第8話 スイッチ・ゲーム
「一つ、ゲームをしないか?」
薄暗い部屋の中で、カンザキは言った。
外からは風の吹き荒れる音。台風が接近しつつある。
部屋の中には、ロウソクが一本しか灯っていなかった。だがそのロウソクの炎も微かな隙間風で、消されつつあった。
「スイッチ二つで出来るゲームだ……やってみないか?」
カンザキは続けた。俺――サイトウは、カンザキの差し出したスイッチを二つ受け取った。
「A」と「B」の二つのスイッチがあった。「A」の方は赤く、「B」の方は青いスイッチだった。
「良いか? これから俺が出す質問に、YESならば「A」、NOならば「B」を押せ。じゃあ第一の質問だ。このゲームに参加しますか? しませんか?」
俺は「A」を押した。暇潰しに丁度良いと思ったのだ。
「参加するのか……じゃあ第二の質問だ。良いか? じゃあなあ…そうだ! お前は彼女が居るか?」
俺は「B」を押した。残念ながら、未だ俺には彼女は居ない。
「ははは、居ねえのかよ! 俺は居るぜ」
畜生。こいつには、いつも先を越されているのだ。こんなに悔しい事はない。俺はふてくされて、
「とっとと次の質問を出せっつーの」
とカンザキに言った。カンザキはこう俺に問うた。
「そうだな~。――んじゃあ第三の質問! お前の両親は、生きている? 死んでいる?」
俺の目頭が、少し熱くなった。俺は、借金まみれになって海外へ逃げ出したどうしようもない駄目親父の代わりに、おふくろに女手一つで育てられた。だがそのおふくろも、三年前死んだ。もうちょっと、長生きしてほしかった。長年の無理が祟ったんだな。
「……居ない。でも、親父は行方が分からないんだ」
俺が答えると、カンザキは、
「……悪かった。ちょっと嫌な事を思い出させてしまって」
と謝った。だが俺は全く堪えていないように、
「ううん、全然気にしてねえよ! さあ、さっさと次の質問に移ってくれ。しんみりしちまったじゃねえか」
とおらんだ。正直言って、そう言うのはかなり辛かった。だが、友達を傷付けるのは、もっと心が痛む。俺は嘘をついた。
「あ……そうか。じゃあ、第四の質問な! えー……と、あ! そうだ! 思いついたぞ!」
カンザキも、敢えて明るく振舞ってくれているようだ。
「じゃあ、第四の質問。お前は小説を書いた事があるか?」
「あるよ」俺は即答した。カンザキも、想定外の答えだったようで、呆気に取られた表情をしている。
「え……お前、小説なんか書いた事あんのか?」
「ああ。ていうか、俺は昔、小説家目指してたんだよね。あ、今では諦めて、会社勤めだけど、今でも投稿サイトに投稿してるよ」
「へえ。じゃあ今からお前の小説、見てみようか」
「いいけど……」
カンザキは、テーブルの上に置いてあったノートパソコンの電源を入れた。俺も、カンザキの肩から覗き込む。パソコンは、すぐ起動した。そして、「小説投稿サイト」と検索した。
「おっ、出て来た出て来た」
「何なに……『小説を読もう!』? へえ。洒落たサイトじゃんか。お前の小説の題名は?」
「『スイッチ・ゲーム』」
「『スイッチ・ゲーム』ね……。おっ、あったあった。……何だ。まだ完結してないんじゃんか」
「ああ。そうなんだよ」
「じゃあ、第五の質問行きますかぁ」
カンザキはそう言って、パソコンをしまった。
――「第五の質問は?」
俺はカンザキに訊いた。カンザキは、ポケットから煙草を取り出し、ライターで火を点け、それを口にくわえた。そして言った。
「第五の質問だ。こういう設定にしよう。お前は、会社からの帰り道、突然誘拐された。すると何と、お前を誘拐した犯人グループは、“敵対国への核ミサイルの発射スイッチを押さなければ、お前の命はない”と言って来たのだ。押すか? 押さないか?」
「……え~。難しいな、それ」
「後10秒以内に答えないと、✖(バツ)ゲーム。10、9、8、7、6、5、4……」
「え~と、じゃあ……押さない!」
俺は叫んで、「B」のスイッチを思い切り押した。カンザキは、不思議そうに、俺の顔を覗き込んで、訊く。
「どうして?」
「俺1人が助かるより、その国の多くの人が助かる方が、いいじゃないか。当然だろ」
「……へえ~。…………じゃあ、その「A」と「B」のスイッチを、同時に押してみてくれ」
「AとBを同時に? おいおい、何かのゲーム機みたいだぜ」
「いいから! 早く押してくれ!」
カンザキは、物凄い剣幕でそう叫んだ。俺はびっくりして、
「何そんなにムキになってんだよ……いいよ、押すよ押すよ。押せばいいんだろ」
俺は思い切り、AとBのスイッチを同時に押した。カンザキはホッとしたように、
「よし、それでいいんだ……」
と言った。俺は好奇心で、訊いた。
「おいおい、何だよ。何の為に俺に押させたんだ――?」
「どうでもいいだろ、そんな事は――」
「よくない! なあ、理由を教えてくれよ~」
「うるさい!!」
カンザキは、物凄い剣幕で、ソファーから立ち上がった。そして、俺に近付いて来た。カンザキの顔は、俺への憎悪に満ち、今までの清々しい笑顔は、既に何処かへ行ってしまっていた。そう、その表情はまるで、鬼のようだった。
一体、何が起こったんだ――!?
カンザキのあまりの豹変ぶりに、俺は動揺を隠せなかった。後退りをしようとしたが、座ったままだと、後退りは出来なかった。無理矢理後ろに下がると、座っている椅子が倒れ、俺はひっくり返った。その間にも、カンザキは徐々に近付いて来ている。
「ど、どうしたんだよ……。タチの悪い冗談だぜ」
俺は、無理に作り笑いを見せた。だが、それもカンザキには通じなかった。カンザキは、俺に向かって怒鳴った。
「お前はスイッチを押せば、それでいいんだッ! はっきり言って、お前はもう用済みなんだッ!」
その時。カンザキは気味の悪い程ニヤリと笑い、襟の内側から“何か”を取り出した。その“何か”を“銃”だと認識するまで、かなりの時間が掛かった。だが、この緊迫した状況では、短い時間も、永遠のように感じるのは、当たり前の事だった。カンザキは、銃を俺に向けた。
「ど、どうして……」
「あばよ。今度会うのは、70年後ってトコかな」
カンザキは、歪んだ微笑を見せると、何の躊躇いもなく引き金を引いた。鈍く、乾いた銃声音が室内に響く。だが、近所にはこの音は届かない。以前、この部屋には防音材を使用してある、と言う事を、カンザキが言っていた。
俺の今までの人生が、ワンカットずつ、俺の脳内に走馬灯のように駆け巡った。そして、いつも暖かく迎えてくれた家族。そうだ。俺は、家族を守らなければならぬのだ。
俺は、この部屋の出口に、大量の血を流しながら向かった。這いつくばって、やっと、出口のドアノブに手が届いた。俺は――、
パン。
何回かその音が響いた時、俺の頭はぐしゃぐしゃになっていた。俺は既に絶命していた。そして、薄ら笑いを浮かべたカンザキが近付いて来て、俺の死体を見下ろして、言った。
「悪く思うなよ。これも、“計画”の為なんだ」
20××年。日本と、とある王国とは、睨み合いを続けていた。いつ戦争が起こるか分からないような緊迫状態だったが、それが本物の戦争に発展する事はなかった。
だが、都内の過激派が、第三次世界大戦の火付け役となる強力核ミサイルの発射スイッチを、裏ルートで入手した。一方には「A」、もう一方には「B」と書かれてあり、そのスイッチを同時に押すと、核が発射されるのだ。だが、いざ押そうとなると、誰もが手が震えて、押せなかった。
そこで、あるゲームが考案された。そのゲームとは、事情を知らない者に、スイッチを押させると言うゲームだった。
そして、そのゲームを仕掛ける役は、“カンザキ”と言う男に任されたのだった。
静けさを取り戻した部屋。もはや、何の音も聞こえて来ない。外からの強風の音も、彼の耳には入って来なかった。
彼は、テレビのリモコンを取り、電源スイッチをプッシュした。チャンネルでは、深夜のニュースをやっていた。
『速報です。遂に日本が、強力核ミサイルの発射スイッチを――』