表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
自殺屋  作者:
生と死
3/17

リセット

昔、どうしても詳しく思い出せない記憶がある。

とてつもなく短い間しか話してないのに、何故かとても親しい関係に思えて、俺にとって彼らは夢の中の存在になっていた。それくらい、薄らしか覚えていない。

これは、そのときの彼らとの出会いの話。



小さな小さな公園の中のブランコに、ぼうっと腰を下ろして空を見る。


最近、この世の中は〝ゲーム〟の中なのではないか、と思ってしまう。

プレイヤーは、この世界を創った張本人。

あるいは、いるかいないかもあやふやな神様。


俺たち人間は、ノンプレイヤー。つまり、世界を成り立たせるためだけの存在。


くだらない。くだらないが、最近はそんなことしか考えられない。

仕事もなく、生活もギリギリのこの状況。こんなくだらないことでも考えないと、〝ダメ〟になってしまうのだ。崩れてしまう、俺がどんどん俺を失っていくようで嫌だった。

勝手にゲームの中の住人にさせられて、生かされて、いい加減この世界が飽きてしまったものだ。



最初は楽しかった。

世界が広がっていくことに喜びを感じていた。

身長が高くなれば、視界が変わることにもとても興味を持っていた。何もかもが目新しく、目に映るもの全てに面白さを感じた。


それでも、次第にあることを感じるようになる。

そう、自分は周りとどこか違うのだ、ということを。


そして、飽きてしまった。

こんなことを思うようになったのは、二十歳が過ぎてから。今から十年程前だ。

勉強、勉強と追いやられ、周囲の期待が重すぎて耐えられなくなり挫折。それまではそこそこ優秀な成績だったのに、一気に堕落してしまった。大学をやめ、無職となってからは、持っていた貯金とバイトの稼ぎで生活をする。頼れるはずの両親は二人とも他界していた。


落ちるとこまで落ちてしまえば、見えてくるのは絶望と虚無感。

そして、それを長い間味わっていくうちに、ふと思うようになる。



〝死んでみようか〟


死んだらゲームみたいに、どこか違う世界にリセットされるのだろうか。

それとも"存在"がなくなって、俺とは別のここの"住人"たちにさっぱり忘れ去られるのだろうか。

否、もともと自分は印象の濃い奴じゃない。

だから、今覚えている奴だっていないだろう。


もう三十路だってのに、無職なんて情けない話だ。

だけど、両親がいない今、無職の今、こんなにオッサンなのに妻がいない今、俺がいなくなってしまったところで、涙を流す人はもう見当たらない。


こんなことを、毎日考えている。

「いっそ、このゲームが終わってくれたらな」


俺は独りでに呟き、ため息をついた。

ため息だって、何回ついたことか。



「こんにちは」


「こッ…んにちは?」

不意に声をかけられ、反射的に顔を上げて挨拶を返す。

ああ、人と話すこともいつ振りだろう。

「初めまして」

そう言って俺に笑いかけるのは、無駄に輝いた男だった。モデルか何かをやっていそうな、俺とはまるで人間の質が違うような、そんな男。

ただ、歳はそう離れていないようだ。

「初め、まして」

男が差し伸べた手を握ると、しどろもどろになりながら言葉を紡いだ。男は満足そうな顔をすると、俺の隣のブランコに腰を下ろした。

「一人ですか?」

「ええ、まあ」

俺は口籠りながら答える。今の言葉は、今の俺には相当胸に突き刺さった。


「ナル、肉まん買ってきた」

男に親しげに話しかける少女は、一見十五歳前後だろうか。身長は低いが、行動や言動、仕草が大人びて見える。少女の隣には、更に幼い少年が立っていた。

少女の手にはスーパーの袋があった。

ナル、と呼ばれた男は「おお、早かったな」と表情を明るくする。そして、いそいそと袋に手を突っ込み、この寒い時期にピッタリなホクホクの肉まんを手に取った。いい匂いが漂い、腹が大きく鳴る。

そう言えば、昼がまだだった。


男はその様子を見て笑うと、肉まんを半分に千切って俺に差し出した。

「いいですよ、半分あげます」

「え」

「遠慮せずに、どうぞ」

「あ、ありがとうございます」

ずいずいと俺の方に半分の肉まんを押しつける男を見て、断ることもできず、諦めて手に取った。否、半分は肉まんのいい匂いに誘われてしまったわけだが。

俺が肉まんを齧ると、ふわっと湯気が漂った。

口元が、肉まんの熱で温かくなる。

おいしい。


「ねぇねぇナル、遊びたい。ナルも一緒に遊ぼう!!」

屈託のない笑顔で男の袖を引っ張る、幼い男の子。男は表情を一転させ、あからさまに曇らせる。げっそりとした表情、そんなに遊ぶのが嫌なのか。


「勘弁して。俺、イケメンだから、お前と遊ぶと醜くなるから」

男の言葉に、傍らにいた少女が鼻で笑う。

「安心しな、お前はもともと残念なイケメンだ」


「おま…(じゅん)、俺のどこに残念な要素があるんだ!!」

「全部」

即答、男は肩を落とす。

潤というのが、少女の名前らしい。


男は力ない声で、小さな男の子に顔を向ける。

常盤(ときわ)…お前はそんなこと、言わないよな?」

「大丈夫だよ、ナル。ナルはもともと残念だから」

少年の方は常盤というらしい。

常盤はふわっと可愛らしい無垢な満面の笑みで、あっさりと男を絶望のどん底に突き落とした。男は更にショックを受け、項垂れた。


確かに、残念そうな要素はある。と、失礼ながら、心の中で子供たちの言葉に頷いた。

「ナルなんかおいといて。潤姉(じゅんねえ)、遊ぼ!!」

「ええ、めんどくさい…」

常盤は無邪気に笑うと、潤の手を引っ張って滑り台の方に走っていった。男は二人の背中を眺め、「まったく」とため息をついた。ブランコを少しだけ揺らしながら、笑みを零す。鎖同士が擦り合う音が、キィ、キィ、と規則正しく響いた。


「あ、俺は鳴海(なるみ)といいます。自己紹介が遅れてすみませんね」

鳴海、と名乗った男は、苦笑しながら肉まんを頬張る。俺は戸惑いながらも、「俺は、(しょう)()と言います」と名乗った。

俺は、微かに苦笑を零す。なんだ、この和んだ空気。


「あの引っ張られた女の子は潤って言いまして、口癖が"めんどくさい"なんですよ。何に対しても、無気力でしてね。それで、元気な男の子は常盤。天然でふわふわした天使みたいな顔してますけど、実は結構腹黒いんですよ。十二歳だってのに、性格悪いんです」

訊いてもないことを喋り出した鳴海は、幸せそうに笑った。

本当に、仲が良いようだ。


でも、奥さんが見当たらない。

一緒じゃないのか?

「…」

訊こうか訊くまいか、迷ってしまう。

もし、この男の傷に触れてしまったら。


鳴海は俺の表情を見て、鋭く察したようだ。

「ああ、俺独身ですよ。あいつらは、まぁ…預かってるんです」


意外だな、と思った。

女性にはモテそうなのに、結婚していないのか。綺麗な顔をした鳴海が結婚していないと聞くと、少しだけ自分にも自信が持てた。

預かってるって言うと、親戚か何かに押し付けられたみたいなことか。でも無理矢理にしては、二人にはちゃんと愛情があるようで、二人も鳴海に懐いている。

事情があるようなので、深く触れるのはやめた。


「あの、お尋ねしたいんですけど」

「なんでしょう?」

鳴海から不意に声がかかった。

「さっき、言ってた…ゲームがどうとかって、どういう意味ですか?」

先ほど自分が〝いっそ、このゲームが終わってくれたらな〟と言っていたことを思い出した。


「ああ、あれですか。いや、初対面の人に話すような楽しい話じゃないですよ」

「結構ですよ。暇なんで、話してみてください」

「いや、でも」

「俺、相談のような仕事をしていて…お役に立ちたいんです」

「はぁ…」

カウンセリングのような仕事の(たぐい)だろうか。

それにしても、何故あの言葉だけで俺が悩んでいることがわかったのだろうか。まるで、全てを見透かされているようで、少しだけ居心地の悪さを感じた。

だが、物は試し…話してみよう。


「あの、笑わないでほしいんですけど」

「はい」


「俺、昔はヒーローになりたかったんです」

「はい」

少しボケたつもりが、真面目な顔で返されて恥ずかしくなる。

なるほど、こんなこと言うのは当たり前だってか?と、少しだけ意地になる。まぁ、この話は本当のことなんだけど。


「昔はいろいろ楽しかったんですよ。よくあるでしょう?できないことができるようになったり、行けないところが行けるようになったり。ゲームでいう、レベルアップみたいなモノです。でも、人間には限界がありましてね。行きつくとこまで行ってしまえば、もうあとは下がっていく一方で…つまらなくなってしまって」

「…」

「そのうち思ったんです。この人生を、リセットしてしまったらどうかって。必ずしもリセット=(イコール)死とは限りませんが、リセットの一番の近道は死ぬことなんじゃないかって」


馬鹿らしいとは思っていた。

初対面の人に、語るようにして喋るこの口は、閉じることを知らないのだろうか。いきなり〝死ぬ〟とか言われて、動揺しない方がおかしいだろう。と思って鳴海を見る――――が、鳴海は至って冷静に、真っ直ぐ俺を見つめていた。


「自殺防止ってありますけど、その人の〝幸せ〟って結局その人が決めるモノで、周りが干渉していいわけではないと思うんです。だから、俺も…まだ見ない新たな世界―――天国って言うのかな?それを、見てみたくってね」


鳴海は、微笑んだ。

この状況で微笑むとは、どういう神経の持ち主なのだろうか。

でも、どこか普通の人とは違う反応だ。


「要は、ゲームの中から抜け出してみたいんですよ」

「そうなんですか」

鳴海が何回か頷くと、俺は弱々しい笑みを鳴海に向けた。

「俺には何もないし、死んでみようかなって思ってたんです」


鳴海は「ふむ」と考え込むと、ゆっくりと口を開いた。



「――――俺、昔は結構荒れてまして」

「はぁ?」

鳴海が急に語り出し、素っ頓狂な声を出してしまった。俺は、咄嗟に口を手で押さえた。さすがに、失礼な反応だったか。けれど、鳴海は微笑んだだけで、大して気にも留めずに話を続けた。

「人間不信になって、何回思ったか思い出せない程、死のうと思いました」

「…?」

いつの間にかカウンセリングされている筈が、する側になってしまっていた。

複雑な気分になる。

俺は気の抜けた返事を繰り返しながら、鳴海の話に耳を傾けた。


「そのときに、どうしようもないときに――――泥沼みたいな、深くて何やっても抜け出せない、真っ暗な場所から引っ張り出してくれたのが、潤と常盤でした」

「はぁ」

「いつの間にか、〝特別〟になってたんですよね。護りてぇなって思うようになって、あいつらナシじゃ、人生つまんなくなっちまって。ホント情けない話ですけど、あいつらいなかったら、俺、多分ここに今いないんですわ」

「…」


もし。

俺も〝特別〟を持ったら―――この人と同じように、"生きている"表情ができるようになるのかな。今の今まで死のうと思っていた人間の言葉じゃないけど、鳴海が羨ましくなっていたのだ。


大切なモノ、大切なヒト、大切なセカイ。


きっと鳴海の周りは、広いのだろう。

俺よりずっと、ずっと、見える世界が広い。


「だから、あいつらが俺を慕う限り、俺はあいつらを護ろうって決心したんです」


どこか真っ直ぐ向いている鳴海の横顔は、とても――――強かった。



「どうっすか、尚吾さん」

「え?」

「死んだら、〝この世界〟に戻れるかどうかもわかりません。だから、後悔しないように。尚吾さんの言う〝新たな世界〟に行く前に、充分に〝この世界〟を堪能して行ったらどうですか?死ぬな、とは言いません。結局は寿命というモノがありますからね」

鳴海が笑った。


「この世界に絶望できるのは、この世界に希望を持っているからですよ。俺が救われたように、尚吾さんだって見落とした大切なモノがあるかもしれない」

気付けば、俺はまた、カウンセリングされる側に回っていた。


「だから」

鳴海は続けた。


常盤の弾けるような笑い声が聞こえた。

潤の面倒くさそうな声が聞こえた。

鳴海のよく通る声が聞こえた。


俺の耳は、まだ衰えていない。俺の五感は、まだ衰えていない。

捨てたもんじゃないな、と思った。


世界はまだまだ広かった。



やけに太陽の光が眩しく感じた。

ゲームの中だと思っていたこの世界は、とても広かった。

狭かったのは俺の視界で、見ようとしなかったのは俺の意思だったってことだ。


鳴海は笑い、それと同時に俺の意識は遠のいていった。

信憑性がないって言うか、馬鹿らしいって言うか。

この時間全てが、俺が創りだした夢なんじゃないかって思うくらい。


そうして俺は、いつの間にか気を失っていた。


もう、思い出す気力だってない。

それでも、今ここにいるのは鳴海に出会ったから。

鳴海が言った言葉が頭の中に根強く残るから、まだ頑張ってみようって思うようになる。

相変わらず飽きたこの世界だけど、頑張って生きてみよう。



後悔、しないように。



寒い。

今日は朝から冷え込んでいるのに、マフラーを忘れてしまった。寒くて仕方がないから、近くにあった肉まん屋に行って肉まんを買う。

湯気が漂い、千切ればいい匂いがする。

俺はそれを口に頬り込み、近くの壁に寄りかかった。


あれ、なんつったんだっけ。


鳴海が最後に言った言葉。

声が聞こえず、映像だけしか見えない記憶。


確か、なんか言っていた。

思い出せないけど。


「ま、関係ねぇや」

そう言ってみる。


左を見ると、前を横切って通り過ぎる三人組。

一人は可愛らしくて幼い少年。

一人は眠そうな表情を浮かべた少女。

そして一人は―――無駄に輝く、眉目秀麗を人間にしたような男。

三人は悠々と俺の前を通り過ぎ、消えていった。


「あれ、今の」

もしかして、ともう一度その三人組を目で追おうとする。


けれど、そこにはもう誰もいなかった。

補足で、尚吾さんの記憶は消していません。〝自殺屋〟としての仕事ではなく、散歩の途中に尚吾に会ったので。必要ないかな?ってことで。

尚吾さんの記憶が薄れていったのは、時が経ったからです。ただ単に(笑)

だから、最後に会ったときも一瞬のことで気付かなかった、ということです。


ちなみに、鳴海の尚吾への言葉は、みなさんの想像にお任せします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ