんだよあんなのッ!? ぜひご教授を……」
なんなんだよ。主人公補正?
たまーにコイツ、凄い事をさらっとこなすんだよな……大概のことは何でもザラにこなすし。勉強以外にスポーツやら家事やら、今回は俺の苦手なVRCまでも。ガチャでいったらSSSくらいだろコイツ!
「しかたないなぁ! 教えてあげる代わりに私のことは先生とよぶよーにっ! えーっと、なんていえばいいかな……。結構夢中だったから……こぉー、バーンッと来たのをガキーンッってやってスッと踏み込んでミシミシィッッ!! って感じだったよっ」
「うん。意味不明。擬音語だとニュアンスって伝わりにくいんだよユナ? あとそのジャスチャーなんだよ、サル?」
「あーっ! 馬鹿にしないって言ったのに! 馬鹿にした顔! 先生にその態度はどーゆうことッ⁈ だってほとんどその時夢中だし!」
勘違いしてるようだが、俺が馬鹿にしないと言ったのは『フルボッコにされていたとしても』に対してであって、意味不明な擬音語音頭にはそれは適用されない。
「むぅうっ……ドがつく最低。もう教えてあげないし! でもあいつすんごく弱かったよ? 弱点にツールスキル一発で倒せちゃったもん」
「その一発が当てられなかったからこうして聞いてんだろ? あんな重い鎧でバーンガキーンなんて出来るわけ……もしかして?」
「ハアアああぁぁぁぁ?! 使ってないし!! チートじゃありませんーっっ!! ナユってあれでしょ? 説明書見ないでボス殴ってクソゲーとか言っちゃうタイプでしょ!? ステータスアシストとかちゃんとオンにしてた?」
「いや見なくても大概できるし……つーかなんだそれ? スキル的な?」
「やっぱり見てないんだ……。授業の最初に配られたマニュアルに書いてあったでしょっ! ちゃんと読みなよ!」
見てないとは心外だな。一応最初に目は通した。操作方法やらインターフェースの説明書きなんて書いてなかったと思うんだよな。
ため息交じりにポケットから携帯端末を取出しVRCのマニュアルを表示させる。
「ほらっ! ココ!」
ユナが指差す箇所には【リマイン時のVRC仕様】と表題が置かれ、その下には項目別に要素が書き出されていた。
「箇条書きかよ……でも確かに『ステータスアシストが存在する』って書いてあったか。ふーん……あ、注釈あるな」
≪――※ステータスアシストとは処理を簡略化して作用に対する反作用を軽減し、過負荷によるキャラデータの劣化を最小限に抑えるアビリティの一種である。――≫
「うわぁ……わっかりずれぇえぇええ。要素の説明に他の要素絡めるんじゃねえし……フィードバック? 過負荷? 劣化って何なんだよ……」
これでよくわかったなユナのやつ……勉強慣れしてるとこれぐらい難なく理解出来るのだろうか?
「ユナ先生……全ッ然分かりません。意味不明」
「はぁ……ホントこういうの苦手だよね。要約するとね『ステータスアシストは行動のショートカットキー』みたいなイメージかな」
「ショートカット……それスキルと何が違うんだ?」
「スキルとはちがうね。 スキルみたく動作を展開するんじゃなくて、処理を展開するんだよっ。処理っていうのは認識してから反応して体に命令を伝達する一連の内部処理のことねっ」
動作じゃなくて行動のショートカット……内部処理の簡略化でフィードバック軽減……劣化を最小限に……?
「刷り込みって言うのかな? 習慣的に繰り返したことってさ、無意識にできちゃうときあるでしょ? そんなイメージっ」
作業系のゲームでよくある『染みついたコントローラー捌き』みたいなことか……。
「あーっとつまり、ステータスの数値によっては反射的な動きが出来る的な?」
「よくできましたっ! そーそうっ! ちなみに『フィードバック』とか『劣化』っていうのは疲労感のことだと思っていいみたい。なんかね、VRCにはアクションゲームみたくHP・MP・STとかのライフ要素ないんだって」
そーいやプレイ中は必死だったけど、ライフ周りのインターフェース無かった気がする。
でもそうなるとますます攻略が難しくなりそうだな……VRCはゲームとは完全に別物って事になる。
「マニュアルのどっかにあったけどっ、VRCでは破損・劣化はフィードバックとして五感に伝わるだけ。キャラデータが『劣化状態』になっても精神的に疲弊していくだけで実際にはリマイン状態の維持にはほとんど影響しないの」
戦うと精神的に疲弊って……なにその自分との闘いみたいな、あれか? 魂でも捧げればいいのか?
「でもそのかわり、キャラデータが損壊すると激痛のフィードバックが返って来て、それで失神したりするとリマイン状態の解除、デマインされちゃうんだっ」
「それどこら辺に書いてあった?」
「えーと、たしかVRC仕様の上の方だったとおもうよ」
≪――リマイン中は意識さえ保っていれば死にません。――≫
あった。これか。
うわぁ……人の『死』についてサラッと書かれてるんですけど……。
≪――※ダメージを受けるとキャラデータが破損して幻肢痛が返ってきます。この痛みによって意識を失ってしまうと自動的にリマインが解除され現実世界にデマインされます。また回復要素を使うことによりキャラデータの破損した箇所を修復してリマイナーへのフィードバックを抑える事が出来ます。――≫
「これってつまり痛いのをガマンすれば無敵ってことだよねっ!」
「いやまぁ、突き詰めればそういう事だけど……」
無邪気な顔でそんな事を口にする彼女は本当に天然だなと苦笑いしてしまう。
実際にフルボッコにされたから分かるけど、あの……腹が裂けた感じや全身の骨を砕かれた激痛を気合で我慢するなんて無理。
VRC端末にはセーフティが掛かっているらしい、だから痛みの再現にはリミッターが掛かって軽減されている。それでも気を失うには十分すぎる痛みだった。
精神論でどうこうするなんて不可能。かの有名な弁慶さんとかなら話は別かもしれないけど、それこそファンタジーで夢物語の域だ。
≪――キャラデータの劣化について。※リマイナーの処理能力以上の動作を行うと、高負荷に対する反作用としてキャラデータが劣化します。この時疲労に似たフィードバックが返ります。キャラデータの劣化及び破損が進むとプログラムが誤動作を起こすようになります。――≫
「疲労感ってコレか」
つまりだ、リマイン中に感じる痛みやら疲れはキャラデータの破損を教えてくれる警告みたいなもんか。
破損が限界を超えると身体のレスポンスが悪くなって、精神の処理にストップをかける。そんな感じだよなこの説明だと。
「なんとなくわかってきた。リマイン中はあくまで精神と肉体が別物ってことだよな? その肉体ってのは『キャラデータ』なわけだろ? そんで身体のスペック以上の処理やら、精神の演算処理能力を超えた無理をするとデータがぶっ壊れてフィードバックがブレーキかけると……。でも、ステータスアシストによって現実世界以上の無茶は出来る。ここまで合ってるよな?」
「うん、そんな感じじゃない? あと武器とか魔法もリマイナーの処理能力に依存するし色々考えなきゃいけないねー」
「依存ねぇ……鎧が重く感じてたのもフィードバックってことだよな? 着るだけで負荷掛かってるとか俺どんだけ低スペックなんだよ……」
「あははっ、私はそんなに重く感じなかったからステータスアシストの割り振りが違うのかもねっ。次やる時、最初にステータス確認したら?」
「運動苦手だからな俺……きっとそれがステータスに反映されてる……気がする」
全ての動作に消費があって、装備は常時消費が必要……つまりだ。処理能力のやりくりが重要。PCみたいなもんか。
なんとなくだが、仕様について把握できたことにより攻略の糸口は見えてきた。最後の詰めに装備の説明にも目を通して置くとするか。
携帯端末の画面をスクロールして武器と装備についての項目を探す。
≪――ウェポンツールは攻撃プログラムに形状を持たせ、その性質を体現化したものです。※各種ツールに本来備わった能力をツールスキルとして使えます。――≫
「性質を体現化って分かりずらい表現だな」
「ッんな、入試の時に勉強したじゃん! ツールは元々はコンピューター上で動作するソフトウェアだったって教えてあげたの忘れちゃったの⁈ ツールスキルはそのソフトウェアの機能を発動するの! 今はウェポンツールとして使用されることを前提に組まれたソフトウェアもあって、特化武器って分類される専門的なツールもあるみたい」
「あー性質ってそういうこと。ツールスキルは武器の上位駆動ってことか」
「もうー、そんなんだから負けちゃったんだよ? ち・な・み・にツールのカテゴリは4つ!汎用型の剣。圧砕型の打・槍・盾。それ以外にさっき言った特化武器にあたる寸断特化型の刀とかがあるの」
「へえぇえ! ブレードとか響きかっけえ。特化型って響きも中々ゲーマー心を揺さぶるものがあるな……」
「わかるよ! 中二病をくすぐるよね!? ……でも特化型は通常攻撃の性能はドがつく最低で、ツールスキルに特化してて使いどころがシビアだから慣れないうちは通常武器使えって先生が言ってたし止めときなよ?」
「 「うぉおおぉぉぉりゃああぁッッ!!!! 絶対防壁ッッ!!!」 」
VRCルームに威勢のいい大声が響き、歓声が轟く。
「おぉお! スゲー!!」「いいぞー! もっとやったれー!!」「カッコいぃっ!」「はあ……すごいなぁ」
振り向くと、だれだか知らない生徒の周りに人だかりが出来ていた。
遠目でもなんとなく分かる。中継モニターには派手な立ち回りと手に汗握るような力比べが映し出されている。
現実世界で運動が得意ならVRCではそれ以上の動きが出来る。不公平過ぎだろ……。
「すごいねーっ! あっち、めっちゃ盛り上がってるよー! 私達もみにいこっか!」
運動は出来ない。てか運動音痴だ。体力も自信無い。でもリマインすればそういったフィジカルでの格差は無くなって対等に扱われると思っていた。俺みたいな取り柄の無いゲーム好きでも虐げられず仲間に入れると思っていた。それは俺の幻想だった。ゲーミングスクールって名前だからそんな勘違いをしてしまったのだろうか? ちっくしょう……。
「……いや、俺は……」
「へ? どうしたのナユ?」
息切れも汗もフィードバックで再現される。
疲労もあれば痛みもある。
でもそれは五感に信号が送られてるだけの|作り物(偽り)の感覚。違和感の延長線に過ぎない。
リマインしたら肉体は電子構造体に置き換えられるわけだし、いろいろと工夫すれば勝てるかもしれない。
良くも悪くもゲーム的な要素がちりばめられてるんだったらなにがなんでもクリアしたいッ!
運動のできる奴、勉強のできる奴、そういうやつらにクリア出来るなら俺も……だって
――ゲームは俺の得意分野だから!!!
「コンティニューしてくる。次は絶対に勝つッ!」
「そっか。頑張ってね! 応援してるよっ! でも私のスコアを超えられるかなぁ? ふっふっふ」
「今回の課題にスコアないだろッ! だけどまあユナより早くクリアできたらジュースなッ! いってくる!」
再挑戦のエントリーを済ませて指定されたVRC端末に向かう。
リマイニングデバイスと呼ばれる装置が並ぶこのVRCルームはゲーミングスクールにおいての体育館みたいなものだ。
ちなみにリマイニングってのは、人体を数値に置き換え一種のプログラムとして電子世界へ送り込む<Remain>の進行形のこと。
VRC端末はコックピットの様な形状でリクライニングシートの周囲には液晶モニターやセミホログラフィックでバイタルやら環境変数や普段目にしない英数字で構成されるソースコードが表示されている。
タッチスクリーンを操作して自身のパーソナルデータを入力するとVRC端末の最適化が始まり、リマインの接続効率が安定していく。
『――READY to Remain_▼』
機械音声が準備が完了したことを告げる。
『――間名由。戦闘訓練(初級)……。十秒後にリマインします。――』
続いて自分の名前が読み上げられカウントダウンの後、意識は肉体を離れ非現実へと転送された。
戦闘が行われる仮想空間にリマインする前に一旦、狭間の世界に飛ばされそこで装備設定を決定する。
「まずはステータスだっけか? どんな振りになってんだろ?」
ユナに指摘されたステータスアシストが適応されているかの確認。そもそもどの程度のアシスト値が設定されているのかを知っておきたい。
「キャラデータ……ステータス……アシスト値……。あっ、これかな?」
キャラデータにはレベルに依存したステータス値があって、それにリマイナーのアシスト値が乗算されてるって感じか……。
うわ項目めっちゃ別れてるなぁ。
全体の平均アシスト値は……1.08倍。
項目別のグラフだと……運動系89%。
1.08倍の89%って……えーっと? 元が100だとしたら、7ポイントぐらい?
「……なるほど。ステータスアシスト掛かってアレか。……」
――低スペック過ぎんだろッッ!
百も承知だったが、主人公補正なんて無かった。つまりあれだろリアルと同じ身体能力でモンスターと戦えと。鬼畜だな。
やはり現実を突きつけられるとショックを受ける。
ゲームなのに変なところ忠実に再現してくるあたり本当に面白くない。
とはいえ、やる前から負けを意識しても仕方がないのでステータス画面を閉じると次は装備の選択画面を開く。
「防いでも吹き飛ばされるなら盾、必要無いよな……只でさえ|リソース不足(過重量)だし。俺のリソースは微々たるもの、だから……武器は剣だけでいいや。鎧もあってもなくても痛いものは痛いしこの際、軽量にしてさらに減らしてっと……」
前回の経験と先ほどユナと予習した事を思い出しながら、動きやすさを意識して装備を軽くして少しでも処理能力の負担を減らす。
防具は胸周りだけを覆う小さなプロテクター、メインスロットに剣、空いたサブスロットはガントレットにして限られたコスト全てを一つの武器に裂く。
装備設定を終えると出撃ボタンを押していざ戦闘フィールドへと向かう。
ボタンを押すと同時に目の前に見覚えのある光景が構築されていく。
自身の身体を見ると、いつの間にか鎧を纏っていた。
かざした右手に粒子を集め武器を具現化する。そして、ゆっくりと深呼吸をする。この吐く息さえ偽りで、無駄な処理なんだ。
「リソースを無駄遣いすれば、キャラデータに負荷がかかる……。それこそ呼吸するのさえ戦いの邪魔になるってことだよな」
VRCは実際に身体を動かして操作する感覚だ。でも現実世界と違って『想像さえできれば』微力ながらステータスアシストが効いてるおかげで大方身体がついてくるはず。
「とりあえずは……っと。……やってみますか!」
開始早々、因縁の相手と目が合う。
自分と大して身長は変わらないが、ボディービルダーもビックリのバッキバキの筋肉と頬骨の付け根まで裂けて大きく開くクチ。
まさに戦う為に存在する外見だ。
奴はケモノみたく喉を鳴らすと鋭い爪が生えた両手を上向きに構え、勢いよく前傾姿勢でこちらに駆け出してくる。
モンスター相手に勝つにはフィーリングがきっと大事だ……。
「――グォォオオ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!」
――自分を信じれば……ッ!! ブッ飛ばせるッ!!
「 「――イヤイヤイヤイヤッッ!! 無理無理無理無理!!」 」
完全にビビった俺はへっぴり腰になり情けない防御体勢をとり、左右から迫る鋭い爪を受け止める。
盾を置いてきたせいでまともな防御は期待できなかったが、幸い汎用武器は耐久性が高く被弾は免れた。
しかし直接的なダメージは無くとも剣を伝い重い衝撃が全身にフィードバックする。
視界の端に見える追撃から<死>を連想した。
「いッっ! ヤッバ、防ぎ……きれねぇえッッ」
必死だった。必死だったから無心だった。
殴られそうになった瞬間にとっさにゲームキャラクターの回避行動が頭によぎる。
何千何百回とやり飽きたパターン。脳裏に刷り込まれた行動。
意図してそれを行う余裕なんてなかったが、ゲーマーとしての経験が条件反射のようにイメージした回避行動にリソースの全て当てた。
コントローラーでゲームキャラクターを操作するように、自分の体を客観的にコントロールする。
……バックステップ……剣を斜め下に構える……懐に飛び込み……コンパクトに斬り上げるッッ!
「――ギャァあぁア゛ッッ!!」
イメージ通りに身体がレスポンスした。
「なっ、何だ今の感じ……よくわっかんねえけどスゲえいい感じに動けた気がする!!」
浅かったが攻撃が当たったことでモンスターが怒り状態になり攻撃パターンが変化する。
上から振り下される引っ掻き攻撃。薙ぎ払いのような斜め方向への振り上げ攻撃。勢いに任せた追撃。
それぞれが重く鋭く当たったら激痛がフィードバックする事が見た目から判断できた。
しかし、動き自体は数パターンしかない。一度見てしまえばタイミングもある程度掴むことが出来る。
こういうのはアクションゲームで何度も経験してきたから分かる。『避ける』のではなく『捌く』んだ。
「右ッ! 左ッ! 下がって1秒待つ……右前に前転してッ、そのままバックステップ!! いけるッ! いけんじゃん!! パターン入ったんじゃねコレ⁈」
無我夢中でコントローラーを握りしめタイミングとテンポを合わせてボタン入力をするとゲームキャラクターが思い通りの動きをする。
VRCにはコントローラーなんてものは無いが、刷り込まれた動きは思考としてキャラデータに直接入力され、運動音痴とは思えないアクロバティックで繊細な動きを体現する。
「右ッ!! ふっく……ぅッ! ……左ぃいいッッ、下がって……ハアッはあッ……前転ッバックステップッ……ぅぐう……はあ、はぁはぁっ――ッッ!! あっぶなッ! ぎ、ギッリギリっ」
疲れてくると運動音痴が目立つようになりレスポンスが悪くなる。
それもそのはず。ステータスアシストは最低レベルだし、リマイナーの処理能力を超えた反射的な動きを繰り返せばキャラデータの劣化は避けられない。
無理を強いた対価として経験したことのない疲労感が全身を蝕み。剣を握る手にも力が入らなくなってきていた。
「はぁはぁっ……落ち、着けぇ……ッ。実際に戦ってると思うな! ゲームしてるつもりでッ!」
自分にそう言い聞かせるが劣化が進み疲弊したキャラデータは徐々にレスポンスを返さなくなっていく。
そして、遂に限界を迎える。
――ッグヘぁっ。
「 「いッ……いぃい゛っってぇえぇええ゛ッッ!!!!!!」 」
疲れて小さな段差に躓いてバランスを崩したところに攻撃をくらってしまった。
前回とまったく同じ失態だった。
脳裏にあの時の激痛が浮かぶ。
痛みにもがき遠のく意識。
身体の感覚が失われて冷たくなって空気と溶け合うような感覚。
死の記憶。
恐怖から頭に文字が浮かぶ。
――逃げろッ!
「 「うおォぉおおおッッまぁあだコンテニューなんていらねえぇぇぇぇええッ!!!」 」
フィードバックを堪え気合で意識を保つ。
どっかの誰かが我慢すれば無敵とか言っていたのを馬鹿にしたが、現に気合で生きながらえようとしてるのが何処となく恥ずかしく思える。
とりあえず今は逃げるッ!
先ほどとは打って変って人間らしい生き生きした動きでモンスターの攻撃を避けながら後ろに下がっていく。
脳内のコントローラーを通さず直接的に身体に指令を送ると何とも普通な動きが返ってくる。
「ヤバイヤバイヤバイ、やッ……ばああいッッ!!!」
おお振りの攻撃をステップで回避しようとしても慣れない動きに身体が戸惑い再び転んでしまう。
咄嗟に剣を構えて次の攻撃を防ごうとした時、致命的なミスに俺は気づいた。
「……あっ、れええええ? 剣どこいった? あはは……いやああああああああああああああ」
攻撃を受けた時だろうか? それとも傷を押さえながら必死に逃げていた時だろうか? 一体いつ落したのだろうか?
とにもかくにもモンスターに向けて掲げた右手には、何も握りしめられておらずメインスロットは素手状態だった。
全身の毛が逆立ち、毛穴と言う毛穴から汗がドバっと拭き出す感覚。
頭の中が真っ白になり、フィードバックも無しに意識を失いそうになる。
走馬燈がつい最近の記憶をビジョンとして脳裏に再生する。
『――えーっと、なんていえばいいかな……。結構夢中だったから……こぉー、バーンッと来たのをガキーンッってやってスッと踏み込んでミシミシィッッ!! って感じだったよっ――』
擬音語多すぎ。
『――でもあいつすんごく弱かったよ? 弱点にツールスキル一発で倒せちゃったもん。――』
いや、ワンパンされる勢いですよ。
『――ナユってあれでしょ? 説明書見ないでボス殴ってクソゲーとか言っちゃうタイプでしょ!?――』
マニュアル読んだけどダメでした。
『――武器とか魔法もリマイナーの処理能力に依存するし色々考えなきゃいけないねー――』
いろいろ考えはしたんだよ。
『――それ以外にさっき言った特化武器にあたる寸断特化型の刀とかがあるの――』
ブレードって何度聞いてもクールな響き。
『でも特化型は通常攻撃の性能はドがつく最低で、ツールスキルに特化してて使いどころがシビアだから慣れないうちは通常武器使えって先生が言ってたし止めときなよ?』
ツールスキル……そういや使って無かった。
……。
つーか武器ねえんだったわ今。
どーする。いつもならどうしてたっけ……。
――ゲームなら……
目の前には鋭い爪が生えたモンスターの手が俺の心臓に狙いを定めているが何故だか途轍もなく冷静に、客観的にその光景を把握していた。
切り取ったかのように時の流れがゆっくりになり、その流れの遅さに関わらず思考だけはハッキリと続けられた。
実際に何かをしようとするのではなく、今までの経験を思い出すだけでいいはず。
いつもなら剣が無ければインベントリを開きその場に合った武器を選択して装備する。
当たり前のことだから簡単にイメージ出来てしまう。
格闘ゲームでコマンド入力技を出すように、無意識下でコントローラーを操作する。
すると刀がロードされ、掲げられた空っぽの右手の中に実体化した。
「あれ? あぁコレがブレードか……」
――ゲームなら……ッッ
スローモーションの世界でゆっくりと身体を起こし、掲げた刀を脇に刺す。
今まで何十何百種類と見てきたゲームキャラクターの刀を使ったモーションで、最適なものを想像する。
エフェクトや演出、息遣いや間の取り方に至るまでディテールの全てをこの瞬間と同期させていく。
そしてコントローラーについているボタンを押すと、ゲームキャラクターは鞘から10センチほど刀を引き抜き腰を落として構えに入る。
――ゲームなら……ッッ!
「 「ゲームならッ! 全部できんだよッ!!!」 」
追加入力でコマンドを撃ちこむと、ゲームキャラクターは襲いかかるモンスターに向けて眼にもとまらぬ速さで刃を振り抜き、そして小さく一歩踏み出す。
そこに力はなく、ただただ自然に。水滴が水面に落ちるように真っ直ぐに。
「――ふッ!」
次の瞬間何も無かったかのように相手の横をすれ違う。
カチンと鞘に納める音がからっぽの空間に寂しく響くと、水面に波紋が広がり辺りが騒がしくなる。
外部音声入力からクラスメイトの声が聞こえVRCルームは歓声で満ちているのがわかる。
「……これがツールスキルか……」
『――間名由。戦闘訓練(初級)……結果:生存。十秒後にデマインします。――』
アナウンスが流れ、カウントダウンが始まる。
自分でも何が起こったのか理解できなかった。絶体絶命のピンチから一瞬の出来事。
あの長く感じた一瞬の間に俺は装備を変更して、モンスターの攻撃よりも早く居合斬りを発動して一撃でかたを付けた。
限界を超えた演算処理をゲームに置きかえて簡易的に行った。って事なんだろうけど……。
俺はゲームのキャラクターじゃないし、実際にどれだけ真似してもキャラデータに負荷をかけてしまう。
実際に手足は重く呼吸も辛い。心臓は経験したことのない速さで脈を打ち、息は鉄の味がするようだ。
経験したことのない疲労感が全身に広がる。
いったいどうやったかなんてわからない。無意識で、夢中で、必死で真っ白だった。
説明できないが、仕組みは理解出来た。戦い方は確立した、……はず。
俺には戦闘能力は無いが代わりに経験がある。
そんな事を考えていると、いつの間にか現実世界にデマインしていてユナがはしゃぎながら近づいてきた。
「ナユさーん! ざんねーんでした! 私より遅かったねッ! はいジュース! ジュースだからねッ!」
「えぇッ、俺そんな約束したっけ? 確かに俺が勝ったらジュース奢れとは言ったけど……負けた時どうするかなんて言ってないよな」
「ちょっ! え! 嘘でしょ? ウソ! それっズルッ⁈」
「ズルくねえよ。戦略的手法。ルールを勘違いする方が悪い」
「ハアぁぁああああっ!? 次のVRCの授業ではナユとは別のチームで戦いたいなああああ」
「なんでだよ! 俺大体一人なんだからやめろよ!」
俺には主人公補正は無い。
けれども、そのかわりに……今までクリアしてきたゲームで培ってきた勝利パターンがある。ってことだ。
そうだな、四文字に集約するならば『兼兼攻略』済みッ!
――ゲームなら俺は主人公だッ!
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イラストは空紗さんに描いていただきました!