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2.まず主従契約を逆転します。

 糞まみれだった。


 もう一度言おう。


 糞まみれだった。



 俺の記憶が正しければ、俺はさっきまで教室にいた。が、今は何故か糞まみれ―—おそらく肥溜めか何かなのだろう―—な場所にいる。小さな小屋の中らしい。薄暗いがボロい板の隙間から光が漏れているため周囲の様子が見えないことはない。

 しかし。

笑えねー、マジ笑えねーわ。


 好き好んで肥溜めに落とされたい奴なんてどこにいる? どういうことなんだよこれ、もうちょっとマシな場所に召喚してくれてもいいんじゃねぇの―—


「なぁ? 召喚師さんよ」


 俺はそう、誰もいないはずの空間に投げかけた。


 空間が揺らめく。


 そこにいたのは小柄な少女だ。

 鮮やかな金髪を背中まで垂らし、瞳は翡翠のような輝きを灯している。


「――っ……!?」


「そんな驚いた顔するなよ。隠蔽魔法ステルシィか。悪くないけど、残念。俺には普通に見えてたぜ?」


「……あんた何者よ」


「それは、呼び出した方から言うものじゃないか? 名乗るならまずは自分からってやつ」


「私はセシカ・フェトラーベ。あんたを召喚した召喚術師よ」


 まぁ、予想通りか。しかしこんな若いのが召喚術を扱えるってのは凄い。見たところ俺より年下だ。


「俺は桐生シン。日本って国からきた高校生だ」


「こうこうせい?」


「ああ、ここにはそういう概念はねーのか。日々勉強に勤しんでる子供のことだよ」


「勉強……つまり学者ってことね!」


「いや違う……普通の若者という認識のほうがいいな」


「ふつー、ということは失敗っ!?」


 と突然、セシカは叫ぶ。慌てるかのように手をブンブンと振り回した後、顔を覆ってうずくまる。


「お、おい。どうした」


「失敗だわ……こんな非力そうな異世界人がこの家の勇者なんて、もうおしまいよ……せっかく召喚術を成功させたと思ったのにぃ……」


 色々と嘆いているようだった。

 内容から察するに、セシカは異世界人を召喚する魔法を使って、勇者とやらを呼び出すつもりだったらしい。それがミスか何かで普通の男子高校生を召喚してしまった、という具合か。 しかし本人の前で失敗とか非力とか失礼だな。


「もしもーし。とりあえず俺を助けてくれませんかね。いきなり肥溜めに落とされて、こっちからすれば大迷惑なんだよ」


「ひぃぃ! フンが喋った!!」


「人間だよ! こうなったのはお前のせいだろーが!」


「ひぃぃ! 臭い! 異世界人ってこんなに臭いの!?」


「だからお前のせいだよ! お前が肥溜めに俺を召喚したせいだからな!」


 

 ☨ ☨ ☨



「聖なる光よ、安息を齎せ――《浄化の光サプライ》」


 セシカが唱えるとともに、緑がかった光が俺の体を包んだ。

 回復系の魔法。その一つ、洗浄の術式《浄化の光サプライ》と言うらしい。

 その効果のおかげで糞まみれだった俺の体が一瞬で綺麗になった。汚物も悪臭もすっかりなくなっている。


「ふぅ……まったく手間のかかる異世界人ね」


「原因はお前だからな? それより、ここはどこなんだ。察するに俺がいた世界とは違うようだが」


「ええ、そうよ。ここは異世界。私達がいるのはハーザック王国近郊の町、パルミレスよ」


 ハーザック……パルミレス……どれも聞いたことのない地名だった。セシカの言う通りここは異世界らしい。


 俺は馬小屋の肥溜めから場所を移して、客間に通されていた。セシカの家は想像よりも広かった。ちょっとした豪邸だ。高貴な装飾やテーブル、ソファを見る限り、彼女が普通の身分じゃないのだろう。

 しかし家に住んでいるのはセシカ一人であった。この屋敷で一人暮らしなんて日本じゃ考えられない。


「話を纏めると、お前が召喚魔法を使って俺を異世界へ呼び寄せたってわけか」


「その通りよ。まぁ、失敗だったのだけれど」


「だから本人を前に遠慮のない奴だな。にしても何で異世界人を召喚なんか

したんだ?」


 疑問だった。

 例えば、王様が魔王の侵略を阻止するために勇者を召喚するといった話はファンタジーな物語ではよくあったりする。他にも神様から世界を救ってくれ―—と頼まれて異世界に召喚されたり、と。

 たいていの場合、大きな権力が何かを守るために召喚というものは使われる。


 しかし目の前の少女、セシカにそこまでの権力があるとは思えない。寧ろ、彼女が本当に召喚魔法なんてものを使ったのか俺には怪しく思えた。


「勇者になってもらうためよ」


「勇者、だって?」


「そう。勇者。この世界で召喚魔法を使える者はその血脈を継いでいる者だけなの。そのうちの一人が私、セシカ・フェトラーベ。フェトラーベ家の跡継ぎであり偉大なるジョセフ・フェトラーベの一人娘よ。そして私は家の名声を守るべく、あんたを―—勇者を召喚したの」


「召喚魔法が限られた者にしか使えないのはわかった。だが、何で勇者が必要なんだ」


 家の名声―—などと言っていたが、勇者を召喚することと家云々の関係性がどうもわからない。


「召喚魔法によって召喚された異世界人―—即ち、勇者と呼ばれる者は強大な力を持っているの。だから昔から、召喚魔法を受け継ぐ家々は勇者を呼ぶことを役目とし、より強い勇者を送り出すことを名声としているわ。異世界人を召喚して、勇者として国のために戦ってもらう、それが召喚術師の使命なの」


 だいたいのことは理解できた。

力のある者に頼り、国を助けてもらう。家の名声をあげてもらう。

なるほど、ご立派な理屈じゃないか。


だが―――—


「随分と身勝手なもんだな」


俺はそう零した。


「国のため、家のため、それはお前らの理由だろ。召喚される奴にとってはどちらも知ったこっちゃない。寧ろ俺らの都合は無視して、自分達のために働け、なんて虫が良すぎるぜ」


「そ、それはたしかに……で、でもっ、今さらあんたが何と言おうともう遅いんだから!」


「どういうことだ?」


「召喚術には主従契約を強制的に結ばせる隷属術式の一種が組み込まれているの。つまり! あんたがこの世界に来た時に私との主従契約が完了しているってわけ」


「なにっ!?」


「つまりあんたは私の奴隷!! さて、ろーどーをしてもらいましょうか。さぁ―—まずはこの屋敷を掃除しなさいっ!!」



 …………。

 

 …………。


 …………。


「って、何で!? どうして私の命令を聞かないの!?」



「ふ、フハハハハハハハッ―—!!」


 駄目だ、さっきから笑いをこらえていたが、もう無理。自信満々にご主人様を気取るセシカを見て俺の腹筋は崩壊した。


「あーおもしれぇ……隷属の術式だっけ? それ、こっち来る時に書き換えて・・・・・おいたから」


「な……そんなことが―—」


「できるんだなーこれが」


 そう。俺は召喚魔法に組み込まれていた術式の一部をいじることで、主従契約の内容を変更していた。

 もう一度言おう。変更、である。

 つまり―—


「セシカ、『おすわり』」


「へっ? え、ちょっと何でっ!? 体が勝手に!?」


 セシカが犬のようにぺたん、と床に座った。


「本来なら俺がこうなるはずだったのか。まぁ無効化でもよかったけど、いやーこっちにして正解だったわ」


 そう言って俺が笑っていると、涙目でセシカが抗議してくる。


「どういうことなのよこれっ! はっ……あんたまさか……!」


「そう。そのまさか。――――契約の逆転」


 つまり、本来であればセシカを主人として結ばれた主従契約。

それを俺は反対にしておいた。

俺―—桐生シンを主人、セシカ・フェトラーベを奴隷とするように。


「あ、お前が構築した術式は完璧だったから安心していいぜ。あ、召喚場所間違えた以外な。だからお前のおかげでより正確な書き換えができた」


「な…………な…………むぐっ!?」


 激昂しようとしたセシカに俺は一言『だまれ☆』と笑顔で返した。多分、物凄い勢いで俺に色々言いたいのだろうが、ご主人様の命令は絶対であるためセシカは言葉を発せない。



 しかし年下の金髪少女を奴隷にする俺ってなんか屑っぽいな。


 落ち着くと、賢者モードになってしまっていた。そしてこれからやるべきことが頭に浮かび上がってくる。


 まずは情報がいるな。それはとりあえずセシカに訊けば大丈夫かな。



「じゃ、これからよろしくな。セシカ。あ、もう喋っても大丈夫だから」


 命令を解いた瞬間、セシカは叫んだ。


「あんたホントに何者なのっ……!?」




「だから言ってるだろ? ――ただの高校生だ、ってな」


 俺は軽く笑ってみせた。

 間違ったことは言ってない。俺はただの高校生。

 多分、そのはずだ。



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