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伴侶の努め  作者: 狗須木
4/10

介助犬の災難

今話もよろしくお願いします。

 さて、このぐらいで時間を現在まで戻すとしようか。

 現在の2人は……と、その前に、現在の状況を作り上げる大きな出来事が先日あってね。

 その話をしよう。



 薬屋の経営は順調だ。


 いつの間にか店先には椅子が置かれ、カミツレと客の交流はより盛んになった。

 虚ろだったバジルの目もいくらか改善され、愁いを帯びた目になっている。


 ちなみに「深窓の君」を尊ぶ女性達によるネットワークでは不可侵条約が結ばれているようだ。

 一度暴走した女性がカミツレを無視して店内に押しかけてバジルに詰め寄った際、彼が酷く怯えたことがきっかけだとか。


 以降店先では常に女性達が監視の目を光らせ、薬屋の安寧を保っている、らしい。

 女性客が来るたびに付き添っているのは監視のためなのだろう。

 おそらく。



 さて、何も彼の薬屋は女性客だけを相手にしている訳ではない。

 もちろん男性客もいるし、以前話したように王宮からの使者だって来ている。

 裏の仕事というヤツだ。


 一時期薬の品質が落ちたり客足が遠のいたこともあったが、やはり由緒正しい薬屋である。

 何やらという秘薬の、何やらという秘伝の製法でもあるのだろう。

 どういった効能があるのかは彼のみぞ知るところである。


 まあ、王宮は今日も平和である。

 表面上は。

 裏は知らない。

 想像するだけならタダである。


 それはさておき。


 彼は王宮からの使者の相手はしているが、何も裏社会の使者の相手までしている訳ではない。

 どうやら由緒正しい薬屋は後ろ暗いところのないクリーンな経営をしているようだ。

 しかし、それを裏社会の人間が認めるかどうかは別の話である。



 ある晩のことである。


 自称エンターテイナーは裏庭に出る。

 今晩も無駄な努力、ではなく芸の研鑽に努めるようだ。


 いや、全裸になった。

 やはり露出狂だったようだ。

 毛布を体に巻きつけているあたり、まだ恥という概念は残っているようで一安心である。


 冗談はともかく、今晩は魔力の回復に充てるのだ。

 それにしても裏庭以外で寝るという考えは思いつかないのか。

 しかたない、バルバラは旅に出ていることになっており、見つかる訳にはいかないのだ。

 人外という新たな生への旅はまだまだ終わらない。


 しかし、彼女も思うところがあるのだろう、瞬間移動先のマーカーを遠くへ放り投げている。

 それもそうだ、彼女も17歳、少女から女性への過渡期にあるのだ。

 深夜の街を毛布一枚で過ごすことの危険性は理解できている。

 昼間の街を全裸で過ごすことに疑問は無いようだが。


 たとえ裏庭といえど、バジルが寝ている部屋の壁を背に、決して離れないようにして蹲っている姿は、さすが一流の介助犬と言えよう。

 人間だが。

 だからだろう、彼の寝室から聞こえた僅かな物音に気づいたのは。


 バルバラはそっと窓から室内の様子を窺い、見知らぬ男達の姿を確認した。

 そこからの彼女の動きは早かった。


 侵入者にスポットライトを当てて目をくらまし、窓を開けてペイントボールと煙幕を発動。

 彼を抱えて瞬間移動をし、戦隊モノの登場シーンばりの派手なだけの爆発。

 さらには緊迫感を演出する、アップテンポの音楽が寝静まった街を目覚めさせた。


 さすがアホウ使いである。

 攻撃性が無いだけに性質が悪い。


 近隣住民が何事かと窓を開け、外の様子を窺っている。

 スポットライトが当てられ、未だに煙幕が晴れていない薬屋を見れば一目瞭然だろう。


 これで侵入者が逃げていないとは考えられない。

 彼女は安堵の息をつく。

 のはまだ早かった。


「誰……?」


 腕の中から彼の声が聞こえ、彼女は固まった。

 2年間ともに暮らしてきたが、バジル彼女バルバラは初対面である。

 しかも毛布を1枚しか身に着けていない、露出狂バージョンである。

 ただでさえ女であるというのに、そんな彼女の姿に彼は警戒を通り越して嫌悪感が丸出しである。


「あ、あの、えっと、バルバラ、です……」

「バルバラさん、ね……とりあえず、離してくれるかな」

「は、はいッ! すいません……!」


 慌てつつも彼の足に負担がかからない姿勢をとれるように介助してしまうのはさすがである。

 また、彼が女性を苦手にしていることももちろん彼女は知っている。

 2メートルほど距離をとって正座し、俯いて顔を見せないのは配慮からか後ろめたさからか。


 薬屋には騒動を聞きつけて警備隊が駆けつけている。

 直に彼等がここにいることにも気づくだろう。


「バルバラさん、説明してくれる? 俺は寝室で寝てたはずなんだけど。どうしてこんなことになってるのかな」

「はい、その、バジル、さんの家に、忍び込んでいる人達を見て、怪しかったので、助けようと……」

「そう、それはどうもありがとう」


 まったくありがたがってなさそうな態度である。

 命の恩人かもしれない女性に対してこの態度、やはり彼は女を使い捨てるふしだらな男だったか。

 まあ、トラウマ持ちであるし、初対面の女が毛布1枚しか身に着けていないのだからしかたない。

 しかたないのか?


「それで、どうしてそんな恰好を?」

「あ、こ、これ、は……」

「その毛布、カミツレ……俺が飼ってる犬が使ってる毛布に見えるけど。あとなんで俺の名前知ってんの」

「え、と、その……」

「バルバラ、お前は何者だ?何が狙いだ?」


 2年間ずっと休まず働き助け続けてくれた彼女に対してこの言い分である。

 トラウマ持ちのくせに。

 ろくでもないヤツだ。

 許さない。

 彼の地獄行きは決定だ。

 たとえ彼女が許そうとも私が許さない。


 いや、今はそれどころではない。

 彼女は俯いたまま肩を震わしている。

 なんと可愛そうなことか。


「ご、め、なさい……わた、し、私……」

「何」


 嗚咽混じりで訴える彼女に対してこれはないだろう。

 トラウマ持ちめ。

 女の敵か。

 敵だな。

 今すぐその顔面をブッ潰して現代アートにしてやりたい。


「カミツレ、です……」

「は?」

「私、カミツレ、です……」

「……はあ?」

「私の、せいで、ワイバーンが、貴方の両親を、足を、奪ったから、助けなきゃ、って……」

「ちょっと待て。意味が分からない」

「ふ、う、ぅッ……ごめんなさい……ッ!」


 土下座する彼女。

 混乱する彼。

 警備隊が駆け寄る足音が聞こえてくる。


「おい、人が来る。本当にカミツレならカミツレになれ、帰るぞ」

「ぅ……はいぃ……」


 毛布を体に巻いた黒犬が現れる。

 カミツレである。

 おすわりをして打ちひしがれたように頭を力なく垂れ下げている。


「マジかよ……」


 目を見開き、口に手を当ててその姿を凝視している。

 先程までの言動、どう落とし前をつけてくれるのか。


 このろくでなしのトラウマ野郎!

 女の敵!

 恩知らず!

 アホ!


「バジルさんですか? 無事ですか!?」


 ランプを手にした警備隊が彼と彼女の姿を照らして呼びかける。

 はっとして振り返った彼は、動揺を隠して答える。


「はい、カミツレのおかげで、どうにか」

「なるほど、優秀な飼い犬の噂は聞いていましたが……とにかく、無事でよかったです。今車椅子を持って来させているので、場所を移してお話を伺わせていただきたいのですが」

「ええ、もちろんです。カミツレ、おいで」


 名を呼ばれた彼女は全身をびくっと震わせて彼の顔をそっと窺う。

 先程までの冷酷さはどこへやら、そこにはいつもの彼が微笑んで待っている。

 恐る恐る近づけばいつも通り彼女の頭を撫で始める。


 なんだコイツ、二重人格か。

 やはり危ないヤツだったのか。



 その後は警備隊が手配した宿へと移り、事情聴取である。

 といっても、バジルは寝ていたので何も知らないのだが。

 結局、彼が普段から用意していた護身具を使ってカミツレが侵入者を撤退させ彼を連れ出した、というトンデモ証言ができあがった。


 虚偽の証言をするとは。

 訴訟モノである。

 いや、虚偽も何も彼は本当に全く何も知らない。

 それにだいたい合っている。



 深夜、警備隊の人達は一旦退室し、今は部屋にバジルとカミツレの1人と1頭だけである。

 彼は彼女の介助を受けて車椅子からベッドへと移動している。


「カミツレ……いや、バルバラ」


 ベッドの脇に伏せていた彼女は彼の呼びかけに応じて人間の姿となる。

 全裸である。


「なっ、戻れとは言ってない!」

「あっ、ご、ごめんなさい! でも、魔力がもう少なくて!」

「あー! もう! ほら!」

「わぶっ」


 彼女にベッドの毛布を乱暴に放る。

 いくら深夜でよく見えないと言えど、彼女は露出狂ではないので急いで毛布を体に巻きつける。

 よく見えないだけなので、まあ、彼が見たかどうかは、さてはて。


「すいません、毛布、ありがとうございます……」

「いいから、ほら」

「はい?」


 彼がベッドの端へ寄り、空いたスペースを手で叩いている。

 誰がどう見てもそういうことであるが、彼女には通じなかったようだ。


「床で寝るつもり?」

「え、はい、そうですけど……」

「なっ……」


 これはどちらが悪いのだろうか。

 彼女は、まあ、今まで犬だったし、時々裏庭で寝ていたので、いつものことなのだ、気にしていない。

 彼は、確かに、当然の気遣いだが、先程までの態度や、年頃の男女であることを分かっているのか。


「君は……っ!」

「はい?」

「君は、人間の、女性だろう!」

「は、はい」

「ベッドで寝ろ!」

「はい?!」

「ほら!」


 彼女は「はい」以外に何も言っていないが、彼に腕を引かれてベッドへと転がり込む。

 トラウマ持ちのくせに女性をベッドへ連れ込むとは、やはりふしだらな男なのか。


 とにかく、線の細い体と言えど、彼も男である。

 自由人、いや野生児である、元気を体現したような彼女でも男の力には敵わないようだ。


「あ、え、わ、わ」

「ごめん」

「え」


 彼女が、許しても、私が、許さない。

 そしてなぜ彼はベッドへ連れ込むついでに彼女の後頭部に手を添えて自身の体に押し付けるようにしているのか。


「また今度、話し合おう」

「は、い……」

「今日はもう寝よう。疲れた」

「はい……おやすみなさい」

「ああ」


 犬を相手にしているつもりなのか、はたまた顔を見ないためか。

 どちらにしろ彼女を抱きしめて寝るなど、彼はいったいどこまで私を怒らせるのか。

 いや、すでにそれ以上のことはしているのだが。

 そんなことは関係無い、とにかく今は年頃の男女なのだ。


 なぜ、この2人は平気そうに寝ているのか。

 まあ、それ以上のことは、人間バジルカミツレのときに、しているのだが……。

ありがとうございました。

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