5.ヘカーテ
「疲れたもおおおおおおおおん」
ベッドにダイブして俺は意味もなく叫ぶ。
やはり外出は疲れる。家にいられるなら家にいる。外に出ない。ヒキニートの鉄則だ。しかし、気がかりなのはセシカだ。ここらあたりで「働け!」とかのツッコみが入りそうなものなんだが、今日は帰ってから自室に籠りっぱなしである。
「そりゃヘコむのも当然か」
『七家会議』とやらを詳しくは知らないが、おそらくフェトラーベが七家の枠組みから外されようとしているのはわかった。
おまけに切り札であったはずの勇者が無能じゃあな。
俺は黄金に輝く多面体を掌の上に浮かべる。
これが《授力》の象徴らしい。俺に宿ったのは、生命創造の能力。使ってみないとわからんが、名前からするにチートっぽい。
セシカにばらしてもよかったのだが敵を騙すには味方からと言うし、しばらくは俺に《授力》が宿らなかったと思いこんどいてもらおう。
「使ってみないと……か」
使う……そうだな、使ってみるか。
思い立った俺は《授力》発動、と頭の中で唱え、眼を閉じる。手順などは授かった時に頭にインプットされていた。
生命創造の《授力》の使用法は2つ。
通常召喚と血償召喚である。
前者は魔力を消費して生命体を創造、召喚できるというもの。後者の血償召喚は魔力と自身の血を贄にすることで強力な生命体を創造召喚するらしい。
今やろうとしているのは血償召喚だ。
魔力を練り上げようとしたところで気づく。血を贄にするには実際に出血させないといけないので刃物のようなものが必要なのだ。
たしか筆箱にカッターナイフがあったか。
召喚された時に持ったままだった学生鞄からカッターを取り出して、俺は少し腕を切る。
そこから出た赤い血は瞬く間に消え去り、代わりに床に魔法陣が現れた。
血償召喚が正常に作動したのだ。
頭ではわかっていてもどんなものが出てくるのかは理解していないため少しばかり緊張している。
生命創造の力らしいが容姿や能力を俺が決められるわけではないので、純粋に創造と言うには語弊がある気もする。
魔法陣が閃光を放つ。
眩い光に閉じた目を再び開いた俺の視界の先にいたのは少女だった。
流れるような銀の長髪。陶器のように白い肌。少しつり目気味の瞳は蒼い。
容姿はほぼ人間だ。その背に生える片っぽだけの黒い翼を除けば、だが。
人の見た目で翼を生やす種族を俺は知っている。フェトラーベ家の書庫にあった本に詳しく書かれていた。
《有翼種》。
だが彼らが持つのは白の翼。ましてや片翼などあり得ない。となるともう一つの可能性が自然と浮かび上がってくる。
「お前、《堕天種》か」
「――はい。穢れた身ではありますが、貴方様のために我が生の全てを尽くします、マスター」
《堕天種》の少女は粛々と答える。
俺はひとまず安堵していた。生命創造により召喚された者は、俺に対する敵意を持っていない。この少女は俺をマスターと言って敬っているようだし《授力》の安全性はある程度確信できた。
さて、問題は《授力》で創られたこの少女。
《堕天種》とは 《有翼種》から派生する亜種的種族のことだ。
普通、 《有翼種》が白の翼を持つのに対して、《堕天種》は漆黒の翼を有している。
派生する、と言ったのは元々、 《有翼種》であったからである。
《堕天種》は簡単に言えば異端児だ。
《有翼種》が翼を持ち始めるのは人間で言う10歳前後からだそうだ。その時、普通ならば白い翼が生えてくるのだが、たまに何らかの異常のせいで黒い翼を生やす者もいたらしい。
誇り高き種族である 《有翼種》たちはそういった子供を異端児として扱い、そして追放した。
そうして生まれたのが《堕天種》。
イレギュラーゆえに堕とされた者の集まり。
さらにこの少女は右の翼しか持っていない、所謂『片翼』だ。
つまり、イレギュラー中のイレギュラー。
《授力》だがらこそ生まれた存在なのかもしれない。《授力》が宿った勇者に依存か影響されるという面があるとすれば、それは皮肉なものだ。
――イレギュラーは同じ異端しか生まないということか。
俺はそこで一旦考えを断ち切り、目の前の少女に視線を戻す。
「そういえば名前はないのか?」
「私はマスターにより創造された生命であり駒ですので名前などという高尚なものは……」
「んー、じゃあ『ヘカーテ』」
「は? 失礼ながらどういう……」
「名前だよ名前。お前は今日からヘカーテ。俺はヘカたんって呼ぶからよろしく」
「……このような駒に名をお授けくださるとは何と感謝してよろしいのでしょうか」
そう言って頭を垂れるヘカーテ。
……単純にヘカたん、という呼び名が思いついたから名づけたというのは内緒にしていこう。元ネタはギリシャ神話の女神だったっけ。まったく関係ねーな。
「礼とかはいいから。まずヘカたんの能力って何がある?」
「はい。《空間転移》の力を宿しております。ただ片翼ゆえに飛行はできません」
「《空間転移》か。どれぐらいの距離を転移できる?」
「この屋敷の端から端までぐらいならば可能かと。連続で転移することもできます」
つまり、戦闘には問題なく活用できるということか。逆に街から街に移動するような芸当は不可能そうだ。
「じゃあヘカたん、とりあえずここの警備を―—ふぁっ!?」
とそこまで言って俺は言葉を失った。
ヘカーテが何故か服を脱ぎ始めたからだ。
「な、なにしてんだよ!?」
元々、ヘカーテの服……というより防具なのだがこれが急所だけを覆ったレザー装備というものなので目のやり場に困るものではあった。
だが今はそれさえも外し、下着姿となっていた。
薄い水色の布地が白く透き通るような肌と相まっていて妙な欲求をかき立てられる。
「……? 何、と申されましても、言うなればご奉仕の準備でございますが」
「ご、ご奉仕?」
「はい。マスターにより生を賜った私は、体も心もマスターの物です。どうぞ心ゆくまで好きになさってください」
と言うヘカーテ。
つまり俺はヘカーテを好きにしていいと。というか逆に誘惑してきてる!?
「いやヘカたん、別に俺はそういうつもりでお前を創造したんじゃ―—」
「…………私じゃ駄目ですか?」
ごくり、と生唾を飲み込んだ。
自分のか細い体を抱いて身を捻るヘカーテは儚げながらも色っぽい。体の動きに連動して揺れる豊満なおっぱいの激しい自己主張に、俺は思わず目を奪われてしまう。
ここは異世界だ。俺を縛る学校も何ももうない。
別にいいんじゃないか?
そんな考えが脳裏をよぎる。
いやいや、と却下する思考とは裏腹に俺の両手はいつの間にかヘカーテの双丘に触れていた。
少し力を入れるだけで指が沈んでいく。女の子の肌ってこんなに柔らかいのか。
「んっ……」
ヘカーテが小さく声を漏らす。
が、俺は気にしていられる場合じゃなかった。
「ますたぁ……もっと私に触れてください」
そう言ってヘカーテが自分のブラジャーに手をかける。
スルスルと落ちていく布。そして彼女の胸が全て露わになった。
俺は自然と彼女の胸を揉みしだいていた。それこそ自分でさえきづかないうちに。
ヘカーテの体は温かい。能力で創造されたにしろ、それは血の通った一つの命であることが伝わってくる。
「ああんっ……もっとぉ、ますたぁぁ……」
ヘカーテが顔を上気させて呻く。
もうどうにでもなってしまおうか―—
そんなことを考えて、制服のズボンに手をかけたところで、ドアの開く音が聞こえた。
「シン? 何か物音が聞こえたけれど…………なっ!?」
「あ……」
これは、まずい。
「いや、違うぞセシカ、決して俺はどうにでもなれとか考えてやろうとしてたんじゃなくてな―――—」
「こ……この変態勇者ああああああっ!!」
セシカの絶叫とともに思いっきりドアが閉められた。
「はぁ……これどう言い訳すればいいかなぁ……」
そりゃ昼間から女の子の胸揉んでるとこなんて見たら怒るよな。これは面倒なことになった。
はぁぁ。
おっぱい柔らけぇ……。