アホウ使いが現れた
犬を書きたいんです。毎日更新します。短いですがどうぞよろしくお願いします。
とある街に薬屋を営む若い男がいる。
彼の家系は代々この薬屋を継いできた由緒正しい薬屋である。
由緒正しい薬屋というのは王家御用達と言い換えてもよい。
公式的な裏の仕事である。
そう、裏なのだ。
どのような裏かは、薬であるので、まあ、そういうことだろう。
もちろん、声を大にして裏の仕事を受けていますなどとは言わない。
しかし、王宮からの使者が頻繁に出入りしているのだ。
心の汚れちまった大人にはそういうことに見えるのもしかたない。
それはさておき。
この若い男は少し複雑な事情を抱えている。
そもそも由緒正しい薬屋を若い男が継ぐことが可能なのか。
つまり継がざるを得なかったのだ。
ついでだ、この男について説明しよう。
男の名はバジル、19歳。
この国でこの年齢は成人済みである。
もちろん彼はハーブではなく人間だ。
彼は男ではあるが、日に焼けていない白い肌、伸ばされた柔らかい金髪、愁いを帯びた灰色の瞳、線の細い体はとても男には見えない。
それもそのはず、彼は足が不自由で滅多なことでは外に出れないのだ。
では彼がこの店を継ぐことになった日まで、2年ほど月日を遡ってみよう。
毒は薬にもなると言う。
その日はバジルとその両親は薬の材料を狩りに森に来ていた。
各々使い込んできた相棒を握りしめ、眼光鋭く周囲を見回している。
どうやらアグレッシブな薬屋なようで、随分と様になっている。
今日の獲物は蛙、もちろん、毒持ちである。
沼地へと向かうアグレッシブ家族は道中での薬草採取にも余念が無い。
アグレッシブではあるがやはり薬屋である。
毒腺を傷つけないように母が弓を射り、父が剣を振るう。
人間の子供と変わらない大きさの蛙を次から次へと仕留め、息子に解体を教える両親。
仲睦まじい家族の触れ合いである。
そこに現れたのがワイバーン、なんと、毒持ちである。
しかしいくらアグレッシブな家族と言えど、勝てぬ戦には挑まない。
すぐに撤退するはずだった。
息子の足が竦んでいなければ。
結果は、まあ、そういうことになってしまった。
己の身を盾に、血反吐を吐きながら息子に生きろと告げて崩れ落ちた母の姿を最後に、彼の記憶は途切れている。
彼の意識が戻った時に傍にいたのは母だったものや父だったものではなく、もちろんワイバーンでもなく、1頭の大きな黒い犬だった。
周りは沼地でも森の中でもなく、森から出てしばらく行ったところにある見晴らしの良い草原である。
彼は困惑したと同時に、両足の激痛に苦悶の声を上げた。
何があったかは分からないが、どうやら意識を失っている間に両足が潰されたようだ。
粉砕骨折である。
痛い。
痛すぎる。
犬はそんな彼から離れず寄り添い、人が見えれば遠吠えをして呼んでくれた。
彼はどうにか街へと戻り、治療を受けて痛みは取り除かれたが、再び歩くことはできない体になった。
犬はそんな彼にずっと付き添っていた。
そんな訳で、その犬は今や薬屋の看板犬である。
バジルは犬をカミツレと名付けた。
もちろんハーブではない。
犬だ。
彼は薬屋として未熟であるにも関わらず店を継がざるを得なかった。
足が不自由なために新鮮な材料を自力で入手できず薬の品質が落ちた。
さらには死に際の母を彷彿とさせる女性に対してトラウマを抱えていた。
そのために調剤だけでなく接客まで満足にこなせない彼の店からは一時客足が遠のいた。
由緒正しい薬屋が、王家御用達の薬屋が宮仕えではなく街中に店を構えてきたのは、街の人達への思い故だというのに。
苦しむ彼にカミツレは付き添い続け、愛くるしい姿で看板犬を担った。
次第に「犬の薬屋さん」と呼ばれるようになり、女性客を虜にしていった。
そう、まさかの女性である。
奥に控え、調合した薬は直接ではなくカミツレを経て女性客へと渡すトラウマ持ちの店主。
しかし扉の隙間からであったり、たまたま男性客を相手に表へ出ていたときに見れるその儚い姿。
女性とは不思議な生き物である。
噂と妄想とミーハーを拗らせた女性達は今日も今日とていい金蔓である。
ところでこの看板犬、どう考えてもおかしい。
なぜワイバーンからバジルを救い出せたのか?
なぜそんな危険なところに現れたのか?
なぜバジルをそこまで助け続けるのか?
というか賢すぎないか?
答えは簡単である。
この犬は人間だ。
今度はこの犬、ではなくこの女について説明しよう。
女の名はバルバラ、17歳。
バジルを救ったのは15歳、成人したばかりのことである。
少し日焼けした健康的な肌色、いつもそのままにされる寝癖で自由にハネているショートヘアの黒髪、何でもキラキラと映し出すこげ茶色の瞳はまさに元気を体現したかのような姿の少女だ。
彼女は魔法を使うが、どれも彼女の興味を惹いた面白おかしいものばかりだ。
戦隊モノの登場シーンのような爆発、色とりどりの煙幕、花束や小鳥が現れたり、スポットライトを当てるような演出、瞬間移動など、もはやただの芸人である。
この国では成人すれば街の外へ出る手続きが簡略化される。
そして自由人である彼女は喜んで街の外へと毎日のように繰り出した。
そう、彼女は自由人である。
面白いことが好きで、その為に親に怒られることは何の苦でもない。
そもそもの話、バレなければいいのだ。
そして彼女は脱いだ。
全裸である。
露出狂がここに誕生した。
おまわりさんこいつです。
ちなみに街の外を全裸でうろつくためではなく、動物へと姿を変えるために全裸となったのだ。
鳥となり、2枚の羽で大空を自由に羽ばたき、街を見下ろして糞を落とす。
獣となり、4本の足で大地を自由に駆け回り、街へ忍び込んで糞を落とす。
糞を落としてばかりいた訳ではなく、犯罪にならない程度の悪戯をたくさん拵えた。
糞ガキここに極まれり。
ある日彼女が小鳥となって空を飛んでいれば、ワイバーンが現れた。
その姿に体を震わし、瞬間移動先のマーカーを地面に落とし、彼女はワイバーンを揶揄い始めた。
強者を前に戦う訳でもなく、すぐに逃げる訳でもなく、嫌がらせをするだけして帰ろうという魂胆だ。
まさに糞ガキである。
小回りの利く小鳥の体を活かしてチクチクチクチクと嘴や足に魔力を纏わせて突くという、痛くはないが気にはなる執拗な嫌がらせの結果、ワイバーンは森の中へと逃げた。
達成感に身を震わせてその様子を見ていた彼女は、しばらくして違和感に気づく。
なんと、ワイバーンが逃げた先で戦っている男女がいるではないか。
彼女は焦った。
これは、モンスターに他者を襲わせるのは、犯罪ではないか。
見なかったことにして逃げるか、それとも罰を覚悟して助けに行くか。
悩んだ一瞬の間が、男女の命を奪った。
せめてもの罪滅ぼしと、彼女は小鳥の体を弾丸のようにしてワイバーンの頭を貫いた。
崩れ落ちるワイバーン、無残に体を引きちぎられた男、胴体に風穴を開けた女、そこにワイバーンの頭が振り落とされ、血肉が飛び散った。
さらにもう1人、自分と同年代の青年がワイバーンの頭で潰れた女の死体の下敷きになっているのに気づき、彼女は更なる罪悪感に苛まれた。
穴を掘り、ワイバーンの死体を、素材として高く売れるかもしれないが、己の罪が知られかねないとバラバラに切り刻んで埋める。
全裸で。
次に3人を埋めようと手を合わせてから順に穴の中に寝かせていると、青年を抱えた時にまだ息があるのに気づいた。
この青年だけでも、必ず助けなければ。罪滅ぼしをしなければ。
そう思った彼女は男女を埋めてから先程落としたマーカーへと瞬間移動した。
全裸で。
慌てて犬へと姿を変え、青年が目覚めるのを、もしくは誰かが来るのを待った。
幸いすぐに青年は目覚めたが、どうやら足を折っていたようで、酷く苦しんでいる。
もしかして、もしかしなくても最後のワイバーンの頭がとどめとなったのだが、彼女はそんなことよりも治癒の魔法を勉強しなかったことを酷く後悔した。
そう、彼女は実用性よりも面白さを追求したアホウ使いなのだ。
その後は先程述べた通り、バジルの薬屋で看板犬として暮らす日々である。
もちろん家族には深夜に薬屋を抜け出して手紙を郵便受けに忍び込ませた。
旅に出ます、と。
人外としての新たな生への旅立ちである。
さて、この1人と1頭に見せかけた、年頃の男女2人の暮らしというのはなかなかに面白い。
いったいどのような結末を迎えるのか、見届けようではないか。
このような拙作をお読みいただきありがとうございます。最後までお付き合いいただければ幸いです。