1.召喚されるようです。
新作。
のんびりと更新していきたいと思います。
その日は珍しく快晴だった。
教室の窓から果てのない蒼穹を見上げ、俺は溜め息を吐く。それとチャイムが鳴るのはほぼ同時だった。
俺――桐生シンは気怠そうな表情のまま机に突っ伏した。
高校生という身分である俺は学校で授業を受けている。今日もいい睡眠ができた。
教室を見回すと、クラスメイトらが談笑したりスマホでゲームに勤しんだりと各々学校生活を送る様子がうかがえる。
そんな中、俺は睡眠にふける。最高だ。
しかしまぁ、高校生活というものも送ってみると案外何にもない。
せいぜい学校と家、それとゲーム、ギャルゲー、FPS……あ、これは全部ゲームか。ま、学校と遊びと家を往復するだけの生活だ。楽しくはあるが変化はない。
来年になれば受験生だがさほど気にしていない。
だって―—―—
「おーい、桐生。こないだのテスト返すから取りに来い」
「ういっす」
数学教師の田中が呼んでいる。
「お前は流石だな。この調子でこれからも頑張れよ」
ドアの所でプリントを受け取って再び席まで戻る。俺が欠席していた時に返された数学の定期考査だ。結果は見なくてもわかる。
「おいおい、桐生のやつまた満点かよ……」
「あれこそまさに天才だよなぁ。入学以来ずっと学年トップなんだろ?」
「普段は寝てばっかなのによ。能ある鷹は爪を隠すってのはマジなんだな……」
男子グループが俺の話をしているのが耳に入るが気にはしない。
ふと、クラス掲示板に貼られた紙が俺の目に入った。
書かれている内容は剣道部県大会優勝のことである。見出しには俺の名前が使われている。
俺の活躍ぶりについては色々と騒がれたものだが、あまり実感がない。
ただ負けなかっただけの話だ。勝ち続ける。簡単なことだと思う。まぁ他の奴に訊けば、簡単じゃないって怒られそうだが。
でも実際、簡単なことなのだ。
それには理由があるのだが―—―—今はいいだろう。
ともかく俺は成績も実績も興味がない。数字じゃ表せないものが欲しい。
そのためにとりあえず俺がやるべきことは―—
「よし、寝よう」
俺は再び机に突っ伏したのだった。
桐生シン。
出来過ぎた高校生はこの生活をつまらないと感じ、惰眠と遊戯に明け暮れていた。
☨ ☨ ☨
テストは学年1位。体力テストでA判定。部活は県大会優勝。
何か他に面白いことないかなぁ。
そんなことを考えつつ、俺は夕焼けが空を染めている中、校門を出て家に帰ろうと歩いていく。
「あっ、プリント持って帰るの忘れた」
明日提出のプリントを机にしまったままだったことに気づく。幸い、すぐに思い出したため俺は学校に戻り取ってくることにした。急げば5分もかからないだろう。
放課後の教室には誰もいなかった。窓から差し込む夕陽が室内を照らしている。
「あった、あった」
プリントは無事回収できた。
他に忘れ物がなかったか念のために確認しておこうか―—
「――ッ!」
何かを、感じた。
肌にチクチクとした痛みが起こる。外傷はなく、たいしたことのない痛みではあるがそれは確かな異変だった。
そして新たな事象が起こった。
突如、フローリングの床が光始めたのだ。
こ、これは魔法陣!?
光の正体は紅く輝いている魔法陣であった。教室の床全てを覆うように魔法陣が現れたのである。一瞬、俺は戸惑ったが脳の冷静な部分がやるべきことを伝えてくる。
「はぁ……」
俺は溜め息を吐いて、力を一つ解放させた。
「《|鑑定》(アナライズ)――工程短縮、解析完了」
俺はその魔法陣に埋め込まれている術式を、読み取った。
「ほう……《召喚術》か」
その魔法陣に施された術式を暴いてみる
今わかるのは、どこかの誰かが俺を召喚しようとしているということだ。
俺は手をかざし、呟く。
「《無効……》」
と唱えようとして、やめた。
何故、止めたのか俺にもよくわからなかった。
この魔法陣は確実に俺を何処かへ連れていく。それもおそらく違う世界へ、だ。
だからこそだろうか。
俺を今の生活から解き放ってくれるのではないか。そんな希望と期待を俺は自分でも知らないうちに抱いてしまっていたのかもしれない。
俺は為されるがまま、それに従った。
そして次の瞬間、魔法陣からあふれ出した光が俺を包んだ。
こうして俺は今いた世界から消失した。
☨ ☨ ☨
蝋燭に火を灯し、少女は準備にとりかかった。
薄暗い屋敷――この地域で魔力の脈流が集中している場に建てられた我が家の中で少女は、とある儀式を行おうとしている。
仄かな火の輝きが少女を照らす。その顔はまだ幼いが表情は真剣そのものであった。
練習はしてきた。必要な物も手に入れた。
あとは実行するだけ。
少女は父親の形見であるペンダントを握りしめ、作業を始めた。
大きな羊皮紙を取り出し、床に敷く。
そこに少女はある物を描き始めた。魔法陣、である。
ペンやインクは使っていない。少女の人差し指から紅い光が漏れ、指が紙の表面をなぞると同時に光の軌跡が塗料と化す。少女は魔力を使って魔法陣を描いていた。
一つ一つの動作に気を緩めず、正確に魔法陣を綴る。
それが終わると、少女は傍らに置いてある小瓶から儀式の材料を取り出した。
『光鼠の皮膚』、『ホウバ草の粉末』、『霊鉱石の欠片』だ。
貴重な素材であるそれらを少女は惜しげもなく魔法陣の上に落とす。
そして最後に、自らの血を3滴垂らした。
途端に魔法陣が輝きを宿す。
それを見た少女は立ち上がり、魔法陣に向けて右腕を伸ばした。一息おいてから唱え始める。
独特の、魔法界に伝わる専門言語を使い、少女は謳う。
荘厳に、滑らかに、鮮やかに、言葉を紡ぐ。
それと同調するように魔法陣は輝きを増していく。
部屋中を光の粒子が渦巻いた。魔法陣が鼓動のように波打って、光が溢れだした―—―—
と同時に、家の外で衝撃音が響くのが聞こえた。