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犬鬼人随想録 ~蒼き牡丹外伝~  作者: 皆麻 兎
随想録その壱~犬塚信乃~
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第3話 守るための戦い

 「狭子が里見家の姫である」という驚愕の真実を、犬士達われらは法師殿の口から知らされる。初めは言葉を失っていたが、これまで腑に落ちなかった出来事が一つに繋がり、ある意味納得のいく話であった。

 蒼き光を放つのも…おそらく、我ら犬士を生み出した伏姫様と同じ血を受け継ぐがゆえなのであろうな…

この時、そんな事を考えていたが…今はとにかく、この苦境を乗り越えなければならない。


「…ここにおりましたか、信乃殿」

「大角…」

とある晩、行徳ぎょうとこ付近を流れる利根川の付近で考え事をしていると、古那屋のある方角から大角が現れる。

連れ去られた狭を救うべく、まずは道節に仕えるくの一・単節ひとよを偵察に向かわせた。居所を探るのが一番の目的であり、一方で蒼血鬼・蟇田権頭素藤ひきたごんのかみもとふじらの妨害がないかを確かめる意もあった。

単節殿からの朗報を待つ一方…某と荘助は、道節の口から狭子と彼女が所持していたお守り刀の話を聞いていた。これは、その日の夜の出来事である。

「…眠れませぬか?」

「ああ…。大角もか…?」

「ええ…まぁ…」

某と大角は、空を見上げながら、そのような事を口にしていた。

そして一呼吸程置いた後、大角がこちらを向いて口を開く。

「信乃殿、一つ…確かめたい事がございます」

「確かめたい…こと…?」

彼の思わぬ台詞に、某は首をかしげる。

「貴方と…そして、狭…浜路姫様の事です」

「!」

狭子の名が出た途端、某の表情が少し強張る。

そんな己を横目で見つめながら、大角の話は続く。

「…貴方は、彼女の事をどのようにお思いか?」

「…?」

何を訊くのかと思えば…予想だにしない問いであった。

「…」

某はほんの僅かな間だけ、黙り込んで考える。

「共に旅してきた同志…仲間といった所か」

「…本当にそれだけですか?」

「え…!?」

この時、大角の顔からいつもの穏やかな笑みが消えていた事に気が付く。

そして、彼から食い入るようなまなこで見つめられながら、時は過ぎていく。

「あの娘は、亡き許嫁と顔立ちがそっくりだが…とても芯の強き女子で…」

独り言のように呟く某の頭の中には、明るい笑顔を見せる狭。泣き叫んでいる所等――――――喜怒哀楽を示す彼女の姿が浮かんでいた。

『ありがとう…』

そして、最後に浮かんだのは…一筋の涙を流しながら笑顔を見せる、暖かい微笑みであった。

 心の臓が強く脈打っておる…。しかも、その脈も速くなりつつある…。これは…

「狭…」

彼女の名を口にした時、某は何かを悟ったかのように空を見上げた。

「…わたしが何を申したかったのか…。諭していただけたかと思います」

空を見上げる某を横目に、大角は穏やかな表情で語る。

彼に問われ、はっきりと悟った己の気持ち。同志や仲間としてだけではない、荘助のように義兄弟としての感情にもあらず…。前向きであり、明朗快活…。そして、純粋な精神こころを持つ彼女を、恋い慕っていた事を――――――――――

「…大角」

「…何でしょう?」

己の元から去ろうとしていた大角を、呼び止める信乃。

大角の方に向きなおした某は、まるで宣言するかのように口を開く。

「某は、狭の事を好いておる。…故に、何があろうともあの娘を魔の手から救い出したい…!!これは、彼女が里見の姫ゆえとか…そのような事は関係なしに…じゃ!!」

そう言い放つ某の瞳には、強い焔のような眼差しを宿していた。

そんな己を見つめて黙り込む大角。すると、普段の穏やかな笑みに戻り、閉じていた口を開く。

「それを聞いて安心致しました…」

「大角…?」

「おそらく、この先…我々には更なる危機が訪れるやも知れぬ。しかし、貴方のように、恋い慕う者…「守りたい」と思う者がいれば、人は何倍も強くなれる…という事です」

そう告げた後、彼は古那屋の方へと戻っていった。

 大角…まことに、かたじけない…!

某は、大角のおかげで狭への気持ちを自覚する事ができた。これまで、許嫁だった大塚村の浜路の事が、やはり忘れる事ができなかった。しかし、狭が敵に攫われ、その身が危ない事。そして、先ほどの会話によって、某の心は決まったのであった―――――――



「犬士達はおるか!!?」

その翌々日、古那屋にいる犬士達われわれの元に、政木狐まさきぎつねが現れる。

「政木狐…。そんなに声やかましくせんでも、聞こえておるわ」

あまりの大声に、ため息交じりで呟く現八。

しかし、そんな彼の台詞を完全に無視していた狐は、某の存在に気が付くと、すぐさま近寄ってくる。

「んな事より、朗報や!!浜路姫の居所がわかったんや!!」

「本当か!?」

それを聞いた途端、その場にいる全員の表情が変わった。

「しかし、政木狐よ。そなた…犬江親兵衛とやらと共に、京へ向かっていたのでは…?」

狭の居所がわかったのは喜ばしいが、某はこの狐が何故この場にいるのが不思議でたまらなかった。

「ああ…。実はな…」


ドカカッドカカッ

その後、行徳を出た犬士達は、とある場所へ向けて馬を走らせる。

行徳を出立する前――――――――――政木狐が行徳にたどり着くまでの経緯を語ってくれた。

彼の話だと、京から安房国へ戻る途中、妙椿ら敵方の動向を探っていた単節殿と偶然会いまみえる。そこから親兵衛の案により、政木狐を行徳におる我々の所に向かわせ、親兵衛と単節殿に敵の元へ乗り込む事となったという内容である。

 政木狐かれの話だと、単節殿は手負いだったという…。鬼の血を引くならば、傷の治りも早いと思っていたが…

某達は、道節から「鬼の忍びは我々よりも強靭な肉体を持つ」と聞いてはいたが、何故か妙な胸騒ぎを感じていた。

しかし、その妙な胸騒ぎは、嫌な意味で的中してしまう。


「単節さん…」

眠るように息を引き取った単節殿を見下ろしながら、涙を流す狭子。

行く途中で通りかかった海岸で、妙椿の刺客に襲われている彼女達を見つけた某達。荘助達にはすぐに彼らの加勢に向かってもらい、某はその場にいなかった狭を必死で探した。

「狭っ!!!!」

ついに見つけ出した時、狭は蟇田素藤と共にいた。

「信乃っ…!!!」

そう己の名を呼ぶ彼女は、素藤に抱きすくめられ、その腕から容易に逃れられない状況に陥っていたと思われる。

特に怪我をしていないようなのでそこは安心したが―――――――己の頬に狭の頬を近づけ、見せつけるかのように抱きしめる敵の表情を見た途端、無意識の内に怒りを感じていた。

その後、狭子を奪い返すために、某は素藤との死闘を繰り広げる。完全な勝利はできなかったが、何とか狭を取り返す事に成功した。この時は、再会できた喜びでそれ所ではなかったが―――――――――今にして思うと、狭が身を挺して素藤を止めようとした際、彼女にとって素藤は単なる“敵”ではなくなっていたのやもしれない。

妙椿の刺客を退けた後、鬼の弱点たる蒼血鬼の血が塗られた武器で致命傷を負った単節殿は、双子の姉・曳手ひくて殿の腕の中で息を引き取る。“忍びは人にあらず”

“死ぬ時は独り”という掟のある彼女達に涙を流していた狭をとても愛おしく感じた某は、黙ったまま彼女を抱きしめる。

 身近な者であろうがなかろうが…尊い命が失われる事は、誠に悲しい…。そして、多くの命が犠牲となる“戦”…。守るべき者のためとはいえ、早くこのような悲しい出来事がなくなるよう努めなくては…

某は声を押し殺して泣く狭を抱きしめながら、これから待ち受けているであろう大戦おおいくさへの心を強く固めるのであった。



「それでは、各々…明日より、各地へ展開してもらいたい!」

「御意!!」

狭を助け出した後、我ら犬士の一行は安房国・里美家の本陣がある滝田城を訪れた。

兼ねてより里美家の棟梁・里美義実さとみよしざね公から家臣として認められた某達は、戦での防衛使を勤める事と相成った。その戦の相手は、滸我こが足利成氏あしかがのしげうじ公や関東管領・扇谷定正を要とする連合軍。

道節からの報せによると、この戦を起こすために画策していたのが…妙椿と名乗る尼僧と、白髪の鬼・蟇田素藤だという。しかも妙椿とは、里美家に滅ぼされた領主・山下定兼の妻であった玉梓なる者が怨霊として現世うつつよに現れた存在だという。

 因果が巡る…とは、まさにこの事を申すのであろうな…

某は、己が防衛使を勤める事となった国府台こうのだいへ向かいながら、そのような事を考えていた。


そして、戦いの火蓋が切られ、この地に赴いた某・現八・親兵衛らは戦いに身を投じていく。狭の奪還を通じて、8人目の犬士である事が発覚した犬江親兵衛仁いぬえしんべえまさし。年は13か14程と年若いが…京で見せたという活躍や、最初に彼女の奪還を成功させた童なだけあり、同じ犬士としてとても頼もしかった。

 「けが人を癒すため」として行軍に加わってくれた狭のためにも…必ず、この地を死守してみせる…!!

馬にまたがった某は村雨丸を駆使して、襲い掛かる敵を次々となぎ倒す。戦場は、村雨丸からほとばしる水柱が、この戦場を舞う。現八や犬兵衛も足軽隊として彼らの前を先導し、確実な一撃と素早い動きで敵を翻弄していく。

「あれは…!!?」

しかし、優勢かと思われていた最初の戦も、敵方の新兵器によって苦戦を強いられる事となる。

後に狭からその兵器の名を教えてもらう事となる。彼女の話だと、その新兵器は駢馬三連車へいばさんれんしゃといい、大陸にある国の戦車を真似て作った戦車だという。大八車みたいなものを3つ連ね、前と後ろにそれぞれ鉄砲と弓矢を持った6人の兵がそこに乗り、御者は左右に2人と騎馬が6頭。馬にもそれぞれ、薄鉄の鎧が着けてあるという代物。戦のさ中、我ら里美軍は「それ」を目の当たりにするのである。

「犬塚殿!!わが兵は馬兵と足軽隊で組まれております!!このままでは、圧倒的に不利です…!!」

兵の一人が某に進言する。

「っ…!!」

周囲を見渡すと、駢馬三連車を前にもろくも崩れる自軍の光景が目に入ってくる。

 確かにこのままの進軍は、絶対的に不利…。しかし、敵に背中を見せれば、追い討ちに遭って全滅する可能性も…

兵達にどのような命を下せばよいかと困惑する信乃。しかし、時は一刻と過ぎ、本当に撤退をせねばいけない状況に段々陥っていく。

「信乃!!!」

「現八…!?」

すると、全身が傷だらけの現八が某の元に現れる。

「わしが殿しんがりを勤める!!その間に…早く兵を退かせるんだ!!!」

「!!!」

その台詞を聞いた途端、目を丸くして驚く。

しかし、戦況が不利なため、某の心も揺らいでいた。

「早くしろ…!!このまま全滅させる気か!!!?」

鬼気迫った現八の表情かおを見た途端、考える暇などない事を悟る。

「まもなく夜が更ける!!…一時、撤退せよ!!!」

某の合図と共に、里美軍は撤退を開始する。

 現八…死ぬなよ…!!!

殿を務めてくれた現八が無事に戻る事を願いながら、某や親兵衛の軍は撤退を始める。国府台での戦い初日は、里見軍に多大な被害を与えて終える事となった。



その後、文明ふめの岡に陣を移す事となる里見軍。絶体絶命の危機に陥っていたが…狭の元に里見家一の姫であり、我ら八犬士の産みの親である伏姫の神霊が現れる。彼女が狭をこの時代に誘った張本人である事を悟り、実の姉姫にあたるという事実は、不思議な心地がした。

また、伏姫様は、劣勢のわれ等に「火猪かちよの計」という策を授けてくれた事により、戦況が一変。里見軍による逆転劇が始まるのである。

そして、勝利への光明が見えてきた矢先――――――――狭子の元に魔の手が伸びていたのである。



いかがでしたか。

今回は恋愛模様もあれば、戦場面もありで、まとめるのが大変でした。

…そして、やはり3話分ではまとまりきれませんでした(ToT)

信乃は本編でだと準主人公的な立ち位置にいるので、彼視線で描くと、いろいろ載せられる事が多い・・・。

とまぁ、こんなかんじですが、とりあえず随想録1の信乃編はもう少し続きます。


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