ハナコトバ[前編]
踊子草の花言葉。
「陽気…」
ずっと昔は、根暗な性格だった。
外に出るのも嫌いで、友達も作りたくなくて、病室生活を送らなければいけなくなったことは寧ろ、救いだったのかもしれなかった。
命は別に惜しくもなくて、でもただちょっと、家族に会えなくなるのだけが寂しかった。
きっと母さんも父さんも泣くだろう。
そう思うと、少しだけ胸が痛んだ。
*
「母さん、俺…死んでもいい?」
僅か十歳の言葉だった。
ただ、少し死にたくなったから。
それでも実行するのは、気が引けていたから。
母さんはそんな俺の言葉に、柔らかく笑って「だめ」と言う。
でも、知っていた。
本当は、泣く程俺の言葉に悩んでいたことを。
俺は生まれつき体が弱く、ついには病にかかってしまっていた。
もう発見したころには病気は既に体中を侵食し、治せないとのことだった。
まさに不治の病。
別に悲しくはなかったが、病気と闘うのは辛くて、精神だけが壊れていく日々が続いた。
父さんはいなかった。
別に死んでいるわけではない。
仕事でどこかに行っている。帰ってこないが、電話だけは毎日来る。
俺はずっと、毎日、それだけを楽しみに生きていたようなものだった。
優しくて頼りがいのある父、俺は父さんが大好きだった。
*
「アズマ」
「えッ…あ、と、父さん…?」
目を覚ますと、俺の顔を覗きこんでいたのが母さんではなく、父さんだったことに気付いた。
父さんは俺の額を大きな手で撫でると、優しく笑った。
「今日はお前にプレゼントがあるんだ」
「ぷれ、ぜんと」
わざわざ帰ってきてまで、何を持ってきたのかな。と、十二歳になった俺は思った。
昨日で十二歳、去年は誕生日プレゼントもなかった。
だから、今年もないだろうと思って―――諦めていたのに。
「う、ぇ?」
驚きのあまりに変な声を出してしまった。
父は泥だらけの手いっぱいに、小さな桃色の花がついた雑草を握っていたのだ。
この雑草、道端でよく見かけた。
なんだっけ、名前。
確か――――
「オドリコソウ…」
「おお、よく知ってたなぁ」
ははッと声を上げて笑う父が、懐かしかった。
「…ッ」
気付けば、抱きついていた。
まだ生きたいと、縋るように。
俺はこの世を捨てていたようで、まだ捨てていなかった。
捨てられていなかった。
「…ふ、ぇ…ッ」
自然と、涙が溢れた。
「あのな、アズマ」
父さんは抱きつく俺の後頭部を撫でながら、優しく言った。
「隠しても仕方がないから言う。お前は長くないそうだ」
「―――うん、知ってる」
母さんも医者も隠していたけど、知っていた。
自分の体は、自分自身がよく知っているんだ。
父さんは俺が真実を知っていることに大して驚きもせず、ゆっくりと続けた。
「でもなぁ、やっぱりお前は俺の息子として、少しでも笑ってほしいから」
「…」
「これ、持ってきたんだ」
手に持った踊子草を、俺に近付ける。
俺は父さんに抱きつくのをやめ、視線を踊子草に向けた。
小さくて、可愛らしくて、でも長らく握っていたせいか萎れている踊子草。
本当は知ってる。
何かを買うお金がないことを。
治りもしないこの病気の治療費に、なけなしのお金をつぎ込んで、父さんは何食わぬ顔で俺に会いに来た。
俺が死ねば、もっと裕福な暮らしができるのに。
まるで、俺に死んでほしくないように。
母さんだってそうだ。
何で二人はそんなに、優しいんだろう。
ゲームとか、漫画とかだったら、店に返品するように言おうと思っていた。
でも、よかった。
父さんのプレゼントを、踏みにじるようなことをしなくて―――よかった。
「ありがとう」
「陽気」
「え?」
「その踊子草の花言葉は、〝陽気〟なんだそうだ」
父さんは笑った。
強面な顔で、だけど優しい顔で。
「お前にピッタリだろう?」
自然と笑いが込み上げてきた。
何に?
必死にオドリコソウの価値を上げようとする父に。
捻くれた俺のことを、「陽気」と言ってくれたことに。
死ぬことが決まっているからと言って、馬鹿みたいに死を望もうとした俺自身に。
「あははッ」
「何かおかしいこと言ったか?」
「べっつにぃ?」
「?」
俺は、少しだけ変わった。
せめて、父さんや母さんが一緒に居る時は、精いっぱい笑おうと思う。
それが、こんな厄介な俺に優しくしてくれていた二人への、俺に出来る最大の親孝行。
涙はもう、出なかった。
はい、テスト前乙。
自殺屋にしては短いお話ですけど、区切りがいいんでこの辺で。
後半も続きますよー(笑)
テスト明けにもっかい更新すると思います。
凍結してしまっていたので、せめてもの償いを…!!
と、思いまして(嘘)
ただ書きたくなっちゃっただけです(笑)
次回、榊が出てきます。
では、この辺でッ(逃亡)