アホウ使いと薬屋が現れた
今話もよろしくお願いします。
2人の暮らしは確実に、しかしゆっくりと変化している。
バルバラは薬屋を営業していない時はほぼ人間の姿で過ごしている。
裸ワイシャツ、カーディガン添えに異論は無いようだ。
入浴の介助だけは例外だが。
初めは緊張からか堅苦しかった彼女の態度も、だいぶ和らいでいる。
食事中の会話などには笑顔も見られる。
彼女本来の、自由人気質が現れるのも時間の問題だろう。
バジルは少しずつ女性達にも接客するようになっている。
初日は1組だけだったが、2組、3組と数を伸ばしている。
目を伏せ、震え、近寄れないのは相変わらずだが。
現在、女性達への1日あたり最高接客数は6組である。
金蔓なだけあり、来店数が尋常ではない。
いったい何を買っているというのか。
まあ、世の女性達の美への投資額を考えれば妥当である。
もちろん、「泡沫の君」応援隊の目的は美ではないのだろうが。
ちなみに応援隊はその所属期間や実績に応じて階級があるようだ。
入隊したばかりの者は見習いとなり「泡沫の君」について先輩隊員から学ぶらしい。
何を学ぶというのか。
しかも見習いには入店の資格が無いのだ。
あほかと。
見習いを修了すれば一般隊員となれるが、まずは下級隊員となるらしい。
下級の次はもちろん上級である。
入店回数や入店時の最低人数、発声許可の有無など、何やらいろいろ規定があるらしい。
ばかかと。
上級隊員のうち、日頃の奉仕態度等から一定以上の評価・推薦を得た者は、親衛隊となれるらしい。
より入店時の制限が緩和され、除隊や昇級・降級等の決定権も得られるらしい。
いっそ恐ろしい。
しかし、公表はされていないが、古株にはさらに役職があるようだ。
例えば、そう、諮問機関の役員、だとか。
特に、隊長は「誰」なのか、など、応援隊の謎は深い。
それはさておき。
隊員達の精力的な活躍により、バジルが1日に相対できる女性客の数は増えている。
彼の限界を見極め、それに応えられる精鋭を送り込んでいるのだ。
当然の結果である。
そんな当然、恐ろしすぎる。
世も末である。
さて、今日の薬屋は半日営業である。
午前営業で店を閉じ、昼食を終えたバジルとバルバラはその後片付けをしている。
彼女は人間の姿になって介助できる範囲がだいぶ広がった。
いつもならこれから彼が勉強を始め、彼女は部屋の隅で控えているのだが、今日は違うようだ。
彼がクローゼットへと向かい、ズボンや外出用の薄手のコートを取り出す。
「バルバラ、外に行こう」
「えっ?」
「服を買わないといけないでしょ?」
どうやらいつの日かの話を覚えていたようだ。
きっと前から決めていたのだろう、外出の準備をする動きには迷いが無い。
それを彼女は呆然と見つめている。
「あ、ズボンのサイズとか、コートの厚さは大丈夫かな? あまり生地が厚くても季節が違うし……」
「え、あの、服、買わなくても、私は……」
「ダメだって」
彼は困ったように笑いながら彼女を見る。
「君が大丈夫でも俺が大丈夫じゃない」
「う……」
「それに俺も久しぶりに外に出たいんだ」
ふっと窓の外へと視線を向けて寂しそうな笑顔をされては、彼女も強く拒めない。
「ダメかな?」
「いえ、そんなことないです、でも」
「ん?」
そう、彼女は遠慮しているのではなく、純粋に外に出たくないのである。
しかもその理由を突き詰めればなかなかに後ろめたいものがあるのだ。
何と言ったものか、悩んで言葉に詰まり、上目遣いで彼を見てしまうのもしかたない。
「その、顔を、あまり、見られたくなくて……」
「顔を? どうして?」
「えっと、家族に、何も知らせてないので……」
「……ああ、なるほど」
彼女は旅に出ていることになっている。
だというのに街中にいるところを見られては、どこから家族にバレてしまうか分からない。
バレてしまえば嘘を吐いていた理由や何をしていたのかを聞かれるのは考えるまでもない。
しかも、彼女は年中無休の泊まり込みで働いている。
それが当然かのように振る舞っているが、ブラック企業も驚きの真っ黒すぎる雇用条件である。
彼女の家族に謝罪や賠償金の1つでもなければ到底許されるものではない。
そして断罪されるがよい。
「うん、いつか、ご家族の方に、挨拶に行かないとな……」
「だ、だめ!」
「えっ」
彼女の強い拒絶にさすがの彼も驚いたようだ。
まあ、家族に会うということは、嘘を、彼女の罪を告白するようなものである。
まだ時効に必要な年数は経っていない。
いや、一生をかけて彼に罪滅ぼしをする覚悟なのだろう。
こんなところでお縄につく訳にはいかないのだ。
「あ、えっと、その、家出、みたいな、もので……」
「……分かった、じゃあ変装しないとね」
「え?」
あまりにも不自然な言い訳をすんなりと納得するとは、驚きである。
彼女は呆然と帽子やマスク、櫛を手に取っている彼を目で追いかけている。
「ほら、準備しよ」
「は、はい……?」
彼にされるがままに髪を整え、男物のシャツやズボン、コートに帽子にブーツ、そしてマスクを身につける。
風邪をひいた男装の麗人の出来上がりである。
サイズが合っておらず少々不格好ではあるが。
「どうにかなった、かな……」
「わああ……す、すごいです!」
鏡を見て彼女は目を輝かせている。
露出ではなく男装の方が彼女の趣味だったのだろうか。
いや、自称エンターテイナーの彼女にはシルクハットが見えているのだろう。
人間とは数年で変わるものではないようだ、先程から動きが曲芸染みている。
そんな彼女の後姿を苦笑しながら彼が見つめている。
「その恰好なら大丈夫?」
「はい! これなら外で……あっ」
「じゃあ行こっか」
彼女が何を続けようとしたのかは、まあ、自称エンターテイナーなのだ、しかたない。
彼は彼女が外出に乗り気になってくれたと受け取ったようだ。
間違ってはいないが、うん、間違っている。
ともかく、2人は久しぶりに昼間の街中へとくりだすのである。
一悶着あったが、なんだかんだ2人とも嬉しそうなのは、見間違いではないだろう。
さて、風邪ひきブカブカ男装娘と「泡沫の君」であるが。
目立っている。
変装をしても目立ってどうするのか。
いや、そもそも車椅子自体が目立つのだ。
車椅子を押す男装娘、目立たない訳が無い。
バルバラ1人で行くという選択肢は無かったのか。
まあ、それはそれで危険ではあるが。
これでも今の彼女はノーブラノーパンなのだ。
一応、魔法は使えるが……彼女はアホウ使いである、襲われてしまってはひとたまりもない。
それはさておき。
2人は注目されているという自覚は無いようで、普通に買い物をしている。
そう、普通に女性物の服や下着を買ってみたり、ついでに男性物の服も見てみたり。
適当な喫茶店で一休みしてみたり。
これは、あれか。
デートか。
くそ……この男……!
いや、今までの所業に比べればたいしたことではない。
それに彼女にいつまでも裸ワイシャツをさせる訳にも、軟禁する訳にもいかないのだ。
これは必要なことだったのだ、そう、しかたないのだ。
とにかく、2人は久しぶりの外出を楽しんだようだ。
夕方には家に戻り、衣服を片付けたり着替えている間のバルバラの顔は、良いものだった。
それを見ていたバジルもそれはそれは穏やかな顔をしている。
夕食での会話も、外で見たものや聞いたものばかりが話題に上る。
普段から外に出ていればなんてことない日常風景も、2人の目には特別なものに見えるようだ。
実に楽しそうである。
彼女の笑顔からはかつての糞ガキの頃のような無邪気さが滲み出ている。
何か思いついた悪戯でもあったのだろう。
実行はできなかったが。
その日の晩、ベッドに横になった彼女の目はすでに閉じられている。
久しぶりの外出にはしゃぎすぎたか、かなり疲れていたようだ。
「今日は楽しかったね」
「はいぃ」
睡魔との激しい攻防戦を繰り広げているようだ、声に覇気がない。
彼は苦笑している。
「また行こう」
「はいぃぃ」
「おやすみ、バルバラ」
「おやすみなさぁ……ぃ……」
どうでもいいが、いつもなら彼女は仰向けで彼を見上げて会話している。
今日は眠すぎてそれどころではなかったのだろう。
横向きに、彼に体を向けて寝ている。
くそっ……この、この男ォ……ッ!
その、右手を……彼女から、退けろォ……ッ!
安眠妨害、反対……絶対、反対……ッッ!!
ところで、「泡沫の君」応援隊のネットワークは広い。
街中の至る所に隊員がいると言っても過言ではないだろう。
しかし、不可侵条約により、バジルのプライベートを侵害する行為は禁忌となっている。
まあ、先日の裏社会の人間による襲撃を受け、諮問機関でその禁忌に関わる議案が上ったのだが。
結論から言えば、彼の安全確保のため、特例として、ソレが、決議された。
いや、ソレでなくても、誰でも一目見ればすぐに気づいた。
「泡沫の君」が「男装の麗人」とデートをしていた。
2人の心中は終始朗らかであったが、周りの女性達の心中は荒れ狂っている。
今、彼女達のネットワークが、かつてないほどの活躍を見せている。
女は、恐ろしい。
ありがとうございました。




