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伴侶の努め  作者: 狗須木
8/10

アホウ使いの災難

今話もよろしくお願いします。

 その日は突然やってきた。


 バジルは店の奥に控えることが少なくなり、基本店先で接客できるようになった。

 また1人、カミツレによる自動ドアで見送られ、次の客が入る。

 複数人の女性客だ。


 彼がいらっしゃいませ、と震えながらも声をかけて、ふと気づく。

 彼女が、扉をまだ閉めていない。

 彼女は客が入ればすぐに扉を閉めて彼の足元へ駆け寄ってくるのだが、どうしたというのか。


「本日はどのような薬をお求めでしょうか?」


 いつもの台詞を言い終えた頃、ようやく彼女が扉を閉めて駆け寄ってくる。

 尻尾を巻いて。

 彼は、すぐに異常事態だと確信した。


「すいません、少し尋ねたいことがございまして」


 複数人の女性客のうち、30代だろうか、周りの少女達に比べると少し年上の、黒髪の女性が口を開く。

 彼は、無意識であるのだが、その女性の目を正面から見据え、はっきりと返事をする。


「そうですか、それでは、どういったご用件でしょうか?」

「こちらの『犬の薬屋さん』にバルバラという女性がいらっしゃると思うのですが」


 彼は咄嗟にカウンターの陰で丸まっているカミツレに、バルバラに視線を下ろす。

 彼女は彼と目が合うと、首を左右に振った。

 彼は視線を上げて、恐らく彼女の母親なのだろう、先程の女性に視線を向ける。


「いえ、私は1人で店を……ああ、カミツレがいますが、生憎犬ですので」

「あら、そうでしたか、それは失礼いたしました」


 すんなりと引き下がる女性に拍子抜けしながらも、彼の警戒が薄らぐことはない。


「申し訳ありません、実は娘が、ああ、バルバラという名なのですが、2年前から帰って来なくて……」

「それは……心中お察し致します」

「ありがとうございます……それで、娘がこの薬屋を出入りするところを見た、と聞いたもので……」

「なるほど、それで手がかりを求めてこちらまで訪ねて来られた、と」


 沈痛そうな面持ちで女性は頷くが、背後に控える少女達の視線に同情の色は無い。

 不気味に思いながらも彼は女性の次の言葉を待つ。


「ただ、どうやら私の早とちりだったようで、お恥ずかしい話です」

「お気になさらないでください。僅かな手がかりであっても、子を思えば当然のことでしょう」

「お心遣い、感謝致します」

「いえ、ただ、残念ながらお力添えはできないようで……」


 これでこの女性が店を出る流れへと持っていけそうだと彼の気が緩みかけたところだった。

 女性の背後に控えていた少女達の1人が抱えていた資料を差し出す。


「これは……?」

「誠に勝手ながら、娘について知り得た情報を共有させていただければ、と」

「はあ……」


 その資料にはバルバラの似顔絵や年齢、性格、特徴だけでなく、失踪までの行方も詳細に書かれていた。

 彼が資料に軽く目を通していると、女性から口頭で説明される。


「娘は2年前、成人してすぐ、街の外へと頻繁に出ていまして」

「……そのようですね」

「娘が帰ってこなかった日なのですが、その、気分を害しましたら申し訳ないのですが……」

「はい?」

「貴方様のご両親が亡くなられた日と、同じでして」

「……そうですか」


 まあ、彼は当事者なので、もちろん分かっている。

 彼女は彼が森で意識を失い、草原で意識を取り戻してからずっと傍にいたのだ。

 驚くことでもなければ、怒るようなことでもない。


「娘は魔法を得意としていたのです。それも、少々変わった魔法ばかりを」


 突然話が変わり、彼は動揺する。

 それに、あまり良い流れとは言えない。

 だからといって女性の話を止められる訳でもない。


「その日は街の外で、娘が着ていた衣服一式が見つかりました」

「……」

「おそらく、娘が得意としていた、動物に姿を変える魔法を使ったのだと思います」

「……」

「そして、その日は上空にワイバーンが飛んでいるのが発見されていました」


 彼の脳裏に当時の光景がフラッシュバックされる。

 気づけば視線は下がり、体は震えていた。


「このようなことは非常に申し上げにくいのですが……」

「……」

「もしかしたら、娘はワイバーンに姿を変えていたのかもしれません」

「な……」

「もちろん、可能性の話で、そうだと決まった訳ではありません」

「そ、んな……」

「ただ、娘が無関係とは思えないのです。だとしたら、娘は罪を犯して……」

「それはッ! ちがうッ!!」


 足下から聞こえた声に、彼の意識が引き戻され、視界に色が戻る。

 カウンターから頭を覗かせた、全裸の彼女が、叫んでいた。


「あたしは! ワイバーンには! なってないッ!」

「バルバラ、やっぱりあなたここに……」

「勝手なこと言わないでッ!」

「でも、だったらどうしてここにいるの」

「それは……それは……ッ!」

「とにかく、服を着て来なさい。話は別の場所で聞きます」

「ふッ、う、ううッ、うぅぅゥゥ……ッ!」


 母親との問答を経て、泣き崩れている彼女を、彼は呆然と見つめている。

 彼は今、何を考えているのだろうか。


 母親が彼女の腕を引いて立ち上がらせ、自身で彼女の体を隠すようにして店の奥へと連れて行く。

 彼は、動くことができずにいた。


 少女達が、一部、店の外に出て行く。

 彼は、ただただ、呆然としていた。


 そのうち、警備隊が駆けつけてきた。

 服を着た彼女が母親に連れられて警備隊へと引き渡される。

 彼は、彼女を呆然と見つめ、彼女も、真っ赤な目で彼の目を見つめ返した。


「あ……」

「……ごめ、な、さい」

「バルバラ……」


 彼女は、返事をせず、視線を逸らし、警備隊に連れて行かれ、彼の前から姿を消した。



 その日は臨時休業となった。

 まあ、店主が呆然自失といった様子なのだ、休まざるを得ない。

 ただ、休めるかどうかというと、それがまた問題なのだ。


 バジルは今までずっとバルバラと暮らしていた。

 ずっと、彼女の介助を受けていた。

 1人で生きるには、障碍が多すぎるのだ。


 いや、それだけではない。

 彼女は、伴侶、だったのだ。

 人生のパートナーである。


 しばらく臨時休業が続き、開店しても短縮営業や半日営業ばかり。

 そうかと思えばまた臨時休業になるのも、しかたないだろう。

 彼は日に日に窶れていっている。


 まるで2年前の再来のような悲惨さである。

 いや、もっと酷いかもしれない。


 「泡沫の君」応援隊は、このような結果を望んでいたのだろうか。

 過ぎたるは猶及ばざるが如し、とはまさにこのことだ。



 さて、では応援隊は一体何をしたのか。

 まあ、徹底的にバルバラの素性を洗い出しただけである。


 「男装の麗人」が何者なのか、外見、声、会話、ありとあらゆる情報を掻き集め、バルバラだと特定。

 彼女がどういう経緯で「泡沫の君」とデートするまでに至ったのかを聞き込み、話させ、調べる。

 もちろん、悪意というバイアスがかかりまくった状態で、である。


 おそらく、彼女がワイバーンになっていなかったことは分かっていただろう。

 ワイバーンがそのまま行方不明になったのならともかく、死体はその場に埋めてあったのだ。

 そして、現場を捜査しに来た騎士団によりバジルの両親の遺体が回収される際、ワイバーンの死体も当然のように見つかっている。


 つまり、何者かがワイバーンを倒し、彼を救った、というのは捜査関係者の間では周知の事実である。

 誰かは分からないが、状況からしてそれが彼女であろうことは明白である。

 ただ、それを知るのは彼女本人だけであり、誰にも語っていないため、一応、真相は闇の中、である。


 彼女が秘密にしていても、それぐらいならすぐにバレる。

 バレていないのは、彼女がワイバーンを揶揄い、その結果彼の家族が襲われた、という点である。

 まあ、因果関係があるかどうかは、ワイバーンのみぞ知るところだが。


 とにかく、それを知ってなお、面白く思わなかったのが応援隊である。

 応援隊にとって、デートをしていた彼女が、気に入らない、消えてほしいのである。

 過激だ、なんて過激思想なんだ。


 そんな過激派により、先程彼女の母が述べたような歪んだ真実が作られた。

 そしてそれが彼女の母へと伝えられた。

 貴女の娘さん、犯罪者ですね、と。


 脅迫のようなものだ。

 どうせ糾弾するならば、母の手で、と言ったのだろう。

 己の手ではなく、彼女の母の手を汚させたのだ。

 外道すぎる。



 さて、一体誰が悪いのだろうか。


 バルバラが悪いのか?

 確かに黙り続けた彼女に非が無いなどとは言えないだろう。

 しかし、彼女は黙っていただけではない。


 バジルが悪いのか?

 彼は何も知らなかったのだ。

 いや、彼女の優しさに甘え、何も知ろうとしなかった、とも言えるだろうが。


 過激派が悪いのか?

 行いは外道であるが、冤罪であることは明らかだ。

 相応の処罰は必要だろうが、全ての悪の根源ではない。


 バルバラの母が悪いのか?

 娘の育て方を間違った、過激派に唆された愚か者かもしれない。

 ただ、バルバラは自由人なだけで極悪人ではないし、親の情故に為せた行いでもある。


 さて、一体誰が悪いのだろうか。

ありがとうございました。

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