4.謁見、そして《授力》
シルバーウィークって短いと思いません?
毎月4回ぐらいあればいいと思うんですが…………え、駄目?
馬車の乗り心地は思っていたよりも良いものだった。
王室から派遣されたものだからか、二人掛けのソファのような椅子はゆったりとしていて背中にフィットする。時折起こる揺れも心地よく感じられた。
想像していたよりVIP対応なことに俺は少し驚いていた。
セシカがお嬢様なことは知っていたが、召喚術師というのは本当に貴族であるらしい。わざわざ護衛まで寄こすのだから間違いない。
しかし考えてみれば当たり前か。王国にとって強大な戦力を与えられる召喚術師が優遇されるのはもっともだ。いや寧ろそうしなければならない。
隷属の術式があるからと言って、召喚した勇者が反乱しないとは限らない。実際、俺はその術式を書き換えちゃっているわけだし。
勇者だけに限らずとも、召喚術師らが共謀して反抗すれば王国にとって大きな危機を招くことになる。いわゆるクーデターだ。
それを防ぐためにも召喚術師に不満が出ないよう褒美を与えたり、色々と優遇させる措置をとったりすることで、互いに好都合な関係を保っているのだろう。
その意味で王家と七家は共依存とも言える。
そんなことを考えつつ、俺は隣に目を向けた。
セシカが礼儀正しく隣で腰かけている。その表情には緊張が見て取れた。
年齢から考えるに、セシカは王との面識があまりないのかもしれない。
七家の人間ならば王との面会は度々あるそうだがセシカはまだ当主になって長くはない。そのため王室との関わりがまだ浅いのだろう。
そうじゃなくとも、一国の王への謁見などこの歳の少女じゃ緊張するのは当たり前か。
「おいおい、大丈夫か?」
「な、何がよっ、べ、べべ別に緊張なんてしてないんだからね! 私は誇り高きフェトラーベ家の当主! これはちょっと酔っちゃっただけよ!」
思いっきり震えながら強がるセシカ。
しかし車酔いならぬ馬車酔いなんてあるのか。この世界の人間が自動車乗ったらどうなるんだろうな。
などとどうでもいいことを俺は考え出していた。
☨ ☨ ☨
王室の城がある街『王都アルシエラ』に近づくにつれ、馬車の揺れが小さくなってくる。
それまでは舗装などされていない砂利道であったのが平坦な石畳へと変わったからだ。流石は王都というだけあって街の外まで整備が整っている。
馬車の小窓から外の様子をうかがう。
王都が近いからか通行人や他の馬車の数もそれまでより明らかに増えていた。ここまで魔物にも遭遇せず安全に来れたので一安心だ。
「城が見えてきましたよ」
と馬車の運転手が言う。前方には壁に囲まれた城塞都市のような雰囲気の王都と立派な城が見えていた。
「へー、あれが王都アルシエラか」
高くそびえる壁が威圧感を与えるが、活気づいた街のようだ。大砲が備え付けられた壁は、魔物や敵国の侵攻から街を守るためらしい。その壁の幾つかには門が設置され、多くの人々が出入りしていた。
王都の街並みは美しかった。
西洋建築の建物が並び、通り沿いには多くの店があった。商人が珍しそうな果物を売り、子供たちが無邪気に走り回っている様子が印象的だった。
馬車は繁盛している市場を通り過ぎ、やがて城の門をくぐり抜けた。そこで馬車は止まる。ここで降りるようだ。
「つ、着いたわね」
「ああ、そうみたいだな」
セシカの顔が青ざめているのを見ると本当に馬車酔いしたのかもしれない。もちろん、大半の理由は違うのだろうが。
城の中は、まさに豪華絢爛といったところだった。
シャンデリアに高そうな彫刻、高貴な装飾がこの王室の財力を如実に表している。王族の生活なんて知らないが相当豪勢な暮らししてんだろうなぁ、と思う。
俺とセシカは少し小さめの部屋(といっても俺の部屋なんかより断然広い)に通された。
「次の部屋が陛下との謁見の間になります。こちらがお呼びいたしますのでそれまで少々お待ちください。それと、陛下に失礼のないようお願いします」
「あーわかったわかった」
「はい。くれぐれもお願いします」
と、セシカのほうを見て、兵士が言う。まるで飼い犬の躾を念押ししているような口調にも思えた。俺が緊張もせず、だるそうな雰囲気を出していたからだろう。
まったく、部下がこんなんじゃ王様もたかが知れるな。などと兵士が聞いたら憤死してしまいそうな事を思って、俺は密かに笑った。
まぁ此処の奴らを測るにはちょうどいい。正直、謁見なんて面倒なこと断ってやるつもりだったが一度ぐらいは王の面を見ておくのも悪くない。
暫くして、俺達は謁見の間に通された。
セシカは即座に頭を下げたが、俺はそのままの姿勢で王を観察していた。
「無礼であるぞ!」
部下の一人が声を張り上げたが気にしない。俺は髭を伸ばしたふくよかな国王を直視する。
「まぁよい。勇者殿はまだこの世界に馴れていないようだ」
と一人納得したのは国王。だがその表情は少しばかり腹を立てているようにも見えた。
「フェトラーベ家当主、セシカ・フェトラーベ。参上におあずかりいたしました」
セシカが慌てて名乗った。横目で俺にも挨拶を促してくる。
「桐生シン。あんたらの身勝手な理由で連れてこられた勇者だ」
その言葉に対して幾らかの者がざわめき、文句を言うのが聞こえたが国王が咳払いをすると静まった。
「我がハーザック国王、カリウス・エルト・ハーザックである。しかしセシカ殿、此度の勇者は随分と若い。期待しておるぞ。――そしてようやく七家が一同に会することが叶った」
そう言ってカリウスは周りを見渡す。
カリウスの両脇には6人の男女が控えていた。
「おい、こいつらって」
「ええそうよ。七家の当主達よ」
セシカが耳打ちしてくれる。
世代は中年から、白髭を生やす老人まで広いが、全員がセシカより年上であった。渋い顔の奥には狡猾さが見え隠れしている。皆、そういった世界を生きてきた手練れらしい。
「それにしてもセシカ殿、あなたの勇者様はよく吠える……父上殿の時とは大違いだ」
嘲笑を含ませながら、七家当主の一人である男が言った。
「あまり勇者殿を侮辱するでない、バルド」
「これは陛下、大変失礼いたしました。フェトラーベの勇者様も」
薄ら笑いを顔に貼りつけた初老の男、バルド・ナーハは嫌味たらしく言った。
当主らの名前は事前に聞いていた。こいつがナーハ家の当主のバルドらしい。気に食わない男だが他の連中も大差ないように思える。
「では皆の者、《降授の儀》を始めるとしよう」
カリウスの言葉に兵士らは一斉に「ハッ」と答えた。
そう。俺達はただ挨拶をしにきただけではない。
何故、召喚された異世界人が勇者と呼ばれるほどの力を持っているのか。
その答えがこれ。《降授の儀》と呼ばれる魔法。
古より伝わる王家にしか使うことのできない秘術であり、その効果は少々異質なものだ。
まず、《降授の儀》は異世界人に対してのみ行える。
そしてこの魔法は、異世界人に特別な能力、《授力》を与えるというものである。
召喚された異世界人は元々身体能力の高い者が多いが、それだけでは勇者に値する力にはならない。《授力》を身につけて初めて勇者としての力を得るのだ。
逆に言えばそれだけ《授力》というものが強力であるということだ。前例では、身体能力を何倍にも跳ね上げたり、類い稀なる魔法の才を授けたり、とどの《授力》も強力無比なものだったらしい。
そして《授力》は人によって効果が違う。その人の才能に合った能力が自動的に選ばれると聞いた。どんな力が宿るかは神のみぞが知るらしい。
カリウスが大仰なまでに荘厳な声で詠唱を始めた。
七家当主らも王の家臣達も息を呑んでその様子を見ている。長々と続く呪文は俺にとって、眠気を誘う以外の何物でもなかったが。
やがて現れた光文字が空中で回転を始め、その形を変化させて光を強く放ったと同時にその光の粒子が俺へと流れ込んでいく。
が、特に何も感じなかった。熱かったり、痛かったりもしない。
そこで一連の現象は止まった。
「むぅ……!?」
カリウスが眉をひそめた。時を同じくして家臣らもざわつき始める。
「《授力》が宿らないじゃと……」
降授の儀で《授力》が宿った時には必ず光文字で宙にその能力の内容が記される。
そのはずなのに俺の《授力》は皆に向けて一向に姿を見せない。
その異常事態に対して、皆が出した結論は『失敗』ということであった。
「そ、そんな……嘘よ、《授力》が宿らないなんて」
セシカが思わず声を震わせる。
自分の切り札でもある勇者に肝心の力が宿らない――となれば狼狽するのもおかしくはない。
「いやいやこれは珍しいことですな、まさかフェトラーベの勇者様が真の無能であったとは」
笑いを堪えきれていない状態のナーハ家当主、バルドが零す。
「あんな小娘に召喚魔法は荷が重すぎたのだろう」
「フェトラーベも終わりね」
「よりにもよって出来損ないを引き当てるとは」
他の当主らも二人を嘲笑った。
口だけは立派な小僧の蓋を開けてみれば、出来損ないの勇者であったのだ。この反応は当然と言える。
「フェトラーベの勇者召喚は失敗ということでいいだろう。――陛下、もう二人を帰してもよいかと思います。この後は我々だけで事足りますゆえ」
「うむ」
七家当主の一人がカリウスに進言する。それを聞いてセシカが反応した。
「この後……。待ってください、『七家会議』が開かれるというなら私も残るべき――」
「おや、セシカ殿。何を言っておられる。残る必要などないのだよ」
「おっしゃっている意味が……」
「もうフェトラーベは終わった、のだ。七家会議に君は不要なのだよ」
セシカの瞳から光が失せた。
その言葉はセシカの、いやフェトラーベ家の完全な失墜を意味していた。
切り札であった勇者に《授力》が宿らなかったとなればもう残された手札はゼロだ。七家からフェトラーベの名が消えることはほぼ確定といっていいだろう。
「――もう終わり? じゃ、帰るぞセシカ」
重苦しい雰囲気の中、俺は軽い口調で退席を告げた。
とぼとぼとセシカが追ってくるのを視界の端で捉えながら、俺は踵を返して退出しようとする。
背後からは老人どもの笑い声が聞こえてくる。国王カリウスもそれを止める気はないようだ。
振り返ることなく謁見の間をあとにした。
☨ ☨ ☨
――ここまで想定通り。
寧ろ嬉しい誤算があったぐらいだ。
俺は表情には出さず内心ほくそ笑んだ。そして目の前の宙に視線を向ける。
そこには俺にしか見えない、光文字が浮かんでいた。
生命創造の《授力》。
黄金に輝く文字列でそう綴られている。
かなり上物の能力を手に入れることができたらしい。まだ詳細はわからないが、上手く使えば破格の力になり得るはずだ。
ちなみに、俺以外の者に能力名が見えなかったのは、俺が直前で細工をしたからだ。
俺のとこの当主は他の奴らみたいに狡猾さも経験もない。
だからこれはその分のハンデ。
《授力》が宿らなかったと勘違いされたおかげで俺に対する警戒は弱くなるはずだ。そうでないとこれから動きづらい。
前準備は整った。
「さぁ――面白いのはこれからだ」
フェトラーベの勇者は、誰にともなく呟いた。
私なら、無限休暇の《授力》が宿るかもしれませんね。
明日も17時か18時あたりに更新します