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伴侶の努め  作者: 狗須木
10/10

薬屋と伴侶

今話もよろしくお願いします。

 とある街に薬屋を営む若い夫婦がいる。


 夫の家系は代々この薬屋を継いできた由緒正しい薬屋である。

 由緒正しい薬屋というのは王家御用達と言い換えてもよい。

 公式的な裏の仕事である。


 そう、裏なのだ。

 どのような裏かは、薬であるので、まあ、そういうことだろう。


 もちろん、声を大にして裏の仕事を受けていますなどとは言わない。

 しかし、王宮からの使者が頻繁に出入りしているのだ。

 心の汚れちまった大人にはそういうことに見えるのもしかたない。


 それはさておき。


 この薬屋夫婦は変わった馴れ初めを持つ。

 若い夫婦が継ぐには難しい、由緒正しい薬屋を継ぐことになった出来事がある。

 この若い夫婦が初めて出会った日のことだ。


 ついでだ、この夫婦について説明しよう。


 夫の名はバジル、21歳。

 この国でこの年齢での妻帯者は珍しくない。

 もちろん彼はハーブではなく人間だ。


 彼は男ではあるが、日に焼けていない白い肌、伸ばされた柔らかい金髪、澄んだシルバーグレーの瞳、線の細い体はとても男には見えない。

 それもそのはず、彼は足が不自由で妻の介助無しでは気安く外に出れないのだ。


 そして、妻の名はバルバラ、19歳。

 少し日焼けした健康的な肌色、肩まで伸びた艶のある黒髪、何でもキラキラと映し出すこげ茶色の瞳は人妻と言えどまだ幼さを感じさせる。


 彼女は魔法を使うが、どれも彼女の興味を惹いた面白おかしいものばかりだ。

 どこからともなく流れ出す音楽や効果音、早着替え、様々な小道具が現れたり、縦横無尽に駆け回るステージライト、半身入換など、もはやただの芸人である。


 では若い夫婦が出会い、この店を継ぐことになった日まで、4年ほど月日を遡ってみよう。



 その日はバジルとその両親は薬の材料を狩りに森に来ていた。

 しかし、ワイバーンの住処である沼地に迷い込み、彼の家族はワイバーンに襲われてしまう。

 彼の目の前で両親は亡くなり、彼は意識を失ってしまった。


 そこに小鳥の姿をしたバルバラが現れ、ワイバーンを倒した。

 不運にもその際彼の両足が潰れたが、彼の命を助けることができたのである。

 彼とともに安全な草原へと転移したが、動物の姿をしていた彼女は全裸だった。


 意識を取り戻した彼は、全裸を隠すために犬の姿をしていた彼女と出会う。


 両足の障碍、女性へのトラウマ、薬屋・商人として未熟な知識・経験・技術。

 問題だらけの彼が継いだ薬屋からは客が離れてしまった。

 それを公私ともに支え続けたのが、犬の彼女である。


 そして薬屋は「犬の薬屋さん」、店主の彼は「深窓の君」、犬の彼女は看板犬として再び繁盛したのだ。


 それから2年後。


 彼女が人間であることが彼に知られてしまう。

 しかし、それは彼が女性へのトラウマを少しずつ克服するきっかけとなった。


 その結果、店主の彼は「泡沫の君」としてより薬屋を繁盛させる。

 また、彼は次第に人間の彼女を求めるようになった。


 それに不満を抱いた女性達により、彼女は無実の罪で糾弾される。

 問題が解決するまで離された2人は、互いへの想いを募らせていった。

 ようやく再会した2人は互いの気持ちを確かめ合い、結ばれたのである。


 そして現在。


 薬屋は「曲芸薬局」、夫の彼は「高嶺の君」、妻の彼女は「応援隊隊長」として繁盛している。



 お分かりいただけただろうか。

 分からない?

 そうだろう、私も分からない。


 ともかく、2人の暮らしは順調なようだ。

 2年経ったのだ、きっと新婚生活は落ち着いて、糖度だって抑えられているだろう。

 という訳で、久しぶりに2人を見てみようと思う。


 だから、ね、付き合え。



 ある日の朝。


 薬屋の店先には椅子、テーブル、パラソルが並べられている。

 すでに何人か集まっており、このままホームパーティーでも始まりそうだ。

 いや、これはいつも通りの光景で、薬屋の店先は近隣住民の憩いの場なのだ。


 薬屋の扉が開く。


 流れ出すのは、眩しい朝日と心地よい小鳥の囀りの似合う爽やかな曲調の音楽。

 現れたのは、タキシード、ステッキ、シルクハット姿のバルバラ。

 被っていたシルクハットを左手に取り、右手を胸にあて、腰から上体を曲げる、綺麗なお辞儀。


 いつの日かの男装は彼女を目覚めさせたようだ。

 バジルめ、やはり罪深い男だ。


 拍手で出迎えられた彼女は上体を起こし、シルクハットを被って、ステッキを軽く振る。

 なんということでしょう、無骨な黒いステッキは情熱的な赤い薔薇の花束となりました。


 花束から薔薇を1本ずつ取り出し、観客へと手渡していく。

 番号札、いや、番号薔薇のようだ。


 最初に受け取った女性が顔を赤らめて扉へ向かう。

 どうやら彼だけでなく彼女も女性を虜にしているらしい。

 なんということだ。


 扉はゆっくりと開き、女性を店内へ招き入れる。

 女性が店内に入れば扉がゆっくりと閉まり、店先の喧騒が遮断される。

 そこは、音量が抑えられ、ゆっくりとした曲調で流れる音楽と、ほんのりとアロマが香る店内だ。


 魔法の無駄遣いか。

 いや、魔法の平和利用だ。

 抜群のリラックス効果で素晴らしいではないか。

 ラブアンドピースである。


 カウンターでは微笑んだ「高嶺の君」が待っている。

 彼は女性へのトラウマを克服し、常に店先で接客を行っているようだ。

 しかし、妻帯者なので、女性達にとっては近くても手の届かない存在、ということなのだろう。



 店内で丁寧な問診が行われている間に、店先では観客が集まってきている。

 近所迷惑にならない程度の音量で気分が高揚するアップテンポの音楽が流れている。


 どうやら彼女はジャグリングをしているようだ。

 ボールの数がどんどん増えていき、どんどん高くなっていく、アレだ。

 そのうちボールから棍棒、松明、剣へ変わっていく。


 なるほど、これが「曲芸薬局」たる所以か。

 自称エンターテイマーは伊達ではなかった。


 真剣な顔で何本もの剣を扱うバルバラ。

 最後に全ての剣を無事に回収、笑顔でお辞儀をして盛大な拍手が沸き起こる。


 彼女がシルクハットの中に道具を片づけていく。

 使い方が間違っている。

 4次元シルクハットである。


 まあ、さすがにこれは魔法である。

 いったいどこまでが技術の力でどこからが魔法の力なのか。

 どちらでも彼女の実力ではあるが。


 おっと、シルクハットから大きな布が現れ彼女を包み込む。

 再び現れた彼女は道化師、クラウンの姿となっている。

 どうやら場を温めた後は観客を巻き込んでの糞ガキ再来、といったところか。



 なんというか、楽しそうで何よりである。


 これで「曲芸薬局」と「高嶺の君」の意味は分かったが、「応援隊隊長」とは何なのか。

 まあ、これは2年前にかつての応援隊過激派が暴走した日まで遡るのだが。


 かつての応援隊は「泡沫の君」のプライバシー侵害を禁忌としていた。

 しかし、諮問機関役員により彼の安全確保のため周囲を監視する役職が極秘に設置されていた。

 結果、カミツレの正体が、バルバラの存在が役員に知られたようだ。


 そんなことができる人材が応援隊に、というか女性にいるとは。

 応援隊の諜報力には国と戦うだけの力があるのではないか。

 在野と言えど、げに恐ろしきは女なり。


 それはさておき。


 役員の間ではカミツレが隊長だったらしいが、これにてバルバラが正式に隊長となったのである。

 知らぬ間に彼女は巨大な組織の代表を務めていたようだ。

 恐ろしいことである。


 そうなると、過激派は隊長を糾弾したということになる。

 誰よりも精力的に「泡沫の君」を応援していた、隊長を、だ。

 もう、滅茶苦茶である。


 そういったことが彼と彼女が会えない間に役員によって説明、謝罪されていたのだ。

 真実を知っていたのにも関わらず、隊員の暴走を防げなかった、と。

 まあ、そのおかげで彼女は自身の気持ちに気づくことができたのだが。



 さて、では今の応援隊は誰を応援しているのか。

 なぜバルバラが隊長を務め続けているのか。


 薬屋が半日営業の日の午後。

 夫婦は外出するようだ。

 大量の犬を連れて。


 あの薬屋のどこにこれだけの犬を飼うスペースがあったというのか。

 というかこの多さ、夫婦を心配するレベルである。

 もしや子供ができないのだろうか、犬が夫婦にとっての子供ということか。


 いや、犬達はみな人間、応援隊の女性達である。

 隊長を尊敬するあまりこのような奇行に走ってしまったようだ。


 ではなく、これから応援隊は慈善活動を、診療所への慰問をするのだ。

 アニマルセラピーである。

 伴侶動物コンパニオンアニマルの概念を広めているようだ。


 診療所に到着した応援隊は、心身に傷を負った者達に隊長から教え込まれた芸を披露する。

 いくら隊長を尊敬しているとしても、なぜここまでの奇行に走ってしまうのか。

 まあ、縄跳び程度なら許されるだろう、きっと許される。


 そうして、その後は一般人、いや、一般犬として応援隊は患者達と触れ合うのだ。

 患者達は、人間ではない、訳ではないのだが、犬達と触れ合って心を癒すのである。

 独身女性、いや、独身犬が独身男性の元へ駆け寄るのは偶然か否か。


 そして、バジルが薬の専門家として、障碍者本人として患者達にカウンセリングを施す。

 いつの間にやら応援されていた側も応援する側になったようだ。

 ところで、彼の他に男性の隊員はいるのだろうか。


 ともかく、どうやら薬屋はその範疇を超えて街の人々の健康に貢献しているようだ。

 特に、障碍者の応援隊、として。


 だいぶ形は変わってしまったが、これこそ代々受け継がれてきた薬屋の思いそのものである。



 さて、この夫婦、結婚2年目である。


 薬屋の営業や慈善活動が終われば2人だけの時間だ。


 いや、さすがに私だって弁えている。

 いくら2人がどのような結末を迎えるか、嬉々として見ていたとしても、だ。

 新婚生活を覗き見るなど、そんな。


 それに、2人は相変わらずだ。

 バルバラはバジルの日常生活を、何気ない動作を毎日淡々と介助している。

 もう犬の姿をとることはない。


 まあ、変わった点をあげるならば、バルバラがバジルから料理を教えてもらっているとか。

 入浴の時も2人は人間の姿だとか。

 ベッドが新調されたとか。


 私はそれぐらいしか知らない。


 2人がまだ気づいていない、新たな命の誕生とか、知らない。

 ……なーんも、してない。



 しかたないだろう、やっぱ、嬉しいし、2人の子には幸せになってほしいし、ほら、現代アートを創るのに比べれば何てことない。



 ああもう、次のターゲットでも探すとするよ。

 こうなってしまっては、もう今まで以上に面白いことはない。


 はあ、1組ぐらい破局する男女を見つけてみたいものだ。

これにて完結です。最後までお付き合いくださりありがとうございました。

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