第2話 深まる謎と降りかかる危機
ここで大角を”角太郎”と書いていたりもしますが、後者は大角の幼名みたいなものなので、決してスペルミスとかではありません。…念のため、お知らせしときます。
荒芽山での一日が終わり、我らは3つに分かれて犬士探しの旅を再開する。下野国へ向かう事となった現八・狭子・某の3人は、道中…上野国と下野国の国境にある集落・猿石村で一宿取る事と相成った。
村にたどり着く前に狭が妙な事を申していたが、その日の夜…泊めて戴いた村長の家にて、思いもよらぬ出来事が起こったのである。
「信乃様…」
「…!?」
風呂からあがったため、黒い髪が半渇き状態の狭。
そのいくらか艶っぽい彼女の口から、普段は口にしないような申し方で、某の名を呼ぶ。
…何か様子が変だ…。それに、狭は某の事を“様”づけで呼ばないはずだし…
「…!!」
一つの可能性が頭に浮かんだ某は、驚きの余り後ずさりをする。
「お主…まさ…か…?」
某は恐る恐る、村雨丸の柄に触れていた利き腕を外しながら、狭に近づいていく。
「信乃様…。私です…大塚村の浜路…です…!」
「!!!」
まさか、誠に…!!
狭の口からこの台詞が紡ぎだされ、その瞬間…某は、彼女の肉体に何かが取り憑いている事を悟る。しかも、それが、己の亡き許嫁・浜路だという事を―――――――すると、信乃の心臓の鼓動が少しずつ早くなっていく。
「信乃様っ…!!」
狭子の“中”にいる浜路がそう叫んだ直後、某に向かって走り寄ってきた。
浜路…!!!
この時、一瞬、狭の顔が浜路と重なる。そして、己の胸に飛び込んできた彼女を強く抱きしめた。“身体は違えど、この感覚はまさに浜路である”―――――――――それを己の身で体感する信乃。
「私…ずっと…信乃様にお会いしとうございました…!」
某の胸の中で、浜路が涙を流す。
それを見た途端、今まで抑えていた気持ちがあふれ出してきた某は、狭の背中に腕を回して、ギュッと強く抱きしめていた。
このまま、時間が止まってしまえばいいのに…
肉体は狭子だが、浜路を抱きしめている感覚に陥っていた某は、すっかりそのような事を考えていた。しかし、今にして思えば…この行為がどれだけ狭子を侮辱し、苦しめていた事か――――――――それについては、今でも後悔している。
「ぐっ…!!!」
この出来事が収まった後―――――普段は無愛想で感情を表に出さない現八が突然、某の頬を殴った。
その勢いで、地面に転げ落ちる信乃。
「何をする…!!?」
何故殴られたのかが解らず、鋭い視線で某は現八を睨みつける。
その隣の部屋では、浜路に取り憑かれたせいで疲れて倒れた狭子が眠りについていた。
「…ふん。死んだ女の事を、いつまでも引きずりおって…!」
「何!!?」
逆上しようとした某を見た現八は、ため息交じりで再び口を開く。
「まぁ、お主がどこの女を想うのは勝手やもしれぬが…」
「…?」
その直後、周囲の空気が変わったような感覚に陥る。
「お主は先ほどの出来事で、狭がとり憑かれながらも、意識があった可能性を考えなかったのか!!?」
「えっ…!?」
その台詞を聞いた途端、某は身体を硬直させる。
「それに…お主の態度がどれだけ狭につらき想いをさせているか…朴念仁たるお主には、解せぬであろうな!!!」
「…」
まるで某を殺さんと言わんばかりの形相で、現八は怒鳴りつける。
これだけ必死の彼を見たのも初めてだったが…何より、浜路の事を想い、落ち込んでいる自分と、そんな己に側にいてくれた狭の事を思うと―――――――――己が情けなく感じるようになる。
「…確かに、現八の申す通りやもしれぬな…」
やっと、自分が殴られた理由を悟る。
“申し訳ない”という気持ちがいっぱいになった某は、すぐさま眠りについている狭の元へと歩き出したのであった――――――――――
このような出来事があった後、下野国へ入った某達は、返璧の里で6人目の犬士・犬村大角礼儀と出逢う事となる。最初、庚申山で化け猫と対峙した某達はその後、大角の父・赤岩一角殿の亡霊から、化け猫が一角殿に成りすまして、大角…この時は角太郎と名乗っていた彼や彼の妻・雛衣殿にひどくあたりちらしている事を知る。
「どんなに…どんなに…無念であった事か…!!」
父親の骨を握りしめながら呟く大角の瞳には、大粒の涙が流れていた。
狭や雛衣殿の活躍もあって、某達は一角殿に化けた化け猫を退治する事に成功する。しかし、これによって永遠に父を失う事となった大角は、悲しみの余り、地べたに座って嘆いていた。その光景は…幼き頃、母・手束を失った時の己にそっくりであった。
「うぅ…ぅ…」
周りを気にせずに泣き続ける大角を見た狭は、自分の事のように涙を流し…現八も、少しつらそうな表情で見下ろしていた。
「角太郎殿には、俺たち兄弟がついている…。これが、その証じゃ…」
静かな口調で語る信乃は、大角に「礼」の文字が浮き出た水晶玉を渡す。
その直後、自身の懐から「孝」の字が出る玉を取り出して、彼に見せた。
このような悲しき別れ等がありながらも、某達の犬士探しの旅は続く――――――――――
その後、狭子が持つ能力・千里眼(=遠くの物や、本来なら見えぬ物も見える能力)によって武蔵国へ向かった荘助達の現状を把握したり、道中で九尾の神狐・政木狐との出会いもありながら、某達は、武蔵国・穂北で一度再会を果たす事となる。
狭の持つ千里眼にも驚きだが、彼女に対する謎は深まるばかりだ。そもそも、巫女の家系でもなしにそのような能力を持つはずもないし、道節を探す時に見せた蒼き光など…彼女に対しては、解せぬ事が多い。また、各々の情報を共有する中、蒼血鬼(=血を食らう鬼の事)・蟇田権頭素藤や足利公や関東管領の裏で暗躍する妖しき尼僧・妙椿らの名も耳にする事となる。
そんな中、穂北へ向かう途中ではぐれた7人目の犬士・犬坂毛野胤智を迎えるため、鈴茂林へ向かう事となる。向かったのは某・荘助・小文吾・現八・大角・道節と狭を含めた7人。犬士も毛野を含めて、あと2人という所までうまく事が進んでいた。
しかし、その鈴茂林にて、新たな戦いと思わぬ危機が待ち受けていた。
「はっ!!!」
「ふんっ・・・!!」
林中は一つの戦場と化していた。
叢に隠れて、毛野と彼の父上を手にかけたという籠山逸東太縁連が一騎打ちを繰り広げる中…某達には、蟇田素藤に仕える蒼血鬼・牙静と、妙椿の刺客と思われる黒ずくめの者達の襲撃に遭う。
素藤から狭子を連れてくる命を受けていた牙静という男は、すぐさま彼女を捕らえようとするが、某が間に入る事で戦いの火ぶたが切られる。この漆黒の着物をまとった敵は、刀を使わずに戦う。しかし、鬼であるせいか某の一撃も見事に防御してくる。
「妙椿と手を組んだり、狭を狙ったり・・・。お主達の真の狙いはなんなのだ!!?」
「残念ながら・・・その真意は素藤様しか存じません」
某の猛攻にも、平然とした表情で対応する牙静。
その後も戦いが続き、両者一歩も譲れない状況となっていた時だった。
「やめてぇぇっ・・・!!!」
「!!」
突然、少し離れた場所から狭子の叫び声が聴こえる。
「ぐあっ…!」
それに反応した某は、その一瞬の隙を突かれ、腹部に強い衝撃が走る。
同時に、その勢いで近くにあった木まで蹴り飛ばられ、激突する。
「くっ…」
地面に座り込んでしまった某を見下ろす牙静。
とどめを刺されるかと思いきや…彼の視線は別の方へと向いていた。
「ふ…。こんな時に、背中ががら空きとは…。初めて相まみえた時と同じで、隙だらけの娘ですね…」
「!!?」
そんなことを呟いていた牙静は、不気味な笑みを浮かべていた。
「ま…て…!」
その直後、敵は狭のいる方へゆっくりと歩き出す。
立ち上がって追いかけようとしたが…先ほどの攻撃で頭をぶつけたせいか、立ちくらみを起こして、思うように身体が動かせない。腹部が痛く、今にも気絶しそうな某だった。
「信乃さん!!」
「荘助…」
その数分後、意識が少しだけ飛んでいた某は、荘助に名を呼ばれて我に返る。
身体がふらふらしながら顔をあげてみると―――――――――――――――妙椿の刺客を退治した現八らの前に、牙静が立っていた。しかも、奴の腕の中には…締め上げるようにして捕えられた狭の姿がある。
「…っ…ぁ…!!!」
彼女は某の状態に気が付き、敵の腕から逃れようと試みたようだが、首を強く締め付けられたせいか、苦悶の表情を浮かべていた。
「狭っ…!!!」
その苦しそうな表情を見た途端、焦りと憤りを感じた某は、思わず彼女の名を叫ぶ。
意識が朦朧とする中、敵は狭が持つという“三世の姿”の話や、此度の件が妙椿の命令でもある事などを語る。そして、某達の元を去ろうとした時――――――連れて行かれる事を理解した狭は、必死にこちらに向けて腕を伸ばそうとする。
「信乃…!!皆!!!」
某の瞳に、泣き叫ぶ狭子の顔が映る。
「狭っ…!!!」
彼女の元へ行こうと必死に腕を伸ばそうとするが――――――敵は狭子と共に姿を消してしまった。
「くそっ…!」
荘助の肩を借りて立ち上がった某は、絶望と自責の念に包まれていた。
「守る」と決めたのに…なんというザマだ…!!
悔しさの余り、拳を強く握りしめる。
「…おい…」
気が付くと、我ら犬士達の前に、籠山逸東太を倒した毛野が現れる。
頬に返り血をつけた彼の手には、狭が持っていたお守り刀と、牡丹花の紋が刻まれた鞘が握りしめられていた。
「貴様らが隠れていたのは薄々勘付いていたが…。今は兎に角、あの女子が連れ去られた所以を説明してもらおうか…!」
そう話す彼の表情は、かなり深刻そうだった。
後で本人から聞く事となるが…どうやら彼は、狭のおかげで命を救われた。そして、親の仇討を成せたらしい。しかし、それもあって逸東太が連れていた牙静に隙を突かれて捕まってしまったため、「自分にも責任がある」と感じて必死のようであった。
しかし、敵の真意がわからぬ某達は、そんな彼の疑問に答えられず黙り込んでしまう。
「若」
「…!曳手か…」
我らが黙り込んでから、いくらか時間が経過した後―――――――――道節の近くに、彼や音音殿に仕える忍び・曳手殿が姿を現す。
彼女の登場は、微妙な空気になっていた某にとっては、一種の救いであった。
「…如何した?」
「…“さるお方”からの命にて…若や皆様をお迎えに上がりました」
「“さるお方”…?」
その遠回しな言い方に、首をかしげる大角。
そんな彼に気が付いた曳手さんは、眉一つ変えずに口を開く。
「…それは、安房国を治める殿・里見義実様でございます」
「!!?」
「突然の呼び出し、応じてくれて大義である」
「ははーっ」
その後、曳手殿と共に、某達一行は、行徳へ向かった。
小文吾が営む宿・古那屋にて、義実公との初対面と丶大法師様との再会を果たす。
挨拶が済んだ後、法師殿の口から里見家が窮地に立たされているという現状などの説明があったが…話はすぐに、狭子への話題へと移る。また、行徳に着くまでの間、毛野には荘助や現八の口から、何故鈴茂林にいたのか等の経緯を説明していた。
「何…?狭殿が連れ去られただと…!?」
「はい…」
某の口から、狭が攫われた事を聞いた法師殿は、目を丸くして驚いていた。
しかし、妙だったのは、その後ろにいた義実公も、ひどく驚いていた事である。それから、荘助や大角が事の経緯を彼らに口頭で伝えた。また、義実公が毛野に直接声をかけて、狭が所持していたお守り刀を見せたりした後――――――――――――法師殿の口から、衝撃的な事実を知らされる。
「貴方がたが今日まで旅をし、“狭殿”と呼んでいたお方こそ…鷹に攫われて行方不明となっていた、里見の五の姫・浜路姫様なのです…!!」
「なっ!!!?」
法師様の台詞に、某達犬士は、驚きの余り言葉を失ってしまう。
「狭子が…里見の姫…!!?」
某は、とても信じられないような表情で、その言葉を口にする。
しかし、その台詞とは裏腹に…今まで狭に対して腑に落ちない事が、全部一つにまとまった―――――――――――――――――――そんな感覚も覚えた信乃であった。
いかがでしたでしょうか。
今回、『蒼き牡丹』の狭子視線では描ききれなかった部分を存分に書けた気がして、大満足しています♪
なので、内容も密度が濃かったかも…
さて、第1章である信乃編は、3話構成でいくつもりでしたが…このままうまくまとまるのだろうか?という、不安もあり(汗)
でも、構想がゾクゾク浮かんでいるので、頑張ってまとめていこうかと思います!
ご意見・ご感想等がありましたら、宜しくお願いします(^^