3.召喚術と王国
あの日から3日が経った。
セシカからこの世界についての知識を一通り得た俺は―—―—
「働かずに食う飯ってうめええええ!」
社会のゴミになっていた。
ちなみに今俺が食っている朝飯はセシカが作ってくれたものだ。高飛車なお嬢様かと思っていたが家庭的な一面もあるらしく、少しばかり驚いた。
「このゴミ勇者! 少しは働きなさいよ! 働けニート!」
「えー。せっかく異世界来たんだから好きに生きたっていいじゃん。ご主人様待遇で呼ばれたわけだし」
「それはあんたが勝手にしたんでしょうがっ」
「まぁまぁ、そう怒るな。俺のいた国じゃ『働かざるもの食うべからず』って諺があるんだが、ここでは働かなくても飯が出てくる。つまりそういうことだ」
「意味わかんないわよ! 主従契約が元のままならあんたなんかに飯は出ない!」
「それブラック過ぎるだろ……す○家のほうが待遇いいぞ……」
「……?」
「いやこっちの話だ。それ以上突っ込むと怒られる」
さて、話を戻そうか。
俺が金髪少女に召喚された日から3日余り。最初はそれなりに戸惑ったものだが案外すんなり慣れることができた。
この世界はざっくり言うと剣と魔法の世界って感じだ。
人間や魔物、エルフにドワーフ、ドラゴンなど多種多様な種族が生きており、気候も地域によって違う。日本のように四季があるわけではないが、北方の国には雪が降り、はたまた桜のような花が咲く地域もあるそうだ。
ハーザック王国の気候は温暖で安定しているらしい。日本とあまり変わらないようでよかった。灼熱とか極寒の地域は流石にごめんだ。
武器の代表格が剣だったり、魔法があったりと、いかにもなファンタジー世界である。
魔法には火、水、地、風、雷、光、闇の属性があるらしい。魔法が使える者は魔法使いと呼ばれ、剣士と同じく戦ったり、研究者として魔法の探求に明け暮れたりする。
にしても魔法、か。
「俺のとは違うんだな」
「ん? 何か言った?」
「……いや何でもない」
異世界なので使う言語も違うのだが、召喚魔法というものはご丁寧にそういった不都合な要素をぶっとばしてくれる。
召喚魔法―—《フォーアラー・ザーゲ》。
この魔法に組み込まれている術式は大まかに言って『転移』、『隷属』、『適応』の3つである。このうちの一つ『適応』の術式には、召喚された異世界人に自分達が使う言語を自動的に習得させる効果がある。
俺が難なくセシカと会話できているのもこの効果によるものだ。もちろん、文字も読めるし書ける。
「でも働け、って言っても俺は具体的に何をすればいいんだ? お前だって執事の代わりに俺を呼んだわけじゃないんだろ?」
聞いた話だと、勇者の務めというのは人間と敵対する魔族の討伐らしいがこの家の周辺には魔物の一匹さえ姿を見せない。そのため今は特にすることがないように思えた。
「当たり前よ! そ、そうね……じゃあ手始めにドラゴンでも狩ってきなさいっ」
「アホか……」
無謀過ぎる提案に、素でツッコんでしまう。
こいつ特に考えてなかったんだな……
思わず俺はジト目でセシカを見る。
「しょうがないじゃないっ! とにかくどうにかしなくちゃと思ってたんだから……」
表情から俺の心情を察したセシカが涙目で抗議してくる。
「……まぁ、気持ちはわからんでもないけどよ」
古の伝説では『召喚された異世界人が勇者となり、西方に蔓延る魔族とその長である魔王を討伐した』と記されている。 この伝説に基づき、召喚された異世界人を人々は『勇者』と呼び、協力して強大な魔人や竜と戦ってきたらしい。
それゆえに異世界から勇者を召喚できる召喚術師は、王国と深く結びつき、重宝されてきた。
召喚術を行えるかどうかは当人の才に左右される。その要素の一つが血脈。
なので術師たちはその才と血を絶やさぬように家系を紡いできた。親から子へ、と受け継がれていく召喚術は時の流れの中で洗練され、また消滅する家系も現れた。
そして現在、この国には『七家』と呼ばれる代表的な召喚術師の家系が残っている。
ヴァズワール。
アウス。
シファルト。
ナーハ。
ベルンツ。
ジフトルッツァ。
そして―—フェトラーベ。
セシカの生家であるフェトラーベは七家の中では比較的新しい家系に属している。父親であったジョセフは優秀な勇者を輩出したことや国防への尽力が高く評価されている名召喚術師だったそうだ。
その彼の一人娘がセシカだ。
ジョセフの妻でありセシカの母、マリーはセシカを産んだ数年後に亡くなったらしい。
そして去年、ジョセフが重い病にかかりこの世を去った。
当主であったジョセフの死はセシカに深い悲しみをもたらし、同時に家の根本を揺るがすこととなった。
フェトラーベ家を支えていたジョセフの喪失は家系そのものにとって大きな痛手であり、事実、フェトラーベ家の勢いを削ぐこととなった.
そして重大な問題がもう一つ。
召喚術師としての血を濃く受け継ぐ者――後継者がセシカ一人であったのだ。
まだ子供でありながら、セシカはフェトラーベの当主とならざるをえなかった。
ジョセフは亡くなる寸前まで自身の持つ技術の全てを娘に教えてきた。それでもセシカは召喚術師としては若すぎる。家の出自などの関係上、親戚と絶縁状態だったため後見人もいず、セシカはたった一人で召喚術師の表舞台に足を踏み入れることになった。
その隙を七家の連中は狙った。
元々、七家は召喚術の存続という目的で協力関係にあるが、その実態は競争心に囚われている。
優秀な勇者を以て、国に貢献する。そうやって家を栄えさせてきた七家であるが、ただ召喚術を使うだけでは他の家には勝てない。当然、謀略といった策も必要になってくる。
そういったことに疎いセシカは他の家に嵌められ、財産を多く失った。
無垢な少女は格好の餌であった。
そして没落寸前まで追い詰められたフェトラーベ家を復興すべくセシカは行ったのだ。
異世界より勇者を召喚する魔法を。
召喚魔法はそう何度も行える者ではない。一人の術師が召喚できるのは一人までであり。魔力の消耗も非常に激しい。(セシカも昨日まではベッドで療養していた)
そんな魔法を(召喚場所以外)見事成功させたセシカだったが、その先のことまではしっかりと考えてはいなかったようだ。
「ま、そのあたりはまだまだ子供だな」
「子供って言うなっ。私はもう14歳なのよ!」
いや十分子供なんじゃないのか……
「まぁ流石にドラゴンは言い過ぎたわ」
セシカにも自覚はあったようだ。
「別に今すぐ何かする必要とか、ないんじゃねぇの」
「そういうわけにはいかないわ。今、私の家は窮地なわけだし」
「お前のせいでな」
「うっ……確かにその通りよ……お父様が築いてくださった栄光を地に堕としてしまったのが私の責任だってことぐらいわかってるわ……」
自分の非を素直に認めるあたり、素直な女の子だと俺は思った。
セシカと話しているうちに俺は彼女への評価を改めることになった。
決して悪い娘ではないのだ。もし主従契約が正常に働いていても俺のことを卑下に扱うつもりなんてなかったのだろう。
「ま、俺は働く気なんてないけど」
「こ、この……」
セシカの口から怒声が飛び出ようとした瞬間、俺は何かの気配を感じた。
その一瞬後、俺達の目の前に青い炎が浮かび上がった。
「うおっ!? 何だこれ」
「これは……魔法便ね」
「魔法便?」
「魔法使いの間で使われる手紙のことよ。紙に書かずとも相手に文書を送れるの」
その意味を俺はよくわからなかったが、青の炎がやがて文字に変わっていくのを見て理解した。
宙に炎で綴られた文字が浮かび上がっている。だが俺にはその文字がボケて見えるため読むことができない。多分、他人には見えないようにする魔法がかかっているんだろう。
俺は仕方なく、施されている術式を突破した。
「あ、これ受取人にしか読めないように術式が施されてるから、あんたには読めないわよ」
「……差出人は王室、内容は『城まで来い』だろ」
「……っ……よくわかったわね」
「まぁだいたい察せる」
その術式を無効化しただけなんだけどな。
「馬車を手配してくれたみたいだからあんたも用意して」
「用意つったって……俺は特にすることはないんだが」
「王様のとこに出向くのよ! とりあえず、そのしけた面構えをどうにかしなさいっ!」
「誰がしけた面構えだ! もっと他に言う事ねぇのかよ!」
「うーん、服装をどうにかしたいけど家にある男ものの服って執事服だけなのよ。それでいい?」
「却下する」
想像したら完全にお嬢様と召使いの構図になっていた。俺が主人なのにそれじゃああんまりだ。
召喚される時に着ていたのが高校の制服だったため俺は今もそれを着用している。黒のブレザーにネクタイ、と俺はけっこう気に入っている。
洗濯しなくてもセシカの洗浄魔法で一発なので便利なもんだ。
「ま、ともかく。謁見といこうじゃないか」
俺は気楽に馬車が来るのを待つことにした。